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星降る村の小さな英雄  作者: 南木
第1章:星降る村の小さな英雄
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竜人の覚悟

 人間と竜人ドレークの境界を分ける川から、竜人ドレーク側の地を北西に進んだ場所に小さな洞窟がある。

 グエンがヴェルを伴ってこの洞窟を訪れると、果たして藁でできた寝台に体を横たえるブレヌスの姿が見えた。


「ブレヌス、俺だ。生きてるか?」

「親父、今帰ったぜ」


「グエン……それにヴェルか。よく来てくれたな、ようこそ新しい我が家へ」


 二人に気が付いたブレヌスは、寝台から起き上がると、左手を上げて若干ふらつきながら洞窟から出てきた。ブレヌスの体には左腕がなく、切断箇所に巻かれた血の付いた布が痛々しい。どうやらブレヌスは二人が来るまで酒を飲んで寝ていたらしく、息が若干アルコール臭かった。


「おいおい、お前らの危機だってのに、酒飲んで寝る奴があるかよ」

「逆だ逆、酒飲まなきゃやってらんないぜ」

「とまあ、親父はずっとこんな感じだ」

「……すぐに里に連れてこなくて正解だったな」


 この洞窟は、ブレヌスが自分の秘蔵の酒を発酵、保管するための場所だったそうだ。

 今回の騒動でブレヌスの集落はバラバラになってしまったが、ブレヌスはここでここで再起を図ろうとしたつもりだった。ところが、利き腕を失い、武器を満足に扱えなくなったことで、彼は徐々に意気消沈してしまい、いつもに増して酒浸りになっていた。

 ヴェルがフアナに助けを求めたのも、このままではブレヌスが、酒でダメになってしまいそうだったからだ。

 ヴェルは、すぐにアグニの里に避難させたかったが、避難の最中に侵略者の襲撃を受けたら一巻の終わりである。なのでこうして、危機が去った今、改めてブレヌスの避難を開始させようというわけである。


「グエン……俺はもうだめだ。ここで酒を飲みながら、朽ち果てていくのさ」

「なにバカなこと言ってやがる。ちょっとまってろ……いま、目を覚まさせてやる!」


 グエンは、あたりに転がった酒の壺ををいくつか手に取り――――


「ヴェル。お前も壺をもってついてこい」

「ああ……」


 ヴェルには何となく、グエンのやりたいことがわかった。そして、彼の予感はすぐに的中した。

 グエンは、近くにあった泉の水を汲んで壺に入れると、ブレヌスの頭に容赦なくぶちまけたのだ。


「うぼぁっ!?」


 すぐに凍るのではないかと思われるほど、キンキンに冷えた泉の水を頭から浴びせられ、ブレヌスは上半身だけ飛び起きた。


「おいグエン……やめろ、なにす――――」


 抗議の言葉を言い終わらないうちに、二杯目三杯目と、淡々と水を浴びせるグエン。

 そしてグエンの番が終わったと思いきや、今度はヴェルが、頭を割るかのような勢いで水をかける。

 いくら寒さに強い竜人ドレークとはいえ、酒毒に浸かった頭には、この攻撃は非常に堪える。


「ぐ……ぉ……」


 短時間に大量に水を掛けられたことで、今度は逆に上半身が凍え、頭痛が襲う。

 しかし、グエンはここで容赦するほど甘くはない。


「おし、ヴェル。お前は足を持て」

「おーし、酔っ払い親父め、もう逃げられねぇぞ!」


 ついさっきまで躊躇っていたヴェルも、面白くなってきたのか、グエンの指示に従いブレヌスの足を持ち、二人で体を浮かせる。

 体重200kgを越えるブレヌスの体を、二人はえっちらおっちら運んでいく。そして――――


「いくぞーっ! いっ、せーの、どりゃっ!」


 哀れブレヌスの体は、大きな水しぶきを上げて、泉にダイブすることになった。

 ここまでくると、明らかにやりすぎである。


「テメェラいい加減にしろよ!」

「おっ、頭冷えたか?」

「これだけやりゃバッチリ冷えてるだろうよ」


 笑う二人に、ブレヌスは恨みがましい視線を向けながら、泉から這い出た。

 だが、酔いは完全に冷めたようで、虚ろだった目はしっかりと見開かれている。


「ああ、まあ……俺も悪かった。ヴェル、お前にも迷惑かけたな」

「ようやく目が覚めたかよ親父。アグニの親父さんを見習えよな!」

「ったく、こんな時にお前がしっかりしてなくてどうする。お前は誇り高き竜人ドレークの戦士なんだろう?」

「お前らの言うことはもっともだ。……あの時と同じだ。腕は失ったが、命はまだここにある。こんな俺でも、まだできることはあるのかもしれんな」


 ブレヌスはのそのそとその場から立ち上がり、片腕を止血していた布を無造作に取り払った。

 腕の付け根は若干へこんでいるだけで、傷はもう塞がっている。竜人ドレークの生命力の高さは、いまだ健在のようだ。


「ブレヌス、とりあえず今後のことについて話し合いたいから、うちの里まで来てくれ」

「いいのか? 俺たち竜人ドレークがそっちの土地に入って」

「今は緊急事態だ。そんな悠長なことは言っていられん。むしろ、今だからこそお前の力を借りたい。俺たちを害する侵略者を叩きのめし、ブレヌスたちのような話が分かる相手に戻ってきてもらいたい」

「そうか…………」


 いまや元居た部族は散り散りになり、ブレヌスも大した戦力にならなくなっている。

 たとえ里を取り戻したとしても、かつてのような日々を取り戻すことは叶わないだろう。

それどころか、侵略者を追い払った後、今度はグエンら人間に、いいように扱われるかもしれない。


(5年前のあの時と同じだな。グエンたちの力を借りなければ、何もできん。だが、惨めに滅びるよりは……)


 ブレヌスは、自分の胸に徐々に闘争の炎が灯るのを感じた。

 自分たちは一度負けた。だが、そこで終わりにすることが、本当の敗北だ。


「グエン、ありがとな」

「俺とお前は親友だろう? 男の友情は鉄より硬いんだぜ」


 乱暴に笑いあう二人を見たヴェルは、自分もアグニとの友情をより大事にしようと誓った。

 

(鉄より硬い男の友情か……俺もアグニのために、できることはあるだろうか)


 自分もまた、アグニに助けられてばかりだなとヴェルは感じていた。

 誇り高き竜人ドレークの戦士である彼にとって、異種族とはいえ、同年代の強い戦士の友人は、何にも勝る大切な存在になっていた。


 ブレヌスを迎えた彼らは、この日の夜にアグニの里に戻ってきた。


「よく来てくれましたねブレヌスさん。お待ちしてました」

「グエンのカミさんか。前洞窟に来たときは、ロクに挨拶もできなかったな。あのときはすまなんだ」

「お酒はあまり飲みすぎてはいけませんよ」


 夕飯の前に、ブレヌスは改めてフアナに先日の非礼をわびた。

 というのも、フアナが竜人ドレークの里の偵察に行った帰り、ヴェルに連れられてブレヌスが隠れていた洞窟を訪ねてみたのだが、その時はすでに深酒で意識がもうろうとしており、フアナの存在を無視するかのようにあしらってしまっていたのだ。


「ブレヌスさん、お久しぶりです」

「おうアグニか! 前よりまたデカくなったな! グエンよりデカいんじゃないのか?」

「お、おおきいのね。ヴェルさんも大きいけど、父親もすごく…………」

「おおきー!」


 アグニをはじめ、子供たちもブレヌスを温かく迎えてくれた。

 ヴェルよりさらに身長が大きいのが気になるようだったが、それ以外のことは特に気にしていなかった。一度ヴェルを見てしまったから、竜人ドレークはもうさほど珍しいとは思わなくなったのだろう。


「とりあえず先に飯だ。妻が作る、世界一の料理を食えば、さらに元気が出るぜ」

「馬鹿いえ、俺の世界一は今でも、今頃どこかで生まれ変わってる妻の料理だ。まあでも、フアナさんの料理が旨いのは事実だがな!」


 洞窟に引きこもっていた時のうじうじした姿はどこへやら、ブレヌスはもういつも通りになっているようだ。

 この日の夕食は、レインディアの干し肉と高原野菜の炒め物だった。肉と野菜が、荏胡麻油で香ばしくコーティングされ、黄金の輝くを放つ。酒しか腹に入れてなかったブレヌスの腹はたちまち歓喜の悲鳴を上げ、あっという間に食べつくしてしまった。

 結局、野菜炒めだけでは足りなかったので、ハムやらパンやらを追加して、ようやく一息入れる。そして、食べるだけ食べたら活力が戻ってきたのか、食後すぐに「ちょっと筋肉を取り戻してくる」と言って、鈍った筋肉に活を入れるべくヴェルやアグニを巻き込んで、猛烈な勢いで筋トレを始めてしまった。


「元気が戻ってなによりね、旦那様?」

「そうだな、ははは…………明日から俺も狩りに出るわ」


 竜人ドレーク二人を迎え入れ、急激にエンゲル係数が上がったアグニ一家。

 グエンはフアナの言葉の端にわずかな怒りを感じ取り、肝を冷やすこととなった。



××××××××××××××××××××××××××××××



 さて、襲撃から5日後の竜人ドレークの里では――――――


「ザガンはまだ帰ってこねぇのか」

「なんか妙じゃないですかね族長……あいつらまさか人間に負けて逃げ出したんじゃ」

「それはないだろ。逃げるくらいなら、敵を道連れにして死ぬ。ザガンはそういうやつだ」


 里の中央の館では、族長ヘイズレクを上座に、その取り巻き4人が左右に2人ずつ分かれて座り、昼間から酒を呷っている。

 中央の卓の上には酒瓶が林立しており、彼らが普段からどう過ごしているかが見て取れる。そんな彼らの酒の話題は、専ら襲撃に行ったまま帰ってこない、取り巻きの一人ザガンのことだ。


「もしかしたらあいつ…………人間に負けて皆殺しにされたか?」

「バカ言え。俺たち竜人ドレークに勝てる人間なんているかよ」

「けどよ、ザガンが襲撃に行く前に、アレがあったしな……………」


 取り巻き立ちは、ぼろ雑巾のようになって帰ってきた、若い竜人ドレークのことを思い出し、ゾッとした。

 たかが人間と侮っていたが、もしかすると自分たちは、とんでもない相手と戦っているのではという考えが、彼らの脳裏を横切る。お互い顔を見合わせ、困惑する竜人ドレークたち。だが直後、その空気をぶち壊すように、ドンッという破砕音と共に卓が酒瓶の林ごと粉砕された。驚いた彼らは、ヘイズレクの方を見た。ヘイズレクは臆病風に吹かれた取り巻きたちに怒り、拳を卓にたたきつけたのだ。


「テメェらいい加減にしろ。竜人ドレークが人間を恐れてどうする。奴らがどんな姑息な手を使っているか知らねぇが、どうやら人間どもには竜人ドレークの恐ろしさを教えてやる必要がありそうだ………いや、教えるだけじゃ生温い。絶望を味合わせ、皆殺しにしてくれる……!」


 取り巻きたちが思っていた以上に、ヘイズレクの怒りはすさまじかった。

 まだザガンが死んだと決まったわけではないが、いずれにしろ人間が生意気にも竜人ドレークに歯向かってくるのが彼には我慢ならなかった。

 ヘイズレクの体は怒りで筋肉が膨張し、湯気が出るのではないかとさえ思うほどだった。


 族長は、人間を皆殺しにする気だ――――――

 取り巻きたちに若干戸惑いはあったが、ザガンがやられ、竜人ドレークの戦士たちが皆殺しにされたというのなら話は別だ。


「やっちまいましょう族長!」

「俺たちならこの山のすべてを手に入れられる!」

「人間は皆殺しだ!」


 彼らはおもむろにその場に立ち上がり、武器を掲げて気炎を上げた。

 しかし、直後に彼らの盛り上がりに水を差す存在が現れた。


「いったい何の騒ぎだいこれは? 男どもは酒の飲みすぎでおかしくなっちまったのかい?」

『うっ…………』


 きつい声と共に部屋に入ってきたのは、銀の鱗にやや細身の体をした…………竜人ドレークの女性だった。

 女性の竜人は、顔つきが男性以上に人間っぽく(それでもまだ蜥蜴に近いが)、体のラインも全体的に丸みを帯びている。角のようにとがった耳には、金でできたイヤリングがいくつもついており、一目見て高い身分だと分かる。


「…………聞いていたのかヘルヴォル」

「あんたらが、またバカなこと考えてんじゃないかと思ってね。大方ザガンのことだろう?」


 竜人ドレークの女性、ヘルヴォルは族長ヘイズレクの妻である。

 腕っぷしとカリスマはあるが、そのほかはさっぱりな脳筋な夫に代わって、普段は彼女が部族の運営を担っているのだという。そして、この里を不意打ちで襲撃する計画を立てたのも、ほかならぬヘルヴォルの功績であった。


「だったら俺が考えていることもわかるだろう! 人間相手にやられっぱなしで我慢しろってんのか!?」

「あのね、あたしが言いたいのはね、もうちょっとここを使えってことさ」


 ヘルヴォルは、指先で自分の頭をつんつんとつついて見せる。


「人間を皆殺しにしても、あたしたちまで傷だらけだったら意味ないんだよ。わかるかい?」

「つってもよー、俺たちは戦うしか方法がねぇと思うんだが…………」

「要は戦い方さ。考えてみな。なんで弱い人間が、あたしたち竜人ドレークに勝てると思う? それはね、奴らに「地の利」があるからだよ。それこそ不意打ちも罠もやりたい放題、こんなんじゃ苦戦して当然さ」

「じゃあ俺らも不意打ちや罠を使えと!? 同じ竜人ドレーク相手ならまだしも、人間相手にか?」

「そこまでしろなんざ言っちゃいないよ。つまりは、人間に卑怯な手を使えなくしてやればいいのさ」


 そう言って彼女は、不敵な笑みを浮かべた。

 その後、ヘイズレクはヘルヴォルの立てた作戦を聞いて、不満を言うどころか、むしろ徐々に目を輝かせた。


「なるほど! それなら間違いなく勝てるな!」


 掌をポンと鳴らし、再度やる気になったヘイズレク。

 果たして、彼らのいう作戦とは…………?


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