最終話
関ヶ原の戦いから後のことを語ろう。
信長は帰還して直ぐ後、戦後処理をしつつ明智光秀と太原雪斎に組した人間らの悪評をばら撒いた。
そして、十二分に日ノ本の憎しみが集まったところで京にて公開処刑を行う。
先ず、反信長包囲網の責任を取らせる意味で足利義昭を。
次いで、雪斎を――と云っても彼女の場合は空の肉体を動かして生きているように見せ掛けて、だが。
その後、反信長包囲網、並びに東軍に参戦していた者らを処刑し御家を完全に取り潰す。
これにより、莫大な領土が信長の手元に転がり込んで来た。
信長はトップとして最大の領土になるよう調整しながらもあくまで最低限に拡大を留める。
その代わり、全国の金山銀山を直轄にして排出された金銀が総て手元に入るよう差配した後で残る領土を分配。
柴田勝家、羽柴秀吉、丹羽長秀、滝川一益、竹中半兵衛らは一気にそれまで任されていた領土も含め大大名に。
徳川、今川、筒井、真田、上杉、島津、同盟やら従属していた家の者達も大幅な加増を受ける。
が、功の大きい彼らに分配してもまだまだ領土は有り余っている。
それを残る者らに分配しつつ、その中で信長は確固たる支配体制を築いていく。
最早織田に逆らえる存在などあろうはずもなく、実にスムーズにことは進んだ。
しかし、信長はその段階でも征夷大将軍や関白なんて位には就いていない。
自分から求めればそれは織田が下であると示すことになるからだ。
しかし、民からすれば納得がいかない。
何故朝廷は信長を認めないのか、と。無論、朝廷も信長に逆らう気はないしそんな力もない。
ただ、面子と云うものがあってあちらから願い出るようにしたかっただけ。
だが、その思惑も民の声と何も云って来ない信長のプレッシャーにより打ち砕かれる。
結果、朝廷は帝自ら安土へ赴き征夷大将軍の位を贈ることになったのだが……。
『は? それだけなんだ。へえ……ふぅん……』
と信長が重圧をかける。
結果、公家の最高位たる関白の座までも差し出す羽目に。
武家と公家、両方の最高位を手に入れた男など歴史上、後にも先にも織田信長ぐらいだろう。
それはさておき、関白の地位を手に入れたことで信長は朝廷側にも配慮を見せる。
要訳すると、
『黙って従ってりゃそれなりの暮らしはさせてやるから変な気ぃ起こすなよ』
ってな具合で決まりごとなどを制定する代わりに貧乏暮らしの朝廷を保護。
人心は武家商家百姓問わず織田に集まっているので拒否をすれば本当に滅びかねない。
京で行った大量の公開処刑を見せ付けられただけに朝廷は平に決定を受け入れた。
気付いているだろうがわざわざ京で公開処刑を行ったのは朝廷へのプレッシャーをかけるためでもあったのだ。
征夷大将軍と関白の地位を手に入れた信長は、安土にて幕府を開く。
諸大名を召喚し先ずは領土拡大のための私闘禁止を制定。
此処からは内政の時間だとばかりにバリバリ政策を打ち出し始める。
金銀を集めての貨幣鋳造、検地、大小立場様々の私闘禁止令、教育の充実、諸外国との外交ルート開拓などやることは山ほどあった。
とは云え、信長はラッキーだ。
『使えそうなのはパクれば良いんだしな』
と、史実において天下を握った秀吉と家康の政策で使えそうなのをパクることが出来たのだから。
しかし、だからと云って総てが総てパクリと云うわけでもない。
信長の独自色が強い政策の一つに教育制度の充実がある。
先ずは武士階級の人間が通う正式な教育機関を設立。
いきなり下々の人間にまで完全な教育を施すのが無理なことぐらい信長にも分かっている。
なので武士階級のための教育機関は将来を見越してのこと。
時代が変われば民草にも教育の必要が出て来ることは明白で、その際に手本と出来るよう設立したのだ。
武士階級の人間が通う学校は全国に幾つか設立したのだが、その中でも信長は格差をつけた。
分かり易く云うと名門校と一般校だ。具体的な方法は入試制度である。
信長自ら校長を務める安土校が最難関で狭き門、しかし潜り抜ければ層の厚い教師陣による高等教育が受けられる。
だけではつまらないので、信長自身も時たま教鞭を執ることを発表。
そうすることで覚えを良くしてもらいたいと云う人間の欲を掻き立て向上心の発奮を促したのだ。
安土に次いで難易度の高い入試を行う学校を東西に一つずつ。
そして後は入試制度すら取り入れていない難易度の低い学校だけ。
上等な教育を施せる人材にも限りがあるので当然だ。
とは云え、安土や東西の名門に入れぬからと腐られても困るのでランクアップ制度も導入。
各校で優秀な成績を修めた者は試験を受けた上で途中編入可と云うことにしたのだ。
東西の名門どちらかを目指すか、中央の最高学府を狙うか、何にしろ上へ繋がる道は用意してやった。
そこからは個人の努力次第である。
さて、武士階級の知識充実だけを語ったが下層の人間に対する配慮も忘れてはいない。
いきなり学校を作ることは無理なので、信長は今あるものを利用することにした。
村々の子供達全員が全員、読み書きが出来ないわけではない。
近所の寺で善良な僧に教えて貰ったりして読み書き算術を身につける者も居る。
そこで信長は寺社の有効活用に踏み切った。
『補助金出してやるよ』
要訳すればこれだ。
とは云え全国にばら撒けば財政にも負担がかかり過ぎる。
やっても構わないのだが、そのせいで他に重要な政策を実行出来ねば困る。
だもんで学の無い人間に教えを施す寺院に補助金を出すのはあくまで信長の直轄地のみで全国共通の制度にはしなかった。
しかし信長はそれで十分だと思っている。
『必要なことであると理解していれば云われずともやるとこがあるだろう。
或いはご機嫌取りで追従するとこも……ま、その負担は織田が担うわけじゃねえしな』
前者の場合は、それで任された領土の統治が不安定になるような真似はしないだろう。
後者の場合は、危険性を孕んでいるがその場合は容赦なく取り締まるようにしてある。
身の丈に合わぬことをして民草の暮らしを圧迫するのは愚か者のすることだ! とか云って潰すことも視野に入れている。
それはさておき、補助金制度と云うのは悪用されるリスクもある。
信長はそのこともキチンと理解して、腐敗と云うのは完全根絶出来ないと弁えつつも取り締まりの方策もそれなりに打ち出した。
彼は自分が出来る範囲の事柄に関して手を抜くつもりはないのだ。
内政、外交、教育、経済、公人として八面六臂の活躍をしている信長ではあるが私人としてもこの上なく人生を謳歌していた。
話は少々戻るが、将軍位と関白の位を贈呈されると同時に妻を新たに四人も娶る。
とは云っても内縁状態だった四人を正式に妻にしただけだが。
これにより、マーリンを除く三人は一足早くに隠居状態となった。
徳川家康は息子信康に家督を譲り渡し、同時に名を改め正式に竹千代へ。
幼名に戻ると云うのも変な話だが、馴染んでいるしこれ以外にはないので本人は気にしていない。
羽柴秀吉も正式に一番最初の名前である藤乃に改名し小一郎へ家督を継がせる。
息子の鶴松が良い齢になるまでの中継ぎだが、小一郎本人は気にしていない。
大変なこともあったけれど、乱世を終わらせる一助となれたことを彼は誇りに思っている。
だからこそ、機会を与えてくれた姉への恩返しだ。
まあ、最初は無理矢理連れて来られただけなんだが。
真田昌幸は当初、自分はもうちょっと遅れて輿入れするつもりだった。
しかし、信濃防衛戦で化けて名を上げた信之ならば大丈夫だとこれまで考えていた信濃防衛思想やら何やらを託しすっぱり隠居。
武士としての夢は乱世が終わったことで叶ったとも云えるからさして未練もなかった。
関ヶ原の単騎駆けで兄以上にその名を知らしめた弟の信繁もいるし真田は安泰であると確信しているのだ。
ゆえに真田の名を捨てただの昌幸として心置きなく信長の妻となることが出来た。
さて、一気に四人も側室が増えたことで帰蝶は正室としての仕事がようやく始められると意気込んだのだが……。
そもそも、マーリン、竹千代、藤乃とは長い付き合いだし昌幸も弁えている。
だもんで正室として室の管理をする必要性も見出せず、結局仕事はあってなきようなもの。
若干すかされた感があったものの、仕事は他にもたくさんある。
馬鹿みたいに仕事が多い信長を他の側室達と共に健気に支えていた。
誰も彼もが政戦両面で高い能力を発揮出来る万能系ゆえ、ある意味では乱世よりも活躍したと云えよう。
ちなみに、四人を側室とした後で、信長は妻五人と改めて結婚式を催した。
しかし、これまでの形式ばった婚儀とは違う。
戦国時代初のウェディングドレスを用いた現代のそれに近い結婚式だ。
とは云え天下人の結婚式に使えるほどの教会は存在していないので会場についてはかなりアレンジしたが。
それでも異国の婚礼衣装に身を包んだ五人の美姫達の姿は大いに受けた。
これからは武家の婚姻でも、信長達の真似をする者が出て来るだろう。
そしてやがては一般人にも……。
私人としても公人としても、順風満帆、数多くの功績を打ち立てた信長。
中身を語り尽すのであれば夜が明けてしまうのでそろそろ〆に入ろう。
信長はその後、七十半ばまで実務を続けた後、完全に隠居。
六十五歳辺りで家督は譲り渡していたものの内政関係はともかく外交関連でやらねばならぬことが多かったのだ。
多くのルートを開拓し、時には自らその国を訪れた信長、持ち前のカリスマで信頼を得たもののあくまで彼個人。
織田信長から日ノ本と云う国への引継ぎに時間がかかったがそれも七十半ばで完全に引継ぎを済ませられた。
後は生まれ故郷である尾張に戻り清洲で妻達と余生を過ごす。
百を数える頃にはマーリン以外の妻に先立たれてしまったがそれでも信長は健在。
妻達の菩提を弔いながら、孫や曾孫を可愛がったり暇を見ては学校で教鞭を執りつつ百八歳で死去。
子や多くの孫、曾孫らに見守られながらの大往生。
葬儀は国葬となり、息子へ家督を譲り渡して久しい奇妙丸が喪主を務めた。
生前の希望通りに、華やかな葬儀で皆、涙を流しながらも笑顔で信長を見送った。
葬儀には琉球の王族や蝦夷の長なども参列したがそれだけではない。
伝達時間の関係上、直接葬儀には出席出来なかったものの諸外国からも後々使者が訪れ信長を菩提を参ったと云う。
日出ずる国の偉大な王に対する敬意を払ったのだ。
その際に使者が携えて来た各国の王達が信長への哀悼を記した書状は現代にまで伝わっており、重要な資料として保管されている。
時のローマ教皇などからの書状も存在しており、織田信長と云う男の影響力の強さが窺えると後世の史家は語っている。
さて、表に語られている信長の足跡はその死を以って幕を閉じたのだが……。
「……ん、んん」
国葬より一週間後、清洲城の一室でその男は目を覚ました。
傍らに居るのは――――
「具合はどうかしら?」
「マーリンか……鏡か何かねえ?」
「はいどうぞ」
差し出された鏡を覗き込むと、ちょいワルちょいエロジジイの顔は何処へやら。
もうすっかり遠い過去となっていた若き日の己の姿があった。
十代後半のバリバリ最強ナンバー1だった時代の己だ。
「ふむ、何つーか、ジジイになって身体にもガタが来てたから完全健康体なのがちょいと不思議な感じだわ」
「それ以外に不具合は?」
「ねえよ、お前が造ってくれた肉体だからな。バッチリだろうぜ」
「それは重畳。で――――信長様、これから永遠を生きることになるわけだけど覚悟は出来ている?」
「ああ」
男――信長は強く、意思の籠もった瞳で肯定の意を告げる。
此処からは歴史に語られぬ織田信長、もう一つの物語だ。
彼は関ヶ原の戦いが始まる直前、マーリンに雪斎への罰を告げた。
そして戦いの中で雪斎用のホムンクルスを製造させていたのだが、その際、もう一体ホムンクルスを造らせていた。
それは責任を果たすために己が使うための肉体だ。
太原雪斎、紛うことなき大罪人でそこに情状酌量の余地は無い。
しかし、咎人と云うのであれば己もそうだ。
そこだけは決して譲れない一線でその罰として信長は己に雪斎の監視と云う責務を課した。
永遠を生きる罪人を監視するには獄吏もまた永遠にならねばいけない。
望まぬ人間にとって、いや望んでなったとしても不老不死なんてロクでもない。
永遠を生きる辛さに耐えられるほど、人は強くはないから。
それらをしかと理解した上で信長は永遠の獄吏となることを決断した。
そして、その手段を魔道を極めたがゆえに永遠となったマーリンに求め、決意を曲げられぬと知り彼女もそれを受諾。
死去する寸前で信長の魂魄を抜き取り保存、そして入念な準備を施した上で術式を刻み新たな肉体に封入した。
こうして、神の子ではないものの織田信長は完全復活を果たしたと云うわけだ。
「しかしさて、どうすっかねえ」
当然のことながら、信長は最早表の歴史に干渉することはない。
それゆえ清洲城からとっとと出て行くべきなのだが、当面の指針が思いつかない。
何処に住もうか、何をして過ごそうか、考えることは幾らでもある。
雪斎の監視が仕事と云えば仕事だが魔道を介してなので別に傍に居る必要はないのだ。
「一先ずの拠点は用意してあるわ、位相がずれた琵琶湖の湖底にね」
「琵琶湖の湖底? エクスカリバーがあるのは分かるけど……拠点?」
信長は乱世終わったしと琵琶湖の中心に神殿を建ててそこに聖剣を奉納した。
年に一回、一般にも開放して観光資源ともなるように。
しかしそこで見られる聖剣は影だ。本体は琵琶湖の湖底、それも一つ位相のずれた場所に封印されている。
現世で見られるのはあくまでその影。
「ほら、聖剣伝説に新たな一節を加えたじゃない
信長様が教えてくれた生まれ変わる前の世界であったって云うアーサー王伝説を参考にして。
役目を終えた聖剣の王は理想郷にて眠りに就く……って。
いやでも不思議よね、アーサー王伝説。奇妙に符号してるわ、まあこの世界には存在していないようだけど」
「俺の知ってる史実じゃそもそも俺、謀反でくたばってたしって……話ずれてる。理想郷がどうしたんだ?」
「実は内緒で昔から造ってたのよ、三十年ぐらい前に完成して今日まで内緒にしてたけど」
「ほう……じゃあまあ、とりあえず案内してもらおうか」
立ち上がり、傍らに置いてあった剣を腰に佩いて支度を整える。
エクスカリバーは封印され、宗三左文字も奇妙丸へと譲り渡した。では一体何を?
勿論、間に合わせのテキトーな品ではない。
謀反人明智光秀が使用していたクラレントである。
回収したクラレントをマーリンの手で鍛え直した云うなればクラレント・改。
命を燃料にすることに変わりはないが、他人の命ではなく持ち主の命を吸って力を発揮する安全性能だ。
不老不死の信長にとってこれ以上にないほどの一振りである。
「ええ、サプライズもあるから楽しみにしてて頂戴」
どーこーでーもどぉおおおおあぁあああああああ! 的なアレで扉を作り出し、それを潜ればあっという間に琵琶湖の中へ。
ちょっと気合入れ過ぎたせいで楽園に入るには面倒な手順が必要なのだ。
「ちょっと待っててね?」
「おう……にしても、綺麗だな……」
聖剣の恩恵か、琵琶湖の水質は凄まじい。
水底から見上げる景色は幻想的で、何時まで見ていたって飽きが来ない。
「こりゃ、未来でも琵琶湖の水質汚染はなさそうだな……うむうむ」
最早朧げにしか思い出せないが、平成の世で訪れた琵琶湖は凄い汚かった覚えがある。
訪れた場所が悪かったのかもしれないが、この分なら心配もなさそうだと信長は満足げに微笑む。
「さ、準備が整ったわよ」
「おう」
マーリンに手を引かれて理想郷に足を踏み入れた瞬間、
「――――」
信長は言葉を失った。
理想郷の美しさ――ではない、確かに美しいし何もなければ感嘆を漏らしていただろう。
だが、そんなものが目に入らぬほどに驚いているのだ、自分を迎えた四人の女性を見て。
「お、お前ら……な、何で……」
思わず声が震える。
最初から不老不死のマーリンはともかく、他をこんな自己満足には付き合わせられない。
ゆえに生涯告げることはなかったのに……。
「私は云ってないわよ?」
と、マーリンが悪戯な笑みを浮かべる。
「何年夫婦やってると思っているんですか。信長様の考えていることぐらい、竹千代はお見通しで御座いまする」
「いやいや、竹千代さんは何か隠しごとしてるなーぐらいしか気付いていなかったじゃありませんの」
「まあまあ、そう煽っちゃ駄目ですって」
「総括すれば皆で話し合って信長様がやりそうなことを読んで、その上でマーリンに協力を願ったのよ」
竹千代、昌幸、藤乃、帰蝶――昔日の姿で己を迎えた妻達。
自分と同じような手段を以って……信長は何かを云いたげに口を動かすも、
「旦那様、野暮は無しですわ」
「これは竹千代達が自分の意思で定めたこと」
「大体、御婆ちゃんばっかり信長様と一緒に居るのは不公平だと思いまーす」
「そうね、等しく愛して欲しいものだわ」
「お前ら……」
俯き、深い深い溜息を吐く。
次に顔を上げた時、信長の顔には幸福そのものとしか形容出来ない笑顔が浮かんでいた。
「……まあ、何だ。男の俺が云うのも妙な感じだが改めて」
そしてほんの少し照れ臭そうにしながら、
「――――末永くよろしく頼むよ」
エピローグはちょっと延期
19時ぐらいに




