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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いて天下布武る俺――  作者: 曖昧


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75/82

75話

 本能寺より一ヶ月と半ばほどで東国勢の侵攻は始まった。

 便宜上東軍と呼ぶ彼らは先ず、上杉・柴田に四万。徳川・今川・滝川に五万、真田に三万の兵を割く。

 この段で十二万の兵を割きながらも光秀率いる本軍は二十四万の兵力を誇っていた。

 このイカレた動員数、分かるとは思うが男のみを兵としているわけではない――女も子供も老人も、だ。

 普通ならば阿呆の所業だ。数は増えても決して役には立たない。


 むしろ邪魔になるだけだ、ロクに動けぬ連中を混ぜることで円滑な動きが阻害されてしまう。

 が、今回に限っては問題ない。魔道の業により兵として仕立てられている。

 恐れもなく、身体も強化されて皆、均一に整えられている。

 であればこそ、兵として使える。使えてしまう、正気の沙汰ではない。

 マーリンの使い魔を通してそれを知った信長は、


『心底反吐が出る。まあ、雪斎の狙い通りだろうがな』


 と吐き捨てたと云う。

 実際その通りで、女も子供も老人ですらも動員したのは数を増やすためではなく信長への嫌がらせだ。

 お前がこれを殺すのだ、傀儡とされただけの者達をお前が殺すのだ――雪斎の呪詛が聞こえるようである。

 さて、東軍二十四万に対して織田方が関ヶ原での戦いに動員する西軍の兵力はおよそ十三万で内訳はこのような具合だ。


 織田信長、二万五千。

 織田信忠、二万。

 柴田勝家、一万五千。

 羽柴秀吉、一万五千。

 徳川家康、一万五千。

 竹中半兵衛、一万二千。

 丹羽長秀、一万。

 滝川一益、一万。

 真田昌幸、一万。


 各軍団を率いる長の下にも名だたる将らが居て、奇妙丸の副将は母である帰蝶が務めている。

 数では劣るものの、将帥の質では西軍が圧倒的だ。

 東軍における将の中で気にする者が居るとすればそれは光秀と雪斎ぐらい。

 しかし、前者はともかく後者は将として兵を動かすことはないだろう。

 雪斎の役目は信長の傍に居るマーリンを相手取ることだから。


 マーリンは関ヶ原に至るまでの間、自身の作品である時の流れが緩やかな壷中天に籠もり寝る間も惜しんで魔道具を作成していた。

 普通の人間でも発動出来る魔道具を東西の抑えを担っている者らや関ヶ原に赴く本軍の将らへ配るためだ。

 彼らが率いる軍団に対して任意で発動する結界具や、通信のための水晶玉。

 敵方の魔道によって心を操られないようにする護符、用意するものは幾らでもあった。

 壷中天に籠もったのはそれらを大量生産するためだけでなく、自身の回復を図ると云う意味もある。


 上杉戦の始末で消耗した力は莫大で、それは時間経過でしか回復しないもの。

 じゃあ後始末の後に直ぐ籠もっておけよと思うかもしれないが勿論、理由がある。

 単純に効率が悪いのだ。隔絶された世界ゆえに星の気を吸い上げられず時間単位の回復量は微々たるもの。

 それでも外での時間経過は僅かだし、マーリンならば何百年籠もっても老いることはない。

 とは云え、時間で云うのであれば現世では十数年。壷中天では数百年で平時においてどちらかを選ぶのならば普通は前者だろう。

 今はそうも云ってられなくなったし魔道具も作成しなければいけないから壷中天を利用しているだけだ。


 それでも魔道具作成に割く力と回復量を鑑みるのならば開戦までに全快することはないだろう。

 執念を以って恐ろしく魔道の力を研ぎ澄ませた雪斎と同等か少し上程度にまでしかなれないと予想を立てている。

 それゆえ、魔道の業を振るうのには細心の注意を払わねばならない。

 開戦直後に大がかりな業をぶっ放して兵力を少しでも削るような真似は特に避けるべきだ。

 西軍に何かあった際に下手に消耗していれば何も出来なくなる。


 他にも、東軍の兵を解呪して魔道の業から解き放つと云うことも慎重になるべきだろう。

 心を操る系統の業は非常に繊細だ。

 かけられている業を完全に解明してその上で解呪の術式を編まねばならないが今のところ解析は出来ていない。

 もしも力押しでやれば無駄な消耗を強いられる上に下手をすれば暴走状態になって混乱を助長しかねない。

 だからこそマーリンの役割は補助。

 兵全員にある程度の強化と回復を継続的に行える魔法陣の維持こそが本命。

 魔法陣を維持しつつ、尚且つ雪斎が仕掛けて来た際に対処することを信長に指示された。


「……ふぅ」


 東軍は未だ関ヶ原に到着していないものの西軍は既に関ヶ原へと布陣していた。

 信長もまた築かれた本陣の中で一人、ぼんやりと空を眺めている。

 空が少し白み始めたところで、東軍の到着は正午前になるだろう。


「近場の連中から来てくれたら楽なんだがな」

「戦力の逐次投入なんて真似はしないでしょうよ。光秀と雪斎以外の自我のある将は皆、驕っているようだけどそこまで馬鹿ではないわ」


 本陣には信長とマーリンしか居ない。

 それ以外の人員が必要無いのだ。

 周囲に浮かんでいる水晶球から各軍団と意思疎通、連携は出来るし身の回りの世話をする人間もマーリン一人で十分。

 がらんと静まり返った本陣は普通の戦ではあり得ない光景だ。

 それゆえ、今回の戦がどれだけ異質であるかが分かると云うものである。


「雪斎の誘いに乗る時点でどうしようもない馬鹿だとは思うがね」

「まあそれもそうだけれど」

「しかし、時間差のない連絡手段の他に兵一人一人までを強化したり防護出来たりする超常の力を行使出来るってのに……」


 ちっとも楽じゃない。信長は苦笑を漏らす。

 魔道の業は便利と云えば便利だが、それを行使する時は敵も魔道を使用して来ると云うこと。

 相対的に楽になったわけではないのだ。


「驕り昂ぶってる連中は今、さぞ良い気分なんだろうなぁ。数と力で真正面から喰い荒らせると思ってるんだから」


 強者は下手な策を弄さずともそれで良いのだ。

 一方の弱者はあれこれと必死こいて考えながら立ち回らねばならない。

 不利だし、気が滅入る、敵方の将を羨ましく思う。

 が、驕っている今だからこそ初手は読み易い。そこで上手く一当て出来るかどうかが戦の流れを変えるだろう。

 そしてその一当てに関しては信長もそれなりに考えてある。


「……なあマーリン、お前この戦を何処まで読んでる? どんな形で終わると考えてる?」

「どんなって……此方の勝利条件は明白だと思うけれど……」


 光秀を殺す、それで総て終わるはずだ。

 雪斎は最早、生に対して微塵も執着を持っていない。

 光秀を殺してしまえば、例え信長が自らの手でなくとも誰かが光秀を討ち取ればそこで満足だろう。

 後はさくっと殺してしまえば良い。


「そうだ。光秀を獲ればそれで勝ち。しかし、だ。一体誰が討ち取ると思う?」

「それは……分からないけれど……」

「――――俺だよ、俺になるような形にするだろうぜ」


 信長が何としてでも勝ちに行き、その結果として光秀が死ぬ。

 例え直接手を下さずとも信長に子殺しの疵を刻むには十分だ。

 しかし、最善を云うのであれば信長が自らの手で光秀を殺すこと。

 そしてそのための手筈も整えているはずだと信長は哂う。


「過去に類を見ないほどの大戦、敵も味方もどれだけ死ぬことになるか。

だがな、最終的な形は予言出来る。俺と光秀の一騎討ちだ――――ひっでえ茶番だろう?」


 分かっていても付き合わざるを得ない茶番、そしてその中で喪われる命。

 それもまた嫌がらせの一環だ。読み切っていてもどうすることも出来ない。

 何ともストレスが溜まる戦で、正直嫌になる。


「そりゃ確かに雪斎にとってそれが最善だろうけど……」


 自分を含めて各軍団の長はチャンスがあればその手で光秀を討つ気でいる。

 信長の負担を少しでも下手すためで、それは彼自身も察してくれている。

 察した上で可能ならばやってみろと思っているはずだとマーリン達は考えている。

 言葉には出していないけれど通じ合っている、と。


「お前らが、俺の負担を減らそうとその手で光秀を討つ気だろう。

その気遣いは嬉しいし、こと此処に至ってそれを拒否するほど俺もガキじゃねえ」


 マーリン達が考えている通りに、信長も任せても良いと思っていた。

 勝家に叱られてから、今までよりもう少し、他人に甘えられるようになったのだ。


「とは云え、それを赦すようなタマか? あそこまで狡猾に立ち回って俺に意趣返しをして来たあの雪斎がよ」

「それは、でも……一体、どうやって?」


 現実問題として、どうやってそんな状況に持って行くと云うのか。

 こんな大規模な戦で、魔道も絡んでいるとは云え総大将同士が一騎討ちになるような展開。

 マーリンにはどうしてもそれが想像出来なかった。


「"どうやって"成すのかって時点でズレてるのさ」


 信長にもその方法は分からない。


「"どんなことをして"でも成すって考えとくべきだろう。奴の執念からしてな」


 雪斎ならば必ず自身が望む最善の復讐を果たす。

 そう考えるのだ、手段とかそう云うのはどうでも良――くはないが分からないなら考えてもしょうがない。

 ただ、あれほどの狂念を持つ女ならば必ずやって来ると覚悟を決めておくべきだ。


「ったく、この歳で勘弁して欲しいぜ。謙信とのあれでもう腹いっぱいだよ」


 冗談めかして云うが、決して冗談で切り捨てられるものではない。


「信長様……」

「ま、なるたけお前らに任せるつもりだし、俺のこの懸念も……考え過ぎって可能性もあるからそう気負うこたぁねえよ」


 などと云っているがマーリンには分かっていた。

 信長の中では決して揺るがぬ事実として、一騎討ちが待ち受けているのだと。

 どうにかしたいがしかし、分からない。そんな状況になる道筋が。

 道筋が分からねば防ぐことが出来ない。


「(……雪斎を先に殺す? でも……)」


 可能か不可能かで云えば可能だ。

 ありとあらゆる力を自分に集中させて、他を疎かにするのであれば。

 しかし、その結果として殺せたとしてもかなりの消耗を強いられる。

 その上で、死後に発動するタイプの業が西軍を襲えば防げる可能性は低い。

 雁字搦めに行動を制限されている、改めて実感した、此処は雪斎の掌中であると。


「(ま、考え込むわな)」


 黙り込んでしまったマーリンを見て小さく溜息を吐く。

 云うべきではなかったのかもしれない、しかし云わねばならぬことだ。

 もしも予想が当たっているのならば、改めて気を引き締めねばならない。

 なるたけ被害を抑えながら一騎討ちが始まる程度に敵軍を削り取る。

 言葉にすれば簡単だが、難易度は半端ではない。

 今、このタイミングで告げたのは迷いに迷ってのこと。


「(他のとこでも、同じように難しい顔してんのかねえ)」


 信長は自身の予想を口にする際、水晶玉を用いて各軍団長に聞こえるようにしていた。

 だがもう用は済んだ。信長は思念を以って水晶玉の機能をOFFにして改めてマーリンに語り掛ける。


「雪斎は殺さんぜ、生かして捕らえる。捕らえた後も、殺しはしない」

「え」


 突然の発言に驚きを隠せない。

 雪斎を生かす? 生かして捕らえる? まあそれ自体は不思議ではない。

 民心を安定させるために公開処刑やらをするのも一つの手だ。

 しかし、捕らえた後も殺さないとはどう云うことなのか。


「俺が光秀を殺した後で、奴を殺したところでスッキリしねえだろ?」


 何せ雪斎の目的は果たされるのだから。

 此処まで虚仮にされておきながら、そんな結末を認める気は毛頭無い。

 今でもお市や長政を死に追いやったこと、茶々の件などで一番憎く怒りを抱いているのは己であることに変わりはなく。

 しかし、信勝の時と同じように自分が死ぬわけにはいかない。どれだけ死にたくても生きねばならない。

 であればやはり、かつてと同じように二番目。二番目に最も赦せない相手に報復をしなければならない。

 そうせねば区切りをつけられないから。勝ち逃げをさせてしまえば、一生淀みがついて回る。


「じゃあ……どうするの?」

「お前が可能ならば、と但し書きはつくが俺は奴の総てとも云えるものを奪うつもりだ。具体的な内容は――――」


 そうして語られた報復の内容は殺すよりも残酷なことだった。

 そしてそれはマーリンにとって可能なことに入る類のもの。

 こんな風にさらりとえげつない報復を口に出来る辺り、信長の怒り、その凄まじさが窺えた。

 若い頃のように激することはないけれど、だがしかし、静かに怒りを秘めている。


「まあ俺自身も悪趣味だとは思うがね。だが、奴が生きている以上、一度目の報復もなかったようなものだしな」


 以前のことも含めて何十倍にも苦汁と辛酸をその口に放り込んでやるべきだろう。

 報復の内容には多少同情の念を抱くマーリンではあったが、雪斎はそれだけのことをされる咎を犯した。

 だったら哀れでも何でもなく、ただただ当然の報いだ。


「そしてまあ……この戦に勝利したのならば、俺自身も償わなきゃなるめえよ」

「え」

「さっき云ったことが可能なら、俺への罰も履行出来るだろう」


 徐々に明るくなり始めた空を見つめながら、信長は自身への裁定を下した。

 それはマーリンにとって――否、信長を想う人間にとっては決して承服出来ないものであった。

 話を聞けば藤乃も帰蝶もマーリンも竹千代も昌幸ですらも拒否反応を示すだろう。

 何故信長がそこまでしなければならぬのか、と。


「……」


 だが、マーリンは何も云えなかった。

 空が明るくなるにつれて煮え滾る信長の怒気を前にして何を云えば良い。

 共感? 同情? 慰め? 違う、そんなものは届かない。


「これは俺とお前だけの秘密にしてくれよ?」


 そうして信長は瞳を閉じた。総てが定まる決戦に向けて心の熱を絶やさぬように……。

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