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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いて天下布武る俺――  作者: 曖昧


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66話

 ちんたら普通に安土へと戻っていられない。

 マーリンには申し訳なかったが、再び転移を使ってもらい自分と奇妙丸、そして供として連れて来ていた兵らと共に安土へ帰還する。

 安土に着いた信長は細かいことは奇妙丸に任せ、即座にお市の屋敷へと向かう。

 屋敷は騒然としており、嫌が応にも思い知らされてしまう――妹が死んだことを。


「……帰蝶、初と江は?」


 お市の骸に対面する前に帰蝶と合流した信長は姪っ子二人の現状を確認する。

 母が死んだことを知っているのか、ひょっとしたら目撃でもして心に傷でも負っているのではないか。

 気になることは多々あった。


「大丈夫よ。騒がしくて目が覚めたみたいだけど、お母さんが死んだことは知らないはず。今は羽柴の屋敷に預けてあるわ」


 こんな時、何はなくととも年の功。

 子供ながらに何かを感じ取る可能性もある、いやむしろ子供ほど鋭いものだ。

 それゆえ帰蝶は母としては先達に当たる仲へと初と江を預けた。


「そう、か」


 姪っ子二人の状況を聞けた信長は一先ず胸を撫で下ろす。

 これから母が死んだことなども説明してやらねばならないが、今はとても無理だ。

 何せ信長自身が混乱しているのだから。


「帰蝶様、お市様は何処にいらっしゃるの?」

「こっちよ」


 帰蝶に先導されて向かったのは市自身の私室だった。

 初や江も本来は此処で寝ていたのだが、どうやらお市が自害する前に部屋から移動させたらしい。

 そして、夜中にふと目覚めて母が居ないことで泣き出した二人の声で家人が起きて……と云う流れだ。

 行き道で軽く事情を聞かせてもらい、部屋の前へと到着。

 戸を開くのが酷く億劫で、出来るならば夢だと思いたい。


「ッ!」


 それでも、何時までも立ち止まっていられない。

 ほんの数秒の逡巡を経て、信長は勢い良く戸を開け放った。

 そこには――――


「……市」


 死んだと聞かされた、聞かされただけでは実感が沸かない。

 それでもこうして死体を見てしまえば嫌が応にも現実であると思い知らされてしまう。

 後悔に彩られた表情で薄ぼんやりと目を開けたまま胸に刃を突き立てているお市を見て言葉が詰まってしまう。


「お前、何だってこんな……ああいや、それを見れば分かるんだよな?」


 声が掠れてしまう、眩暈がする、喉がやけにカラカラだ。

 ハッキリ云ってしまえば光秀の謀反より衝撃的だった。

 信長はふらふらとお市に近付き、その腹部にちょこんと乗せられている遺言状らしきものを手に取る。

 開封された様子が無いのは信長に宛てたものだからだろう。


「……マーリン、市の骸に防腐処理をしてやってくれるか?」

「……ええ」


 翳した手から淡い光がお市の骸に降り注ぐ。

 表面上の変化はないので一見すれば何が起こったかは分からないけれどこれで処理は完了。


「帰蝶、マーリン、俺が取り乱した時は止めてくれ」


 手にした遺言状から感じる不穏と不吉の香りに鼻が潰れてしまいそうだ。

 これはパンドラの箱、開けるべきではないけれど開けざるを得ない選択を強制するもの。


"お兄様、ごめんなさい。愚かな私は己の罪に耐えることが出来ませんでした"


 そんな書き出しから遺言は始まっていた。

 もうこの段階で酷く気が遠くなったが、それでも何とか踏み堪える。


"私は、物心がついた時からお兄様を好いておりました。親兄弟に向けるそれではなく、一人の殿方として。

この想いは赦されざるもの。生涯、想いが成就することはないと思っていました。

妹としではなく愛する女として、ぎゅっと抱き締められることも。優しく口づけられることも。

愛するお兄様の子を孕むことも、何一つとして出来ない。叶わぬ夢。分かっていても私は想いを捨て切れませんでした"


 想いだけを募らせたまま日々を重ねていく。

 夢想の中で望みを満たし、我に返って自己嫌悪と悔しさを滲ませることを繰り返す日々。

 嗚呼、何と無為な時間なのだろうか。何一つとして生産性の無い行為だ。

 それでもお市は信長を想うことを止められない。

 非生産的だと理解していながらも、捨てられないのだ。


"だけどある時、私はその誘いに乗ってしまいました。望みが総て叶うことはない。

それでも少しだけ叶うかもしれない――――弱く愚かな私は、跳ね除けることなんて考えもしなかった。

覚えていますか? 初めて、お兄様と盃を酌み交わしたあの夜を"


 覚えている、覚えているとも。

 決意を以って挑んだ兄妹の会話だもの、覚えていないわけがない。

 信長はごくりと喉を鳴らし、先を読み進める。


"あの夜、私はお兄様に薬を盛り、深い睡眠状態にして……お兄様とまぐわったのです。

お兄様は覚えていないでしょう、当然の如く。それでも事実として私はお兄様と過ちを犯した。

せめて純潔は真に愛する人に。そして、妻になれぬのだとしてもお兄様との子供が欲しかったから。

魔道の力を借り、確実に孕むことが出来た私は壷中の天に入ってあの子を産みました"


 何から驚けば良い? 何処からツッコめば良い?

 信長も、共に手紙の内容を覗き込んでいる帰蝶とマーリンも額に汗を浮かべていた。

 誰も彼もが聡い人間だ、既にその正体が分かってしまったのだ。


「……気のせいじゃ、なかったのか」


 兄妹で語らった翌朝、お市を見た際信長は違和を感じていた。

 乳が張っていたこと、そして少しだけ大人びて見えたこと。

 精神的な成長でそう錯覚したのだと斬り捨てていた己の無能さは悔やんでも悔やみきれない。


"可愛らしい女の子、名は茶々と名付けました。私にとっては至福の時間でした。

物心がつくまでとは云え、時の流れが緩やかなあの楽園で茶々と過ごした日々は。

例え赦されぬ不義の子であろうとも、私にとっては掛け替えの無い我が子。

このような経緯で生まれた我が子ですから、何時までも手元には置いておけません。

永遠に壷中天で親子を続けることは出来ない、長く籠もり過ぎれば私の外見でバレてしまうから"


 ゆえに、物心がついてからは会う機会も減ってしまった。

 魔道を以って助力してくれたその者に養育を任せ、偶に顔を合わせる程度。

 壷中天の中は正に楽園、永遠に過ごすとしてもそう苦痛ではない。

 とは云え、それは俗世に疲れた人間ならばと云う但し書きがつく。

 外の世界を知らず、たった二人以外とも触れ合えぬなどあまりにも酷だろう。


"ある程度、育った頃、彼女はこう云いました。この子を外の世界に出してやろう、と。

私は全幅の信を置いていた彼女の云うことだから躊躇わず即答しました。

彼女ならばきっと悪いようにはしない、と。そうして茶々は魔道の力を以って新たな皮を被ることになりました"


 新たな皮を被る、その方法は余りにも凄惨なものだった。

 先ずは皮となる人間を拉致し、生きたまま脳髄を抉り出しそれを食すことでその人間のパーソナルを完全に取り込む。

 成り代わってもボロが出ないよう小細工を施した後は、いよいよ身体だ。

 骸を骨も内臓も全部含めて原型が無くなるまで磨り潰し、それを捏ねて薄く薄く、人間一人を覆える程度の大きさに引き伸ばす。

 その後、天日と月光を浴びせて乾燥させ、それを被れば勝手に外見が出来上がると云う。

 我が子がために、そんな方法を許容したお市も狂っているが、そんな方法を提示した方も狂っている。


「借体形成の法? でも、かなり独自の要素が……」


 古代中国は殷王朝、そこにとんでもない悪女が居た。

 その名は妲己、彼女は狐の妖怪で人に成りすます際に借体形成の術を用いたと云う。

 他人の身体から魂を追い出し、そこに憑依すると云うものだ。

 だが、遺言状に記されたその方法はかなり異なっている。

 それは――――


「……私にバレないため、か」


 オーソドックスな、もう存在している借体形成の術ではマーリンに見抜かれてしまう。

 しかし、先の方法ならばそれを避けることが出来る。

 専門家のマーリンだからこそ即座に理解出来た。

 更に詳細な手順も組み込んでいるのだろうが、それも大体予想出来る、その上で培った術理に照らし合わせれば……。

 むしろ看破出来る方がおかしいのだ。

 信長は千年を生きる魔女すら凌駕する直感だけでズレを看破したのだがそれは常軌を逸している。


"茶々と云う名は諱となり、あの子は新たな名と姿で旅立つことになりました"


 それは、


「――――明智十兵衛光秀」


 名を呼んだ途端、信長は楽しくもないのに大笑いしたくなった。

 こんなふざけたことがあって良いのか? 意味が分からない。


"もう、二度と会うことはないと……そう、思っていました。ですが、まさかお兄様の臣になるとは……。

だが、それもしょうがないのかもしれません。あの子と過ごす日々の中で、よくお兄様のことを語って聞かせたから"


 それでも光秀――否、茶々は母の云いつけをしっかり守っていた。

 決して信長が父であると口外してはならぬ。

 その通りに口を噤み続けたが、しかしそれは別に母親の教えとかそう云うことではない。

 この手紙ではそのように書かれているが真実は違う。

 光秀はお市を唾棄している、口外しなかったのはひとえに父を愛していたからだ。


『信長様!?』


 よろめき、倒れかけた信長を二人が支える。

 二人は気遣わしげに信長を見つめるが、その顔色は最悪だ。


「大丈夫……大丈夫だ、立てるよ、一人で。にしても……は、ははは……アイツ、俺のガキかよ……」


 もしも、あそこで自己完結せずにお市に踏み込んでいれば?

 お市が愚行を犯すことを止められたかもしれない。

 もしも、微かな違和を無視せずに真実を追究していれば?

 不義の子とは云え、信長は決して殺そうとはしなかっただろう。

 そりゃ表ざたには出来ないが、伯父と云う立場でしっかり育てていたはずだ。

 そうしていれば、こんなことにはならなかっただろう。


 信長はあまりIFを口にはしないしそもそも好きではない。

 だが、その彼をして今の状況はIFに縋り付きたくなるものだった。

 お市がどうして命を絶ったのか、先を見なくても分かる。

 自責の念だ――いや、それでも読み進めねばなるまい。

 解消されていない疑問は未だある。お市に魔道を提供した者、そして秘されていたはずの謀反を知らせた者を。


 謀反はいずれ発覚するだろう、それでも信長が生きて安土に帰って来てからだ。

 その際、お市の性格上、確実に信長の下に罪を懺悔しに来る。

 そうでなくても様子がおかしくなって、それは確実に信長の耳に入ってお市の下を訪れていたはずだ。

 そこで信長は的確なケアをしてお市が命を絶つことはなかった。

 だが、このタイミング。信長が京に居るタイミングで幾らか捻じ曲げられた情報を伝えられれば……。


「糞、糞がぁ……! これが、これが……狙いか……!!」


 噛み締めた唇から血が溢れ出す。

 本能寺への襲撃、あれは己の命を狙うものではなかった。

 お市を自殺に追い込むための仕込みの一つだったのだ。

 お市を自殺に追い込むことで織田信長と云う人間の心に傷をつけることが目的だった。

 別に信長のせいではないだろう、そう思うかもしれないが当人からすれば違うのだ。


 織田信長と云う人間は何か悪いことが起きた際に、その責任を他者に求めることが得意ではない。

 自分が何とか出来る要素が一つでもあれば責任の所在を己に求めてしまう。

 先に述べた"もしも"がそれだ。信長からすれば悲劇を覆せる可能性はあった、しかし自分はそれが出来なかった。

 そう思うから、そう思ってしまうから今、死にたくなるような憤怒と後悔に身を苛まれている。

 それでも、折れることが出来ない。だって、立ち上がれる要素は幾らでもあるから。


 この絵図を描いた人間は信長と云う男を実によく理解していると云って良いだろう。

 他人に責任を求めることも出来ず折れることすら出来ないからこそ、ずっと苛まれ続ける心。

 信長の長所であり短所、それを理解して効果的に心を責めている。

 光秀の云い分はハッキリと身勝手であると断じることが出来るが、こう云う部分を見ると一抹の正しさがあるようにも思う。


「信長様、色んなことがあり過ぎて一気に受け止められないと思うの」

「マーリン殿の云う通りよ、信長様。今は少しだけ……」


 見るに見かねて女達が一先ず中断しようと語り掛けるも、


「……いや駄目だ。逃げるわけにはいかねえ。マーリン、心を落ち着かせる魔法とかあるんだろ? かけてくれ」


 ばらばらになりそうな理性を必死で掻き集めて、何とかそれだけ絞り出す。

 鬼気迫るその表情に二人は気圧され、後ずさる。

 マーリンは無理にでも眠らせるべきかと思案するが、


「(……駄目ね、多分意地でも眠らない)」


 決して抗えない眠りの魔法ですら今の信長ならば覆してしまう。

 それほどまでに、信長の心は黒い炎によって燃え滾っていた。

 よくも、よくもやってくれたな。嗚呼、憎い憎い憎い憎い憎いぞ。

 誰よりも何よりも己が憎い、だけど自分を殺すことは出来ない。

 成すべきことがあって、それは未だ途中、此処で死んでしまうことは逃げであり赦されないことだから。


「……マーリン?」

「え、ええ……分かったわ」


 術式を切り替え、精神安定の魔法を信長へと施す。

 瞳に宿っていた狂念の炎は少しだけ鎮火し、顔色も少しだけ良くなった。

 まあ、


「ありがとう、じゃあ……続きを読むとしようか」


 それはこの場において何の救いにもならないのだが。

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