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13 深夜のちいさな酒宴

「だいたいさ、お前は素直すぎるし、彼女は素直じゃなさすぎるんだよ」


 コト、と空のグラスをローテーブルに置きながら、マルセルは言った。

 素面(しらふ)とそう違(たが)わない口調だが、内容は既に酔っぱらいだ。「はいはい」と、慣れた様子でアルムは透明な、四角い底の瓶を傾ける。

 ト、トトト……と、白銀髪の皇子のグラスに、澄んだ琥珀色が再び満ちた。


 ゴト、と重たげな音をたてて酒瓶は卓に戻される。


「そうか? ユナは見ていても分かりやすいがな。か(・)ま(・)をかけると、面白いくらい顔色が変わったぞ」


 ジュードは、がぶ、と堅めのパンで挟まれた厚切りのハムサンドにかぶり付いた。見た感じ美少年だが、食べ方は豪快だ。勢い余ってレタスがパンから溢れ落ちたのを、アルムは慌てて皿で受け止めた。


「ジュード、頼むからもう少しちょっとずつ食べろ。世話する方の身にもなれ」


 卓上に置かれたランタンを光源に、紫色の瞳が神秘的な光を宿して暫(しば)し、思案げに揺れる。

 真顔で咀嚼(そしゃく)し、ごくんと飲み込むと、プラチナ色の髪の異国の王太子は律儀に、ゆっくりと答えた。


「…………私は、頼んではいないが?」


 ――誰も頼んではいない。

 言外に告げられた内容に反論できず、黒髪の少年は悔しげに、整った顔を盛大に歪めた。


「~~っ……! この、くそ王太子……!! 目の前でやられると、つい手が出るんだよ。悪かったな! 頼まれてもないのに世話焼いて!」


 むかむか、むかむかとアルムは言い放つ。

 上質な光沢をもつ天鵞絨(ビロード)のように、滑らかで艶のあるテノールは、こんな時でも真価を発揮する。

 つまり、言葉ほど憎たらしくは聞こえない。


 ふ、とジュードは片頬を弛めた。瓶を無造作に掴むと、今度はアルムのグラスになみなみと注いでやる。まだ、中身は半分以上残っていたのだが。


「あのー。……私は夜食のためにこっちに来たのであって、酔っぱらい(あんたら)の戯(ざ)れ言(ごと)にも、酒にも付き合う気はないんだけど」


「あぁ、すまんな。つまみが足りなかったか。欲しいならちゃんと言え。そら」


「……」


 相変わらず微妙にずれた反応を返す男だと、アルムは半ば呆れ、半ば感心しつつジュードを眺める。

 折角なので「どうも」と、差し出されたハムサンドを受け取った。


 バスケットの中にはハムの他、野菜や卵のサンドイッチもぎっしり詰まっていたが、瞬く間に駆逐された。成人男子三名の胃袋にかかれば、実に容易い量だった。


 残るは、酒。


 アルムは束の間、手の中のハムサンドと卓上の瓶を交互に眺め――諦めたように、こっそりとため息をつく。


 すると、向かいのソファーに座っていたマルセルがグラスを片手に席を立った。思ったよりもしっかりとした足どりで未来の近臣の左隣に移動し、どさっと腰を下ろす。

 流石にキシ、とソファーのスプリングが鳴った。


「マルセル」


「ん? 気にするな。さっさと食べろ。こっちはこっちで、勝手にやってる」


 カラカラ……と、軽快な音とともに、ポケットから出した何かを皿に入れた。


 (とうとう胡桃やナッツ類まで持参したか、この皇子さまは)


 未来の主君の用意周到さに感銘を受ければいいのか、不安になればいいのか。とりあえず、答えは先送りにしてサンドイッチを頬張った。


 堅焼きのパンは小麦の味がしっかりしている。厚切りのハムは歯応えと塩気、熟成させた肉の旨味がちょうど良く、美味(うま)い。レタスもシャキシャキして、爽やかだ。


 ごく、と嚥下してからグラスに口をつける。

 ……さっきまでよりは、酒の味を美味いなと思えた。グラスを離すと、ふわっと独特の香気(こうき)が漂う。苦いけれど、仄かに残る甘み。



「私はな、アルム」


 マルセルが、ランタンの灯りを見つめながら呟いた。返事は待たず、そのまま話し続ける。


「お前の両親を、むざむざ捨て石にした皇王(ちち)と同じ轍(てつ)は踏まない。絶対に、だ」


 手を伸ばし、半分に割れた胡桃を皿から取ると中身を口に放り投げた。ろくに噛まず、すぐにグラスの中身と一緒に飲み込む。


「……だから、皇王命令なんぞ、くそくらえだ。無視だ無視。あいつ、どうせ周りに全部丸投げにして、何もしないで悲愴な顔してるだけなんだから。城に帰っても辛気くさいだけだ。まったく、留年万歳だぞ」


「いや、流石に万年は……だめでしょう」


「ものの喩えだ、馬鹿」


 思わず口を挟むと、容赦なく返された。

 ふふっと口許が弛む。

 ――酔ってきたのかもしれない。


「ユナと、ちゃんと話をしろ。後悔するな。背負えるものなら全部、抱えたほうがいい。

 ……お前なら、大丈夫。彼女でないと、だめなんだろ?」


 マルセルの濃い琥珀色の瞳は、手のグラスと卓上のランタンの、ちょうど中間にぼんやりと定められて動かない。けれど、痛いほどの気持ちが向けられているのは、伝わる。



 アルムは「……えぇ、マルセル殿下」と、ちいさく呟き、微笑みながらも眉根を寄せて、そっと目を閉じた。


 面(おもて)を伏せ、なんとなくグラスを額に当てる。

 たぷん、と。

 まだ半分ほど残った、琥珀色が揺れた。



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