第29話 友人の妹は大抵可愛い
ガタンゴトン。電車が等間隔の揺れを刻む。
窓の外はすっかり暗くなっていて、田んぼ道を走っているのか光はほぼ無い。ガラスには並んで座る私と穂乃果の姿がぼんやりと反射していた。
『少し帰り遅くなるね。友達の家に寄るから』
ぽちぽち。
家族のグループLINEにメッセージを入れる。
美波からすぐに『りょー』と文が返ってきたけど……なんか素っ気ないな。姉が友達に寄るという偉業を成し遂げたというのに……!
絶対に嘘だと思われているな。
「あのさ、若菜」
スマホをしまった私を、隣の穂乃果が呼ぶ。その少し申し訳なさそうな声に、私は「どうしたの?」と首を傾げて返事した。
「急にうち誘っちゃってごめんね。ほんとに家に来るのよかった? 家の事情とか」
「えっ、い、いや! 私の方こそお邪魔しちゃってよかったの? 急に行ったら穂乃果のご家族に迷惑なんじゃ……」
「あー、別に全然! うちのお母さん、そういうの気にしない人だし」
「そっか……。でも私、今日は何があっても穂乃果の家にいきたい」
「えっ、どゆこと?」
私がぐっと身を乗り出して言葉に熱を込めると、穂乃果は目を丸くした。
「今日のお礼、絶対にしたかったから! 穂乃果、ほんとにありがとう。ほんとに大好きだからね。ほんとに!」
「何それ! 若菜ってば、さっきから大好き大好きって、告白でもされてるみたい」
穂乃果は照れ隠しのように笑って、私の肩をぽんと叩いた。
「そんな告白だなんてつもりは……!」
──告白。その言葉に、ふと私の脳裏にさっきの同級生の顔がよぎる。
段々と、彼女の輪郭が縁取られて、名前こそ忘れたままだが鮮明に思い出せてきた。
あの日、向けられた、嫉妬や嫌悪感の入り混じった視線が、先の光景とリンクする。
過去の、中学生だったあの頃の、どろどろした暗い記憶が再び蘇りそうになって──。
「あ、若菜、晩御飯たべてく?」
不意に降ってきた明るい声が、私の思考を鮮やかに遮った。
「えっ」
「ちょうどお腹すく時間でしょ。うちで食べていきなよ」
「い、いや! 私がなにかするためにいくんだよ!? おじゃまするだけでも申し訳ないのに、そこまでしてもらうわけには……!」
「えー? ま、若菜が断っても、どうせうちの母さんが出してくれるんじゃないかな。そういう人だから」
「お母様までの陽キャの気質が……!」
御船家恐るべし……。
ていうか、穂乃果はよく友達を呼ぶのかな? そう思い、思ったままを口にする。
「穂乃果って普段から友達、家に上げるの?」
「一対一で遊ぶときはよく家呼ぶかなー。みんなでワイワイするときは外が多いけど」
「そうなんだねー」
つまり私は今、穂乃果の『一対一で遊ぶ枠』に入っているんだ……うれしい……。
ちなみに穂乃果の家は、私の家から電車で三十分ほど離れた場所にあるらしい。
偶然にも、私たちが通う鶴高と私の家の、ちょうど中間地点くらいだった。
なんだかそれが少しだけ嬉しくて、私は電車に揺られながら小さく口元を緩ませた。
◆◆◆
「ただいまー!」
駅から少し歩いた先にある、閑静な住宅街。
その一角にある一軒家が穂乃果の家だった。
玄関を開けると、生活感のある温かい空気と、ほんのりと夕ご飯のいい匂いが漂ってくる。
「お邪魔しまーす……」
私はがちがちに緊張しながら、借りてきた猫のようにそっと靴を脱いだ。
「あ、今日はカレーかな。若菜ちょっとここで待ってて! 私の部屋、片付けるから!」
「えっ私は全然気にしないけど……私の部屋も結構散らかってるし……」
「だめ! 私が気にするの! ちょっと待っててね!」
穂乃果はそう言い残すと、たたたっと階段を上がっていってしまった。
廊下に一人ぽつんと残される私。
「…………」
することもないので、壁の木目でも数えていよう。そう思って視線を彷徨わせていると──。
「……だれ?」
ふいにリビングの扉がわずかに開き、そこから小さな顔が覗いた。
「……あ」
穂乃果の妹、だろうか。
小学校低学年くらいの、とても可愛らしい女の子がこちらを覗いている。
肩下まで伸びた綺麗な黒髪。そしてぱっちりとした二重の目元はたしかに穂乃果に似ているけれど、ギャル特有の派手さは一切なく、どこか大人しそうな雰囲気を纏っていた。
「かわいい……」
タイプとして月江さんみたいなタイプだ。
将来は図書委員になっていそうな逸材である。それこそ月江さんみたいな三つ編みのおさげとか似合いそうな雰囲気だった。
「穂乃果の妹さん?」
私はできるだけ警戒されないよう、しゃがみこんで優しい声をかける。
「うん」
「お名前はなんていうの?」
「あいな……」
「そっか愛奈ちゃん。可愛らしいお名前だね」
「うん。おねーさん、だれ?」
愛奈ちゃんは扉から半分だけ体を出しながら、不思議そうに小首を傾げた。
「あ、えっとねぇ、私は穂乃果の──」
「おねえちゃんのかのじょ?」
「か、彼女ではなくてね……」
さすが令和の子供。
すでに多様性の心が刷り込まれている。
「えーっと、私と穂乃果は──」
彼女ではない。
じゃあなんだとなってくる。
いや、友達、だよね。友達ってことにしてもいいよね……?
今日パンケーキ食べたし、プリクラも撮ったし、命の恩人だし!
よし──!
「クラスメイトです」
…………。
「くらすめいと……?」
愛奈ちゃんは疑問符をいっぱいに浮かべた顔で、私をじーっと見つめてくる。
「おねえちゃんがつれてくる人、いつもきらきらしてる人ばかりだから、びっくりした」
「え?」
「おねーさん、暗そう」
「え……?」
やっぱり私、ほんとに穂乃果の家にきてもよかったんだろうか……。
「そ、そうだよね……お姉ちゃんみたいにキラキラしてないもんね……」
「うん。でも、すごくやさしそう」
「あ、愛奈……」
落として上げてくれるじゃん……好き……。
愛奈ちゃんはふわりと笑うと、とてとて歩み寄って、私の服の裾をちょこんと掴んだ。
「おねーさん、あいなとあそぶ?」
か、かわいい……。
私の妹もこんな可愛かったらよかったのに。
と、ともかく! 愛奈ちゃんと遊ぶ!
超遊ぶ!
「う、うん! あそ──」
遊ぼう、と。私が彼女の小さな手に触れようとした、その時。
「おまたせー! 片付いたよー!」
階段の上から、ひょっこりと穂乃果が顔を出した。
「あ、こら愛奈。若菜の邪魔しちゃだめだよー。ほら若菜、こっちこっち!」
「えっ、あ、うん……!」
有無を言わさず呼ばれてしまった。
私は服の裾を掴んでいた愛奈ちゃんに「またあとでね」とまるで今生の別れのような気持ちで手を振り、後ろ髪を引かれる思いで階段を上った。
「……?」
愛奈ちゃんの、きょとん。とした顔が目に焼き付いて離れない。また今度、絶対遊ぶから……!




