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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いて天下布武る俺――  作者: 曖昧


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74/82

74話

 北条家の本拠たる小田原に存在する、豪奢な屋敷で光秀は一人月を見ていた。

 心から彼――いや、彼女か? どちらでも構わないが明智光秀を慕っている者は居ない。

 当主の屋敷を宛がわれたのも接待だ。

 機嫌を損ねて魔道の力によって織田に抵抗出来なくなることを恐れた北条のご機嫌取り。

 だからこそ思うのだ、


「……阿呆しか居ないようだな」


 雪斎は私怨で動いている、そして自分も私情で動いている。

 そしてそのために北条の力が必要なので別に媚び諂う必要は無いのだ。

 だと云うのにこんな見え透いたご機嫌取りを行う北条は、やはり王たる器は無いのだと断じる。

 関東で幾らかの勢力を維持するのが限界、信長を相手取るなど夢のまた夢。

 光秀は嘲笑と共に盃を呷った。


「ふぅ……やはり、好きになれんな」


 信長を思い出し、わざと着物を肌蹴て月を肴に呑んでみたけれど微塵も美味くはない。

 あの人はあんなにも美味しそうに酒をかっ喰らっていたのに。

 元々アルコールが受け付けない体質なのだろう。


茶々(わたし)かこの光秀かわのどちらかは分からんが、酒を美味いと感じる感覚を持ち合わせていないのだな」


 あれだけ美味そうに酒を嗜んでいた信長を思い出すと、損をしているのかもと思わなくもない。

 光秀が今まで美味いと感じた酒は数えるほどだ。

 そして、そのどれもに信長が居た。別に隣に座って語らいながら呑んでいたわけではない。

 ただ同じ空間で同じ時間を共有していただけで、そしてそれだけで幸せだった。

 だと云うのにこんなことをやらかしてしまう辺り、


「父の血は偉大でも、母の血は反吐が出るほどに劣等……か」


 いや違う。最後に選択したのは己で、そこをお市に押し付けるのはお門違いだ。

 光秀は首を振って頭に浮かんだ思考を振り払う。

 明智光秀は――否、茶々は確かに母であるお市を嫌っている。

 しかし、だからとて己に存在する負の面を総て押し付ける気はない。


「まったく度し難い。何処もかしこも愚か者ばかりだな」


 欲に駆られた東国の長達だけではない、信長も自分も含めてこの世界は愚か者ばかりだ。

 こんな世界をどうして、信長は変えようとするのか。

 信勝の夢を始まりとして、奪って来たもの、喪ったもの、得られたもの、それらに報いるためだと云うのは分かっている。

 だとしたら、それだけで良いじゃないか。

 今を生きる人間の意思までも尊重しようと、ひとりで背負い込んでいる。

 死者の呪縛ねがい、生者の呪詛きぼう、信長を縛り付けながらも追い立てているのはその二つだ。


 死んだ人間も、生きている人間ですらも、自分で何かを掴もうとせずに信長に託してしまっている。

 確かに織田信長と云う人間は大きな器を持つ男だ。

 それでも、我と彼、同じ人間で、なのに何だって誰も彼もが重荷を背負わせる?

 結局のところ願っているのは己の安寧だろう? であればそれこそ、己の手で掴めば良いだろう。

 背負い込んでしまう信長にも非はあれど、神聖視して願いを託す方が害悪だ。


「……甘えるな、私も誰も彼も甘え過ぎだ」


 誰もが信長を拠り所としている。

 単純な好意や善意、そう云う綺麗なものから嫌悪や悪意もそう。

 時には自分達に安寧を齎してくれる絶対正義の王として。

 時には自分達の欲望を正当化するための絶対悪として。

 誰もが望んでいる、信長は誰もに望まれている、意思の向かう先として――望まれてしまった。


 受け止め切れるだけの強さこそが、信長にとっての不幸だ。

 その不幸から解放する術は、毒の盃を呷り続ける信長を止めるには死以外にはあり得ない。

 光秀は確信していた、死の寸前、信長は確かに無念を覚えるであろうと。

 しかし同時に、これ以上進まずとも良いのだと安堵を浮かべることも。

 その狂気的なまでの責任感から解放される瞬間は、死の直前しかない。


 どうにもならない、避けられぬ死と云う現実。

 どれだけ無念を覚えようとも、死に往くその身には何一つとして成せない。

 立ち上がれる、歩き出せる、要因が悉く潰滅するその刹那こそが信長にとっての安らぎだ。

 少なくとも、光秀はそう信じて疑っていないし、実際完全に的外れと云うわけでもないのだろう。


「――――ひとり月見酒とは風雅ですね、茶々」


 ふと、耳に障る嫌な声が聞こえる。

 振り向くのも億劫だったから月を眺めていたと云うのに、そいつは、太原雪斎はわざわざ視界に入る位置に陣取った。

 光秀は今にも唾を吐きかけてやりたい衝動とこのまま無視して寝てしまおうと云う欲求に揺れている。


「死ね」


 で、折衷案として出て来たのはそれだった。


「私が死ねばあなたの望みは叶いませんよ?」

「兵さえ用意すれば後は無用の長物だ、仕事を果たして死ね」

「酷いですねえ。それだけの仕事を成すからには、見返りがありませんと」

「ようはお前も私に死んで欲しいんだろ? それが望みなんだろう?」


 雪斎の望みなどハナから分かっている。

 "雪羅"なんて偽名を使っている頃はその正体も分かっていなかった。

 壷中天での生活の中でも、その気持ち悪さだけは感じ取っていてもその正体を察せる要素はゼロ。

 それに生母たるお市が心底から信じ切っていたので主であり友でもある存在を甘やかす駄目な下僕で駄目な友と云う認識ぐらいしかなかった。

 いいや、その認識すらもが光秀と云う皮を被り外の世界で多くを知ってからのこと。


 光秀がもうひとりの母である雪羅の正体とその目的に思い至ったのは謀反を考え出した頃だ。

 その頃、まさかと云う疑念が沸き、その考えを嘲弄と共に肯定するべく雪斎は姿を現した。

 それ以前の、純粋に信長の役に立とうとしか考えていなかった頃に知っていれば普通に密告していただろう。

 ただ、自身の出生が信長の疵となるので直接ではなく聖剣の魔女に。

 秘密裏に消し去ってもらうがため協力を仰いでいたはずだ。


「だが貴様の目論見通りにはいかん、私は死なぬし信長様も死の瞬間に救われるのだ」


 雪斎にとっての最善は不幸な息女である茶々を信長がその手で殺すこと。

 次善は此処まで来て結局願い叶わず終わると云う無念の中で信長が死ぬこと。

 しかし光秀は断言する、決して貴様が喜ぶような展開にはさせぬと――何とも身勝手な話だ。

 が、だからこそ彼女はお市の娘なのだろう。

 勝手に過ちを犯して勝手に懺悔して逃げるように勝手に死んでしまったのだからそっくりと云わざるを得ない。


「そして私を茶々と呼ぶな。私は光秀、明智十兵衛光秀だ」


 刺すようなその眼光を、しかし雪斎はただただ笑みと共に受け止めていた。

 光秀が雪斎と月下で語らっている頃、父たる信長もまた月光を肴に盃を傾けていた。

 岐阜城の時よりも快適性を増した居住用天守閣、そこから眺める月は極上だ。


「……昌幸」

「はい?」


 現在天守には信長を含めて六人の人間が居る。

 世話役などはそもそも天守と、その近くにすら控えていない。

 天守の居住空間に居るのは信長とその女達だけ。

 どうでも良いことだが馬鹿高い場所まで一々行き来するのが大変じゃね? と思うだろうが心配御無用。

 人力エレベーターがあるので利用する側の地位を持つ人間は楽々である。


「お前、源二郎を関ヶ原に連れてくのか?」

「そりゃもう当然。わたくしの下で幾らか兵を率いさせるつもりですわ」


 まだ万軍を引き入れるほどではないが百の単位であれば磐石。

 千の単位でも二千三千程度であればまあ、並みの人間よりは上手く扱えると云うのが昌幸の評価だった。


「何なら、うちの次男坊三男坊と一緒に安土の警備に就かせても良いんだぜ?」


 奇妙丸は長男だし、何より勝つためには関ヶ原参戦は決定だ。

 雪斎は喜ぶだろう我が子の前で他の我が子を殺す父の姿を見せてやれ、と。

 そんなシチュエーションを整えることで少しでも油断を誘う。いや、油断と云う表現は適切ではないか。

 譲歩を引き出す、或いは――何とも表現が難しい。今回の戦は魔道絡みもあるが、それ以上に奇異な戦だ。


 敵軍の参謀兼ぶっちゃけ総大将である雪斎はゲームマスターの役目を担っている。

 自身が望む盤面に近付くように難易度調整だって行う。

 だからこそ、望む盤面の構築を手伝うことで他の部分で帳尻を合わせるのだ。

 奇妙丸を参戦させたことで、幾らか微調整が入って此方が楽になると云う確信が信長にはあった。


「御冗談を」


 信長の配慮はありがたい、ありがたいが子を甘やかし過ぎだ。


「確かに源三郎の提案もありましたし、真田が潰えぬ道を選んだ。

信濃を護る源三郎が例え死しても、此方のわたくし達が生きていれば真田は滅びない。

その観点から見るならば源二郎を安土の警備に就かせた方が良いのかもしれませんが」


 それは真田の生き方ではない。


「背なに六文銭を負っていながら死地に立たずとは笑えもしませんわ」


 ただ与えられるだけ、それを嫌ったから今の真田は始まったのだ。

 ころころ変わる支配者、大国の意向で右往左往。

 意思を示すことが出来なかった信濃を変えるために昌幸は立ち上がった。

 そして、その子供達も同じ志を持っている。信濃で育ったことのない双子には母の気持ちが分からない。

 分からないけれど、その誇りを強く感じ、そしてそれこそが真田の生き様であると認識している。

 意思を示さねばならぬのだ、どんな時であろうとも。


「おや、何ですか徳川殿。その目は?」


 見れば竹千代は何とも云えない複雑な表情をしている。

 褒めるべきなのだが、褒め難いと云うか何と云うか。

 まあ史実においてその意思を示した結果があれなのだから無理もないっちゃ無理もない。


「……いえ、真田殿は陰謀権謀を操る策士かと思いきや、武士らしいところもあるのだな、と」

「それはどうも。ですがわたくし、そう云う武士らしさを愚弄するのも得意ですわ」


 誇りある人間を怒らせて自分に有利なように誘導する、攻めて来た上杉軍相手にやらかしたことだ。


「ま、それはさておきそう云うことですので源二郎のことはお気遣いなく。と云うか帰蝶殿、そちらはよろしいので?」


 次男三男は安土の警備だが、長男奇妙丸は関ヶ原参戦。

 確かに天下分け目の大戦に嫡子が関わっていないのはちょっと駄目かもしれない。

 が、そもそもこれは道理を外れた戦だ。結果として天下は定まるけれど、敵には大義も何もない。

 そんな戦に参戦させ、操られている民草を殺させるのは穢れとも云えよう。


「信忠様が参戦なさる必要は無いと思いますが?」

「そうね、でも本人がやる気になっているんだもの。次代の天を担う者として、見極めねばならぬと。

母親としては実に頑なでぶっちゃけ将来心配になるわ。云い出したら聞かないところは一体誰に似たのかしら」


 奇妙丸は父信長が戦死することも視野に入れている。

 父を慕ってはいるが、最悪と云うものは常に想定しておくべきものだから。

 そして父が死んだ場合に、巨大な織田と云う御家をまとめるのは自分しか居ない。

 その確固たる自覚ゆえに、彼は良きにしろ悪しきにしろ総てが変わる戦場へと立つことを選んだのだ。


「いやいや、流石は信忠殿で御座りまするな。竹千代、感服致しましたぞ。うちの子にも見習わせねば」

「あらあら、あなた不在の徳川を支える覚悟を決めた信康殿もご立派だと思うけれど?」


 マーリンは実際にその場に立ち会ったのだ。

 情報を持っていった際、その話し合いの真っ最中だったから。

 そこで見た徳川信康は立派な武者振る舞いをしていた。


「俺から見りゃ全員、立派な息子だがねえ。いやホント、冗談抜きで俺よりしっかりしてるぜ」

「皆さんが我が子に厳し目査定なのは父親が甘いからなんですねえ」


 藤乃が茶化すようにそう告げると信長はうるせ、と苦笑を返す。

 ちなみに藤乃の嫡子たる鶴松はまだ幼いので祖母である仲と共に安土に詰めることになっている。


「と云うか、旦那様はどうなんですの?」


 と、昌幸。


「明智光秀――否、茶々の言葉には一面の正しさが含まれていまする」


 信秀の葬儀の後、光秀と言葉を交わしていた竹千代だから分かる。

 傍迷惑極まりなくても、根底にあるのは誠心だ。


「真に己を想ってのこと、そして確かに彼女の指摘が正しいことだとあなたも認めている」


 諫言を決して軽んじることはない。

 だから織田信長と云う人間は答えを示さねばならないだろうと帰蝶は真っ直ぐ夫を見つめる。


「信長様自身どうするか決めかねているようですけど、大丈夫なんですか?」


 死者を背負うと云うことに関して信長は筋金入りだ。

 自分はそこまで大切な唯一以外に重きを置かないから答えをあげることは出来ない。

 出来るのは精々ちょっとした手助けだと藤乃はしかりと弁えている。


「問題を提起した彼女に信長様はどう相対するのかしら?」


 お市の死、そしてそこに付随する真実に打ちのめされて立ち上がることは出来た。

 今の信長はフラットな状態だ、しかしマーリンは確信している。

 答えなくして光秀に勝つことは出来ないであろうと。


「……まあ、俺も元々気にはかけてたよ。しんどいな、もうやめちまおうかなって時にさ、背中がずん、ってなるのをさ」


 それは死者の重みだ。

 だが死者は死者、意味や重みを与えられるのは生者――つまりは自分だ。


「ただまあ、最後まで駆け抜けられそうだから深くは考えてなかった。

だが、もう目を逸らすことは出来ないし、しっかりとした答えを出さなきゃなんねえことも承知の上。

関ヶ原で、見出すしかねえ。そこ以外できっと答えは見つからねえ。

俺は俺の死者に対する向き合い方を改めて問い直して、その上で何某かの答えを定めるつもりだよ」


 この歳で自分探しをする羽目になるとは思っていなかった。

 しかしまあ、それもまた悪くはないのだろうと思う。


「が、そう深刻に悩む必要は無いとも思ってんだぜ俺ぁ」

「何故ですの?」

「茶々は一人で、俺には頼りになる奴らが居る。朝の一件で、俺は強くそれを思い出すことが出来た」


 だったらそう悪いことにはならない。

 積み重ねて来たものが決して無駄にはならないと信じている。


「だからきっと、俺にとっての良き答えが見つかるはずだ……ま、楽観と云われりゃそこまでだがな」


 再び月を仰ぎ、盃を呷る――その顔に浮かぶのは何処までも透き通った翳りのない笑顔。

 月を肴に酒を嗜む親と子、しかし感じるものは正反対。それが、命運を分けることになるのだろうか?

 何にせよ、総ての運命が集束する関ヶ原の戦いはもう直ぐそこまで近付いていた……。

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