番外編 花畑薫の災難 ー2ー
(くっ……何でこのタイミングで現れるんだ!! 俺に恨みでもあるのか。その前に、お前は学校を休んでいたはずだろ)
と、叫びそうになる。だが、今の俺はオバサンの姿をしている。俺が【ケーキング】ではしゃいでいるなんて、有野に分かるわけがない。
なのに……何故、有野は俺の方に目を向けるんだ? 海野は全然気にしてないのに……席に案内されながらも、有野の視線が外れないぞ。
「ちょっと……何してるのよ。そこまで見るのは失礼でしょ」
海野が注意してくれた事で、有野の視線が俺から外れた。まるで蛇に睨まれた蛙。下手すれば、ケーキを食べずに逃げ帰る事もありえたぞ。
「…………だし」
有野の声は聞こえづらく、余計に何を言ったのかが気になる。しかも、海野さんもチラッとこっちを見る始末。
(気にしたら負けだ。俺はケーキを楽しむためにこの場所に来た!!)
俺はケーキへの道を一歩踏み出した。歩き方も気にしない。背筋を真っ直ぐ伸ばして歩けば、怪しいと思う人間はいないはず。
「おっ……おっ……美味しそう」
思わず、口に出してしまった。良いタイミングで新しい苺のショートケーキのホールが置かれた。その形の美しさを写真で撮りたい気持ちになる。
(ケーキに集中しよう。そうすれば、有野の事なんて自然に忘れてしまうだろう)
有野はそんな妄想を壊すかの如く、ケーキを取りに行くよりも、スマホで店内やケーキを写真で撮っていく。海野が店員に頭を下げているという事は……撮影の許可が下りたのか?
一応ではあるが、アイツ……有野が漫画家である事は知っている。【ケーキング】としても宣伝にはなるかもしれないが……俺自身の事は映さないが、近くで撮影してくるんだけど!!
「あの……お、私に何か用ですか? さっきはこっちを見てたし、近付き過ぎだと思いますけど」
何の用だ!! 近寄り過ぎだろ!! とか、普段の俺なら言うかもしれない。だが、相手は有野。それに店の迷惑にもなりかねない。出禁になったら発狂してしまう。
「ああ~……【妖怪の森】のウサニンを見てたんだけど」
ウサニン!? 俺が制服姿で【変身】したところ、スーツ姿になったのはいいが、胸ポケットからウサニンの顔が覗き込んでいる。有野は俺じゃなく、ウサニンを見ていたのか!? いや……それだったら、近寄ってくる必要はないはずだぞ。
「貴女……モデルやらない? 一応、漫画家なんだけど、ある人物が思い浮かんでさ……逆に男がオバサンに【変身】するのもありかと思ったんだよね」
「……はっ!?」
背中から冷や汗が滝のように流れ出した。有野は……俺の正体に気付いているのか!? 漫画家だとしても、ウサニンを見ただけで、男がオバサンに【変身】するとか思いつくか?
「あっ……ゴメンゴメン。オバサンは失礼だわ。オッサン側があれだから、美人にした方が良いと思って……それはこっちの話ね」
いや……俺とは気付いてない? オッサン側とか、漫画で新キャラでも出すつもりなのか? ……それにしても、コイツは漫画関連になると、誰が相手でも図々しくなるな。