76話
信長の予想通りに、正午少し前に東軍は関ヶ原へと到着し速やかに布陣。
『先ずは小手調べ』
それぞれの場所で、信長と光秀は同時にそう宣言した。
と、同時に東軍側がそれぞれの場所に布陣している軍へと向けて一斉に突撃。
ああ、やはりそうだ。これも違わず読み通り。
驕り昂ぶっているがゆえに初手は何の芸もない、しかし何の芸も必要とすらしていないからこその突撃。
光秀は勝つつもりだ、それでも敢えて自軍の分かり易い初手を赦した。
「一つずつは何てことのない要素だが、あなたはそれを複合させて大きな流れを作る。云い変えれば――――」
「一つの動きから俺が何考えてるかも知れるってことだからな」
戦術を見たいのだ。
織田信長と云う男が、この厄介な軍団を相手にどのような手を打つのか、その傾向を測ろうとしている。
初手は捨て札、数の優位を持つからこその余裕だ。
薄氷の上を渡るように一手一手最善を指さねばならぬ信長とは違う。
「マーリン」
「ええ」
大地を駆ける東軍の上空より大量の飛来物が降り注ぐ。
それは爆弾だ、魔道のものでも何でもない、火のついた大量の爆弾。
空は人の領域ではなく、しかしだからこそこの時代においては盲点足り得る。特に野戦で、それも完全な真上からならば。
そんな上空からの攻撃はしかし、
「雪斎」
「御任せあれ」
軍団に衝突するよりも早くに、雪斎は東軍全体の上方に板のような結界を展開し爆弾を阻む。
爆風も爆炎も何一つとして敵には届かず、それでも信長は笑っていた。
「知ってたよ」
雪斎が上部への結界を展開すると同時にマーリンは先頭の敵が踏み締めている大地の一部を崩落させる。
落とし穴の深さは人一人分が綺麗に嵌まるほどの深さでこの瞬間、信長は敵の選択を強制した。
下にも結界を張って軍団の落下を阻止するか。
だが、阻止したとしても微妙に体勢を立て直さねばならない。
がくん、と足下を崩されたのだ。突撃の勢いは確かに殺された。
結界を張った瞬間、これまでじりじりとしか迫って来ていなかった迎撃側の西軍は一斉突撃をかけるだろう。
その後、即座に転身して自我ある指揮官らを揺さぶる。
「ならば……!」
と、雪斎は敢えて結界を張らなかった。
そうして穴を人間で塞ぎ後続はそれを踏み締め勢いを殺さぬようにと突撃を指示する。
「ならば俺はこうさせてもらおう」
あちこちで爆炎が巻き起こった。
爆心は足下、人でフタをして穴を塞ぎ、後続が通り過ぎようとした瞬間に爆発したのだ――地雷の如くに。
「……二重底! 火薬を敷き詰めていたのか!?」
光秀は即座に信長の戦術を看破した。
先頭の者らが落ちた落とし穴、そこにはもう一つ下があったのだ。
とは云えそれが崩れることはない、何せ火薬をびっちりと仕込んでいたのだから。
信長は後続が人で塞いだ穴を通過させる寸前で、マーリンの力を以って火薬に着火させ足下から吹き飛ばしたのだ。
「ひゃひゃひゃ、開戦の号砲としちゃあ……派手で良いだろう?」
雪斎が結界を張っていたのならば突撃の勢いは挫かれ、そこに手痛いカウンターを叩き込む。
結界を張らずに人で穴を塞ぐことが選んだのであれば地雷を以って痛撃を与える。
一回こっきりとは云え完全封殺と云っても過言ではないこの戦術――第六天魔の本領発揮だ。
マーリンの力を利用しながらも、その消耗は最低限で効果は最大。
何せマーリンがやったのは大量の爆弾を転移させることと、人間一人分の深さの穴を穿つこと。
京で放ったような大規模な魔法攻撃とは比べものにならない低消費だ。だと云うのに、その効果は絶大だ。
「二万、三万ぐれえは削れたかな? まあ、それでも数の上ではまだまだ不利だけど」
無傷の西軍十二万、対する東軍は二十一~二万程度。
未だ数の上では東軍有利だし、これだけの痛手を与えても傀儡ゆえに兵が怖じることもない。
総ての戦術がガチリと嵌まって士気高揚としている織田軍だが、敵兵に乱れが生じないのならばトントンだ。
「だが、率いてる連中にゃあ――――楔を打ち込めた」
信長の狙いは初手で突撃して来る兵をなるたけ削り取ると云うのもあったが、同時に幾つか他の意図も含ませていた。
兵を率いる自我を持つ連中に対しての牽制だ。
一瞬にして数万も喪ってしまえば、慎重にならざるを得なくなる。
頭を使って戦わざるを得なくなる。
自我を持つ連中を本当の意味で戦に巻き込むことで将個人の能力が戦況に反映され影響を与える状況に持ち込んだのだ。
信長にとっては都合の良くない展開、それは東軍が力押しのまま状況を進めること。
真正面から突撃して来るだけの兵に対して取れる各将が取れる対応はそう多くはない。
しかし、将がそれぞれの能力を以って兵を動かせばどうか。
それに対して此方の将が十全に能力を発揮して対処することが可能となる。
信長は西軍の将が個々の能力を十全に活かせるよう、選択の幅を無理矢理こじ開けたのだ。
そうすれば将の質で勝る西軍は更に優位に立つことが出来る。
光秀の読んでいたように信長は初手の突撃に対する対応と云う一つのアクションから大きな流れを形成せしめた。
とは云え光秀や雪斎にその意図が分からないわけではない。
であれば理を以って力押しを続けるように各将へと命令すれば良いのかもしれないが、
「そう甘くはないでしょうね!!」
本陣に居る光秀の傍らで雪斎は歓喜の声を上げる。
嬉しくて嬉しくてしょうがないのだ、信長が我が子を殺さんと死力を尽くしている状況が。
「仮に突撃を続けてもそれに対して第六天魔が二の手三の手を用意していないわけがない!」
その結果として更なる被害を被れば東軍に疑心暗鬼が生じる。
ひょっとして自分達は負けさせられるのではないか。
光秀は裏切り者の汚名を被ることで信長の天下統一を円滑に進めているのではないか。
元々忠臣として名が知られていた光秀だからそんな疑念にもリアリティがある。
そうすれば将が独自の判断で勝手に撤退しかねない、一つ撤退を始めれば連鎖的に二つ三つ。
決して良い状況ではない。では将も傀儡にしてしまう?
「嗚呼! 今、どんな気持ちですか第六天魔! こんなにもあなたの思うようにことが運んでいるのに決して良い気分ではないでしょう!?」
それは無理だ。
織田に勝ちの目を残す以上、雪斎はその手を打てない。
信長自身の殺害も次善とは云え、今の状況でもそれは成せるのだ。
成せるのに、そちらに流れてしまえば最善の目が潰えてしまう。
雪斎自らの手で、自らの望みを破却することに他ならない。つまるところ、負けるのだ。
戦自体の勝敗ではない、私怨を以って仕掛けた戦いと云う点で敗北を喫する。
だからこそ雪斎は信長の必死さで彼女にとっての最善か次善かの結果が出る現状を維持せねばならないのだ。
「……義元を討った俺への復讐がしてえんだから、それは出来ねえよなぁ」
してやられたのに歓喜する雪斎とは魔逆で、西軍の本陣にて信長は心底忌々しげにそう吐き捨てた。
そりゃそうだ、現状が正に雪斎の望み通りの展開なのだから。
我が子を殺さんがために十重二十重の策を巡らせている父親。
そして、分かっていながらもやらざるを得ない。
だって、この先には信勝が、これまで奪って来た命の多くが無駄ではなかったことの証明が成される太平の世が待っているのだから。
逃げもせず全力で殺しに掛かっている、己が望みのままに。
「まあ、今は良いさ。精々高笑いしてろ糞婆」
陰鬱な思考を切り替える。
「さあ、膳立てはしっかりしたぜ。次はお前らだ、頼むぜ?」
共に覇道を往く仲間達に向け、静かに、それでも全幅の信を込めたエールを送る。
この戦い、決して己一人の力では勝つことが出来ない。
皆が居るから、居てくれるから、勝利へと向かうことが出来るのだ。
信長の顔には先ほどまでの苛つきは消え、頼もしい仲間達を想う笑みに満ちていた。
「アハハハハハハ! 私にとっては何一つとして損がありませんよぉおおおおおおおお!!?」
狂態を見せる雪斎を光秀は冷ややかに一瞥して唾を吐いた。
光秀は理解している、自分にとっての最善を掴むために太原雪斎から最大限の協力は得られないと。
だから、ひとりで考えねばならない。この現状を打開する一手を。
東軍側も西軍がしているようなタイムラグのない伝達手段を用意してある。
それでも、
「(……個々の能力として、先ず西軍側には勝てない)」
唯一目があるのは信長に次いで多くの兵を任されている奇妙丸ぐらいだ。
優秀ではあるが、若さがある彼ならば東軍側の将でも付け入る隙はあるだろう。
が、
「(情報では美濃の姫が補佐についているからそれも望めん……か)」
分かり易い弱点を信長がそのままにしておくわけがない。
だからこそ、補佐として帰蝶を奇妙丸の傍に就けたのだ。
帰蝶であれば奇妙丸の若さゆえの失敗を事前に止めることが出来る。
「(考えろ……考えろ、何か……何かあるはずだ。無いのならば自らの手で、作り出せ。信長様のように……!!)」
何処まで雪斎が協力してくれるかのラインを頭の中で想定し、それを踏まえて策を練る。
信長は己の部下が最大限の力を発揮出来る状況をこじ開けた。
であればそれに倣って自分もまた無理矢理現状を打開せねばならない。
「(通信を用いて、私が各将に命令を……いや駄目だ)」
各戦場の状況をリアルタイムで頭に叩き込みながらそれぞれに適した一手を打ち続ける。
とても頭の処理が追いつかない、東軍と云う巨大な総体をたった一人で回せるわけがない。
それに、そんなことをすれば光秀自身の能力を十全に発揮出来なくなる。
確かにそこそこ現状は回復するだろうが、所詮はそこまでで先が無い。
十重二十重と策を巡らせて来る織田家オールスターズに対応し切れなくなるのは目に見えている。
光秀個人の能力で云えば織田家オールスターズとも十全に渡り合える。
しかし、総ての将を相手取るならば不足にもほどがあった。
東軍の将総てに指示を出して藤乃や竹千代らを相手取るなど無謀極まりない。
ひたすらに思考を回転させる光秀だが良案は思い浮かばず。
「……糞」
渋面を作り、現状への不満をたった一言で表現する。
仲間を信じ、笑顔を見せた信長とは対照的だ。
光秀はひとり、何処までもひとりきり、その差による結実の時は近い。
「凄まじいですね、母上」
自分が担当する区域に築かれた陣中で奇妙丸が素直な感想を漏らす。
事前に策を聞かされた時も驚いた、しかし改めて感嘆の念が滲み出てしまう。
初手は完全に信長が制した、その思惑通りに戦況が進んでいる。
「そうね、あの方は新たに何かを創ることを得手としているから当然と云えば当然だけどね」
魔道を絡めた戦術などと云う概念は存在していない。
つまり、前例となる教科書が無いのだ。彼が生きていた平成の世にだってあろうはずもない。
だと云うのに信長は最低限の消費で最大限の効果を生む策を構築してのけた。
今、現存している戦術の多くは過去からの蓄積。
確固たる前例、教科書が存在しているがゆえの今だ。
新たな戦術が生み出されることもあるがそれは既存の枠からアレンジしたものだし、何より身近な概念を利用してある。
投石器などで弧を描き上空から何かを落とすことはあった。
篭城戦などで上から石を落とすことなどもあった。
しかし、野戦におい完全なる真上から何かを落とすと云うのは人の常識では不可能なもの――少なくともこの時代では。
落とし穴も戦術としては存在している、落とし穴の中に何かを仕込むことも同じだ。
しかし、そこに魔道と云う概念を絡めて効果的に運用する概念は存在しない。
信長は無いままに編み上げて自らが前例に、教科書になったのだ。
いやまあ、ぶっちゃけてしまうと確立したところで後の世で使われることはないだろうが。
だが、使われぬとしても新しい概念を創ったことに変わりはなく、それは信長個人のセンスあってのこと。
「でも、本番は此処からよ? 改めて気を引き締めなさいな」
「はい! 必ず、光秀を討ちましょう」
「駄目よ」
「え……へ?」
奇妙丸の決意表明はあっさりバッサリ切り捨てられた。
「信長様に負担をかけぬよう、自分の手で光秀をと思っているのでしょう? でもそれは駄目。
だってあなたが光秀を手にかければ子が子を殺したことになる。兄に、腹違いの妹を殺させたことになってしまう」
奇妙丸自身は茶々を妹と思っていないし、帰蝶も身内だとは思っていない。
だが、事実を受け取る側の信長がどう思うかが大事なのだ。
だからこそ奇妙丸に光秀を殺させるわけにはいかない。
「彼女の首を獲れる機があったとしても、そこで動くのは私や他の皆よ」
自分が御腹を痛めて産んだわけでもない子供を自身の子と認識しろなどと信長は云わない。
云わないし、信長自身も光秀は自分の子であって帰蝶の子ではないと認識している。
だからこそ帰蝶が殺す分には奇妙丸のような問題が生じることはないのだ。
「これは私達の世代の不始末でしょう? あなたを含めて若い子が関わること自体、正直申し訳ないわ」
時代は新たな局面を迎えようとしているのに、現れたのは過去の亡霊。
信長にしても帰蝶にしても雪斎の世代よりは下なのだが、ギリギリ雪斎の活動期間と被ってるせいで困ったことに関わりはある。
帰蝶はそこまででもないが、信長とは深い因縁で結ばれている。
であれば信長と同世代か近しい世代の人間だけでケリをつけるべきだ。
「母上……あの、それは遠まわしに自分が年寄りだと申告しているのでしょうか?
いや、そりゃまあ見た目は何時までも若々しくて驚きですけど実年齢は――――」
最後まで云い切る前に帰蝶は奇妙丸を殴り倒した。
地に伏せる息子を一瞥する母の目は何処までも冷たい。
「空気を変えるにしてもそれなりの話題を選びなさい。じゃなきゃ女の子に好かれないわよ」
明日の投稿で関ヶ原は終わります。
んで後は最終話とエピローグ的な?




