73話
『では改めて本題に』
背後でくたばっている家久には微塵も気を払わず義久は話を始める。
兄弟としてそれどうなの? と思ってしまうが他所の家庭事情に首を突っ込んでもしゃあない。
それに、
「(アイツ、嬉しそうに兄貴の話してたからな。仲良いのは確かだろうし)ああ」
喧嘩するほど仲が良いと云うあれだろう。
いやまあ、一方的にヤキを入れられていたので喧嘩とは云えないかもしれないが。
まあ、何にしろ兄とは云え主君にあんな軽口を叩けるのだから特に心配する必要もない。
『毛利より打診がありました。大友との戦いを支援してやるし魔道の業も提供してやるから明智に就け、と。
わざわざ魔道の兵とやらも連れて此方を尋ねて来ましたよ。示威するかのように、ね』
九州の代表的な勢力は二つ。
一つは島津、一つは大友。
他にも小勢力が点在しているものの、順調に行けばどちらかに呑まれてしまうだろう。
「ほう……毛利かよ」
『ええ、此方が薩摩の田舎者、或いは猪武者であると侮っておるのか』
毛利が直接魔道の業を授けられるわけではない、あくまで雪斎だ。
毛利が出来ることと云えば雪斎に渡りをつけることぐらい。
彼女は九州方面には特に手を出していないので島津側からの接触は不可能だ。
しかし、それにしたって不確定要素が強過ぎる。
一体何処に毛利が後々を見据えて余計な真似をしない保証があるのだ?
毛利は要の一つだ。東国からの侵攻軍には加われないが毛利が外れてしまえばわやになる。
雪斎の望むようなギリギリの戦い、信長が死力を尽くして光秀を獲りに来るような演出が難しくなってしまう。
だからこそ雪斎も毛利と長宗我部には特別礼を尽くしたのだろう。
そして手に入れた玩具があまりにも魅力的だから、馬鹿になっている。
人は大なり小なり力への渇望があって、それが人知を外れていればいるほど恐れと同時に強く欲してしまう。
それを手に入れても本人は自分を戒めているつもりだろうが増長は隠せない。
そして増長するのも無理からぬことだ。ゆえに毛利は己を重い存在であると自負している。
だからこそ雪斎へも多少の要望は通せると。
例えばそう、島津へ授ける魔道に欠陥を与えてくれ……とか。
義久はそんな危険性を十分に承知している。
が、毛利の増長に加えて義久がよっぽどの役者ぶりを発揮したのか毛利は気付いていない。
『大友は滅ぼす、しかしそれは毛利とでは御座らん』
島津の気質的に、ぶっちゃけてしまえば魔道の業など論外だった。
人の自由意思を無視するとか、そう云う常識的な意味でではない。島津にその手の良心を期待する方が間違いだろう。
単純に、人形のような兵を兵と認めていないのだ。
己の意思で勇猛に戦う、それが兵子であろうが――それが島津の認識である。
どれだけ魔道の業に侵された者らがどれだけ強力な兵であろうと島津は認めない。
断固として、
"軟弱者! こがな弱兵恐るるに足らん!!"
と跳ね付けるだろう。
毛利はそこらの相互理解と云うものを怠っている。
自分にとっての良いものが、他人にとっても良いものなのか。
良かれと思った行為が侮辱に繋がるなんて、そう珍しいことでもないのに。
まあ今回は魔道と云う強大な力なので無理もないと云えば無理もないのだが。
「では誰と?」
この話の流れで分からぬ馬鹿は居ない。
だが、敢えて信長は問うた。これは重要なことだ。決して誤魔化して良いものではない。
島津は織田に従属するのか否か、否であれば信長は問答無用だ。この語らいを打ち切るだろう。
例えそれで不利になろうとも、だ。不退転の覚悟と絶対の決意を以ってこの覇道を進んでいる。
此処で島津を味方につけて後背から毛利を攻めさせれば織田の負担は軽減するだろう。
その分、関ヶ原に兵が回せて楽になるだろうが論外である。
従属し、その上で力を振るうのならばまだしも対等な取り引き相手としては接しない。
真なる太平を打ち立てるためには決して安易な道に流れてはいけないのだ。
織田が巨大になる前の時期、それこそ徳川と清洲同盟を結んだ頃ならば話は別だが今はどうか。
国力において島津は決して織田には届かない。
その上で弱みを突いて引き摺りだそうと云うのであれば殴り返すまでだ。
勿論、そのやり方が悪いわけではない。だが、それを受け入れるかどうかはまた別の話だろう。
天下分け目の大戦が起ころうとしている今、本気で天下を獲るつもりならば阿ってはいけない。
くだらない乱世を終わらせ太平の楔を打ち込むのだから、強請り集りをやって来るような連中は敵だ。
乱世の火種を太平には決して持ち込ませないと云う断固たる決意があった。
そのためならばどんな苦境であろうとも敢えて立ち向かうと宣言する信長の瞳に、
『……』
義久は気圧された。
例えばそう、局地的な戦場で自分と信長が兵を率いてぶつかったとしよう。
十回中六回は局地的な勝利を得られる自信がある。
その義久の見立てはそう間違いではない、純粋な戦争技能以外が介在しない局地的な戦場。
そこで争えば義久に分がある、信長とて只者ではないが上回っている自信がある。
けれども、天下――日ノ本総てを一つの戦場とした場合。
百回戦っても信長から一度たりとて勝ちを拾えないと云う確信が生まれた。
情けないことだとは思うが、そもそも視点と土俵が違うのだ。
一国二国を差配するのが自分で、それらを含めた日ノ本と云う大きな括りを差配するのが信長。
覇を競うのであれば同じ戦場に立たなければいけなくて、きっとそんな人間は数少ない。
例えばそう、上座に近い場所で座っている何ともあざとい少女にも見える女性――羽柴秀吉。
同じく上座に近い場所に陣取っている何処か生真面目さと幼さを覗かせる女性――徳川家康。
過去を振り返れば他にも居ただろうけれど、彼らはもう死している。
そして、今同じ土俵に上がれる人間は心底信長に惚れ切っている。
逆説、信長以外に天下人たる人間は居ないと云うことだと義久は自然と納得してしまう。
『兄上、試しはその辺で良か』
弟の、家久の声が遠い世界に旅立っていた意識を回帰させる。
『他に、誰がおられる?』
勝ちの目があるとは云え、それは一つも選択を誤らずに勧めて死力を尽くした場合と云う圧倒的不利な状況。
そんな中でも、妥協を赦さず我を通す。
聖剣の魔女が告げに来たありのままの事実、自身の汚点すらをも晒してのけるその誠心。
更なる不利が襲い掛かることすら理解していながらも尚、傲然と、しかしながら平伏したくなるような勇気と共に己を示した。
更なる不利、更なる苦境をも踏破してのけると云わんばかりの決意に満ち満ちた瞳。
直接頑張るのは己ではないから? 馬鹿め、そんな他人ごとのような考えをする輩が此処まで上り詰められるものか。
誰かに従うことは恥ではない。
恥があるとすれば、従いたくないと心が決めている相手に己を殺して従うこと。
真に膝を屈するべき、屈したいと納得出来た相手に無用な見栄を張って取るに足らなくなった己を通すこと。
それらが恥であり、素直に頭を垂れることを受け入れられる相手に従うことは恥ではない。
少なくとも島津ではそうだ。それゆえ、試したのだ。
家久の言葉を信じていなかったわけではないが、だからとて素直に総てを聞き入れては当主失格だ。
己が目で見て、感じ、そして最終決定を下す。だからこそ、試したのだ。
もう半ばほどまで手筈は整えてあったが、織田信長が真に頭を垂れるべき男なのかを。
苦境に居る今、自分達相手にへつらうのであれば是非も無し。
織田? 明智? どちらにも染まらず我を通すまでのこと。
だが、そうでないならば――――
『信長"様"ご無礼の段、平に御詫び致します』
義久、並びに弟達、そして謎の少年は両手を突いて深く頭を下げる。
長々と理由を述べるのであれば先の事実がそうであるが、端的に云うのならば――――織田信長は実に島津家の好む益荒男だった。
それだけだ、そしてだからこそ最早躊躇いは要らぬ。
『我ら島津は、織田様の一助とならんがためにこうして御前に居ります』
「相分かった、受け入れよう。島津義久、共に戦えることを嬉しく思うぜ」
『ありがたき御言葉』
「ってなわけで現実的な話をするが……どうするつもりだ?」
島津が後背から毛利を突いてくれれば助かる。
だが現実として、邪魔者が多過ぎるだろう。
毛利攻めをしている時に島津の本領を攻め込まれればどうするのか。
毛利に背後を気にさせるほどとなれば、それなりの兵力は必要だ。
そして割いてしまえば、その分護りが疎かになってしまう。
その辺りをどう考えているのか、信長はそこが知りたかった。義久や他の弟達が考えていないとはとても思えないのだ。
『島津や大友が幅を利かせてはおりますが、九州には他にも小勢力が点在しております』
「おう、俺もあんまり詳しくはねえが龍造寺辺りは知ってる。そこの鍋島直茂ってのが中々の御仁だそうで」
中央に居ればどんな小勢力の浮沈であろうとも嫌が応にも注意を払わねばならない。
が、云っちゃ悪いが九州は田舎だ。
それこそ島津やら大友やらの大勢力の動向ぐらいしか情報が流れて来ない。
ゆえに信長もそこまで多くは知らなかったりする。
本来の予定では九州に介入するのはまだ先だったし気合を入れて集めていないのだ。
『その鍋島と元々、秘密裏にではあるが伝手を持っておりましてな。
先に魔女殿が訪れた際に伝えられた情報を材料に調略させて戴きました。その際に、この者を此方に寄越して来たのです』
『立花宗茂と申します。拝謁の礼、光栄の極みに御座います』
少年は両手をつき、改めて深く頭を下げた。
「立花……立花……ちょっと待てよ、確か立花って……道雪の縁者か?」
『ええ、道雪の娘婿です。直茂がとある戦の際に捕縛し、取り引き材料として使おうとしていたのを当家に預けたのです』
「成るほどな――ってちょっと待て。伝えたの昨日の夜だろ? よく直ぐに調略出来たなオイ」
『そこは魔女殿の力を御借りしました』
島津げ毛利の誘いを蹴れば毛利の誘いは大友へと行くだろう。
そして、義久の見立てでは老害著しい大友宗麟は自身の野望のためにそれを受け入れる。
つまるところ、魔道の介入は避けられないのだ。
二色に分けられるこの日ノ本の中だ、どちらも魔道を使っているのだから義久が魔道を利用しても信長の定めたルールには抵触しない。
まあ、ぶっちゃけると結構灰色ギリギリなのだが。
『情報と相まって直茂、並びに主家たる龍造寺はめでたく島津に従属することになりました。
とは云ってもまだ秘密裏の段階ですがね。そして、その際に宗茂もまた今この日ノ本で何が起こっているのかを聞いています』
義久の描いた絵はこうだ。
先ず、鍋島直茂ことナベシマンは各地の小勢力に伝手を持っている。
龍造寺はそこそこの勢力ではあるが、しかし島津や大友には並べない。
小さい連中には小さい連中のネットワークがあり、そこを利用して立ち回っていたのだ。
そのネットワークを介して他の小勢力を島津の傘下につける。
その上で、宗茂を介して大友の重鎮たる道雪を引き抜くのだ。
「キリシタン王国やら何やらのために馬鹿やって最近、家臣の離反も多いようだが道雪だけは離れようとしないんだろ?」
そこは大丈夫なのか、道雪の詳しい人間性などを知らないので信長としては判断がし難い。
『"人を弄べば徳を失い、物を弄べば志を失う"――義父の言葉に御座います』
「ほう……つまるところ、言葉通りの人間であると?」
『はい。主家に忠義は尽くせども、人道外るる外道の業を手にするのであれば致し方無し』
その魔道の業により人々が狂う前に主君である宗麟でさえも討ってのけるだろう。
無論、魔道の業を受け入れぬのならば話は別で、どれだけ不利でも最後まで戦い抜くであろうが……。
宗茂や島津四兄弟の反応を見るに、今の宗麟は大概愚かなようだ。
「成るほど、良い男みたいだな。一度、会ってみたいもんだ」
義久の絵図は完全に理解した。
水面下で従属を約束させた者らと引き抜いた道雪と彼に就き従う者らで一斉蜂起。
宗麟を即座に孤立させて電撃作戦気味に大友を滅ぼすわけだ。
それならば関ヶ原までに九州を平定出来て毛利への対応に当たれるだろう。
気になるのは雪斎がこのことを関知しているのかだが、していてもしていなくても問題はないはずだ。
恐らく雪斎は知っていても何もしない、直接関ヶ原の織田方にまで参戦して来るのであれば話は別だろうが。
毛利の後背を突いても、多少マシになる程度だから見逃されるはずだ。
いいや、下手をすれば九州にはまるで目を向けていない可能性だってある。
『その機会もありましょう、太平の世が訪れれば』
「ハハ! じゃあそのためにも俺は気張らねばならんわけだな。相分かった、気を引き締め直そう」
信長は改めて義久に向き直った。
「して、お前は俺に何を望む?」
『我らの勇気と戦いぶりを評価するのは信長様であれば、某から申すことはありませぬ』
俺達の功に値段をつけるのはお前だ、どう報いてくれる? 義久はそう云ってるのだ。
「おいおい、良いのか? 俺がケチ臭い男だったらよ」
『信には信を、不義には不義を。働きに必ず報いると公言している信長様を疑う必要がありましょうや?』
疑う必要があるのか? と云いながらも義久は意思を示した。
不義には不義を、つまるところ不当な扱いには屈せぬと云うことだ。
その気骨がまた快く、信長は我知らず笑みを浮かべた。
「相分かった! その働きに必ず相応のものを報いると約束しよう。改めて、これからよろしく頼むぜ」
『ええ、鬼島津が軍略、とくと御覧に入れましょうぞ』
「期待してる……ところで、さっきから家久の鼻血が止まってなくて顔色やべえんだけど大丈夫? 四兄弟が三兄弟になったりしない?」
『薩摩では日常茶飯事に御座る。どうか御気になさらず』
やっぱり修羅の国である。




