最終話:エピローグ
無事に魔王を倒し、この世界に平和を取り戻した私たちは、まず復興されたリバーナ王国城下町へと戻った。遅くなったが、私たちの母、ラーニャさんの墓参りをするために。
魔王襲撃の際に亡くなった人々の大半は、死体すら残っていない。残っていても原型はなく、誰の死体か判別できないような状況だったそうだ。なので、その人たちのお墓は共同墓地に名前だけが刻まれているような形式になっている。
「母さん。やっと仇がとれたよ。直接戦ったのはリーナだけど、俺も頑張ったんだ。魔王軍幹部だって倒して……俺……」
ザックは墓前で泣いていた。その涙にどのような想いが込められているのか、私にはわからない。それは、ザックにしか知りえないものなのだろう。
私は、魔王討伐を墓前で誇るようなことはできなかった。誰かのために討伐したというより、自分の責任を自分でとったというか、罪滅ぼしのような感覚で挑んでいたため、それを誇るのは違う気がした。
ただ私は、死者の冥福を祈っていた。
そして次は、私たちの生まれ故郷であるエルフの里に戻った。それは里に皆に、ある事実を伝えるため。
実は私はダークエルフではなく、エルフだった。
遠い昔、ダークエルフとは前世の神話にあったとおりの、褐色の肌を持つエルフのことを指していたらしいが、徐々に数が減り絶滅してしまった。
そして時がたち、言い伝えでしか知るすべのないダークエルフのことをどう曲解したのかわからないが、攻撃的な属性魔法が得意なエルフ=ダークエルフという誤った認識が広まってしまったのだ。ステータス画面に私の種族名がダークエルフだと表示されるほどに。
エルフの国ではその勘違いは正されているが、その国に属していない里のエルフには情報共有はされておらず、私は勘違いで虐待されていたわけだ。
私を虐待した里の全員が頭を下げる光景は、まあ爽快だった。その爽快感は衝撃の事実で吹っ飛んだが。
……師匠が実の父親なんて知らなかった。あと母親。私のこと愛してたんだなって。まあ今更だけど。
私にとっての親はラーニャさんで、血のつながりがあろうとも二人は他人なのだ。子供にとって親とは永遠にかけがえのない存在ではない。小さいときは親がいないと生きていけないほど無力なのだから、かけがえのないものではある。
しかし、成長して一人で生きていけるようになったら、もう親など必要としないのだ。私たちが家族になるには、あまりにも時がたちすぎた。私に愛を注いでくれる人たちは、他にいる。二人の愛など、私には必要ない。
もう二度とこの里には帰らないと告げて、私たちは去った。
それからは、あてもなく旅をする日々……という名の逃避行。エルフの国の王子をはじめとする、各地の王族の求婚から逃げまくった。
魔王を倒した勇者と結婚してその武力と名声を我が国の手中に……といった輩が多すぎる。
精神的疲労が限界に達した時だった。
「だったら俺と結婚しよう」
……ザックからプロポーズされました。
ずっと前から好きだった。なのにお前は鈍感で俺の好意に気付いてくれない。直接言うのも恥ずかしい。それに今の関係を壊したくもなかったからずっと隠していた。けどこのままどこの馬の骨とも知れない奴に無理矢理婚約させられるくらいなら……と、そんな感じで告白したらしい。
もちろん承諾した。ザックは顔がいいし強さも申し分ない。経済力も、私との相性も性格もいい。長い付き合いで気兼ねしないし、むしろ断る理由がなかった。
結婚式はそれはもう盛大に行われました。魔王討伐の旅の際に知り合った仲のいい人をほぼ全員呼んで、豪華な顔ぶれになった。結婚式会場に来ている人たちが本気を出したら世界を征服できるのでは……と思うくらい。
エルフの国の王子が誓いのキスの寸前、ちょっとまったぁああああ、と突撃してきたが、空気を読め、と参列者に追い出された。
そんなちょっとしたトラブルはあったものの、一生の思い出に残る素晴らしい結婚式になりました。
新婚旅行した後は魔王討伐の報奨金を使ってのんびり余生を……とも思ったが、隠居するにはまだ若いので、冒険者の活動を夫婦で続けた。そして……子供が生まれた。
私たちの結婚、そして生まれた子供が、混血種の差別撤廃の足掛かりになればいいと、そう願った。
ミラに差別などの不遇な扱いで苦しむ人を減らすと、約束したのだから。
その願いがかなったのか、異種族同士の結婚が世界的に認められるようになってきた。私とザックの結婚式に来ていた人間の王族が、獣人の王族やエルフの王族と仲良くなり、結婚するようになってから、異種族同士の結婚に対する風当たりが弱くなったのだ。
これを期に私は、反差別団体を設立した。この世界の差別に疑問を持つ同士を募らせ、いずれは差別をなくすことを目標にする団体。意外とたくさんの人間が集まって、その中にはかなりの権力者も混じっている。
異種族との結婚が当たり前になる時代は思ったより近いのかもしれない。
反差別団体団長である私を目障りに思った権力者が暗殺者をけしかけることもあったが、未来視があれば不意打ちは通じない。不意打ちができない暗殺者にやられるほど、私は弱くない。
士気も上々、活動資金には困っていない。反差別団体の活動は、順調すぎるほど滞りなく進んだ。
それから、数十年後の話だ。
私たち夫婦が購入した家のベッドで、二人の男女が共にいる。一人は老人の男性。体は瘦せこけて、呼吸に力はなく、今にも亡くなりそうだ。もう一人は女性、若々しく活力に満ちたその肉体は、ベッドで横になっている男性とは対照的だった。
私と、ザックの話だ。
ザックが、消え入りそうなほど力のない声で、言葉を発する。
「まさか、エルフと人間の寿命がこんなに違うなんてな」
肉体に負担をかけるような技で寿命を縮めた私よりも、ザックのほうが先に逝ってしまう。純粋なエルフなら割り切れる問題かもしれないが、私は人間に近い価値観なので、どうにも納得いかない。……なぜエルフの寿命は無駄に長いのだろう。
「分かっていると思うが、儂が死んだあと、後を追うような真似はするな」
一人称が儂に変わり、咳き込む回数が増え、身体が徐々に動かなくなる姿は見ていられなかった。もうそこに、重い剣を振り回し、魔王幹部と死闘を繰り広げた全盛期の面影はない。ただ一人の、老いて朽ち果てる老人だ。
「友達も、息子も孫もいるから、まだ死なないよ」
ミラとの約束が生きる理由だったころと比べると、だいぶ生きる理由が増えた。ミレイとレイラも長すぎるエルフの寿命を持て余しているようだが、それでも死ぬつもりはないらしい。私も、寿命が尽きるまで精いっぱい生きようと思う。
「そうか……よかっ……た……」
その言葉を最後に、ザックは死んだ。
私はより一層、反差別団体の活動に専念した。いつが、誰も差別で苦しむことのない世界を作るために。
……完全に差別がなくならないのは分かっている。種族だけじゃない。肌の色、顔の美醜、身体能力、学力……人は些細な違いに優劣をつけ、他者を虐げたがる生き物だ。世界の醜い部分を、完全になくすことは不可能に近い。
けどそれでも、何かを変えることはできるはずだ。だから私は、死力を尽くした。
時には戦場で尽力し、治療魔法で沢山の人を助けて、弟子をとって武術を広めて、別の弟子には魔法を教えた。科学技術は教えていない。魔法によって発展したこの世界に科学は異物だ。半端な知識が魔法の足を引っ張ることもある。この知識は、墓場まで持っていくことにした。
そして数百年後、やっと私の寿命も尽きる時が来た。
力が入らず動かない身体で、視界に入る人物のことを想う。
涙を流すミレイ、レイラ……二人の親戚や、私の親戚。部屋の外にはそれ以上の人数が控えているらしい。勇者の死を弔おうという人物の多いこと。
こんなにたくさんの人に囲まれて死ぬなんて思わなかった。
次に思うのは、もうすでに亡くなっている人のことだ。あの世に行ったら、ラーニャさん、ザック、ミラ……あ、できればグランさんにも会いたい。
もう生きることに未練はなかった。やりたいことは大体やったし、反差別団体は私がいなくても活動を続けるだろうし、異種族同士の結婚は当たり前になった。混血種が蔑まれる時代は終わった。……もう、全部やり切った。
「もう……終わった……よ……」
そして、私は笑って死んだ。
勇者の死は世界中に告げられ、世界中の人々はその死を惜しんだ。
魔王お討伐して、勇者としての役割を終えてなお世界の平和のために尽くすその生き方。人々はそのあまりにも清廉な生涯に敬意を表し、彼女のことを……
聖女
と、そう呼んだ。




