31.テンプレ貴族に第四王女
「ふぅ~間に合ったぁ~」
なんとか僕は9時の鐘が鳴るまでに教室へとたどり着き、着席していた。
ちなみに教室に入って来た時にはすでに僕以外のクラスメイトは着席していたので、ちょっとはずかしかった。
それに、新入生代表挨拶をしたので、視線の集まり方がすごかった。
お、ミュウとガイ発見。
どうやら双子も同じクラスみたいだ。
やったね!
しかし出席番号順なので席がバラバラだ。
後で話しかけに行こう。
僕は自分の与えられた席に座り、隣の席に座る女の子に声をかけた。
「おはよう!」
「……おはようございます」
お、挨拶を返してくれた。
そこで僕は初めて女の子と視線を交わした。
率直に言おう、ものすごい美少女だ。
ぷっくりと朱が差した唇にスッとした鼻だち。
やや吊り目がちだが大きな薄桃色の瞳は透けそうなくらいに澄んでいる。
そして特徴的な桃色の髪はカールがかっており、とてもエレガントな印象を受ける。
制服越しでもわかる華奢なその肢体は同時に女性的な丸みを帯びており、見る者を魅了せざる負えないだろう。
僕はまるで高貴なお人形さんのような子だなと思った。
もっと話してみたかったが、どうやら今は機嫌が悪いようなのでこれ以上話しかけるのは止めておくことにしようと思い、僕はこの学園について確認しておこうと生徒手帳ならぬ生徒カードを開いた。
確認したのは学園の授業カリキュラムについてだ。
学ぶ内容をざっくり言うと、座学と戦闘実技だ。
開始時間は9時の鐘、終了時間は12時の鐘であり、そこからは各々でやりたい事をする。まぁほとんどの生徒は主に個人練習、クラブ活動、寮でゆっくりする、などの3パターンらしい。
座学では文字や四則演算、歴史などを主に学ぶ。
戦闘実技では剣の基礎と魔法の基礎を学ぶ。
なぜ剣と魔法両方の基礎を学ぶかというと、剣を使うものでも魔力操作が使えるのとそうでないのとでは強さがかなり変わってくるからである。
また、魔法の種類が分かれば対応の仕方も色々あるので、魔法の基礎知識は剣士にとっても有用なのである。
魔法使い志望であっても、接近戦ができるに越したことは無いし最後にものを言うのは体力というのは良くある話である。
以上の理由から、1年生のうちは両方の基礎を学ぶのである。
もちろん2年生からはどちらかを選択することになる。
また、2年生からは成績によりF~Sクラスに別れて授業が行われる。
成績上位のものからS~Fに振り分けられるのだ。
因みに今の僕は1年E組だ。
もっとも、来年にはS組になると思うが。
むしろ神より強く、現代日本の高校卒業者以上の計算能力を持つ13歳がこの世界に居るなら会ってみたいものだ……。
キーンコーンカーンコーン
そんなことを考えていると、9時を告げるチャイムが鳴った。
ガラッ
教室の扉を開けて入ってきたのはクールビューティー然とした妙齢の美女であった。
どうやら彼女がこのクラスの担任みたいだ。
「お前達のクラスの担任となったニーナという。1年間よろしく頼む。」
キリッと音がしそうなほどのクールさだ。
まさに出来る女みたいな。
「さて、今日は授業が無い。よってこれより自己紹介を行う。まずは私から行こうか。
先程も名乗ったが私の名前はニーナという。お前達の座学を担当することになる。好きな食べ物は甘い物で嫌いな物は特にないな。ちなみに独身で現在恋人はいない。改めてよろしく頼む。次、出席番号1番 アルド!」
その言葉に反応し、勢い良く立ち上がったのは大柄な焦げ茶の髪を持つ少年であった。
よく日に焼けた肌はいかにも健康的であり、引き締まった肉体からは若々しさが滲みでているかのようだ。
顔はどちらかと言えば整っていて、今はその顔を緊張からか強ばらせていた。
そんな彼、アルドはカクカクとした動きで教卓の方に歩いていった。
今更だがこの教室は中央に取り付けられた黒板から遠ざかる毎に席が高くなっていくという所謂大学によくある階段状の教室だ。
そのため、黒板やそこに立つ者がはっきりと良く見えるので、自己紹介する側にとっては視線の集中砲火により緊張するのは明らかだった。
「ア、アアアアルドと言います!」
案の定、アルドも緊張で噛んでしまったようだ。
「す、好きな食べ物は美味しい物全部!
得意教科は実技だ!
よ、よろしくおねがいします!」
アルドは最後に頭を下げた。
しかし、勢いがよすぎたのか教卓に頭を強く打ち付けた。
その額からは血が滲んでいた。
するとニーナ先生は、
「貴様は教卓を破壊する気か?」
「す、すみません……」
教室のあちこちからクスクスと笑いが起きた。
僕も思わず笑ってしまった。
しかもニーナ先生はニヤリと笑みを浮かべながらこう続けた。
「それと私は別に"前に出ろ"とは一言も言ってないぞ?」
「なっ!?どうして言ってくれなかったんですか!?」
「決まっているだろう。その方が面白そうだからだ!」
「あんた最悪だな!?」
そこで再び笑いが起きた。
今度は腹を抱えてヒイヒイいってる者もいる始末だ。
というか腹を抱えているのはガイだった。
「フフフ、何とでも言うがいい。次の者からはその場で構わんぞ」
アルドは顔を真っ赤にしながら席にいそいそと戻っていった。
この後彼がクラスのいじられ役になるのは間違いないだろう。
アルドとニーナ先生のやり取りでいい具合に緊張も解けたらしく、自己紹介は順調に進んでいった。
おっと、次はガイのようだ。
「名前はガイという。
好きな食べ物は母さんの作るスイートポテトだ!
嫌いなものは特に無い。そして一番楽しみにしているのは剣の授業だ!
1年間よろしくな!」
パチパチと拍手が起き、次の人物に移る。
そいつは立ち上がると周囲を見下したように見回すとやがて「フッ!」とあろうことか鼻で笑った。
周囲から非難の眼差しが向けられるが全く意に介した様子も無く喋り出した。
「俺様の名はバッカス・ヴァン・ポンコッツ!
三公爵家の中の1つ、偉大なるポンコッツ家が長男、バッカス・ヴァン・ポンコッツ。それが俺様の名だ!ふはははは!」
何がおかしいのかバッカスなる者は高笑いをしている。
外見は中肉中背で顔は中の下。
唯一出っ歯なところ以外は特徴が無い、いかにも三下と言う感じの奴だ。
……てか馬鹿でカスでポンコツとか出オチ感がすごいする。
僕は吹き出すのを堪えているのに必死だった。
「どうだ!恐れ入ったか庶民共!分かったなら俺様に従え!それとレイ・ヴァン・アイブリンガー!」
おっと、僕に話しかけてるみたいだ。
やばい吹きそう。こんな漫画みたいな"俺様偉いぜ"的な貴族が現実にいるとは思わなかった。
お願いだからこれ以上僕を笑わせようとしないで……。
てか先生なんで止めないの?
「代表挨拶聞いていたぞ!
貴様のような成り上がりのなんちゃって貴族が随分と大それたことをいうではないか!
身分関係無くだと?たかが名誉男爵家の分際で生意気なんだよ!身の程を弁えろ!」
僕は試されているのだろうか?
やばいそろそろ限界なんだけど!
「だいたい真の貴族という者は「ぷっ、くはははは!」だな……って何がおかしい!?」
僕が突然笑い出したことにクラスの人全員が呆気にとられていた。
となりの桃髪の美少女も薄桃色の瞳をまん丸に見開いている。
いやだってねぇ?しょうがないでしょ。
「ククク……あぁ~お腹痛い、うん?どうぞ続けていいよ?くははは!」
「続けられるかぁっ!?何がおかしいんだ!」
顔を見てもう一度吹き出してしまった。
それに対してバッカスは顔を憤怒で真っ赤にさせている。
「あはははは!あ~すまないね。んで何がおかしいか、だったかな?
全部だよ。君の話ぜ~んぶ!」
「何!?」
「つまり君はこう言いたいんだろう?"俺様の家は大貴族で偉大なんだから俺様より家が下な奴は無条件で従うのが当然なんだよ愚民共!"ってさ」
「そ、その通りだ!」
「それがおかしいんだよ」
「何処がだ!」
僕はそこで大袈裟に溜息をつき、やれやれと言った具合に肩を竦める。
「そもそもどうして貴族は偉大なんだい?庶民と何が違うんだ?体に何かついているのかい?それとも何か突出した能力でも持っているのかな?」
「高貴な血が入っている!」
「それがなんの役に立つって言うんだい?言っておくが君はただ運良く公爵家に生まれたに過ぎない。まだ何も成してないし家の役に立ってもいない。保護されているただの子供なんだよ」
「なっ!?言わせておけばっ!」
なにやらバッカスが怒っているようだが、僕は無視して続ける。
「そもそも君が公爵家なのは君のご先祖様が努力したからであって、君の功績でもなんでもない。それを誇ることは自由だが、威張ることはおかしくないか?
"だって貴族は偉いんだもん!"という理由でおかしくないと断ずるのは少々幼稚過ぎる気がしないかな?」
「ぐっ、ぬぬぬ!」
「分かってくれたかな。バカでカスでポンコツなバッカス君?」
場が沈黙に包まれる。
あ、調子に乗って言い過ぎた。
しかし気づいた時には後の祭り。
「貴様。よりによって俺様の家を愚弄するとはっ!」
バッカスがプルプルと肩を震わせながら左腰についている剣に手を掛け、抜き放った。
そして、
「この剣の錆にしてくれるわっ!」
机を足場に、バッカスは僕に向けて一直線に駆け上がってきた。
最後に僕の机にたどり着くと、真っ向切りをしてきた。
「死ねぇえええ!!」
どう対処しようかと考えていると、
「待ちなさい!!!」
隣からよく響く綺麗な声が聞こえた。
その声にバッカスは思わず剣を止めた。
それだけの威圧をその声は秘めていた。
「じゃ、邪魔をする……な……」
バッカスが少女を見た瞬間に凍りついた。
思わず剣を落としてしまったところから彼の衝撃の具合が伺える。
いったいどうしたのかと思っていると、
「それ以上の暴挙はこの私、ワイルド王国第四王女、ロゼリーナ・スィ・ヴァン・ワイルドが許しませんわ!」
……王女様?マジで?
バッカスは机の上で唖然として、未だに固まっている。
「机の上に土足で上がるのは感心しませんわよ、バッカス・ヴァン・ポンコッツ?」
その言葉でようやく気がついたのか、バッカスは急いで机から退き、その場で跪いた。
「も、申し訳ありません第四王女殿下!まさか貴女様がいらっしゃるとは思っておりませんでした。このバッカス、己の愚行を悔いております。どうか寛大なお慈悲を!」
誰だコイツは?と言いたくなるくらい態度を急変させるバッカス。
「面を上げなさいバッカス。ここは学び舎、そのような硬い態度は不要です。処罰もいたしません。ですが今やるべきことはそんなことではないはずでしょう。それを理解せず、ましてや我を忘れて剣を抜くなど言語道断!三大公爵家の者として恥を知りなさい!」
「ははっ!」
すると今まで静観していたニーナ先生が口を開いた。
「ロゼリーナの言う通りだ。貴様等少し頭を冷やせ。
さあ、自己紹介を続けるから席につけ。次の者!」
バッカスは最後に僕を一睨みしたあと席に戻っていった。
僕ニーナ先生の言葉に従い席に座った。
同じく席についたロゼリーナ王女殿下に、僕は小さく呟いた。
「ありがとう!助けてくれて」
その言葉に王女殿下は目を見開いて驚いた後、仏頂面で顔を赤らめるという器用な事をしながら、
「どういたしまして」
と小さく呟き返してくれた。
どうやら不機嫌そうな顔がデフォルトのようだ。
その後は特に滞りなく自己紹介が進んだ。
「ミュウと言います。
好きな食べ物は蜂蜜です。嫌いな食べ物は苦いものと辛いものです。
魔法に興味があります!よろしくおねがいします!」
と、途中ミュウを挟みしばらくして僕の番になったので立ちあがる。
バッカスだけがものすごく睨みつけてくるが、無視して始めた。
「入学式でも見たとは思いますが、改めまして僕の名前はレイ・ヴァン・アイブリンガーです。
好きな食べ物は母上や姉の作る牛乳プリンというスイーツ。
嫌いなものは特にありません。
剣と魔法と料理が得意です。あ、あとこう見えて男です。
平民とか貴族とか関係無くよろしくおねがいしますね!」
最後に母上直伝の微笑みを浮かべると、男女問わず頬に朱が差した。
男は別に照れなくていいよ!てかキモいから!
僕は静かに腰を下ろすと、
「さきも申し上げましたが、私はワイルド王国第四王女、ロゼリーナ・スィ・ヴァン・ワイルドと申しますの。好きな食べ物はお菓子、苦手なものはお肉ですわ。それから王女だからと言って特別扱いなどしなくて結構です!よろしくおねがいしますわ!」
どうやらこの王女殿下は特別扱いされることが苦手らしい。
僕と気が合いそうだ。
「ロゼリーナが最後か。
さて、今日は初日なのでこれで終わりとする。各自寮に行くなりクラブ活動を見るなり好きにしろ。何か質問はあるか?」
誰も質問は無いようだ。
「無ければこれで解散とする。一同起立!礼!」
そして先生は去っていった。
ニーナ先生が去った瞬間に飛んできたのはミュウとガイだった。
「レイ!貴族だったの!?しかもアイブリンガー家!?」
「どうして言ってくれなかったんだ?」
前半がミュウ、後半がガイだ。
「その方がびっくりすると思ってさ!どうだった?」
「「めっちゃびっくりした(わ)!!」」
「あはは。でしょ?」
「うぅ~私達様付けとかした方がいい?」
「そんなことしなくていいよ!ここは身分なんて関係無いんだからさ!」
「そうだよミュウ姉!レイもこう言ってるんだから気にすんなって。それよりレイ!
メシ行こうぜメシ!俺腹減った!」
「そうだね。王女殿下もどう?」
「ロゼリーナで結構ですわよ。せっかくですし、ご一緒させていただきますわ」
「「「…………」」」
まさか本当に来てくれるとは思わなかっので固まってしまった。
「な、なんですの?」
「いや、本当に来ると思ってなかったから、つい……」
「不機嫌そうですし……」
「俺、レイが不敬罪で処刑されると思ったわ」
ガイ。それは流石に失礼だろう。
「なんですの貴方達は!?行きませんわよ!」
「あーごめんごめん!来てくださいお願いします!」
「もう!失礼しちゃいますわ!」
若干ロゼリーナが涙目になっていたのですぐに謝った。
するとそこへバカカス……ではなくバッカスが近づいてきた。
双子は完全に警戒している。
ロゼリーナがまたバッカスを止めようとするが、僕はそれを手で制した。
失礼な行為だが、ロゼリーナは顔をプイッと背けるだけで許してくれた。
「何の用だ?」
僕は静かに問い掛ける。
「レイ・ヴァン・アイブリンガー」
バッカスは口を開き、そして驚くべき事を口にした。
「俺様と誇りをかけて模擬戦をしろッッッ!!」
「え?嫌ですけど」
即効で断った。
「は?」
「へ?」
「ほ?」
「…………」
上からロゼリーナ、ミュウ、ガイ、バッカスの順だ。
バッカスなんて口を大きく開けたままポカーンとしている。
やがて立ち直ったのか、もう一度言った。
正確には言おうとした。
「俺様と模擬戦……」
「嫌です」
「俺様と模擬……」
「嫌です」
「俺様と……」
「嫌です」
僕は頑なに拒否を繰り返した。
バッカスは口をパクパクさせるがあまりのショックで言葉が紡げないようだ。
しかしそんなことは気にもとめず、僕はバッカス以外の3人に声を掛けた。
「ごはん行きましょうか皆さん!」
「え、おいレイ!こいつ無視していいのか?」
「ちょ、ちょっと私も可哀想に見えてきたかな……?」
「可哀想ですわよ……」
「えぇ~、だって面倒だし……」
と、ここでバッカスは復活し、再びその顔を憤怒に染めた。
「おぉ~のぉ~れぇ~。貴様はどこまで俺様を愚弄する気だ!」
「模擬戦をしたら僕に何かいいことがあるんですか?」
「誇りが守られる!」
「意味がわからないです。そもそも何の誇りですか?家ですか?だったら一族で話し合ってから出直してきてくださいよ」
断固拒否の構えを貫く僕。
ガイとミュウは可哀想な人を見る目をバッカスに向ける。
「レイ、容赦ねぇなぁ」
「受けてあげてもいいんじゃない?……どうせレイが勝つだろうし(ボソッ)」
ミュウのボソッと言った部分が聞こえたのか、バッカスは眉を吊り上げてズカズカとミュウに近づき、ついに拳を振りあげた。
「薄汚い平民の分際で……俺様を愚弄してんじゃねぇええ!!」
そして握った拳を真っ直ぐミュウの頬へと振りおろした。
……それが虎の尾を踏むことになるとは夢にも思わずに。
誰もがバッカスの突然の暴挙に硬直する中、拳がミュウに直撃すると思われた瞬間、
目にもとまらぬ速さで突き出された片手がミュウの鼻先数センチでバッカスの拳を受け止めた。
もちろん拳を遮ったのは僕だ。
「気が変わりました」
僕は淡々とした口調で言いつつ、バッカスの拳を押し返した。
あまり力を入れてなさそうだったが、その反動でバッカスは数歩後ろに下がった。
「な!?何がだ!」
「受けますよ」
「あ?」
「模擬戦を受けると言ってるんですよ。その変わり……」
そこで僕は微笑んだ。
しかしその目は全く笑っておらず、酷く冷たかった。
そしてゾッとするような冷淡な声で、
「後悔しないでくださいね?」
宣戦布告をした。
可愛いは正義。
可愛い女の子を傷付ける様な真似をした奴に容赦なんてするつもりは無い。
始めよう……
殺陣を。




