第一話 勇者学園
大きな講堂で俺は壇上に上がり、新入生を代表して挨拶を述べていた。
「私たち新入生は、晴れてこの勇者学園に入学することができました……」
俺の名はレオン・サンライト、十三歳。
勇者学園首席合格、文武両道、輝く黄金の髪に整った顔立ち。
さらには名家サンライト伯爵家の生まれという家柄にも恵まれた、まさに天は二物も三物も与えた選ばれし存在だ。
幼い頃から俺は非凡な才能を発揮し、領内では神童と呼ばれ慕われていた。
その俺が、各国から選りすぐりで入学を果たした生徒たちの中で、トップの成績で新入生代表に選ばれたのは当然のことだ。
女生徒たちは俺の堂々たる振る舞いに、うっとりとした表情で熱い視線を寄せている。
「これからの学園生活では、世界を救う勇者となるべく、同じ志を持つ仲間と共に、日々精進していく所存です……」
勇者とは、聖書に記された世界を救う存在だ。
この世界、エルグラントは、魔界から現れた魔人族という異世界からの侵略者により、混迷を極めている。
五つある大陸のうち、巨人族の住む北大陸は陥落し、ここ、人族の住む中央大陸にも魔の手が伸びている。
約二百年前、賢者の記した書には、北大陸において魔界より魔人の軍勢が現れ、世界は混沌に沈むであろう……と書かれていた。
当時は誰一人として信じる者はなく、彼は狂人扱いされてこの世を去ったが、今から十四年前に実際に魔王軍が現れ、侵攻を開始したことで人々の考えは変わった。
今ではそれは聖書と呼ばれ、原本は聖典統一教会で厳重に保管されている。
聖書の最後には、こう書かれていた。
奇跡の力を持つ聖女と、世界を救う勇者が、魔王を打ち倒し、この世に平穏をもたらすであろう……と。
それが、人々の希望となったことは言うまでもない。
しかし、どれだけ人々が待ち望んでも、聖女も勇者も一向に現れなかった。
「新入生一同、勇者学園の学生としての自覚と誇りを持ち、世界を救うために確かな一歩を踏み出すことを、ここに誓います……」
そして、人々はこう考えるようになった。
現れるのを待つのではなく、各国から優秀な人材を集め、勇者を育て上げよう……と。
勇者学園の入学資格は十三歳以上、性別や種族は問われない。
というのも、聖書には年齢も性別も種族も記されていなかったからである。
勇者学園が創立されてから三年目、俺たち新入生は三期生になる。
三年間の課程を修了すれば、晴れて卒業だ。
そして、その三年間で最も優秀な成績を残した者には勇者の称号が与えられ、魔王を討つという使命が課されることとなる。
三年後、勇者の称号を得ることになるのは、もちろんこの俺、レオン・サンライトをおいて他にないだろう。
「新世暦十三年、新入生代表、レオン・サンライト」
決まった。
大講堂内は、割れんばかりの拍手に包まれる。
俺はこれからの学園生活を思い描き、胸を弾ませながら壇上を後にした。
───
新世暦十年、プロミネンス王国、サンライト領。
レオンは大きな屋敷の一室で勉学に励んでいた。
教育係が感嘆の声を上げる。
「レオン様、このお年ですでに三か国語をマスターされるとは、さすがでございます」
「いえ、まだ実際に獣人族や妖精族と会話したわけではないので、本当に話せるのかどうかは疑問です」
レオンが習得したのは、この中央大陸の統一言語であるセントル語、獣人族の公用語オスト語、妖精族の公用語エスト語である。
十年前、暦を新世暦と改めた際に、中央大陸の言語はセントル語で統一された。
魔王軍の侵略に備えるために、人族同士の意思疎通は必要不可欠だったからだ。
「その飽くなき向上心、素晴らしいですな」
巨人族の言語は学んでいない。
学ぶ必要がないと言った方が正しいのかもしれない。
かつて巨人族の住んでいた北大陸は魔王軍に占領され、生き残りの巨人族は中央大陸へ逃れ、セントル語を覚えて使用している。
そのうち、巨人族の言語は消滅するだろう。
また、中央大陸が言語を統一する前に、東側にある蒼嶺国という島国が鎖国してしまい、そこでは独自の言語が維持されていると教育係から教えられた。
「ご兄妹にもレオン様を見習ってほしいものですな」
レオンには、上に兄が二人、下に妹が一人いる。
一番上の兄とレオンは正妻の子で、下の兄と妹は側室の子だ。
レオンは少し困った顔をする。
「あははっ、次は剣術指南ですね」
「少し休憩いたしましょう。メイドにお茶を運ばせます」
レオンは教育係に笑顔を向けた。
「助かります」
レオンはお茶を飲みながら一息つく。
こちらが休憩を促す前に気を利かせてくれよな、と思いながら。
屋敷の庭。
レオンは木剣を持ち、同じく木剣を持った剣術指南役と向き合っていた。
「やあっ!」
掛け声とともに木剣を振る。
しかし、そのことごとくを受け止められてしまう。
ときおり指南役も反撃し、レオンはそれを木剣で受け止めた。
しばらく打ち合いが続いた後、指南役は声を上げた。
「そこまで!」
レオンは大量の汗をかきながら、はぁ、はぁと息を切らす。
すかさずメイドたちがタオルで汗を拭き、水を持ってくる。
レオンは体を拭かれながら、杯の水を飲み干した。
指南役が笑顔になる。
「レオン様は、だいぶ剣の腕を上げられましたな!」
「いえ、まだまだです。いまだにあなたに一撃も与えることができない」
「ははははっ! そんなことになれば、私の剣術指南役としての立場がなくなってしまいます」
「どうしたら強くなれますか?」
「鍛錬あるのみですな。剣は怠けると、その腕はどんどん錆びついていきます。鍛錬を怠らず磨き上げ、その鋭さを増していく。それが強くなるための一番の近道ですぞ」
「なるほど、勉強になります」
「とはいえ、レオン様の剣の腕はなかなかのものです。サンライト騎士団の騎士たちと戦っても、良い勝負になるでしょう」
「そんな、褒めすぎですよ」
レオンは指南役とともに笑った。
座学と稽古を終えたレオンは、騎士団から護衛を一人つけて街に出る。
一人といっても、実際には密かに他にも護衛がいるだろう。
あくまで、レオンのすぐ側にいる護衛が一人という話だ。
屋敷に籠もっていては、領民たちの顔が見えない。
世間知らずにならないためにも、たまにはこうして領地を散策し、実情を確認する……というのは建前で本当は。
「あっ、レオン様、お勉強はもうよろしいのですか?」
領民の子供たちがレオンに駆け寄る。
レオンは満面の笑みを浮かべた。
「うん、もう終わったよ。今日は何して遊ぶ?」
勉強の息抜きに、領民の子供たちと遊んでいた。
六つ上の兄、ハミルはすでに成人しており、父の執務を手伝っている。
三つ上の兄、マルシスは優秀なレオンに対抗心を燃やしており、レオンから歩み寄っても嫌味を言われたり、嫌がらせをされたりするため、次第に距離を取るようになった。
六つ年下の妹セレネアはレオンに懐いているが、年が離れすぎている。
レオンは領民の子供たちを見回す。
「あれ? ララは?」
子供たちは顔を見合わせ、俯いた。
この事件の後、レオンは神童と呼ばれ、領民たちから慕われることになる。




