【やがて知る答えの先】
俺は、教会の門を開けた。
外は妙に静かだった。
前世で、子供の頃に夜道へ出た時の恐怖を思い出す。
だが、あの時とは違う。
まるで、どこかで行われている死闘の気配そのものが、荒野に染み込んでいるようだった。
鉛のように重い足を動かす。
街灯もない。
人の気配もない。
ただ月明かりだけが、闇の中に伸びる一本の希望のように見えた。
フレヤ達がどこにいるのかも分からない。
それでも、俺は前だけを見て走った。
無意味でもいい。
それでも、立ち止まる気にはなれなかった。
――そして。
空に舞う無数の剣を見た瞬間、確信する。
いる。
あそこに、彼らがいる。
辿り着いた先で俺が見たのは――世界そのものが剣へ侵食された光景だった。
空を埋める無数の刃。
月光さえ、剣の輪郭に見えた。
その中心に立つフレヤの姿は、まるで世界そのものを敵に回しているようだった。
きっと英雄譚とは、こういう光景を書くのだろう。
誰もが彼女の劣勢を疑わない。
だが俺は、何の根拠もなく確信していた。
――フレヤなら負けない。
案の定、彼女は世界に存在する全ての剣を掌握し、オスカーを沈めた。
静寂。
その中で、フレヤがこちらを見る。
「レキ、来たのか?」
俺は目の前の光景に言葉を失う。
「お前……木刀で倒したのか?」
「ああ」
フレヤは淡々と答えた。
「なかなか面白いものを見せてもらった」
そう言いながら、彼女は倒れ伏すオスカーの剣を拾い上げる。
「ただ、もう少し見せて欲しかったがな」
そして、そのまま剣を振り下ろそうとした。
その瞬間、俺は叫んでいた。
「待て!」
フレヤの動きが止まる。
「その役目は、俺が受ける」
フレヤが眉をひそめた。
「……何を言っている」
「お前に、そんなことしてほしくない」
「だから、俺にやらせてくれ」
空気が凍る。
初めて、俺はフレヤの怒りを真正面から浴びた。
「死合いへ口を挟むな、ガキ」
鋭い声だった。
「お前は剣士への侮辱だ」
正論だ。
決闘へ割って入るなど、許されることではない。
異世界から来た俺ですら、それくらい分かる。
それでも。
この結末だけは、どうしても許せなかった。
俺が言葉を返そうとした時、地に伏していたオスカーが口を開く。
「穢らわしい者が……何を言う」
血を吐きながら、それでも彼は笑った。
「私は誇り高く、あの方の元へ向かう」
――その目を見た瞬間。
俺は、少しだけ理解してしまった。
こんな状況なのに。
こいつは、本気で幸福そうだった。
俺は、それが許せなかった。
「なあ、オスカー」
俺は静かに問いかける。
「お前、自分の人生を歩んだことはあるのか?」
オスカーの目が見開かれる。
「……何?」
「あの方の為が全てだと?」
「ああ。それが私の存在意義だ」
「じゃあ、お前自身は?」
「何を……」
「誰がお前を見てくれる」
空気が止まる。
オスカーの顔が歪んだ。
「あの方の為に生きることこそ、私の幸福だ!」
「ふざけんな」
俺は叫ぶ。
「じゃあお前は何のために生まれた!」
「貴様……!」
「あの方の為に死ぬだけで終わるのかよ!」
怒鳴った直後。
自分でも分からないほど、胸が苦しくなった。
――違う。
俺は、こいつを否定したいんじゃない。
「多分……お前に嫉妬した」
オスカーの目が止まる。
「俺には、そこまで誰かを想えない」
「命を懸けて、一人を信じ抜けたお前が……少しだけ羨ましかった」
オスカーの表情が崩れる。
俺は続けた。
「お前、辛いんだろ」
「黙れ……!」
怒号と共に、無数の剣が空へ展開される。
次の瞬間、三本の剣が俺へ放たれた。
避けろ。
本能が、絶叫していた。
なのに身体は動かない。
違う。
動かなかったんじゃない。
俺は、自分から受け入れた。
ここで避けた瞬間。
一生、こいつの痛みに触れられない気がした。
二本の剣が肉を裂く。
頬が抉れる。
左肩へ深く刃が突き刺さった。
焼けるような激痛。
それでも、俺は立つ。
オスカーが困惑した顔で俺を見る。
「……何故避けない」
「私の今の力なら、避けるのは簡単だったはずだ」
頬から溢れる血と痛みで視界が揺れる。
無理矢理にでも笑う。
「……もう解放しろよ」
オスカーの目が揺れる。
「歪んでても」
「報われなくても」
「それでも、お前の忠義は本物だった」
血の音。
痛み、怒りで涙で視界が滲む。
「俺はな、一生を誰かの為だけに捧げるなんてできねえよ」
「お前は出来る奴だった」
「そんな奴が、報われないまま終わるなんて、俺は認めたくない」
オスカーが震える。
「それ以上喋るな……悪魔」
声が掠れていた。
「私には……何も、もう何もないのだ」
それでも、剣は展開される。
だが、その数は先ほどより少なかった。
「何もない?」
俺はオスカーを見る。
「俺を見ても、そう言えるか」
自虐だった。
「変わろうとしなくていい」
「誰かにすがる生き方でもいい」
「だけどな、自分を蔑ろにするなよ」
沈黙。
そして。
空に浮かんでいた剣が、やがて、全てが消えた。
オスカーは、その場へ崩れ落ちる。
そして初めて。
子供のように泣いた。
「私は……ただ…」
フレヤは黙ってその光景を見ていた。
「レキ、お前は変な奴だな……」
やがて、静かにオスカーの剣を手放す。
俺は、オスカー風に敬語をおもんじる。
「……教えを語っていた時のお前」
「嫌いじゃなかったですぞ」
「死にたくないので、教えは遠慮しますぞ」
オスカーは泣いたまま顔を伏せる。
月明かりの下で。
フレヤは背を向けたまま、肩を震わせていた。
笑っているのか。
呆れているのか。
俺には分からない。
ただ――
月明かりの下のその横顔は、
どこか少しだけ、嬉しそうに見えた。




