第31話 アドバイス
「ここ! この三巻のラスト! ティナが部屋に閉じ込められちゃって、それをエリナが窓の外から迎えに来てプリズムレインするとこ! ここがもう、ほんっとうに最高に熱くてさ! 泣けるよねー!」
手にした文庫本を開きながら、穂乃果は興奮冷めやらぬ様子で熱弁を振るう。
気が付けば、一巻の冒頭から始まった穂乃果の『落ちこぼれ貧乏貴族』激推し感想会はかなりの時間に及び、その間に私はちゃっかり、お母様が作ってくれた御船家特製のカレーまでご馳走になってしまっていた。これは現実……? 夢……?
……頬をつねっても痛い。どうやらこれは夢らしい。(錯乱)
「……あーここね。ラストのシーンね、熱いよね、わかる」
私は心を無にして頷く。ただひたすら機械のように首を振る。
だって正面から言葉を受け止めると、正体を明かしてしまいそうになるからだ!
正体を打ち明けたところで、未来の私が後悔するだけだから絶対しない!
「わかるでしょ!? 続刊でて欲しいよねー」
あと穂乃果はめちゃくちゃ私のファンらしい……!
落ちこぼれ貧乏貴族から入ったらしいけど、かなりの回数読み返しくれているらしかった。
「一応ここで完結らしいけどね」
「そう! そうなの! 寂しい!」
穂乃果はパタリと文庫本を閉じ、ベッドの上に置いた。
あまり自分の文章を読み返したりはしないけど、いざ穂乃果と一緒に作品の流れを辿ってみると、ラストの展開はカタルシスとしては少し弱めに感じる。
それでも、こうして自分の生み出した物語が、目の前の読者の心に真っすぐと刺さっているのを見ることができるのは、作家としてこれ以上ないくらい嬉しい……。
だめだぞ、私。絶対に正体を明かすなよ……!
「あーやば。夢中になって語りすぎちゃった。結局、恋バナできなかったなぁ……」
時計を見てハッとしたように、穂乃果が申し訳なさそうに眉を下げる。
「でも若菜とこういうオタクっぽい話ができて、すっごく嬉しかった! だって私の周り、こういうの読む人全然いないんだよー!」
「あはは……たしかに、穂乃果の友達はあまりラノベとか読まさそう」
「そうなんだよー。……あ、そうだ!」
穂乃果はふと何かを思い出したように、身を乗り出して両手を合わせた。
「ごめん若菜、もう帰る時間だろうけどやっぱ一つだけ! 最後にどうしてもアドバイス欲しい!」
「アドバイス?」
「うん。恋バナの続き。いい、かな?」
「あ、うんそりゃいいけど。私にできることなら……」
「ありがと!」
穂乃果は大きく頷くと、こほんとわざとらしい咳をした後に、少しだけ真面目なトーンになって続けた。
「あのね。私、その好きな人とデートしたいんだけど、どうすればいいかなって」
「どうすればって?」
「うん。その人、すごくガードが堅そうというか、そういう慎重な人なんだけど。なんて伝えれば、私とデートしてくれると思うかなって……」
「うーん、そうだなぁ……」
私は腕を組んで、真剣に考えてみる。
ガードの堅い人。話しぶりからして、穂乃果でも一筋縄ではいかない相手らしい。
なら尚更、私のアドバイスじゃ間違いなく太刀打ちでき無さそうだけど。
……まぁここは素直に思ったことを伝えてみよう。
「やっぱり素直に熱い気持ちをぶつけるとか、どうかな?」
「熱い気持ち?」
「うん。この小説のエリナみたいにさ。こういうところが好きになったとか、そういうのを飾らずに伝えるの。変に駆け引きするより、真摯に向き合うのが一番その人の心に響くんじゃないかな?」
落ちこぼれ貧乏貴族の主人公、エリナはかなり真っすぐな性格だ。
ヒロインのティナに一目惚れした勢いでプロポーズをしているくらいだし。
それでも彼女なりの信念とかがあって、想いは徐々にティナに届いていくのだ。
ラノベのキャラが現実の参考になるかは分からないけど、少なくとも捻くれていたら想いは伝わらない。そう思ってアドバイスしてみたんだけど……。
「……そっか。真摯、か」
穂乃果はハッとしたように呟き、ベッドの文庫本の表紙を撫でる。
「確かに、それ大事かも。……思えば私、ちょっと焦ってたのかも。早くしないと、誰かに取られちゃうって思って。だって、鶴高の生徒だから」
「えっそうなの?」
「……多分ね」
多分……。少し引っかかる言い方だけど……インスタとかで繋がってるのかな。
けどそっか、鶴高生。私も目を配って、ギャルっぽい人を探してみよう。
うちのクラスには……いないかな。穂乃果以外のギャルには見当もつかないし。
「がんばってね、穂乃果。私、応援してるから!」
「う、うん! ありがと、若菜!」
「まぁでも穂乃果相手なら、絶対デートOKしてくれるよ?」
「ほんと? そう思う?」
「うん。穂乃果、可愛いし。どんな女の子でも落とせると思う!」
私が太鼓判を押すように言う。
と、穂乃果は少しだけ目を丸くして、それからいたずらっぽく口角を持ち上げた。
「……そう? じゃあ若菜も、私に告白されたら落ちる?」
不意打ちの言葉に、私の心臓がどきりと跳ねる。
至近距離で見つめてくる、上目遣いの綺麗な瞳。
あまりにも顔がいい……。ってかいちいち近いな!
「……まぁ私なんてザコはまずイチコロだね」
「ほんと! じゃあその人に振られたら若菜にアタックしちゃおうかなー」
「えっ!?」
平静を保とうとしていたが、その言葉で私は盛大にせき込んでしまった。
「わ、私などでは穂乃果には釣り合わないといいますかなんといいますか!」
「あははっ、冗談冗談! 若菜ってば、ほんとからかい甲斐があるなぁ」
私がわなわなと震えていると、穂乃果は笑いながら私の肩をぽんと叩いた。
……穂乃果といると心臓に悪い。さすが陽キャだ。
穂乃果のせいで全陽キャのイメージが決まるので気を付けて欲しい。
「……もう」
私が嘆息して、目の行き場に困ってなんとなく窓の外を見やる。
当然ながらすっかり夜も更けていて、時計を見ると──わ、もう九時か。
「あ、そろそろ帰んないと。穂乃果の家族にも悪いし」
「お、そうだね。今日は遅くまでありがと! 駅まで送ろうか?」
「いや、いいよいいよ! こちらこそ今日は色々ありがとう! ほんとにありがとね」
荷物をまとめて一階に降り、玄関に向かう。
靴を履いていると、リビングの奥からとてとてと小さな足音が聞こえてきた。
「……おねーさん、かえっちゃうの?」
愛奈ちゃんだった。
玄関の柱からひょこっと顔を出して、私のことをひどく寂しそうな目で見つめてくる。そんな愛奈ちゃんを見て、穂乃果は「うわっ」と驚いたような声を上げた。
「愛奈、すごい若菜に懐いてるじゃん」
「そうなの?」
「うん。今まで結構な人数ウチ呼んだけど、一番懐いてるんじゃない? 若菜のこと、すっごく好きみたい」
「えっ……私も好き……好き!」
こんな天使に寂しそうな顔をされたら、帰るに帰れなくなる!
私はしゃがみ込んで、愛奈ちゃんと目線を合わせた。
「また来るよ」
「ほんと? まってる」
「うん……ていうか穂乃果、また来てもいい?」
「もちろん! いつでもきて! また語ろうね!」
穂乃果が満面の笑みで頷いてくれる。
あぁ、今日一日、本当に色々あったけど。
結果的にこんなに素敵な友達ができて本当によかった。
今日の経験でかなり小説も捗りそうで内心はホクホクである。
「あ、忘れてた! はい、これ!」
ドアを開けようとした私に、穂乃果が小さなシールを渡してきた。
今日の夕方、二人で撮ったプリクラだ。
「データでも送るけど、一応ね!」
「あ、ありがとう! 大切にする……!」
私はそれを受け取ると、財布の中に大切にしまい込んだ。
◆◆◆
「ふぅ……」
穂乃果の家を出て、夜の閑静な住宅街を駅に向かって歩き出す。
少し冷たい夜風が、火照った頬に心地よかった。
まだ穂乃果と話した余韻が残っていて、だから──。
だから……そう。私はすっかり忘れていたのだ。
「あ、そういえば……」
ふと、ポケットからスマホを取りだす。
さっきからぽこぽこ通知が鳴っていたのを思い出したのだ。
家族からのLINEだろうと思って、さして気にしていなかったのだけど──。
『不在着信:月江梓(三件)』
…………そういえば、話す約束。してたんだっけ。




