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3 歌い手探し

 学院の敷地は広い。


 が、レガート皇国は広い湖に浮かぶ小さな島国。国と言っても都市ひとつ分ほどの大きさしかない。

 風光明媚な芸術都市として名高く、都市としての名はレガティア。今の皇族が、主な臣下とその一族を従えて移住したのが、およそ千年以上前になる。

 それ以降、今に至るまで一度も戦火に焼かれたことがない。また、貧民街すらない稀有な国でもある。


 主な産業は観光、そして、少ない人口のわりに芸術に秀でた人材を数多く輩出し得る、徹底された教育制度。レガティア芸術学院は、かれらを育てるための重要な苗床だ。


 その卒業生を厳しい審査で(ふるい)に掛け、さらに音に秀でた者のみで構成されたのが――レガート皇国楽士団。

 大陸のあらゆる国々から引く手数多(あまた)の華やかな奏者の一団で、この国一番の外貨の稼ぎ手である。


 アルムは《楽士伯》という特殊な爵位をもつ貴族、バード家の長子として生まれた。若くして皇国楽士団の歌い手の長に任ぜられた背景には、そんな事情もある。




   *   *   *




 時刻は早朝、六時十五分。

 マルセルとアルムは連れ立って、しんと静まり返った学舎の外周を歩いた。通いの生徒が来るには、まだ早い。


 整えられた薄緑の芝の朝露が、かれらの足元をしっとりと濡らす。春の朝の空気は冷たさと(ぬる)みの中間にあり、やや肌寒い程度。妙齢の男子二人には、さほど頓着すべきことでもなかった。


 アルムは手で(ひさし)を作って日影と為した目を細め、(そび)え立つ二つの塔を見上げる。


 ――大きい。

 赤みがかったオレンジ色のとんがり屋根に、温かみのあるクリーム色の外壁。

 学院の入り口を挟む東西の塔は、生徒達からは“双子塔”とも呼ばれている。

 高みの屋根を見上げた姿勢のまま、黒髪の少年は口を開いた。


「ここですか? 声を聴いたのは」


 アルムの声は、聴くものの耳に容易く届き、深く沁みて鳩尾(みぞおち)の下あたりに響く、甘いテノール。

 本人が意識することなく溢すそれは、正しく天与の才と言える。


(ほんっと、無駄に良い声だな……)


 白銀の括り髪の青年は内心で面白がりつつ、質問に答えるべく一つ、ゆっくりと頷いた。

 す、と西側の湖を、伸ばした左手の指で指し示す。


 少年の暗緑色の視線も、そちらに流れて姿勢が直る。

 ――その動作の一つ一つに、えも言われぬ華が(まと)う。立ち居振舞いが既に、かれの場合“歌長(うたおさ)”に相応しかった。


「あぁ。学院の中庭から、入り口の双子塔の間を通って出たここ。風の向きもあるが、“図書の塔”の向こうから聴こえた気がする」


 ちょうど菱形のような島の北西端に位置し、すぐ側の切り立った崖下に湖を臨むことができる……図書の塔は、つまり西塔。

 青年と少年は、互いに一言も発することなくそちらに足を向ける。

 辿り着いた崖の(ふち)、木製の手摺(てすり)と石造りの階段も備えられた遥か下には――


「今日は、居ないみたいですね」


「うん。残念」


 ――……ひとの姿はなく。

 湖の水に、直に触れられそうな低地に、細長くひっそりと整えられた小さな公園があった。



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