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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いて天下布武る俺――  作者: 曖昧


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エピローグ

 二千十六年、史実において東京と呼ばれた土地に信長は居た――ホストファッションで。

 下手な人間が着れば下品になるが、色々と持っている男であれば夜の伊達男と云った出で立ち。

 これは現代に溶け込むと云う理由だけではなく、過去を懐かしむためでもある。


「……もう随分昔のことで記憶も曖昧だが、知ってる場所じゃねえなぁ」


 奇妙丸の代で関東の整備も成されたのだが、それでも遷都などは行われず。

 大きな地方都市ではあるが、一番栄えているのは西――近畿地方だ。

 信長が生まれ変わる前に刻まれていた歴史の面影は完全にない。


「(滋賀、岐阜、愛知……そこらが栄えてるってのも妙な話だ)」


 名称は違えど、位置的にはその三県がトップクラスに栄えている。

 信長が在任中にも大阪などは特に手を入れたのだが、どうしても劣ってしまう。

 それもこれも、


「(俺の影響……か)」


 自惚れでも何でもない、純然たる事実だ。

 信長が基礎を作り、また後世で指導者が迷った際の参考にと残した私書。

 そこから窺える凄まじい先見性に人々は君主の絶対像を見た。

 信長自身は史実における家康のように自分を神格化することはなかったが、後世の人間が勝手に祀り上げるほどだ。

 そんな神君信長公縁の地を人々が神聖視するのも無理はない。

 一応今の日本は民主主義国家だが、織田の影響力は絶大なのだから。


「(まさか現代まで残ってるとはなぁ……何つーか、恥ずかしいわ)」


 二千十六年においても血筋を保ちながらも確固たる影響を持つ家は三つある。

 織田、羽柴、徳川の三家だ。

 先にも述べたが今の日本は民主主義国家ではあるが、中でも織田の影響力は絶大である。

 史実で云うところの維新が起こっていれば織田と云う存在も残らなかったのだろうが……。

 確かに幕府は解体された、解体されはしたがそれを主導したのは当時の将軍だ。


 人々の意思に突き動かされてではなく、自ら幕府解体の流れを作ったのだ。

 民衆も重臣も反対する者が多かったが、必要性を説き段階的に民主主義へと移行出来る新政権を樹立。

 改革の中でそれなりの血は流れはしたが必要なことであったと後世の人間には評価されている。

 信長自身も民主主義の時代について私書やら何やらで触れていたのでそれも後押しとなっていた。

 別に信長は民主主義を神聖視しているわけではないが、時代の流れによってそれがベストではなくてもベターになることを知っている。

 だからあくまで選択肢、可能性の一つとして私書の中で民主主義の思想を示していたのだ。


 将軍の権威が堕ちぬままに幕府を解体したことが一つ。

 代々の当主が上手いこと時代の波を乗り切りつつ凋落しないように立ち回ったことが一つ。

 様々な理由が複合し、今現在も織田の御家は強い影響力を持っていると云うわけだ。

 日本における影の支配者などと呼ばれているのを新聞で見た時は信長はどうリアクションすれば良いか分からなかった。

 自分の影響がそこまで大きいとは思っていなかったのだ。


「っと、此処か。地名変わってるから紛らわしいな」


 ぶつくさ云いながら電車を降りる信長、彼がやって来たのは新宿歌舞伎町――になる可能性を持っていた街だ。

 かつての職場があった場所を見てみようと思ったのだが、何もかも勝手が違う。

 ちょっと電車に乗るだけでも一苦労だ。

 地図と睨めっこをしつつ記憶と照合するのが難儀で難儀でしょうがない。


「っくしょぅ……こんなことなら引き籠もってねえでもっと外出りゃ良かった」


 信長とその妻達は此処二百年ほど殆ど外に出ていない。

 近場なら買い物に行ったり何だりするのだが出かける機会はその程度。

 遠くに足を伸ばしたりすることは皆無と云っても良い。

 そんなヒッキーが何故外出しているのかと云うと、今年が信長にとって特別な年だからである。

 二千十六年秋、何の前触れもなくホストをやっていた少年は織田信長へと生まれ変わったのだ。

 だからまあ、信長としても二千十六年と云う年には思い入れがあった。


 ならばその日は皆で関東に遊びに行こうと五十年ぐらい前から決めていたのだ。

 今現在信長が一人なのは、こうなることが分かっていたからである。

 どうせ迷うだろうし、うろうろするのもつまらない。

 なので皆は俺が思い出の場所を見つけ出すまで観光でもしてろ――ってなわけで単独行動をしているわけだ。


「うぅ……くそぅ、俺のホームグラウンドが健全な街に……折角昔を思い出して夜の戦闘服まで見繕って来たのに……」


 深い深い溜息。

 征夷大将軍兼関白を務めていた信長だがそんな立場はとうに退いた。

 だもんで魂の職業でもあった夜の男に先祖返りを起こしているのだ。

 それゆえ、懐かしい空気が微塵もない歌舞伎町が寂しくて寂しくてしょうがない。


「退廃的で、淀んでて、キラキラ表面上は眩いのにどんよりしつつも妙な熱気に満ちているあの街よ……カムバック。

JR新宿駅の東口を出ても俺の庭じゃねえもん此処。そもそも新宿なんて駅もねえし。異次元過ぎるわマジで」


 下敷きとなる知識を持つがゆえに、ギャップによる違和感が拭い切れない。

 いや、信長とて決して今の日本に不満があるわけではないのだ。

 むしろかつて自分が暮らしていた現代よりも豊かで住み易い国になっている。

 そしてその土台を作り上げられたことを誇らしくも思っている、思っているのだが寂しいものは寂しいのだ。


「! 此処だ、此処此処!!」


 一瞬、通り過ぎてしまいそうになったが此処数百年稼動していなかった直感がフル稼働したのだ。


「……Barか。まあ、うん……ホストクラブではないけど、これはこれで……うん、一応夜の店だしな」


 かつての職場があった場所には一件のBarが建っていた。

 中々良さげな雰囲気を醸し出していて心惹かれる佇まいだ。


「折角だし、ちょっと入ってみるか」


 まだ夕方だが、開店時間を見るに大丈夫そうだと頷き信長は店内へ。


「いらっしゃいませ」

「後でツレが来るからテーブルを頼みたいんだが……構わないか?」

「かしこまりました」


 カウンターから出て来たマスターに先導され、隅の席へと案内される。

 席に着くや信長は携帯を取り出し現在位置をメールで送信。


「ツレが来るまでテキトーに頼むわ」


 アバウトな注文ではあるがマスターは涼しい顔で承諾しカウンターへと戻って行く。

 ウェイターが居ないのだろうか? 色々大変そうだと思いつつ信長はお冷を呷る。

 うろうろしていたからか、少しばかり火照った身体に冷たい水がよく染みる。


「(……カクテルとかは、あんま変わってねえ。ま、外来の文化だから此処まで俺の影響があるわけもなし、だな)」


 軽くメニューを流し読みしながら時間を潰していると、


「御待たせ致しました。此方、"天魔"で御座います」

「おう……おおう?」


 差し出されたのは白い花弁が散らされた赤いカクテルで、それ自体は構わない。

 が、問題はその名前だ。

 別にカクテルに詳しかったわけではないけれど天魔なんてカクテルは聞いたことがない。


「御存知ありませんか?」


 少し驚いたような顔をするマスター、それだけメジャーなカクテルなのか?

 と云うか天魔、天魔。いやまさかそんなはずは……と信長は顔を引き攣らせる。


「あ、ああ……ワインなんかは嗜むんだが、カクテルには疎くてな」

「では一つ、ご説明致しましょうか」


 渋いダンディスマイルを浮かべたマスターが語った説明に信長は頭を抱えたくなった。

 天魔は甘口の日本酒と辛口の洋酒を半々で混ぜて香りづけにジャスミンの花弁を散らしたロングカクテルだと云う。

 由来は当然の如く――――織田信長。

 ちなみに白いジャスミンの花言葉は好色である。


「歴史に記される彼の人柄をそのままカクテルに落とし込んだ……」

「そ、そっか。でも何だってこれを俺に?」

「ああ、印象で御座います。おかしな話かもしれませんが、御客様が入店された際に"あ、信長だ"と思いまして。

教科書に載っている肖像画とも何処か似通っておりますし、ひょっとして織田家の縁戚だったり?」


 信長本人です。


「いやいや、んなことはないよ。説明ありがと」


 一礼して去って行くマスターを見て思わず戦々恐々とする信長であった。


「(こっぱずかしいとかそんなレベルじゃねえな……)」


 味そのものは中々に好みではあったが、由来を知ってしまうと照れ臭くてしょうがない。

 複雑な表情でカクテルを舌で転がしていると姦しい声が聞こえて来る。

 入って来たのは妻達で、


「申し訳ありません。未成年の方は……」

「えい! 連れの男性が居ると思うのだけど?」

「此方で御座います」


 服装を見て止めに入ったマスターだがマーリンの魔法により一発で認識をずらされてしまう。

 ちなみに止められたのはマーリンと帰蝶、昌幸以外の二人である。

 彼女らも当然の如くに現代に適した衣服を纏っているのだがそれが問題なのだ。

 マーリンは女教師風のスーツ姿、スカートの丈が実に悩ましい。

 帰蝶は藍色のクロップドパンツにヒール、白のカーディガンで小綺麗に。

 昌幸は肩と背中を大胆に露出した黒い編み上げのマーメイドドレス。


 問題は残る二だ。

 羽柴秀吉こと藤乃はセーラー服。

 徳川家康こと竹千代はブレザー。

 止められない方がおかしいだろう――まあ、信長的には超ツボなので問題はないのだが。


「よう、どうだった?」

「楽しかったですわ。ええ、最低限しか外に出ていませんでしたし何もかも新鮮で」

「いやぁ、信長様の居た時代って凄まじく豊かだったんだと改めて実感しましたよ」

「俺の知る平成は何か閉塞感あったけどな」


 席につくとキャイキャイ云いながらメニューを見始めた彼女達は目敏く天魔を見つけ全員がそれを注文する。

 困った顔をする信長を見たかったのだ。


「より良い日本を造れたと云うことね。そう思うと少しばかり誇らしく思うわ。自惚れかもしれないけれど」

「んなこたぁねえよ、帰蝶。此処に居る面子は誇れるだけのことはしたと思うぜ? ま、過剰に持ち上げられるのも居心地悪いが」

「ふふ、信長様は神様になってるものね」

「そう云うお前も魔女じゃねえか。しかも良い意味で」


 欧州における魔女と日本における魔女では扱いが違う。

 雪斎も同じ枠で害悪極まりないと云う評価だが、功績と云う意味ではマーリンが一番だし彼女のお陰で魔女と云う単語は日本国内においてはポジティブなイメージを確立している。


「つか神様ってんなら竹千代もそうなんだがな、俺の知ってる歴史じゃ」


 信長の知る史実について言及してみると藤乃、竹千代の顔が引き攣る。

 もう何一つ隠しごとはしていないため、聞かれたから色々話してやったのだが……。


「……いやいや、ないない、ないです。男だってのは百歩譲って良しとしますよ? 晩年老害じゃないですか話聞く限りじゃ」

「信康を切腹させてるって……」


 昌幸も蟄居先で無念の死を遂げたのだが、彼女は気にしていないらしい。

 別人だと割り切っていると云うよりは読み違えて負けたのだからしょうがないと思っている。

 それに真田は敗北したが史実においては長く語り継がれるほどだと聞かされているのでそこまでショックはないのだ。


「おいおい、それ云うなら俺なんてリーチ目前で死んじゃってんだぜ? 奇妙丸も一緒に。

残った息子は家康と秀吉に云いように操られて、徳川の天下じゃ家康の御茶汲みだし」

「それでも戦国三英傑って形で三人共にメジャーだったんでしょ? 私なんて信長様の正妻ってこと以外ロクにエピソードもないらしいじゃないの」

「それを云うなら私だってそもそも違う国で違う伝説に出演してるらしいじゃない。しかも最後が超間抜け」


 こんな会話、傍から聞いていれば意味が分からないし怪しい。

 だもんでマーリンは店全体に認識阻害の魔法を仕掛けていたりする。


「つか、俺の知る史実なんざ意味ねえから気にすんなって。ちょっとした与太話程度の認識で良いじゃん」

「で、でも知ってる名前がポンポン出て来るし微妙に符合してるんですよ?」

「……竹千代は漏らしてなどおりませぬ」

「折角現代観光やってるんだし滅入る話題は止めようぜ!?」

「ではCDショップで買った映画の話題でもします?」


 昌幸が傍らに置いていた袋を掲げる。


「映画? 買ったのか?」

「ええ、アヴァロンに戻ったら皆で鑑賞しようと思いまして。テレビと専用機器は帰りに買っていくつもりですわ」


 アヴァロンも現代風の様式に変更されているが、テレビやパソコンなどは未だ置いていない。

 今日まではなるたけ我慢しようと皆で決めていたのだ。


「ほう……で、どんな映画?」

「旦那様が鮫と戦ったり旦那様が女体化してたり旦那様がゾンビと戦ったり旦那様がニューヨークに安土城を出現させたり……」

「マジかよ、俺そんな糞映画にも出てんの?」


 有名税と云えばそこまでだが、聳え立つ糞を前に信長は心底肝が冷えていた。

 勘弁しろよマジでと云う感想は当然のことだろう。


「ちゃんと歴史考証も成されている御堅いものも一応買っておきましたわ」

「つっても俺ら当事者だからそれは別に……ああでも、どんな役者が使われてるのかは気になるな」


 流行のアイドルが起用されてたらディスク叩き割ってやると決意する信長であった。


「やー、でも何か変な感じですね。遠い未来で自分のことが語られているって。

真贋入り混じってたり誇張もあったりしますけど……照れ臭いと云うか、鼻高々と云うか……」


 アヴァロンにほぼ完全ヒッキー状態になるまでの間、ちょこちょこと外に出ていたりもした。

 そこで子孫や仲の良かった誰かの家が消えるとか諸行無常な事象を知ったりもした。

 良いことも悪いことも色々あって、葛藤などをする時期はとうに過ぎている。

 だからこそ今、彼らは素直に現代を満喫することが出来るのだろう。


「正直、美化されるのは反応に困りまする」

「有名税だ。俺なんて酷いことになってるじゃねえか……っと、グラスが来たぞ」


 それぞれの前に天魔が置かれる。

 信長はそれを見て多少顔をひくつかせそうになったが我慢。

 ニヤニヤされるのは面白くないからだ。


「それじゃ、まあ」


 軽くグラスを胸の前に上げて、


『乾杯!!!!』


 艱難辛苦の物語は終わった。だったら後は後日談、それも楽しい後日談が続いていて然るべきだ。

 織田信長とその妻達、彼らの楽しい後日談は終わらない。それはきっと、永劫の果てであろうとも。

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