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どうしようもなく、どうしようもない

 話は二か月前、学校祭でのクラス演劇まで遡る。

 私達が挑戦した舞台は、若くして亡くなってしまったお姫様を何とかして生き返らせようと四苦八苦しながらも、最後はお姫様の死をみんなが受け入れるという、何ともシリアスなお芝居だった。衣装担当だった私は、ビジュアルにリアリティを出すためにも、19世紀のヨーロッパで実際に行われていたという、亡くなった家族を生きているように写す文化について研究したりもした。ぐががちゃんを見た時真っ先にそれを思い出したのは、たまたまでもなんでもなかったんだ。というかその時何故私は、関連するように陽毬ちゃんを思い出す事ができなかったのか。それは間違いなく、ぐががちゃんが黒髪だったからに違いない。お芝居では陽毬ちゃんは金色のウィッグをつける予定だった。実際稽古ではずっとそれを着用していた。そのビジュアルを私はずっと目に焼き付けていたんだ。でも本番の日、ウィッグを私が紛失してしまって……。

とはいえ他にもヒントはいくらでもあった。顔で気づけなかったのはメイクを施した子のファインプレーだと思う。肌の色も真っ白にして、カラコンやアイシャドーで死んだ目を表現して、かなり別人へと変貌させてしまっていた。とはいえそれでも気づくべきだったし、服装で気づけなかった事だけは、言い訳の仕様の無い、私の最大の失態だ。もしかしたら私にとってあの舞台は、忘れたくなる程のトラウマだったのかもしれない。陽毬ちゃんの言う事を聞かないで結局陽毬ちゃんに迷惑をかけた、私にとってこれ以上無い、傷つく事実だ。それかもしくは、心の何処かでは、本当は気づいていたのかもしれない。ぐががちゃんに、あの日の陽毬ちゃんに責めたてられている、そう思いたくなくて、気づこうとしなかっただけで……。きっとこれも私の悪い癖、楽観視の成れの果てなんだろうと思う。

 さて、一つの疑問が解決して、しかしまだ疑問は残る。むしろ深まってしまう。どうして本番の日の陽毬ちゃんが、こうして幽霊となって、今私達を襲おうとするのだろうか。

 その答えは陽毬ちゃんが既に解き明かしていた。

「ねえ、ホノちゃん、全部分かったけど、恥ずかしいから言わないでもいい?」

「えぇぇ!? 気になるから教えてよ! っていうかあれ、ぐががちゃんは?」

 私はきょろきょろと辺りを見回し、ぐががちゃんの姿を探した。しかしどこにも見当たらない。気づけばぐががちゃんの体は、さっき倒れていたはずの場所から、完全に溶けて消失してしまっていた。

「うん、そうだよね、消えるよね……私が言わなきゃだもんね……」

「ちょ、ちょっと陽毬ちゃん、何一人で納得しちゃってるのさ!」

「ホノちゃんさ……本当に本当にほんっとーに、誰にも言わないって誓える? 恥ずかしいから言うのも一度限りね?」

「う、うん、じゃあ真剣に聞くね」

「じゃあ言うね……。えっとね、今回の事は一重に私の恋心のせいだと思う」

「こ、こいごこ……ろ?」

「そう、誰かさんを好きな気持ちが暴走したんだと思う」

 陽毬ちゃんの顔は、窓から差し込む夕陽に照らされて、綺麗に色づいていた。でもきっと夕陽の下でなくても赤いんだろうなって事だけは分かった。

「私、あのお芝居、ホノちゃんには感謝してるんだよ? 必死に衣装を考えてくれて、徹夜で稽古に付き合ってくれて、だから本番を成功させてありがとうを言いたかったけど、あんな事になっちゃって、ホノちゃん、珍しく凄く落ち込んでたから……」

「だって私、陽毬ちゃんの言う事無視して、陽毬ちゃんに迷惑かけちゃったし……」

「だから、きっと、やりきれない私の思いが生霊になったのかなって……ね? でも、私はあくまで死体の役だから、言葉は発せなくて……」

 そこまで言って、陽毬ちゃんの口は止まってしまう。まだ肝心な事を言っていない内から止まってしまう。きっと私が促さなければ、陽毬ちゃんはいつまでも夕陽色の顔をしたまま動かなくて、私は思わず口を開いていた。

「ねえ陽毬ちゃん、意地悪な事聞いてもいいかな?」

「う……は、はい……」

「それと、陽毬ちゃんの恋心には、一体何の関係があるのかなって……聞かせてもらってもいいかな?」

 ぴくりと、陽毬ちゃんは体を震わせ、必死に、緊張をほぐすように大きく深呼吸をした。

「っ……えっと、そのね? だから本番が終わったら私、思い切ってその誰かさんに、ありがとうだけじゃなくて、告白もしようと思ってて、でも結局おじゃんになっちゃって、それで、それで……えっと……うん」

「誰かさんって、誰の事かな?」

「い、いじわる……っ、ここまで言ったら分かるでしょ!」

「私、はっきり聞きたい」

 私が真っすぐに陽毬ちゃんを見つめると、陽毬ちゃんも観念したように私の目をはっきりと見つめた。潤んだ瞳が、ひたすらにきれい。ああ、そっか、そうなんだ。今気づいたよ。私はこの瞳じゃなきゃ陽毬ちゃんだって認識できないんだ。これが陽毬ちゃんの生きている目、今から素敵な言葉を紡ぐ時の、世界で一番愛おしい瞳なんだ。

「ホノちゃん、私言うからね、内容は分かってると思うけど、言うから覚悟してね!」

「はいっ、私もきっと同じ気持ちだから、いっぱい言ってください!」

「わ、私は……ホノちゃんの事が好きですっ! 大好きです! 恋してます! 愛してます!」

「はいっ! 私も陽毬ちゃんの事がすきですっ、愛してま……んむーっ!?」

 あはは、キスが早いよ、ホノちゃん……。

「っ……ホノちゃ……っ、んっ」

「ひま……ちゃ……ぁ……ぁ……んぅぅっ」

 陽毬ちゃんの情熱的な口づけの前には、言葉を遮られた事なんて、すぐどうでもよくなってしまった。

「んっ……っ、すき……ホノちゃ、だいすき……っ、んーっっっ!」

「ぅぅぅっっっ!? んっ、んんんんんーっ」

 ふわあああああ……あああああ……なにこれ、なにこれ、なにこれぇぇ……。

柔らかくて、甘くて、胸の奥がずきずきする。陽毬ちゃんと唇で繋がってる。ただそれだけで、どうしてこんなに幸せな気持ちが溢れてくるの? どうしてこんなに気持ちいいの? 一生でも繋がっていたい。いつか本当に私達が幽霊になる時が来たら、こうやってつながったままでなりたい。そう思わせる程に、陽毬ちゃんの唇は、ただただ柔らかかった。

 頬を自然と涙が伝い、私は陽毬ちゃんの手に指を絡ませて、一億年でも離れないように堅くぎゅっと握りしめた。


 のうがとろとろ、きもちはふわふわ、けーきみたいにあまくて、しあわせ。

 ひまりちゃん、だいすきっ、あいしてますっ。







 その後の顛末は語るまでもない。まあぐががちゃんは案の定もう現れる事は無く、あと陽毬ちゃんが案外キス魔だって事がよく分かったくらいだ。見えるところにキスマークとか、分かりやすすぎるからやめてね? あと人の言葉を遮って唇塞がないでください。

 今回の騒動で私、ぐががちゃんに教えてもらったことがある。

それは、私と陽毬ちゃんは実はものすごーく似た者同士だという事だ。

だってそうでしょう?


 私に告白するために生霊まで出現させた陽毬ちゃんも、

 陽毬ちゃんの気持ちにとことん鈍感だった私も、

 どうしようもなく、どうしようもない人間なのだから。

                                  了









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