#3『双頭怪獣ガルルシャープ』
とある怪獣は『それ』を感じ取っていた。
今日の背びれ掃除担当はこれなさそうだ。
怪獣ガルルシャープは不機嫌に一つ、鼻を鳴らした。
──馬鹿が。
ガルルシャープの心の中では悪態が垂れ流しだ。
それに良い顔をしないのは他の怪獣たちだ。
怪獣たちの、心の一部はつながっていた。
念話とかテレパスとかいわれているが……『魔法』と呼ぶことが多かった。
──ふん!
他の怪獣ににらまれようとも、ガルルシャープはひるまなかった。
ここは怪獣ランド。
正確には怪獣特別保護公園。
たくさんの怪獣が今も暮らす、廃墟だ。
ガルルシャープは退屈していた。
いつも背びれを洗わせている男が、今はこれそうにないからだ。
からかい相手がいないと人生がつまらなかった。
背中に乗せて、そしてくしゃみをして振り落としたり。『偶然』をよそおって尻尾にひっかけたり。わざとつまずいて、あわやと倒れて驚かせたり。
ガルルシャープのやりたいことはたくさんあった。
それは明日も、明後日も予定でいっぱいなほどだ。
今ではそのガルルシャープの予定も狂ってしまった。
ご機嫌ななめのガルルシャープは、その触心範囲を広げた。
技術発展のたまものだ。
太陽系人類がのべ十度にわたる異星起源文明との戦争において、ついに魂・精神を数式と公式に押し込んだ。つまり現世太陽系人類にとって魂や精神といったものは、燃え上がる火、流れる水と同じくらい当然のものだ。
とはいえ今だこの分野──精神波動力学は発展途上だ。
魂の存在が証明されたからといっても、人間全員が理解しているかは別問題なのだ。
精神波動力学の基本は、『思考は放射される』だ。
思考の根底にある、潜在無意識は、不思議なことに全ての思考もつものには、とても少ないパターンしか存在しなかった。
怪獣も人もAIも考えは似ているということだ。
ガルルシャープの背びれがわずかに震えた。
思考の海から一粒の一人を見つけることなど、ガルルシャープには容易いことだ。
ガルルシャープ始め怪獣類とはそのような生き物だ。
怪獣とは巨大化したただの獣のような印象があるが、少なくともその体を作り上げるものは、太陽系人類が到達しえた技術をつかった芸術だ。
──♪
ガルルシャープはまどろみを楽しんだ。
太陽系人類の精神波動力学によれば、精神波とは波動のように伝播するものだ。水を伝播し、風を伝播し、土を伝播するのだ。
心あるもの──有知性種なら全てなんらかの形としてもっている──の精神波は共鳴し、『思考の海』となる。
サイコシンクロにティによる巨大思考結晶だ。不思議なことに、この思考の海によく似た、そして遥かに巨大なサイコシンクロ二ティの結晶が存在する。
惑星の発する星震波だ。星震波は強力で、巨大で、一切の混じりなく純粋だ。
だがガルルシャープが好むのは、星震波よりも思考の海のほうだ。あるいはそれは、ガルルシャープが純粋な地球の生命として産まれたわけではないからかもしれない。
ガルルシャープは星の子ではなく、人に造られた、人の子なのだ。星に身を任せるよりも、人の心に触れるほうが落ちつけた。
双頭怪獣ガルルシャープとは、そんな性格の怪獣なのだ。
──おやおや、右のわたしは退屈だ。
まどろみを邪魔する存在がいた。
右のわたし、右のガルルシャープ、一つの体の二番目の頭だ。
『左のわたし』にとっては不愉快な居候だった。
──うるさいぞ、右のわたし。
──あぁ百年前の喧騒がなつかしい。
──右のわたしは狂ってる。
──左のわたしほどではない。
──さようさよう。さよう、なれど久方ぶりの乱れに心踊る。
ガルルシャープ──その左頭──は、「うるさい」と右頭を黙らせられなかった。
なぜならば。
怪獣であるのだ。
ガルルシャープが必要とされ、造られた時代というものがあった。
──なつかしい感覚だ、左の頭。
──右のわたしを造った創造主の感覚は疑うが、これには同意。
──なつかしいな、あぁ、なつかしい。
右のガルルシャープは繰り返した。
平和的で安全な怪獣興業とは違うのだ。
大洋をわたる船を驚かせたり。
世界一周飛行中の飛行機を追いかけたり。
幼児らをあやすために道具になりはてたり。
違う……。
違うのだ。
ガルルシャープには力があった。
要塞に等しい超重戦車を踏みつぶせるだけの力があった。いかなる水中センサをかわして世界を何周でも泳ぎまわれる。水中から低軌道衛星を狙撃することだってやってのける。
ただ、『禁止されている』、それだけの理由でやらないだけだ。
──……。
──右のわたし、邪なことは考えるな。
──思うところで動かせる体は半分だけ、そうだろ?
左のガルルシャープはやはり答えなかった。
時間だ。
ガルルシャープは怪獣興業にむかって出発するのだ。
世話係の男は最後まで顔をださなかった。
ガルルシャープの予想どおりだった。
──太平洋。
パナマ=ハワイ航路。
東西南北の豪華客船がよくつかうルートだ。
2124年。
肉食ナノマシンの台風や、難溶腐食毒の氷山の危険性が少ない安全な航路は貴重だ。
怪獣興業はこのルートの安全確保もまた、怪獣たちの仕事の一環であった。地味な仕事であるが、衛星軌道でのデブリ掃除より人気だ。
なにより子供にうけがよかった。
惑星の底にいる人間は宇宙よりも、身近に海を感じていた。
例えかつてほど美しくなくても、だ。
ガルルシャープは深い海の底を泳ぐ。
海面は遠い。
遥か頭上の『天』では、さしこむ光のカーテンがゆらめいた。
──見つけた。
500m級の巨大な船影。
水中翼が突き出し、マスカーの気泡に包まれ高速航海中の、ホワイトパール号に間違いなかった。これを怪獣興業として驚かすのが仕事だ。
ガルルシャープもけっこう、“これ”が楽しみだった。右も左もだ。子供たちから心まちにされていると考えると、気分がよかった。
位置の調整、そして急速浮上の力で海水を吹き飛ばし、ホワイトパール号へ海のシャワーをあびせかけつつ、たくさんの人が見れる横へ姿をあらわす。人気の高い襲撃パターンだ。多くのお客がガルルシャープの巨体を見られた。
せっかくの怪獣興行だ。見られなかった、という悲劇をガルルシャープはやりたくなかった。
そして今。
まさにホワイトパール号のソナー員へ、ガルルシャープの存在を伝え現れようとしたときだ。
ガルルシャープはもう一つの、存在しないはずの影に襲われた。
怪獣外皮が貫かれ、銀色の血が海へと流れた。
相手は背後から襲ってきた。
だがガルルシャープに埋め込まれた遺伝子器官には、ある種のレーダーあるいはソナーの類があった。
見えていた。
全体を棘皮でおおわれた──怪獣。
にわかに海がわきたつ。
灼熱。
反撃の態勢をとる暇もなかった。
水蒸気爆発の爆圧が、ガルルシャープの体を押しつぶしたのだ。
だが『奇跡』は自由におこせるのだ。
海はガルルシャープの想いによって書き変えられた。
ガルルシャープの体に死は届かない。
魔法だ。
──見失った。
──上だ、左。
怪獣とホワイトパール号が、その影を重ねようとした。狙いはホワイトパール号?
刹那。
二人の怪獣がその身に海を引きずり、風の中へと飛び出した。白波がたち、海水塊がホワイトパール号を揺らし濡らした。
雄叫び。
獣のうなり。
ガルルシャープの豪腕が怪獣を殴り飛ばす。
刺状の怪獣皮膚が血肉とともに撒き散らされた。
それは、吐き気がこみあげるほどおぞましい。
──妙に大げさ、脆すぎる。
砕き!
破壊し!
死へ!
ガルルシャープは怪獣と戦った。
怪獣を殺す気だった。
同じ怪獣であろうと、油断も情けもガルルシャープの心には存在しないのだ。
そんなのは百年前にみんな死んだ。
怪獣は無抵抗だ。
されるがままに、みずからが解体されるがままだ。
海は、赤く染まりあがった。
──決めろ、左のわたし。
──決めるぞ、右のわたし。
怪獣をすくいあげるような、下から上へ殴りとばした。数十万トンの巨体が一瞬、宙へ浮かぶ。
奇跡展開。
空間に対する思考投影。
変性意識による事象改変観測。
精神波とエーテル衝突により、淡い発光現象がおこる。
奇跡の前触れだ。
──そして。
『現実のままの非現実』が望まれた。
砲身構築。
それは巨大、しかしたった一門の砲。
閃き。
空間を歪めるほどの超質量体が投擲された。
いかな怪獣といえど直撃すれば四散する破壊力だ。
怪獣は爆散し飛び散る。
真紅の雨が、肉片とともに降り注いだ。
数十万トンの血肉だ。
だが……ガルルシャープは、おかしい、と気づいていた。怪獣は、『直撃する寸前に自爆』したとしか思えなかった。
投擲した超質量体は直撃していないのだ。
だが自爆にどんな意味がある?
せいぜい、不愉快な環境を作っただけだ。
ガルルシャープは答えをだせずにいた。
──久方ぶりの気分爽快だ!
──黙れ右のわたし。
──今はなんでも聞き飲もう、左のわたし。
──客船の安全を確かめる。
──もちろん忘れていないとも。
違和感を覚えたのはそのときだ。
ガルルシャープは魔法を心得る怪獣だ。
つまり考えを周囲に伝えることができ、またそれを正しく読み取れることを意味した。
であるがゆえに。
空間に満ちたるエーテルを経由して、心を感じとった。
なにも知らないものたちは、少しだけグロテスクな怪獣として楽しんだ。だが大半のホワイトパール号乗員は、このショーがおかしいという事実に気がついてしまった。
彼女たちは動揺していた。
ショーとは違う。
本物の怪獣の力というものを、初めて知るものしかいなかった。
ガルルシャープは完全に忘れていた。
怪獣が、どのような存在であるかをだ。
ガルルシャープだけの問題でもなかった。
異星起源文明種との大戦期が終結してより──百年。
関わりを無くしたものは忘れていた。
大戦期に産まれ、今身近に存在しているものたちが、なにを求められ、また答えてきたのかを。
──これは……。
──黙れ。
ガルルシャープは、ホワイトパール号の甲板を見渡した。
美しかった純白の船体は、怪獣の血肉に醜く穢されていた。
その中にたつ人々の心に触れた。
怪獣ショーに目を輝かせる子供。
見慣れた老人の自慢話。
怪獣マニアの静かな炎。
怪獣ショーのあたりまえが、そこにはなかった。
恐怖。
恐怖が伝染していた。
──つまらない。
乗客の誰も、ガルルシャープを必要としていないのは明らかだ。
それは、とてもつまらないことだ。
ガルルシャープは望みと違う光景に興味を無くし、海の中へと帰ってしまった。
残念という気持ち。
ガルルシャープ──この怪獣の心は、それだけだ。
……。
怪獣の力を再発見したものは違った。
恐怖した。
そして恐怖という心は、まったく別の身へと変質しようとしていた。




