エピローグ
洋平達と、美咲の実家に行った後。
詩織は、実家に帰った。
父も母も無事だった。死亡者リストの中に彼等の名前はなかったが、それでも、不安ではあった。リストに載っていないだけで、もしかしたら――そんな思いがあった。
洋平が美咲のもとに行ったのなら、もう、彼を見ている必要はない。何より、彼はもう死にたいなんて思わないだろう。だから詩織は、そのまま実家に住み着いた。
助けてくれた男性――宮川翔太と一緒に。
詩織を送り届けた後、翔太は、そのままどこかに行こうとした。相変わらずの、自暴自棄な目のままで。だから引き留めた。
「助けてもらったんだから、お礼させてよ」
翔太は見た目通り、真面目な人だった。詩織の申し出を無碍にできなかったようだ。引き留められるままに、詩織の実家に居座った。
父も母も、翔太を歓迎していた。自分達の子供を助けてくれた人なのだ。恩義を感じないはずがない。
食べ物もなかなか手に入らない今の状況で、それでも四人は互いに支え合い、日々を過ごした。
ある日のことだ。
ふいに、詩織は思い出した。昔読んだ本のこと。看護師学校で勉強しているうちに、興味が湧いて購入した本のこと。
過去の、感染症蔓延のことを記した本。
その本には、実際にあった出来事だけではなく、世界中の医学者の見解や学説が記してあった。
詩織は、自分の部屋の本棚をあさり、昔読んだ本を見つけた。開いてみる。パラパラとページをめくる。
「詩織さん、どうしたの?」
本を読みふけっている詩織に、翔太が聞いてきた。
「翔太君。ちょっと、これ、見てみて」
同居し始めてから、詩織と翔太は、互いのことをよく話した。同じ歳であることも知った。真面目で優しい彼に、詩織は、出会った頃以上の好感を持っていた。童顔の彼を可愛いと思うこともあった。
「何?」
詩織が読んでいる本を、翔太が覗き込んできた。専門用語は随所に見られるが、分かり易い文面。
大昔、感染症が大流行した。しかし、人類は生き残った。医学は、今に比べて発展していなかったのに。
なぜ、人類は生き残ることができたのか。
細菌やウィルスは、人に感染する。その毒性の強さによっては、人を死に至らしめる。
反面、細菌やウィルスは、生物に感染し、生物に宿ることで命を維持する。死に至る病などと言うと、細菌やウィルスは殺人者のように聞こえる。だが、実際は違う。細菌やウィルスは、自分達が生きるために人間に宿っているのだ。
人が、生きるために、動物や植物を食べるように。
当然ながら、動物や植物が死に絶えたら、人は生きていけない。餓死が待つのみだ。
ある学者は唱えた。細菌やウィルスも同じなのだと。
人間を絶滅させてしまったら、細菌やウィルスは生き残れない。他の動物に感染する種類ならともかく、人間にしか感染しない細菌やウィルスなら、なおさら。
では、人間の数が大幅に減ったら、どうなるか。
人口を大幅に減らす要因が細菌やウィルスなら、どうなるか。
細菌やウィルスは、自分達を変化させる。人類を――自分達が生きるために必要な宿り場を、死滅させてしまわないように。
変化し、毒性を弱め、人と共存する道を選ぶ。丁度、世界の人口が、正常な数に落ち着く頃に。
これは、ただのひとつの学説だ。
大昔のパンデミックで、たまたま人類が絶滅しなかった。その理由を、一人の学者が唱えたもの。
事実かどうかは分からない。
はるか昔は、地上が平面だと信じられていた。あるいは、地球の周囲を太陽が回っていると信じられていた。それらと同じように、的外れな学説なのかも知れない。
ただひとつ、言える事実は。
世界の人口が四分の一くらいまで減った頃に。
この病で命を失う人間は、いなくなった。
(終)




