チノチカラ
「なぁ!これ本当に合ってるのか!!」
「ハイ。間違い無いです!」
「離すな、落ちるぞ。」
「はい…。絶対に離しません。」
“虹色のクジラ”の背に必死で
しがみつくメル達。
一面に広がる溶岩の海を優雅に泳いでいた。
◆◆
この場所は『極燃の海』と
呼ばれる、灼熱の地獄。
歩く事は勿論。その場にいる事さえ
無謀ともいえる極熱で魂までもどろりと熔ける世界。
唯一”極燃の海”を移動できる手段。それは精霊王『虹色のクジラ』に認められる事。
本来ならば虹色のクジラから
試練を与えられるのだが…。
メルの気配を感じるとすぐに
認められ、虹色の潮を噴く。
「やっぱ…。暝砡って凄いですね。」
ユウトは大して考えずに
納得していた。
「精霊王様。この先にある
始まりの土地まで連れて行って下さい。」
虹色のクジラにお願いをするユウト。
しかし反応が何も返ってこない。
メルが言い直す。
「向こうへ、連れていけ。」
大きな瞳がメルの心を覗く。
虹色のクジラはメル達に背を向けると
地面へと降り立つ。
少しムッとするが、気を取り直すユウト。
カヨウは錫杖を横に置き
虹色のクジラに手を合わせ背に乗る。
ロウガは飛び乗りと一番前を陣取る。
メルはユウトを抱えて
虹色のクジラに乗り込む。
ボォーーーーーー!!!
けたたましい雄叫びをあげると
虹色のクジラは動き始めた。
溶岩の海を跳び跳ねて泳ぐ。
「オイ。これは…。」
ロウガは振り落とされない様、必死で虹色のクジラ大きな瞼へとへばり付く。
ユウトは、錬金釜から
粘着性のあるゼリーを取り出し、それを自分に塗ると、その場に座る。
虹色のクジラがどんなに
跳び跳ねても全く微動だにしないユウト
メルに視線を送り不敵な笑み
浮かべていた。
揺れる虹色のクジラから、バランスを
崩し落ちそうになるカヨウ。
その身体を腕で支えるメル。
そしてその力強い腕にしがみつくカヨウは、何故かフードを深く被る。
落ちたら骨まで残さぬ地獄を
泳ぎメル達を、始まりの土地まで運んで行くのである。
◆◆
煌びやかな水飛沫が遠くから見える。
「あれが、始まりの土地だと
思います!」
地図を眺めて叫ぶユウト。
あともう少しでたどり着くと思った瞬間に不思議な音が鳴る。
ゴレゴレゴレ、ゴレゴレゴレ。
「まぁたぁ!カフエリさんとフエンさんですね!!」
苛立つユウトを、無視して懐からゴレフォンを取り出し、耳に当てるメル。
(良かった…。そこに誰かいるかしら?)
「…?ミサキかどうした!?」
メルは勿論。ユウトが一番驚いていた。
ゴレフォンの通話相手が
まさかのミサキである事に…。
(ごめん、手短に話すわね!)
(陽炎の町で”血魔の叫び声”が
蔓延してるのよ!)
(カフエリ達やミレイちゃんもそれに感染しているわ。)
(特効薬も傍にいるけど町まで運べないの。)
(少し、手を貸してくれないかしら?)
それを聞いたメルは、虹色のクジラの目を覗く。
「助けたい者がいる、そこまで急いで運べ!」
突然の申し出に驚く虹色のクジラ。
瞳を閉じて顔を背ける。
しかしメルがそれを許さない。
精霊の王である虹色のクジラを力一杯に
頭部を殴り、瞼を抉じ開け、メルは血走る瞳で睨み付ける。
本来ならばユウトはメルの暴挙を止める立場にある。
だが…。彼も愛しき人の危機に
冷静な判断ができない。
「メルさーん!!ミレイさんなら発信器
付けてるので居場所、分っかります!」
「すぐに行きましょう!」
聞いた事も無い鳴き声で叫ぶ
虹色のクジラ。
ミサキ達のいる方向へと凄まじい速度で突進していく。
後に精霊を信仰する森人達の
歴史書にはこう記される。
精霊王の強奪者メルとその一行達
己の欲望を満たす為に偉大なる精霊王を連れ去ると…。
◆◆
「ミレイさんの場所までは…。」
「北西に500キロ位ですね。」
コンパスの様なモノを取り出し
見つめるユウト。
「わかった…。」
綠炎の矛を取り出すと
虹色のクジラの尾を突っつく。
少し焼ける様な痛みで悲鳴を
あげる虹色のクジラ。
更に速度を上げて北西へと
突進していく。
ロウガは、心の中でミレイへ
密かに発信器を付けるユウトが怖いと思う。
そしてカヨウは、メルの手段を選ばぬ行動に何故か神聖なものを感じるとる。
そんな事を考えている事など
気付かぬメルとユウト。
ただひたすらに突き進む。
◆◆
その頃ミサキは思わぬ敵襲に
苦戦していた。
グルァ…。オォウォ…。
複数の死霊達が血の匂いを
嗅ぎ付け群がっていた。
「う~ん、やっぱり死んでる方には通じないわね…。」
黄金のバトルアックスを振り回すミサキ。
ミサキの能力『忘却』は記憶が存在する者にしか通じない。
全てを失っている死霊達には
効き目が無いのである。
「クンクン…。可愛いエルフぅのにおいがぁするぅ。」
漆黒の鎧を纏う者が歩いて来る。
(嫌なのが、来たわ…。)
ミサキは、漆黒の鎧を纏う者の正体に気付く。
『カワシマソウ』というエルフを好むマレビトである。
以前、カフエリによって倒されたが、今いる時代は、それよりも更に前の過去である。
故に今は健在であった。
ミサキはカワシマソウから
自分達が放つ気配の記憶を忘れさせる。
しかし死霊達には忘却の力は
通じない。
死霊達がカフエリの存在に気付き指示す。
「こっちにぃいるのかなぁ…。エルフちゃん。」
甲冑の顔付近から透明な液体がたらりと流れる。
恐らく涎だろう。
ゆっくりとカフエリ達の傍に近づく。
「仕方ない…か。」
ミサキは漆黒の鎧を纏う者の前に立ちはだかる。
「あっれ?ミサキぃさん。」
「ノボル様が心配して探してぇましたよぉ。」
声だけで身震いするミサキ。
「私の忘却を利用したいからでしょ!」
黄金のバトルアックスを
強く握り締め肩に乗せる。
「僕を殺したらぁ…ノボル様がぁ、すぐに来ますよぉ。」
ゲヒケヒと笑い声が響く。
ミサキは分かっていた。
恐らくカワシマソウは、この場にいない。
死霊達の五感だけ借りているのだろう。
今ここで戦えば間違いなく
ミサキの背後にいるカフエリ達の命を失う事は明白なのである。
黄金のバトルアックスを放り投げるミサキは両手をあげる。
「降参するわ。ノボルの元へ
連れて行きなさい。」
漆黒の鎧を纏う者がミサキを殴り気絶させると何処かへ運ぶ。
「お前達、ちょっと待て。」
(ミサキが何で無抵抗で捕まる??)
一体の死霊が木陰に隠した、カフエリを見つける。
「良いねぇ、良いねぇ~。」
「オイ、その子も運べ。」
躯がカフエリを担ぐ。
「は…なせ!」
炎の矢がカフエリを担ぐ死霊を焼き尽くす。
血を吐きながら立ち上がるフエン。
またゲヒケヒと笑う声が木霊する。
「へぇ~。君もぉエルフじゃ
無いけど、可愛いねぇ。」
「けど僕はこっちがいいやぁ。」
カフエリをまた担ぐ死霊が現れる。
力を振り絞るフエンは幾つもの火矢を放つ。
一つ撃つ度に口から血が流れる。
しかし次々と死霊達が現れ
キリがない。
(ごめん…。守れない。助け…てメル。)
その場に力なく倒れるフエン。
地面が激しく揺れ大気が震える。
沼地の筈なのに周囲の沼が次々と凄まじい熱で蒸発していく。
「何だ?何だ?これは…。」
綠炎の玉が空から無数に降り注ぐ。
ズドーン!!!
綠炎の剣と矛を持つ憤怒の鬼神がポロの沼地へと降り立つ。
鬼神はフエンを抱き締め暖かい炎を放つ。
顔色が良くなっていくフエンが意識を取り戻す。
「メル!!」
さっきまで憤怒の形相であった鬼神の顔が
穏やかになる。
「カフエリと先生が!」
優しくポンとフエンの頭を撫でるとカフエリを担ぐ死霊が燃えていた。
『ルメイド』
メルがカフエリに癒しの炎を放つ。
徐々に顔色が戻ってくるカフエリ。
メルから凄まじい威圧感を感じとる、
カワシマソウ。
死霊達に指示を与えた。
次々と現れる死霊達。
メルはそれを綠炎の剣の一振で
焼き尽くす。
しかし、その一瞬でミサキを担ぐ漆黒の鎧を纏う者は姿を消していた。
「くっ!逃がした!」
気配を探るが全く感じない。
「メルさーん!!ミレイさんがミレイさんが…。」
泣き叫ぶユウト。
カフエリを担ぎユウトの方に走るメル。
ミレイは、自らの首を斬っていた。
恐らく肉を求めるバケモノになる前に自らを始末したのだろう。
ミレイの瞳にはもう光が無い。
亡骸を抱き締めるユウトの瞳は絶望で、
染まり怒りと喪失が溢れる。
「ユウト…。ミレイをずっと守れるか?」
メルの言葉に怒りをぶつけるユウト。
「守れなかったから…。こうなったんだろ!!」
無力な自分の怒りを全てメルへとぶつける。
メルは全てを黙って受け止め
口から血が滲む。
「ユウト…もう一度聞く。」
「例えミレイが…。今のミレイでは無くなっても守れるか?」
ユウトの肩を強く掴むメル。
「どう…言う事ですかメルさん。」
ローブの裾で涙を拭うユウト。
「俺の…。血を飲ませる。」
「そうすれば…俺と同じ様に
暝砡の力が身体に宿る。」
「だが…。ミレイはミレイでは
無くなる。変わるだろう。」
メルはうつ向きながらユウトに伝える。
錬金釜のベルトを強く握るユウトの瞳には
強く迷いが無い。
「僕、僕が絶対にミレイさんを守る。今度こそ絶対に…。」
「メルさんお願いします!」
深く頷くとメルは自分の手首を
切りミレイの亡骸の口へと自分の血を
流し込み離れて様子を見る。
ユウトはミレイを強く抱き締めた。
(ミレイさんに会いたい。声を聞きたい。)
(悪魔でも魔物でも何でも良い、ミレイさんならそれで…。)
するとミレイの亡骸がドクン、ドクンと
脈打つ。
黒い靄と白い靄がミレイを包み込む。
空が急に暗くなり雷鳴が鳴り響く。
激しく動くミレイの肉体。
額に赤い角が生え口から犬歯が伸びる。
「グルァはぁ…。」
ミレイの瞳が見開くとメルの
様に紅い瞳になっていた。
傷口がふさがり、ミレイの
失った右手の指が不気味な音をと共に再生する。
そして赤く鋭い爪が伸び
銀色の尾が時折見える。
黒い髪が白銀に染まり稲光で
照らされ流星の様に美しい。
「フェンリル…みたい。」
ボソッと呟くフエン。
グカァアーー!!
急に頭を抱え苦しむミレイ。
「ミレイ…さん。」
苦しむミレイに寄り添うユウト。
悶え苦しみ鋭い牙でユウトの肩に噛み付く。
赤き血が肩からツーと流れる。
「良かった、ミレイさん元気だ…。」
「覚えていますか?」
「僕がミレイさんの修行に耐えられなくて
逃げた時に言ってくれた言葉…。」
「ユウトを強くすると約束した。」
「私を…嘘つきにするなユウト。」
「僕は…。ミレイさんが大好きだ!!」
情緒が少しおかしいユウトの魂の叫び。
理性を失いかけたミレイを現に呼び戻す。
「ユウ…ト?…。言ってる事、おかしいぞ…。」
口角が上がるミレイ。
泣き叫ぶユウト。
顔がひきつるロウガ。
何故かもらい泣きしている
カヨウ。
メルはカフエリとフエンを
抱き締め、その光景を眺めていた。
だが…その上空では虹色のクジラが
怨めしそうに睨み付けている。




