表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いて天下布武る俺――  作者: 曖昧


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/82

67話

"あの子が織田に来てから、話す機会はなかったけれど母としてそれとなく気にはかけていました。

忠勤に励むその姿を見て、大丈夫だと思えたからこそ……もう、十二分に望みは叶ったのだから吹っ切ろう。

そう考えて長政様に嫁ぎました……ですが、それが間違いだったのです。

ああ……どうして、どうしてこんなことになってしまったのでしょう。何も知りたくはなかった"


 文面から滲み出る悔恨は痛いほどに伝わっていた。

 些か落ち着きを取り戻した心が再びささくれ立つものの、信長は何とか耐えた。耐えて先を読み進める。


"長政様の裏切りと死、あれからもう随分と時間が経って……私は、ようやく真実を知りました"


 思わず、息を呑む。

 今、ようやく明かされた浅井長政謀反の真実があまりにも惨いものだったから。

 大名としては間違っている、それでも一人の男として信長はどうしても愚かであると断ずることは出来なかった。


「……そりゃ、辛いよなぁ。疑心暗鬼にもなるよなぁ」


 名は未だぼかされているが、茶々が誕生する切っ掛けとなった謎の魔道の徒。

 そいつが長政謀反にも関わっていたと云う。

 但し、それは長政を魔道で洗脳してとかそう云うことではない。

 むしろそれだったらどんなに良かったことか。


 その黒幕がやったのは実に簡単なこと。

 お市の心の裡を長政にだけ筒抜けにしたのだ、未だ信長への想いを捨てきれぬお市の心を。

 口付けも、男女の営みも、愛の言葉ですらも苦痛でしかない。

 これが信長ならばどんなに良かったことかと云う浅ましい心の裡を聞かされ続けたのだ、多少の捏造を加えて。

 それだけじゃない兄の子を密かに産んでいたことだって知ってしまった。


 そうなればどう思う? 初や江、小谷落城の際に死した長政の嫡子。

 それらの種だってひょっとしたら自分のものではないのかも……と疑念に駆られてしまうのではないか?

 これが何とも思っていない女の心の裡であればそれも良かっただろう。

 だが、お市は違う。浅井長政にとっては誰よりも特別な人間だった。

 人目で心を奪われ、幸せにすると誓った特別な女。


 捏造部分ではまるで信長が望んでお市を抱いたかのように改竄されていたのだ。

 長政はどんな気持ちだったのだろう?

 幸せにしろと願ったあの言葉は一体何だったのだ? 人を侮辱するにもほどがある。

 ひょっとしたら浅井の家を乗っ取ろうとしているのではないか?

 心から愛した女の裏切りによってずたずたに引き裂かれた心で、真っ当な判断が下せるわけがない。

 そしてああ、これは何のためだ? 分かる、分かってしまう。


「また、俺か……俺の、せいなのか……?」


 状況から推察するに、その魔道の徒と義昭を背後で操っていた者は同一人物だ。

 金ヶ崎、あれは信長を殺すためのものではなかった。今へと繋がる布石だったのだ。

 何時か真実をぶちまけ、信長の心を更に痛め付けるための。


「は、は……お、俺は……二人も、弟を殺したのか……? い、妹だって……」


 自分に責任のある身内殺し、それは信長にとって禁忌と云っても過言ではない事柄だ。

 信勝を殺めたことを今でも気に病んでいる。

 その証拠に信長は子供達の仲が拗れぬようにとあれこれ配慮している、それは総てトラウマゆえだ。

 長政のことも、真実を知ってしまった以上は曖昧な感情で棚上げすることは出来ない。

 裏切りの理由が不明瞭だったから身内殺しについても曖昧なままだった。

 だがもう無理だ。知ってしまって、お市のことで思い浮かべた"もしも"。

 それは長政を死なせずに済む道でもあったのだ。


 しかし、やはり折れない、折れることが出来ない。

 その背に圧し掛かっている多くのものが、ズン、と重圧をかけるのだ。

 おいしっかりしろ、お前はこれだけのものを背負っているのだぞと語り掛けるように。

 酷い吐き気と頭痛、眩暈が一挙に襲い掛かりながらも信長は取り憑かれたように目を走らせる。


"確かに、私は長政様を愛してはいなかった……努力はしたけれど、不可能でした。

それでも、妻であろうと努めたことに嘘はありません。

私のせいで……私のせいで、あの方は死んでしまわれた……裏切り者の汚名を負って……"


 信長の名声が高まれば高まるほどに、過去の人間は貶められていく。

 絶対正義の象徴たる信長を裏切った愚かな大罪人、浅井長政がその代表格だ。


"そして何よりも、お兄様を危機に晒したことが辛い。

私は何てことをしでかしてしまったのでしょうか。一度だけでも万死に値する行為だと云うのに、二度も、二度もお兄様を……。

それも二度目は私の愚かさが生み出してしまった茶々が……"


 この段になっても尚、最優先は信長のこと。

 もしも茶々がこの遺言状を読んでいたのであれば唾を吐いていただろう。

 何処までも身勝手で弱くて薄くて浅い女なんだお前は、害悪でしかない――ってな具合で。


"あの子の甘言に乗った私の愚かしさ、あの子の悪意を見抜けなかった無能。

今を以ってしても分からない。どうして、どうしてあの子は私に……"


 この遺言状を書いている時も尚、信じられなかったのだろう。

 黒幕が悪意を以って己に近付いていたことに。

 だからこそ、その名を記せない。記してしまえば、本当に認めてしまいそうだから。

 それだけお市が心を赦していたのだと云う証で、そしてそれだけの信を勝ち取れたこそ効果的な痛撃を与えられたとも云える。


"雪羅、何故何故……ああ、きっと私が悪いのだ。あの子は何時でも私に優しくて……"


 ようやくその名が出て来た、それでもやはり認められないのか。

 お市と云う人間にとって本当に掛け替えの無い人間だったのだろう。

 それこそ、信長に次ぐ程度には。


"お兄様、ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい"


 後はもう文章の体を成していなかった。

 終わりまでびっちりと敷き詰められた謝罪の言葉しかない。


「……」


 遺言状を読み終えた信長にはもう、言葉がなかった。

 ようやく黒幕の名が出たと云うのに、それが何者なのかを考える余裕すらない。

 洞察力に長けた信長ならば導き出せるはずなのに、頭を回す余裕なんて微塵もなかった。

 押し寄せる後悔、憤怒、悲哀、憎悪、その感情の一つ一つが持つ熱量があまりにも莫大過ぎた。

 莫大過ぎるがゆえに、ある意味で相殺し完全な無になってしまっている。

 マーリンも帰蝶も、何を云えば良いか分からず黙りこくっていると……。


『アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!』


 場の空気にそぐわぬ哄笑が響き渡った。

 同時に室内を満たしていく――――白檀の香り。


「こ、これは……」

「……馬鹿な! 私が殺したはずなのに……」


 それはかつてのように信長だけが感じ取れる類のものではなく、二人の鼻腔をも刺激していた。

 そりゃそうだ。これは正真正銘、白檀の香を流しているのだから。

 そうすることで、己が誰かを誇示しているのだ。

 お前達も知っているだろう? この香りを持つ者に信長はかつて苦渋を飲まされたのだと云わんばかりに。


「――――」


 動揺する二人と対照的に、信長は何処までも沈んでいた。

 だがそれは折れたと云うわけではない。

 相殺し合っていた感情の均衡が徐々に崩れ始めたのだ。

 崩れ、混ざり、そしてその果てに――――


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」


 爆ぜた。

 感情のままに吐き出した雄叫びは言葉の体を成していない。


「……雪斎、太原雪斎。出て来いよ」


 しかし一転して、何処までも静かで感情の見えない声色で語り掛ける。

 表情も不気味なほどに澄んでいて、それが逆に恐ろしい。


「これは失礼。けれども、生憎と今は――――」


 お市の骸を挟んだ対面に、雪斎が姿を現す。

 しかし、かつての肉感的な尼僧とは似ても似つかない姿だった。

 おかっぱで、貧相な十代半ばほどの少女にしか見えない。

 確かに顔つきは雪斎と似てはいるが……。


「どうでも良い」


 呼び寄せた聖剣を以って雪斎を切り裂くが……。


「ざぁんねん。影ですわ、これ」


 切り裂かれた虚像は一瞬、光の粒子となるも直ぐに元の形に戻ってしまう。


「ふふふ、こうして直に顔を合わせて言葉を交わすなど何時ぶりで――――」


 再び、聖剣が振るわれ再び虚像が崩れ再生する。


「あらあら」


 嘲弄の笑みを浮かべる雪斎は今、心底から満たされていた。

 そうだ、これだ、この顔が見たかったのだ。

 この時をずっとずっとずっとずっとずっとずーーーーーっと待っていた。


「冷静じゃない振りはしなくてもよろしいのですよ? あなたはそんな人間じゃないでしょう。

どれだけ衝撃的で心抉ることがあっても、敵が居るのならば、成すべきことがあるのならばすぐさま冷静になれる。

まあ、そんな自分がお嫌いなようでせめて今だけはとお市の方や浅井殿のために悲しもうとそうやって怒っておられるようですけど」


 先ほどまで感じていた後悔と罪悪感など、既に胸の奥に仕舞われたのだろう?

 だって敵が目の前に居て、排除せねばならないのだから他のことに構っていられない。

 此処で足を掬われれば、それこそこれまでに散った命が無駄になってしまうから。

 そんな風に強い感情を押し込めてしまえるとは何とも悲しいことだ、雪斎はそう云って目を伏せた。

 しかしその唇は弧を描いており、未だ嘲笑は崩れず。

 と云うか、この発言自体が嘲弄の類なのだから当然か。


「……太原雪斎、あなたは確かに殺したはずよ。信長様が聖剣で首を刎ね、私が魂魄ごと圧殺した」


 これ以上雪斎に喋らせるのは精神衛生上良くない。

 そう判断したマーリンが疑問を投げかける。


「ええはい、これはまあ……偶然の産物と云いましょうか。魔女殿、蒸留器の中の小人――――と云うものを御存知で?」

「ホムンクルスのこと?」

「異国ではそう呼ばれているとか。私、まだ織田と敵対する以前にその研究をしていまして」


 目的はひとえに永遠に今川を支え続けるため、だ。

 雪斎は優秀だ、実際こうしてマーリンを欺いて此処までことを運んだのだから大したものである。

 しかし、マーリンのように不老と不死の法を修め体現することは出来なかった。

 それで次善の策として、新たな身体を創造しようとしたのだ。

 他人の身体では拒絶反応が出るし、何より魔道の行使も難しいのでそれ用の身体を。

 不老ではないが、老化は遅いので猶予はあったが前もって用意しておく方が良いと考えるのが雪斎と云う人間だった。


「試しに一つ造って、私の魂魄を一欠けら混ぜてみたのですが……酷い失敗」


 もう一人の自分を創り、確かめねば意味が無い。

 試作品として培った術理を下に人造生命を編み上げたのだが結果は失敗。

 それまでは人の形をしていたものが、魂魄を混入したことで一気に崩れた。


「意思も何も持たない、呻くだけの何とも云えない肉の塊が出来上がり直ぐに絶命しました」


 雪斎とて人の情が無いわけではない。

 死んだナニカは手厚く葬った、経だってしっかり上げたほどだ。

 伊達に尼僧をやっていたわけではない――まあ、尼僧ならばそもそもそんなものを造るなと云う話だが。


「しかし、清洲で私が完全に滅却された後、目覚めたのですよ。新たな私として」


 生まれ変わり、とは少し違う。

 死を眠りだとするのならば清洲で眠り、墓土の中で目覚めた――意識は殆ど連続している。

 オニューのボディで目覚めた雪斎は先ず、駿府にあった自身の工房からホムンクルス関連の資料を破却。

 自分に繋がりそうなものだけを消し、姿を隠した。

 そのお陰で、後にマーリンが駿府で雪斎の遺産を検分した際に万が一の生存を悟らせずに済んだ。


「ああそうでした。義元様の骸を手厚く弔ってくれたこと、改めて感謝致します」

「とても感謝をしている人間のすることじゃないと思うけれど?」


 蛇の眼光が雪斎に突き刺さるが、そこは年の功。さらりと受け流している。


「それはそれ、これはこれ。だって私の愛する人を奪ったことに変わりはないでしょう?

信長様自身が仰っていたではありませんか。

私の事情などあなたには知ったことではないけれど、あなたの事情も私からすれば知ったことではない……と。

これもそれだけの話。憎いから、赦せないからそうしているだけのこと。

だからさあ、どうぞご自由にあなたの御事情をぶつけて御覧なさい」


 総ての謎が、白日の下に晒された。

 雪斎は単純に殺そうなどとは思っていない、いやむしろ信長の生存を願っている。

 殺害なんてのは次善の策、最善は信長が勝利し続けること。

 そう――――身内を殺し、その屍を踏み越えてでも。

 雪斎の復讐は心を苛むことに主眼が置かれている。


「これまで通りに情け容赦のない蹂躙を見せてくださいな」


 例え自身の存在が明るみになったところで問題はない。

 信長が一番に赦せないのは信長自身であることを知っているから。

 永劫赦せず、心を苛み続けていくことを知っているから――雪斎は今の今まで暗躍し続けていたのだ。

 総ての真実を晒し、その心に消えない傷を刻み付けるために。

 だが、この程度では終わらない。最初の供物は義弟浅井長政、次の供物は妹お市、これではまだ足りない。

 であれば、


「殺して殺して我が子すらも殺してのければ――――この命に届くかもしれませんよ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ