星降る村
帰り道。
アグニとグエン、そしてブレヌスとヴェルたちドレークの一団は無言のまま歩いていた。
戦いによる傷は、フライコールの女性メリアが治療してくれたが、誰もが服や装備はボロボロで、泥や血ですっかり汚れている。途中の草むらに残した荷物は回収できたが、戦いに使う道具はほぼすべて消費してしまった。
自分たちは本当に勝利したのだろうか――――――――
フライコールの二人が来なければ、彼らは確実に命を失っていた。逆に、自分たちがいなくても、いずれあの二人が、自力でヤテベオを討伐していただろう。そう思うと、山を守ることを生業にしているアグニ父子やヴェル父子は、自分たちの存在意義を見失いそうになる。
(息子は失望しただろうか? 俺は、こいつを守れなかった)
グエンは、今日ほど自分の無力感を思い知ったことはなかった。
ドレークと縄張り争いを行っていた祖先の代から、どれだけの長い年月が経過しただろうか。かつては、各里に大勢いた歴戦の山の民たちは、ドレークと不可侵の協定を結んで以降、減少の一途をたどった。今やアグニ一家を含めて数組しかいない、山の巡回役であるグエンには、必然的に大きな責任がのしかかっている。
今回は、偶然にも伝説のフライコール二人組のおかげで、村の滅亡は避けられた。
しかし…………これ以降、再びこのような事態が起きた時、果たしてグエンの手で防げるだろうか?
そしてなにより、よそ者の助けなしでは山を守れないような父親を、息子はどう思っているのだろうか。そんな思いが、グエンの口を重く閉ざす。
(無様だな。だが、俺は生きている。ヴェルも生きている)
一方、ドレークの里の長であるブレヌスは、グエンと違い前向きだった。
彼はグエン以上に重い責任を負っている。協定破りを強行した挙句、里の戦士の大半を失ったブレヌスを、仲間たちは許すだろうか。ブレヌスは里長の地位に特にこだわりは持っていない。自分のほうがうまくやれると言う者がいれば、喜んで今の地位を明け渡すつもりだ。彼はあくまでドレークの戦士であり、戦いから生きて帰ることこそが、これ以上ない栄誉である。
たとえ負けたとしても、生きていればやり直せる。ヴェルもそのことはわかってくれるだろうと、ブレヌスは信じていた。
「僕たち、やっとここまで戻ってこれたね」
「おう…………ずいぶんと遠かった気がするぜ」
辺りがすっかり暗くなったころ、アグニたちはいつもの川辺に戻ってきた。
ドレークたちが組み上げた石の竈はまだ残っている。彼らは手分けして夕食の準備に取り掛かりはじめた。窯に火を入れ、明かりとなる松明を燃やし、携行食糧の荷解きを行う。
見慣れた場所に戻ってくることができた安心感か、彼らはようやっと口を開き、会話を交わし始めた。
「しかしブレヌス、あの二人を、よくあっさり信用したな」
「まあな。あいつらはお前と同じ、立派な戦士のにおいがした。男の戦士が交わす約束は、命より重い。だから俺は、奴らの言葉に嘘偽りはないと信じている」
グエンとブレヌスが話しているのは、フライコールの二人が、ヤテベオの残した巨大な琥珀の扱いについてのことだ。
人間側とドレーク側で半々にする予定だった戦利品の琥珀だが、二つに分けてなお、その大きさはあまりにもすさまじく、とても持ち運びができそうな大きさではなかった。
少しずつ砕いて運ぶには時間がかかり、特にドレークたちは、何度も人間側の領域内に足を運ばなければならない。そうめったなことは起きないだろうが、何かの拍子に人間とドレークで、分割した量を巡り喧嘩しないとも限らない。
そこで、フライコールの男性グスタフが提案したのが
「俺がこの琥珀を砕いて、今日の夜に山全体にばらまいてやる。ヤテベオがいたこの場所を中心にばらまけば、隅々まで大地の栄養が戻るはずだ」
というもの。
普通に考えれば、あまりにもバカバカしく、無茶苦茶ではあるが…………目の前で樹木の巨人をあっさり撃破したグスタフなら、それも可能かもしれない。そう考えたグエンとブレヌスは、グスタフに琥珀の扱いを託した。「衝撃が飛ぶから離れたほうがいい。なに、夜には満点の夜空に琥珀の流星群が舞うさ」と言うので、彼らは言う通りに帰路に就いたのだが、さすがに少なからず不安はあった。
「ま、結局あの戦利品はもともと彼らが自由に処分する権利がある。たとえ大地の栄養が戻らなくても、今までのように吸われることはなくなったんだ。一からやり直せばいい」
「それに、念のため運べる分くらいは持ってきたしな。俺たちの沼が元に戻れば、それで十分だ」
果たして、彼らはきちんと約束を果たすのか。
あと数時間以内に、その答えは明らかになるだろう。
「アグニ」
「なんだいヴェル」
一方でアグニとヴェルは、替えの服に着替えながら、言葉を交わす。
「あの人間のおっさんと、お姉さん、メッチャかっこよかったな」
「ヴェルもそう思うの? 人間なのに?」
「いや、あいつらが人間だから……かな。俺たちドレークは、世界最強の戦士だって、誇りを持って言えた。けどよ、あの二人を見ていたら、俺たちがいかに小さな存在か、思い知った」
「それは僕も同じさ。ヴェル、君とはよくここで勝負するけど、いつかは勝てなくなるって思ってた。勝てるうちに勝ちたい、勝てなくなっても友達でいられるように…………そんな風に思ってた。でも、今は違う」
アグニは、ヴェルのほうに、珍しく真剣なまなざしを向けた。
「僕が生きている限り、何度でも挑戦しよう! そして……勝つ!」
「っははは! そう来なくっちゃな! 俺だって負けちゃいられないぜ! 親父より強くなって、俺の強さを思い知らせてやるんだからな!」
乱暴な言葉を交わしあう二人。
生まれながらの戦士であるアグニとヴェルには、こんな形の友情が、一番似合うのだろう。
周囲の大人たちも、子供たちの無邪気な様子が伝わったのか、次第に会話が増え、夕食の準備が整ったころには、誰もが笑顔でキャンプファイアーを囲んでいた。
「俺たちは傷だらけになった! 同胞も多く失った! だが、俺たちは生きて帰ってこれた!」
「生き残った戦士は、死んだ戦士を笑顔で送り出すのが、一番の供養だ! 俺たちが悲しむ姿を見たら、奴らは心配で来世に行けなくなるからな!」
「献杯だ! この一杯を、勇敢な戦士たちに捧げる!」
大人たちは盃を、アグニとグエンは骨付き肉を、夜空に掲げて献杯した。
すると、なんという偶然か、献杯した直後にどこからか大きな音が響き、夜空に大きな流れ星が一筋流れた。その一筋の流れ星を追いかけるように、かつて激戦を繰り広げた方角から、輝く星々が一斉に空に解き放たれる。
「すげぇ……流星群だ」
「あの二人がやってくれたのか。わざわざ夜にやるというのは、これがやりたかったからだな」
そう…………夜空に舞い上がる流星群の正体は、守護の神樹―――――いや、樹木の魔神ヤテベオが残した琥珀が、破片になったものだった。細かい粒子となった琥珀は、まるで黄金のように月明かりを反射して輝き、遍く大地に降り注いでいく。
アグニの一団のいる場所にも、まるで霙のように、パラパラパラパラ――――――――細かな琥珀の欠片は、地面や草花に吸収され、枯れた土地を潤していく。
「父さん………」
「なんだ、アグニ」
「生きて帰ってこれて、本当に良かった」
「ああ…………」
山の巡回は、家に帰るまでが仕事だ。
だが、アグニ父子は、夜空を流れる琥珀の流星群に、ひと時の安寧を預けた。
自分たちは何もできなかったかもしれない。しかしながら、得るものがなかったわけではない。今の彼らなら、胸を張って家に帰ることができるだろう。
「お母さん! そと!」
「綺麗ね…………お星さまがいつもより輝いて見えるわ」
母親フアナと妹イオナが待つ里にも、金色の雨が降り注いだ。
降り注いだ琥珀は、次第に輝きを増し、30分もしないうちに、地面がまるで星空になったかのようにキラキラと光る。思いがけない、天から降り注ぐイルミネーションに、イオナは喜びはしゃぎ、夜だというのに昼間のように明るい家の外を駆け回った。
「あなた…………アグニ……きっと無事に帰ってくるのね」
窓から外を眺めるフアナは、金色の粉が舞う景色に吉兆を見た。
なぜかは知らないが、愛する夫と息子の無事を、知らせてくれているように感じたのだ。
「そうと決まれば、御馳走の用意ね! そろそろお肉の備蓄が付きそうだけど、また狩ってくればいいわ。それくらい大丈夫よね?」
そういってフアナは、張りつつある自身の下腹部を優しく撫でた。
琥珀の雨は、アグニの住む里からさらに下った、メルタ村にもその恩恵をもたらした。
川辺に迫り出した、木製の祭壇でアグニの無事を一心に祈る少女ローザもまた、ポツンポツンと肌にあたる琥珀の欠片から、すべてが終わったことを感じた。
「アグニ君…………きっとすぐに、帰ってくるはず!」
いてもたってもいられなくなった彼女は、日が沈んだにもかかわらず、神殿や村長宅を回り、人々を外に連れ出した。村長やその息子ベルフ、ローザの父たちもまた、あまりの美しい光景にひと時の間我を忘れ、同時に村の危機が去ったことを知ったのだった。
「やれやれ、ちっと派手にサービスしすぎたかね」
「ふふっ……私は面白いと思いますよ。皆さん、今頃きっと喜んでくれていますよ」
ヤテベオを討滅し、巨大なクレーターが残る大地に、まだフライコールの二人は残っていた。
ここに住む人々へのアフターケアは済んだ。だが、二人には…………まだやることがあるようだ、
「朝になったら……行くとするか」
「はい。ようやく到達できるのですね。長年夢見た、世界樹の麓に……」
その後、伝説のフライコールのパーティ『女王の古時計』を見たものは、誰もいない。




