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無能力者の人生オールベット  作者: 織田マコト
幼少期編

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13/14

【やがて知る答えの先】

俺は、教会の門を開けた。

外は妙に静かだった。


前世で、子供の頃に夜道へ出た時の恐怖を思い出す。

だが、あの時とは違う。

まるで、どこかで行われている死闘の気配そのものが、荒野に染み込んでいるようだった。


鉛のように重い足を動かす。


街灯もない。

人の気配もない。

ただ月明かりだけが、闇の中に伸びる一本の希望のように見えた。


フレヤ達がどこにいるのかも分からない。

それでも、俺は前だけを見て走った。


無意味でもいい。

それでも、立ち止まる気にはなれなかった。


――そして。


空に舞う無数の剣を見た瞬間、確信する。


いる。

あそこに、彼らがいる。


辿り着いた先で俺が見たのは――世界そのものが剣へ侵食された光景だった。

空を埋める無数の刃。


月光さえ、剣の輪郭に見えた。


その中心に立つフレヤの姿は、まるで世界そのものを敵に回しているようだった。


きっと英雄譚とは、こういう光景を書くのだろう。


誰もが彼女の劣勢を疑わない。

だが俺は、何の根拠もなく確信していた。


――フレヤなら負けない。


案の定、彼女は世界に存在する全ての剣を掌握し、オスカーを沈めた。


静寂。


その中で、フレヤがこちらを見る。

「レキ、来たのか?」


俺は目の前の光景に言葉を失う。

「お前……木刀で倒したのか?」


「ああ」

フレヤは淡々と答えた。

「なかなか面白いものを見せてもらった」


そう言いながら、彼女は倒れ伏すオスカーの剣を拾い上げる。

「ただ、もう少し見せて欲しかったがな」

そして、そのまま剣を振り下ろそうとした。


その瞬間、俺は叫んでいた。

「待て!」


フレヤの動きが止まる。

「その役目は、俺が受ける」

フレヤが眉をひそめた。

「……何を言っている」


「お前に、そんなことしてほしくない」

「だから、俺にやらせてくれ」


空気が凍る。


初めて、俺はフレヤの怒りを真正面から浴びた。

「死合いへ口を挟むな、ガキ」

鋭い声だった。

「お前は剣士への侮辱だ」


正論だ。

決闘へ割って入るなど、許されることではない。

異世界から来た俺ですら、それくらい分かる。


それでも。


この結末だけは、どうしても許せなかった。


俺が言葉を返そうとした時、地に伏していたオスカーが口を開く。

「穢らわしい者が……何を言う」

血を吐きながら、それでも彼は笑った。

「私は誇り高く、あの方の元へ向かう」

――その目を見た瞬間。

俺は、少しだけ理解してしまった。

こんな状況なのに。

こいつは、本気で幸福そうだった。


俺は、それが許せなかった。

「なあ、オスカー」


俺は静かに問いかける。

「お前、自分の人生を歩んだことはあるのか?」


オスカーの目が見開かれる。

「……何?」


「あの方の為が全てだと?」

「ああ。それが私の存在意義だ」

「じゃあ、お前自身は?」

「何を……」

「誰がお前を見てくれる」

空気が止まる。


オスカーの顔が歪んだ。

「あの方の為に生きることこそ、私の幸福だ!」


「ふざけんな」


俺は叫ぶ。

「じゃあお前は何のために生まれた!」

「貴様……!」

「あの方の為に死ぬだけで終わるのかよ!」

怒鳴った直後。

自分でも分からないほど、胸が苦しくなった。


――違う。


俺は、こいつを否定したいんじゃない。

「多分……お前に嫉妬した」

オスカーの目が止まる。

「俺には、そこまで誰かを想えない」

「命を懸けて、一人を信じ抜けたお前が……少しだけ羨ましかった」

オスカーの表情が崩れる。


俺は続けた。

「お前、辛いんだろ」

「黙れ……!」


怒号と共に、無数の剣が空へ展開される。

次の瞬間、三本の剣が俺へ放たれた。


避けろ。

本能が、絶叫していた。


なのに身体は動かない。

違う。

動かなかったんじゃない。

俺は、自分から受け入れた。


ここで避けた瞬間。

一生、こいつの痛みに触れられない気がした。


二本の剣が肉を裂く。

頬が抉れる。

左肩へ深く刃が突き刺さった。

焼けるような激痛。


それでも、俺は立つ。


オスカーが困惑した顔で俺を見る。

「……何故避けない」

「私の今の力なら、避けるのは簡単だったはずだ」


頬から溢れる血と痛みで視界が揺れる。


無理矢理にでも笑う。


「……もう解放しろよ」


オスカーの目が揺れる。

「歪んでても」

「報われなくても」

「それでも、お前の忠義は本物だった」


血の音。

痛み、怒りで涙で視界が滲む。


「俺はな、一生を誰かの為だけに捧げるなんてできねえよ」

「お前は出来る奴だった」

「そんな奴が、報われないまま終わるなんて、俺は認めたくない」


オスカーが震える。

「それ以上喋るな……悪魔」

声が掠れていた。


「私には……何も、もう何もないのだ」

それでも、剣は展開される。

だが、その数は先ほどより少なかった。


「何もない?」

俺はオスカーを見る。

「俺を見ても、そう言えるか」

自虐だった。

「変わろうとしなくていい」

「誰かにすがる生き方でもいい」

「だけどな、自分を蔑ろにするなよ」


沈黙。


そして。


空に浮かんでいた剣が、やがて、全てが消えた。

オスカーは、その場へ崩れ落ちる。

そして初めて。

子供のように泣いた。

「私は……ただ…」


フレヤは黙ってその光景を見ていた。

「レキ、お前は変な奴だな……」

やがて、静かにオスカーの剣を手放す。


俺は、オスカー風に敬語をおもんじる。

「……教えを語っていた時のお前」

「嫌いじゃなかったですぞ」

「死にたくないので、教えは遠慮しますぞ」


オスカーは泣いたまま顔を伏せる。


月明かりの下で。

フレヤは背を向けたまま、肩を震わせていた。


笑っているのか。

呆れているのか。

俺には分からない。


ただ――

月明かりの下のその横顔は、

どこか少しだけ、嬉しそうに見えた。

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