もう一人の猟騎士 前編
ザガン率いる竜人の一団を撃退してから1週間が経過した。
アグニの里では、アグニ一家とヴェル親子が次の襲撃を今か今かと待っているが、敵は一向に姿を見せない。
「妙だね」
「俺もそう思う。あいつらは諦めが良い奴らだとは到底思えん」
里の西側を探索するアグニとヴェルは、敵の竜人族にほとんど動きがみられないことに首をかしげていた。
次の襲撃はいよいよ大規模になると予想した彼らは、森の中に盛大に罠を仕掛け、相手がまとまった戦力を繰り出して来たら、森ごと焼いてしまおうとしていた。
竜人は負けっぱなしを何よりも嫌う。そのことはブレヌスやヴェルが一番心得ている。ましてや相手は、人間の領域にまで手を出してくる強欲な者たちだ。ブレヌスが言う通りそう簡単にあきらめるとは考えにくい。
「人間たちの村の方に行ったとか?」
「う~ん、それこそ向こうの方に行ってくれれば、猟騎士が対処してくれるはずなんだけど」
そんなことを話しながら、アグニとヴェルは穏やかな山の稜線を歩く。
若干肌寒いながらも、霧が晴れたの山は平和そのもの。だが、二人の心中は一向に休まらない。敵が考えていることが分からないほど、怖いことはない。二人が感じている焦燥感は、まるで5年前……見えない存在により人間と竜人の双方に崩壊の危機が迫っていたころに似ている。
「今日も奴らが来た痕跡はなし。感知罠も作動の様子がない」
「ちっ、向こうが来ないってことがわかりゃ、こっちから殴りこんでやるのにな」
時間だけが徒に過ぎるのは、彼らにとっても望ましくない。
せめて、向こうがこちらに攻めてくるつもりがないと分かれば、こちらから動くことも考えられるのだが…………なにしろアグニたちは人数的に里の防衛と陽動で手いっぱいの状態だ。うかつに動くこともままならない。
「どうしよっかな……母さんはもう一度偵察に行こうか迷ってるみたいだし…………」
猟騎士の戦力をすべてメルタ村に振り分けられている現状で、フアナを偵察に回してしまうと、不意打ちを受けた時に不利になりかねない。父親のグエンは竜人との接近戦闘は1対1が限界だし、ヴェルの父ブレヌスはケガで戦力にならない。前回と同規模の襲撃があったら、フアナ抜きでは自分たちの負担が大きすぎる。
「それか、いっそのこと俺たちが偵察に出るか、だな」
ヴェルの提案も一理あるが、今度は逆にフアナの負担が大きくなりすぎる。
いずれにしろ、しばらくは様子見をするしかない。そう結論付けた二人だったが―――――
「ん? あれは…………ヴェル、ちょっと隠れるよ」
「おいどうしたアグニ」
「しーっ、黙ってついてきて」
里に戻る直前、アグニは遠目に何か発見したようで、ヴェルに無理やり隠れるよう促した。ヴェルはてっきりアグニが敵の竜人を発見したのかと思い、緊張しつつアグニの後ろに従ったが……近づいてみると、そこにいたのは二人の人間だった。一方はアグニの母フアナだったが、もう一人はアグニが見たこともない男性だった。
男性は、ややすり切れて茶色みがかった古い灰色の外套を羽織っている以外、特徴的な装備はないが、一目見ただけでどこか油断できない雰囲気を漂わせている。
「あの人間はお前の知り合いかアグニ?」
「いや……僕も初めて見る。けど、こんなところで、母さんと一体何を話しているんだろう?」
二人はひそひそ話ながら、なるべく物音を立てない様ゆっくりと近づいた。フアナともう一人が話している場所は、周囲に背の低い灌木や岩などに囲まれているが、背の高いアグニとヴェルが身を隠せる場所は限られている。
フアナともう一人の声が届く場所まで、アグニとヴェルなかなか進むことができなかった……………。
アグニとヴェルが偵察に出たころ、フアナは一人で新しい罠の設置を行っていた。
フアナが謎の男性から声を掛けられたのは、罠の設置が半分ほど済んで、里に戻って一息入れようというときだった。
「久しぶりだなフアナ」
「あら、ダビッドじゃない。何十年ぶりかしら? でも今は忙しいの、話はあとで聞くわ」
その正体は、メルタ村でダビッドと名乗った猟騎士の男だった。メルタ村に入らず、どこかへ行ったかと思いきや、このようなところまで来ていたのだ。
何やら因縁がありそうな二人だったが、フアナはかかわりたくないようで、無視して帰ろうとする。
「いや、俺はだな、別に口説きに来たわけじゃない。話があるのは確かだが」
「だったらなおさら。あなたはこのあたりが今ドタバタしてるってことは、よく知っているでしょう? 手短に頼むわ」
フアナは、不機嫌さを微塵も隠さないまま、傍に生えている木にドカッと背中を預けた。「話を聞いてやるだけありがたく思え」という態度に、ダビッドはいささか困惑しつつも、話を進めた。
「さるお方から、お前に『教導隊』を任せたいと言ってきている。待遇もCランクだと」
「お断りね」
「そういうと思ったぜ。だが、悪い話じゃないと思うぞ。お前のことだから、子供がいれば将来の猟騎士になるよう育てているはずだ。『教導隊』ともなればほとんど貴族待遇だろ? お前の時と違って、子供たちも――――」
「その「さるお方」には、私の名前は言ってないんでしょう?」
「……………っ」
「大体見当はついているけど、私のことを知っていて『教導隊』に任命するような、酔狂な人がいると思えないし、いたとしても受けるつもりはないから。「隊長」にも「元隊長」にもそう伝えておきなさい」
「やれやれ、何もかもお見通しか。残念だ」
「まあ、そういうあなたはきちんと『教導隊』になれたみたいね。よかったじゃない」
「……相変わらずお前の洞察力は凄まじいな」
「今の若い子はいいわね。ちゃんと上の人に目にかけてもらえるんだから」
ダビッドはどうやら、フアナに猟騎士に戻ってほしいと要請しに来たらしい。だが、フアナは完全に取り付く島もなかった。彼的にはかなり好待遇を提示したというのにも関わらずである。
ダビッドの言う教導隊とは、駆け出しの猟騎士パーティーを、任務の間に監視または手助けする役のこと。ただし、たとえ熟練パーティーであっても、記録官として同行することもある。
今回派遣された猟騎士パーティーの『テルミドール』と『悪友』は、比較的熟練の部類に入る。だが、教導隊を務めるダビッドは、名目上は「今回の任務には随伴が必要」と言って、同行を申し出たのだろう。フアナを再び表舞台に引きずり出すために……
「ま、これ以上いろいろ言ってもしゃーない。だが、もう一つだけ頼みがある」
「これ以上まだ私に迷惑をかけるつもり?」
「そう言うなって。むしろ本題はこっちだ。「女王の古時計」の二人の居場所を知らないか? 彼らが行方知らずになって数年経ったが……この山に向かったという目撃情報があってな」
「女王の古時計…………」
「その様子だと、何か知っているのか!」
まさか、猟騎士パーティーの「女王の古時計」の話題が出てくるとは思わなかったフアナは、やや言葉に詰まってしまう。そしてそれは、多かれ少なかれ彼らの情報を持っていると言っているに等しい。
ダビッドがなぜそこまで女王の古時計にこだわるのかはわからないが、この様子だと碌なことではなさそうだとフアナは直感で感じた。ただ、残念ながら彼女は女王の古時計とは全く面識がない。魔樹ヤテベオの事件の際も、フアナは夫やアグニから話を聞いただけに過ぎない。なので――――
「私よりも、直接見た人から話を聞くのが手っ取り早いわ。アグニ、ヴェル、いるんでしょう、出てきなさい」
「なんでわかったの!?」
「バレた!?」
灌木に隠れていたアグニとヴェルが、驚いて姿を現した。
話す内容がまだよく聞こえない位置に潜んでいたにもかかわらず、フアナは二人が潜伏している気配をつかんでいたというのだから驚きだ。
「なに!? いたのか!? 全く気が付かなかった!」
二人の潜伏技術が下手だからバレたわけではない。むしろ、現役猟騎士のダビッドが気付かないくらいだから、かなりうまく隠れていたといえる。フアナの探知能力が常軌を逸しているのだ。
「この子は私の長男のアグニ、こっちはその友達の竜人のヴェルよ」
「子供がいるという噂は聞いていたが……本当にフアナに生き写しだな。それに竜人も一緒とは」
ダビッドは、草むらから出てきた二人をまじまじと見た。
見れば見るほどフアナにそっくりだが、体格が親より頭二つ分大きいアグニと、そのアグニよりさらに大きい竜人のヴェル。どちらも子供というにはあまりにも精悍だった。
「母さん。この人は?」
アグニはフアナに、ダビッドについて尋ねる。
「この人は昔、よくパーティーを組んでいたメンバーの一人よ。わざわざこんな山奥まで来たあげく、私にもう一度猟騎士やらないかって言ってきたの」
「そうなんだ………………行かないよね?」
「もちろん行かないわ。二重の意味でね」
「わかった! 俺が悪かったから、その目はやめろ!」
フアナの言葉でいろいろ察したアグニは、ダビッドに敵対的な視線を向けた。不穏な空気を感じ取ったダビッドは、このままでは「本題」に入れなくなると困るので、何とか懐柔しようとこころみた。
「フアナを無理やり山から引きずり出そうとまでは、思っちゃいねぇよ。それに俺だってな、家におっかないカカアと、7人の子供がいるんだ、下手な真似はしないさ」
「……ならいいけどね」
ただ、アグニも心の底からダビッドを嫌っているわけではない。母が自分たちを置いて山の下に降りていくとは考えられないし、ダビッドもこんな山奥まで来て、フアナを口説きにきたとも思えない。
「むしろ俺は、君たちに聞きたいことがある」
「僕たちに」
「聞きたいこと?」
アグニとヴェルはお互い顔を見合わせる。
ひょっとすると竜人のことについてだろうか? そう思っていた二人だったが……
「猟騎士パーティー「女王の古時計」について、知っていることを聞きたい」
「女王の古時計ってもしかして」
「あのむっちゃ強い人間二人のことか?」
「そうだとも! 今はわずかでもいいから情報が欲しいんだ!」
なぜそんなことを聞くのか、訝しがる二人だったが、ダビッドの目はいたって真剣だ。
アグニは、別段隠すこともないと思い、彼らについて話そうとした。しかし、アグニが口を開く前に、ヴェルが不敵な笑みを浮かべてダビッドの前に一歩踏み出す。
「いいぜ……その代わりタダってわけにはいかねえ。聞きたければ、俺とアグニに勝ってみろよ」
「えっ」
なんとヴェルは、自分たちに勝ったら話すことを条件に、ダビッドに決闘を持ちかけた!
素直に話す気でいたアグニは、サラッと自分まで巻き込まれたことに戸惑った。
「あんた、見た目以上になかなか強そうだ。せっかくだし、手合わせ願いたい」
強者と戦うことは竜人の喜びである。
竜人の戦士であるヴェルは、ダビッドから何かを感じ取ったのだろう。ヴェルは右手で大剣を構え、鞘をつけたままの切っ先をダビッドに向けた。
「しょうがない、僕も手伝うよ。確かに母さんの昔の戦友なら、どれくらい強いか知りたいな」
アグニもまた、殺傷しないためにソケットで保護した短槍の穂先をダビッドに向けた。
フアナは何も言わない。血気にはやる二人を止めもせず、黙ってみているだけだ。
「やれやれ、俺はよっぽど嫌われる星の元に生まれてきたようだ」
両手を広げて、力なく首を振り、あきれた様子のダビッド。
しかし―――――
「だが、喧嘩は相手を見てやることだな」
突如、ダビッドの蹴りがヴェルの腹に直撃した。
「グゲッ!?」
「っ!」
距離は10歩以上離れていたにもかかわらず、何の前触れもなく繰り出された鋭い蹴りに、ヴェルは反応出来ず、腹部にもろにダメージを受けて後ろに転がった。
一拍遅れてヴェルが蹴られたことに気が付いたアグニは、側面から突きを喰らわそうとしたが、穂先が向かうべき場所には、すでに標的の姿はない。左側から殺気が迫る気配を感じ、アグニは反射的に体をひねると、猛スピードの正拳突きがわき腹を掠めた。
(嘘だろ!? 僕がスピードで圧倒されているなんて!)
今態勢を整えて反撃を繰り出しても、相手の姿はすでにそこにはいない可能性が高い。
あらかじめ敵が来る方向を瞬時に先読みしなければ……そう判断したアグニは、あえて回避した方向に倒れこむように転がった。相手は徒手空拳。ならば槍のリーチを生かすには一旦距離を置かなければならない。
アグニの判断はある意味正しかった。ダビッドの攻撃がすぐにアグニに来ることはなかった。
だが一方で、ヴェルとの距離もまた、とっさに連携できないほどにまで離れてしまった。
「なろっ!」
すぐに立ち直ったヴェルが背後からダビッドに切りかかる。大剣の大ぶりの攻撃は、ダビッドから見ればまるでスローモーションだ。避けるのは造作もない。
ヴェルの攻撃は見事に空を切り、ややつんのめったところで、顔、右足、そして胸元に連続で拳が叩き込まれる。この連撃で、ヴェルはあっという間にその場に崩れ落ちた。
「ヴェルっ!」
竜人をノックアウトする拳など前代未聞だ。
アグニはとんでもない相手に挑んでしまったことを後悔したが、だからと言って攻撃の手を緩めるわけにはいかない。
アグニはかつてあの魔樹ヤテベオに立ち向かって生き残ったのだ。これしき程度で……………アグニはダビッドを殺す気で、猛烈な連続突きを見舞った。ブンブンと荒れ狂うアグニの槍を、ダビッドは平然と避け―――――気が付いた時には、アグニの体は宙を舞った。投げられたのだ。
「あっ」
アグニの視界が一瞬で一面の青空に切り替わり、また次の瞬間で暗闇に星が散った。
時間にしてわずか1分未満で、アグニとヴェルの二人は地面に倒されたのだ。
あまりの衝撃的な敗北に茫然としながら目を回す。ようやく視界が戻りそうになった時、アグニの胸元が乱暴に掴まれた。
「小僧ども。あまり大人を舐めるなよ」
獰猛な獣のようなドスの利いた声に、アグニは久々に心の底から恐怖を感じた。




