第二話:遭遇
工場はもぬけの殻だった。ここは自動車の部品工場で、車に使われる細かい部品の製造、チェックを行っている。ベルトコンベアが部品を運び、それを作業員が見て不良品がないか調べる。入口近くに素人には何を作るためかわからない機械がおいてあり、今も稼働していた。作られた部品をベルトコンベアへほうりだしているが、それをみる作業員はひとりもいなかった。
「全員、警戒を強めろ。」隊長であるバリウスは隊員たちに呼びかけた。隊員たちが緊張しながら異常を調べる中、機械の稼働音だけが工場内を満たしていた。
工場の中心あたりにきて、新米隊員のジョンがあるものを見つけた。
「隊長、生存者です!」皆が一斉に振り向く。ジョンが差したほうには、作業員と思われる人物が一人、ベルトコンベアの前に立っていた。
「大丈夫ですか?」ジョンはすぐに作業員へと近寄り、声をかけた。だが作業員は返事をせず、全く動かない。
最初に気づいたのはサラだった。
「そいつから離れて!」サラはとっさに叫んだ。
「え?」ジョンがサラのほうに振り向くと同時に、作業員がジョンに飛びかかった。
そいつは作業員ではなかった。人でなくなってしまった生ける屍、グールだ。見た目は人間のままだが、肉体はすでに変化しており、異常に長い舌を涎のように口からだらりと垂らしてジョンに飛びかかる姿は、獲物に襲い掛かる獣を連想させた。
ジョンは振り返り、自分に飛びかかるグールを見てとっさに腕でかばおうとした。その時、グールの体が吹き飛ばされた。床にもんどりうって倒れたグールの眉間は銃弾に貫かれていた。サラは素早く銃を引き抜き、その勢いのままグールを撃ったのだった。グールは灰となって消えた。
「大丈夫ですか。けがは?」サラはジョンに話しかけた。
「あ、ああ、ありがとう。危ないところだった。」ジョンはまだショックから立ち直っていないようだった。
「流石だなサラ。射撃の腕ならもう一人前だな。」バリウスはサラの腕前をほめた。
「ならば、さらに活躍の場を増やして差し上げましょう。」突然声が聞こえ、全員が声の主を探してあたりを見回した。だれかが上を指差して叫んだ。
そこにはスーツを着た赤い目の男が天井の梁に立っていた。胸には赤いバラを指しており、顔は病的なまでに青白かった。吸血鬼は彼らを見渡し、サラに目をとめて言った。
「あら、こんなところに美しい花が。珍しいことですね。あなただけは、あとで残しておいておきましょう。」サラはちゅうちょせず撃った。だが男はさらりとかわした。吸血鬼が指を鳴らすと、どこにいたのか、機械や資材のかげからグールがぞろぞろと姿を現した。
「密集隊形!」バリウスが呼ばわると、隊員たちはひと塊りになり、円形に陣を組んだ。
「女だけは残しなさい。ほかはすべて殺しても構わない。」男が愉快そうに笑った。グールが隊員たちを取り囲んだ。
突然、何かが窓ガラスを突き破った。それは稲妻のような速さで吸血鬼に向かっていき、一瞬窓から差し込む月光を反射してきらめいた。吸血鬼はさっと飛び退り、地上に飛び降りたが、その腕は切り落とされていた。そいつは飛び込んだ勢いのまま地上に降りてきたが、着地は表のように静かで無駄がなかった。
「お前は・・・・・・!」飛び込んできたのは、黒い外套をまとった男だった。手には白銀に光る大剣を携えていた。
「くそっ。お前ら、その男を食い殺せ!」吸血鬼は先ほどの余裕そうな表情を苦痛と怒りが混じった顔に変えていた。吸血鬼の呼びかけに応え、隠れていたグール達がでてきて男の周りを取り囲み、襲いかかった。
男は一周して前を向いてしまうかと思えるほど体をねじり、そのまま回転して剣をふるった。グール達はなぎはらわれ、砂に帰った。
「その剣、まさか銀か!」吸血鬼はたじろいだ。
「姫君はどこだ。」男は言った。
「姫君・・・・・・?あの方の場所など、知っていても教えるものか。貴様はここで死に耐えるのだからな!」さらに大量のグールが男を襲った。男はつかみかかるグールを無視して吸血鬼の方へ飛びあがった。それは人間のできる芸当ではなく、吸血鬼の府へとまっすぐ飛んで行った。吸血鬼は男が向かってくるのを見るや、工場の奥へと逃げた。男は吸血鬼を追った。隊員たちは一部始終を見て、後を追いかけようとしたが、グールに道を阻まれた。
工場の奥は資材置き場となっていた。そこはモノであふれており、部品の材料や出来上がったものが所狭しと置かれていた。。突然照明が消えた。
「貴様ら人間は暗闇ではものが見えないだろう。いつ襲ってくるかもわからない恐怖を味あわせて、じわじわと殺してやる。」どこからか吸血鬼の声が聞こえた。男は無言のまま、荷物をどかして空間を作り始めた。
空間はざっと二メートルほどの円形だった。男はその中心に立つと、剣を構えた。しばらく何も起こらなかった。が、男の後ろで物音がした。
正面から吸血鬼が襲いかかってきた。後ろの音は囮だった。だが男は音に気を取られずに吸血鬼を正視し、剣を突き出した。吸血鬼の腹部を長身の剣が貫いた。吸血鬼は倒れる前に男の肩をつかんだ。
「な、なぜ・・・・・・。私の姿は見えないはず。」男は答え、つかまれた手を強引に払った。手は灰と消えた。
「人間なら・・・・・・な。だが、おれはもう人間ではない」吸血鬼に驚愕の表情が浮かんだ。
「まさか、貴様は・・・・・・!」男は吸血鬼が言い終わらないうちに剣を引き抜いた。吸血鬼は灰となり、心臓だけが残った。
男が心臓を拾い上げると、隊員たちがいきをきらしてやってきた。けがをしている者はいたが、致命傷は誰も負わなかった。彼らは男に銃口を向けた。バリウスはいった。
「動くな!・・・・・・吸血鬼はどうした。」男は手にある心臓を眼の位置に上げた。
「殺した。」隊員たちはざわめいた。吸血鬼は一体倒すのに隊員が十人は必要だといわれている。なのにこの男はひとりで、しかもてにもつ長身の銀でできた剣で倒したというのか。
「お前は何者だ!」男は心臓をじっと見つめて言った。
「俺は吸血鬼ではない。人間でもない。」男は心臓を口に持っていくと、そのままかじりついた。
「・・・・・・!」隊員たちが驚く中、男は心臓を血の一滴も残さずたいらげた。そして剣を担いで飛び上がった。
ハンターたちが反応する間もなく、男は天井近くにある明かりとりの窓から外へと飛んで行った。月が照らす怪しき夜へ。




