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星降る村の小さな英雄  作者: 南木
序章:少年と猟騎士
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猟騎士二人


「なるほど、君たちは王都からわざわざこんな山奥まで。まったく、ご苦労なこった」

「ははは、これも仕事だからね。それにたまには山登りも悪くないさ」


 旅人二人は、はるか南にある「王都」から、とある任務を帯びてはるばるこの山まで来たことを話した。アグニには「王都」と言ってもあまりピンと来ていないが、かなり遠くから来た人間だということだけはわかった。


「するとなんだ、お前らは『山の下』からきた人間か? よく平気な顔していられるじゃねえか、この辺に来る奴らは地元の人間じゃなきゃ登ってくるだけでへとへとになるってのに」

「これでも訓練は積んでいますので。確かにこの辺は空気が薄いですからね、初めての人は大変でしょう」


 ヴェルの父親が言うには、初めてこの山に登った人間でここまでぴんぴんしている人間は珍しいとのこと。

 この地に生まれこの地で育つ、アグニやドレークたちは、生まれつき環境に順応しているからなんともないが、今彼らがいるのは標高4000メートル以上の高山地帯。通常の人間であれば歩くことすら満足にできない環境である。草木はまともに生えず、気温は常に10℃以下、雨が全く降らないにもかかわらず昼間以外は霧でおおわれる。そんな過酷な環境で平然としている旅人二人は、明らかに只者ではない。


「逆に聞いて悪いが、君たち四人はどういう関係なんだい?」


 今度は旅人の男性から、四人に質問する。

 確かに普通に考えればこんなところに人が住んでいるとは思いにくい。


「山の中腹に里があっただろ。俺と息子はそこに住んでいて、夏の間は定期的に山を巡回しているんだ」

「俺たちドレークの里はこの川を渡ってもっと西だな。この川は言ってみれば俺たちドレークと人間の住処の境界みたいなもんよ」

「ずいぶんと仲がいいのですね」

「ま、俺たちは種族は違えどやってることは同じだしな」


 父親二人の言う通り、彼らは山を巡回して変わったことがないかを見回る仕事をしている。

 きつい山道を数日で踏破する過酷な仕事は、アグニの一族が代々引き継いできた。ドレークと人間が無駄な摩擦で対立しないよう、人間を代表して友好関係を築いていると、自然とこういった付き合いになるそうな。

 

「あーうめぇっ! ドレークの酒が飲めるとはついてるな俺たち! 上品な酒もいいけどよ、このゴツゴツってくる味も俺は好きだぜ!」

「いける口か! ますます気に入ったぜ人間!」


 度数50%はあるドレーク特製の酒を平気で飲み干す旅人の男性を、アグニは興味津々に見つめていた。特に気になったのが、彼らが首からぶら下げている「ペンダント」だ。

 ペンダントは小さめの長方形で、男性は紫色に金の縁取、女性は青色に銀の縁取りがなされている。一見かなりシンプルな意匠だが、アグニにはなぜかペンダントがとても特別なものに思えた。

 そんなアグニの視線を全く気にすることなく、旅人二人は和気あいあいと食事を楽しんでいた。


 だが、女性の旅人がふと気になることを話し始めた。


「このお野菜が入ったトマトスープ、大変おいしいのですが、野菜が少々小ぶりですわね。ここの地方のお野菜は、みんなこうなのですか?」

「あー、それな…………」


 具の小ささを指摘されたアグニの父親は、申し訳なさそうに後頭部をかきむしる。


「実は数年前からどうも野菜の育ちが悪いんだよな。味は落ちていないんだが、大きさが小さくなる一方だ。このまんまだとハナクソみたいな大きさの物しか取れなくなるんじゃないかと…………」

「なるほど。それは困ったものですね、こんなに甘くておいしいというのに」

「グエンよぅ、親友のお前に言うのも憚られるからあんまり言いたくなかったんだが、確かに年々小さくなっていくなとは思ってたぜ」

「ああ、すまんなブレヌス」


 ヴェルの父親……ブレヌスもまた困ったという表情をしている。


「実は俺のところの沼でも、最近あんまり魚が取れなくてな。今日はもっと持ってくるつもりだったんだが、これが精いっぱいだったんだ」


 ここ数年、人間の里もドレークの里も不作や不漁に悩んでいる。アグニが住む村では、貴重なビタミン源である高地野菜が目に見えて小さくなってきているのだ。里の住人やアグニの父親たちが必死で原因を調べようとするも、未だにこれっぽっちも進展がない。


「このままだと…………山から離れなきゃならんかもな」

「いいよなお前ら人間は行く当てがあるんだから。俺らドレークは唯一の故郷がなくなると思うと……」


 父親二人はそろって深くため息をつく。


「まあまあお二方、そう暗い顔しなさるな。自然ってのは気まぐれなものさ、すぐに元通りに戻るって」


 何を根拠にそういうのかはわからないが、旅人の男性が暗くなる二人を無責任に励ました。


「ふー、満腹満腹! いきなり乱入して悪かった、また逢えたら今度は俺たちがごちそうするよ」

「またお会いしましょう皆様」


 昼食を食べ終わると、二人の旅人は四人に別れを告げ、再び川の上流へと向かっていった。

 彼らがどこを目指しているかは結局聞き出せなかったが、よほどのことがない限りどこかで力尽きるようなことはなさそうに思えた。


 二人の旅人が去ると、川辺の谷は再び静寂を取り戻した。


「ねえ、父さん…………あの人たちはたまに村に来る人たちとなんか違う気がする」

「お前もそう思うか……」


 アグニの父――――グエンは、彼らの正体を知っていた。


「あいつらは猟騎士フライコールだ」

「ふらいこーる?」

「冒険のプロフェッショナルたちのことだ。不可能を可能にすると言われる、一騎当千の強者つわもの……それが王国直属の冒険者集団「猟騎士フライコール」」


 猟騎士フライコール―――――――その言葉の響きに、アグニは無意識に魅せられた。

 だが、それに反して父親グエンの表情は険しい。


「グエン、強いのか奴らは……?」

「強いなんてもんじゃない…………あの認識票ハウンドマーカー、見ただろう? 女のほうは青色だった。あれを持っている人間はこの世界に何人もいない。男のほうは紫…………見たのは俺も初めてだ。どっちか一人でも俺たち四人を瞬殺できるだけの実力がある」

「ははは…………ナイスジョークだ」



 結局その日以降は、旅人二人の姿を見ること二度となかった。

 ヴェル父子おやこと別れてから、四日かけて山を歩いた後、アグニ父子は人間が住む里へと帰ってきた。


「今帰ったぞー!」

「ただいまー」

「おかえりなさい、二人とも。今日も無事でよかったわ」

「おかぃり」


 母親はエプロンとセーターを着用し、アグニがかぶっているものと同じ刺繍が入った赤い頭巾をつけている。そんな彼女の姿は、まだ4歳の妹と共に、遠くからでも見える良い目印となっている。疲れがたまっているはずの二人には、家を守る母親と幼い妹の姿が、なによりの心のよりどころであった


「『浴室』は十分温まっているわ。それと今夜はレインディア(トナカイ)のシチューよ」

「シチューよっ」

『オウッ!』


 父子なのにまるで兄弟のようにはしゃぐ二人を見て、母親はとても幸せそうな顔をしていた。


 荷物の後始末と、装備の保管の手入れを終えた二人は、下着一枚になって里のはずれにある木製の小屋に繰り出す。

 小屋の扉を開けると、そこは灼熱の世界。

 部屋の真ん中には石造りのストーブがあり、中では木材を術で加工した燃料が赤々と燃え盛っている。壁沿いには木製の段差があり、その上に布を敷けば座席になる。

 現在の室温は60℃以上。アグニは小屋の脇にある手水ちょうずから水を器で掬い、ストーブの上で熱せられている焼け石に思いきりぶちまけた。ジュアアァバチバチと爆ぜる音を立てて、器からまいた水は一瞬で水蒸気に変わる。小屋の中にたまった水蒸気が、温度を一気に上げる。


 これぞ、この地方伝統の『浴室』。常人には、暑さ我慢大会にしか見えないが、夏でも比較的寒いこの地方では、こうして高温の温室で汗をかいて、疲れを吹き飛ばすのだ。


「ア゛ア゛ア゛ア゛………………ゴグラ゛グだア゛ア゛ァァァ…………」


 布を敷いてストーブの前にどっしりと居座るアグニ。しぐさといい気の抜けた叫びといい、まるでおっさんである。


「おうおう、昔はあんなに嫌がってたのに、言うようになったなぁ」

「そんな昔のことは忘れた~~~」


 そんなアグニも、小さい頃は(今でも小さいが)この灼熱地獄が大嫌いのお風呂ギライ少年で、父親が平然と長風呂するのを見てなんとなく負けたくないと思い、徐々に風呂ギライを克服した。今ではこの通り、里の人間ですら半数は耐えられないような高温でも、平気な顔をしている。ちなみに、この父子は長風呂対決を母親から禁止されている。かつて一度行った、世界屈指の負けず嫌い父子による地獄の対決は、ここに書くまでもなく結末は大体想像できるだろう。


「ねー、お父さん?」

「オウなんだ」


 灰と泥と香草を混ぜて作った洗髪料シャンプーを頭にかぶりながら、アグニは再び二人の旅人の話をした。


「あの人たち……本当に強いの?」

「なんだ、お前はあいつらが強そうに見えないのか」

「ん~、弱くはないと思うけど、お父さんのほうが強いんじゃないかなって」

「うれしいこと言ってくれるじゃないか。だがそう思うならお前はまだまだだ」


 ふーっと深いため息をつきながら、グエンは布の上に寝転がる。


「逆に聞くが、俺とヴェルの親父のブレヌスはどっちが強いと思う」

「それは…………えっと」

「まあブレヌスだよな。俺はあいつと手合わせして一度も勝ったことがない。っつーかそもそも人間は普通一騎打ち(タイマン)じゃドレークには勝てん。ぶっちゃけお前がヴェルに勝ったことがあるのはすげーと思うぞ。だが、こーいっちゃなんだが、お前がよほど強くならんと、10年以内にヴェルには勝てなくなるだろうよ」


 アグニは薄々はわかってはいたが、人間とドレークでは戦いに関する基礎能力に絶望的な差がある。

 アグニが前回まで二連勝できたのも、ヴェル対策に新しい技を覚えるために躍起になって努力してようやく勝ち取ったもの。それでも、今回の対決では結局それが通じず引き分け。このままでは、いずれアグニは連敗まっしぐらだろう。


「けどよ、人間だってドレークより優れている部分がある。ドレークは寿命が長い分、あまりにも数が少ない。人間は一人ひとりじゃかなわないから数で対抗するんだ。ここまではわかるな?」

「うん……」

「だがな、あの二人は違う。あの青いペンダントは、一人で人間50人分以上の強さがあるやつじゃないと持つことは許されないものだ。紫のほうは…………人間卒業証明書だな。噂では、あれを持っている奴に戦いを挑むと自殺として扱われるらしい。あの二人にかかりゃ、ドレークに勝つどころか里を滅ぼすこともできるだろうよ」

「そんなに…………!」

「まあ、だからこそ解せんのが」


 寝転がっていたグエンがすっくと起き上がり、布を手に取った。


「なんでそんな奴らがこの山に来たかってことだ。そこらの魔獣退治ならもっと下っ端でもできる。ただハイキングに来ただけならいいが、任務とか言ってたからなぁ…………出るぞ」


 話すだけ話すと、グエンは布をもって小屋の外に出ていく。アグニもまた、敷いてあった布をもって後に続いた。

 出てすぐに二人は、小屋の目の前にある池に思いきり飛び込む。熱せられた身体が、急激に引き締まっていくのを感じる。


「うひょーーーーーっ!!」


 アツアツに熱した鉄の棒が水につかって冷えていくかのように、アグニは苦痛を超えた快感に奇声をあげた。体が弱い人は決して真似をしてはいけない、乱暴な入浴であったが、これはこれで疲れが吹っ飛ぶように回復するのだから驚きである。


「あら? その声はアグニ? どこにいるの?」


 と、そこにアグニの声を聞きつけて、一人の少女が小屋に駆け寄ってきた。

 まるで樹木を思わせるような、濃い茶色の髪と緑色のマントが特徴的で、年頃はアグニと同じくらい。その顔は純粋無垢そのもので、頭にちょこんとのけた黄色の花飾りが、いっそう可憐さを引き立たせている。


「ん? ローザちゃんいるの?」


 アグニもまた、自分を探す聴きなれた声が聞こえたので、池から上がろうとする。


「あ、バカ! 今その格好で上がると―――――――――」


 そしてそれを見たグエンは慌てて息子を止めようとしたが、時すでに遅し。

 

 直後、絹を引き裂いたような女の子の悲鳴が、里全体に響き渡った。


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