15 暗闇のなかで
「え。……帰ってない?」
「そうなんだ。バード君は、最近あの子と帰寮することが多かっただろう? 知らないかな。女子寮から、さっき聞いてね」
その日の夜。
寮監の男性がアルムの部屋を訪れ、ユナの消息を訊ねた。時刻は既に夜の九時に近い。何か、あったのか――それとも、帰る気になれないのか。
「誰か、探しには出ているんですか?」
口許に軽く曲げた人差し指をあて、ちいさく問い掛けるアルムには、そこはかとなく旧家の当主然とした風情が漂う。
寮監の男性は、それに少し呑まれつつ……はっと気づき、言うべき言葉を見つけた。
「いや。心配なのはわかる。友達なんだろう? でも、もう外は真っ暗だし危ない。以前から帰寮が遅くなりがちな子だったらしくてね、女子寮でも、もう少し様子をみると言っていた。
だから――いいね? 君が探しに出ることはないんだからね?」
「……はい」
不承不承、といった体で頷く少年の瞳にはもちろん、納得の色など微塵もない。
* * *
「……じゃ、よろしくお願いします。マルセル」
「あぁ、気にせず行って来い」
「こら。私にも“お願い”しろ、アルム」
「えぇぇ…」
マルセルと一緒にアルムの部屋を訪れたジュードは、今まさに部屋を発とうとしていた親友に真顔で絡んだ。
――が、すぐにふっと力の抜けた、いつもの笑顔になる。
「冗談だ」
「……お前、真顔で冗談言うくせ、はやく直したほうがいいよ……そのうち、外交問題に発展すると思う」
「縁起でもないこと言うな。ほれ、さっさと行かんか」
しっしっ、と言わんばかりに手をひらひらさせるとそれきり、ジュードは顔をしかめて腕を組み、ふいっとそっぽを向いた。
不機嫌そうな眉の下、プラチナ色の長い睫毛が目立つ褐色の横顔に苛立ちの影を見つけたアルムは、胸に、じくりと痛みを覚える。
(探しに行きたいのは、私だけじゃないな……)
少しだけ、友人の頬に視線を投げ掛けたあと。
アルムは「……すまない。行ってくる」とだけ告げて、露台から身を外に滑らせた。
「本当に暗いな……、今日は星がない」
寮監は知らないようだが、寮の二階の部屋に備えられた小さな露台からは、ロープを垂らせば楽に地上に降りられる。誰かに部屋に残ってもらい、ロープを外してもらえば痕跡も残らない。
戻るときはこの逆。小石を窓にぶつけて、再び垂らしてもらう。
真っ暗な中、アルムはそっと歩いた。ランタンを持ち出せば、同じように探しているかもしれない寮監や教諭と鉢合わせになってしまう。
天を仰ぎ、分厚い雲に覆われて朧になった月の位置から、大体の時間と方角を探った。あと小一時間もすれぱ、大々的な捜索が始まりかねない。
「ユナといえば……やっぱり、あそこだろうな」
男子寮は東側。女子寮は西側。間に共通科目棟を兼ねた大食堂を挟み、南は中央講堂を含む学舎。
――おおまかな見取り図を頭に描き、そこに至るまでの最も安全なルートを弾き出す。
夜闇に紛れる黒髪の少年は、宛らその申し子であるかのように迷わず頭をあげ、静かに歩き始めた。




