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第八話 村田洋平と笹森美咲


「……洋平」

「何だ?」


「あの……今さらだけど、ごめんね」

「何がだ?」


「私、洋平を裏切った」

「……あれは裏切りなんかじゃないだろ」


「そうかな?」

「そうだよ」


「じゃあ、何とも思ってないの?」

「……」


「私が五味と結婚して、何とも思わなかった?」

「……何とも思わないわけないだろ」


「じゃあ、やっぱりごめん」

「謝るなよ」


「でも――」

「確かに苦しかったし、悔しかったし、辛かった」


「それなら、やっぱり――」

「ああするしかなかっただろ。あの時は」


「だけど――」

「裏切りじゃない。今、こうして、一緒にいるから」


「そう……かな?」

「そうだよ」


「じゃあ、ありがとう」

「何が?」


「今、幸せだから」

「俺もだよ」


「何かね、変な感じ」

「何がだ?」


「もうね、死んでもいいってくらいに幸せなの」

「そうなのか?」


「うん。洋平は?」

「俺も幸せだ。こうして、美咲と一緒にいられる」


「だけど、ね」

「何だ?」


「まだ死にたくないの。もう死んでもいいくらい幸せだから、まだ死にたくないの。変だよね」

「いや。分かるよ」


「そう?」

「俺もだから」


「洋平も?」

「ああ。もっと、ずっと、美咲とこうしていたい」


「私もだよ」


 暗い部屋。

 室内の湿度は、高い気がする。

 しっとりと、汗が滲んでくる。


 暗闇になれた瞳。

 目の前に、美咲がいる。

 彼女の肌の感触を、直に感じている。手だけではなく、全身で。


「ずっと、こうしていよう」


 美咲が抱きついてきた。

 洋平は彼女を抱き返した。


 古びたベッドの上。

 互いの吐息さえ感じられる距離。


 何年も離れていた。今は、こんなにも近くにいる。


 もし明日死んだとしても、もう後悔はない。

 もし明日死んだとしても、思い残すことはない。


 けれど、願わくば。


 できるだけ永く、この幸せを感じていたい。


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