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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いて天下布武る俺――  作者: 曖昧


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60話

 謙信死去より三ヶ月。

 美濃帰還後にバタンキューで長期療養コースに入った信長はこの三ヶ月、まるで仕事をしていなかった。

 外傷自体は直ぐに癒えたものの、問題はそこではないのだ。

 あの天魔と戦龍の決闘、あの攻防の中で刻まれたダメージが重いのは表層ではなくむしろ深層――魂である。

 腹を吹き飛ばされたり首を刎ねられても生きている辺り、どちらに比重が置かれていたかは瞭然だ。


 魂に刻まれたダメージは重く、日常生活を送る程度は出来るが慢性的な眠気や芯に残る痛み。

 とても仕事を出来るような状態ではなかった。

 だもんで内向きの仕事は藤乃や帰蝶、他の内政向きの家臣が。

 軍務については信長不在であろうとも各方面軍司令官が居るので問題はなかった。

 藤乃については司令官もこなしつつ、岐阜で信長の代行もしていたのだから奮迅の活躍だ。


 さて、ダウンしたのは信長以外にも後一人居たりする。

 信長を美濃に移送した後、日本全国を回って天魔と戦龍が暴れる以前の状況に環境を修復していたマーリンだ。

 表層的な部分はパパっと修復出来たがこれも問題は深層。

 霊的な力が駆け巡る龍脈――人間で云うところの血管のようなもの。

 そこが二人と云うよりは最早二柱と形容するべきな怪獣二人の戦いによって深刻な乱れを生じさせていた。


 人間でも血の巡りが悪くなれば、体調が崩れるように龍脈も同じ。

 日本列島と云う身体に影響が出るのだ、龍脈が乱れれば。

 土から栄養が失せたり、水が枯れ果てたり、異常気象や蝗害、人心の乱れなど国の体調不良は挙げていけばキリが無い。

 こりゃいかんとマーリンは寝ずに龍脈を整え続け、完全に仕事を終える頃には精魂尽き果てていた。


 今後十年、十数年は全力を出せないだろうと云うほどの消耗だ。

 美濃に帰還したマーリンは信長の隣でバタンキューし二人仲良く療養生活に突入。

 喰っちゃ寝生活だが、彼女が頑張らなければ比喩でも何でもなしに日本が滅んでいたので大殊勲である。

 例え百年上げ膳据え膳の生活をしていたとしても責められはしないだろう。


『心身が完全快復するまでは何もかんも忘れてのんびりする!!』


 と、信長が宣言していたので三ヶ月間は大きな動きもなかった。

 ちなみに上杉への仕置きも保留状態だ。

 裁定を下せる信長がグロッキー状態なので当然である。

 なので越前の勝家が景勝ら織田家に加わった新たな上杉家を監視している。

 景勝としては謀反を起こす気などこれっぽちもないので実に大人しいものだ。

 むしろ謙信と云う癌を排除出来たのでようやっと重荷を下ろせたようで穏やかな日々を送っている。


 さて、謙信が敗れたことで人々はいよいよ旧き時代の終わりを悟った。

 甲斐の虎、武田信玄。越後の龍、上杉謙信。

 日ノ本に名高き英傑の代表格でもある二人が信長の手によって滅ぼされたのだから当然だ。

 だが、三ヶ月でこの世を去った英傑は他にも居る。

 毛利元就、北条氏康、以前から病を患っていたらしく信長が手を下すよりも早くに逝ってしまう。

 そして、そんな彼らの終わりを見届けた後で美濃の蝮もまた、永遠の眠りについた。


『あたしは、哂って逝かせてもらうよ』


 そう云って道三は、畳の上で大往生。

 今わの際に告げたその言葉はかつて義息子から贈られたものだ。

 畜生の道を往かば哂うて逝け、その方が面白い――――その通りに道三は生き切ったのである。

 彼女の意向で葬儀は身内だけの小さなもので済まされ、その際は信長もボロボロの身体で参列した。

 葬儀を取り仕切った帰蝶だが彼女は信長のように拗れた状態になることもなく、素直に悲しみ素直に立ち直り素直に見送ることが出来た。


 織田家にとって道三の死は寂しいニュースではあったが、良いことも勿論あった。

 そう、ようやく安土城が完成したのだ。

 これぞ天下人の城! と云わんばかりの荘厳華麗なその城に人々は色めき立った。

 だもんで、信長も療養中ではあったが安土に移住。

 岐阜城は以前から決めてあった通りに期間限定で奇妙丸が治めることとなった。


 期間限定と云うのは斎藤復興を見据えてのことだ。

 稲葉山から名が変わり岐阜となったがあの場所は斎藤家縁の地。

 斎藤家を復興させる際の本城としてあれ以上のものはない。

 信長が引退して安土城を奇妙丸に引き渡した後は、斎藤家復興のために使うと云うのは決定事項だ。

 美濃攻略に対する正当な報酬なので当然である。


 さて、話がずれたがめでたい話は安土城完成だけではない。

 羽柴秀吉こと藤乃が懐妊したのだ。

 最初の一ヶ月はあっち方面の元気もなかったが、快復すると積極的にヤり始めた。

 そこで当たったのだろう、翌月生理が来ず生理不順かとマーリンの診断を受けた際に判明したのだ。

 死に往く命も居れば新たな生まれる命もある……何とも感慨深いものだ。

 藤乃懐妊もあってか、復帰した信長は寝込む前よりも遥かに精気に満ち満ちていた。

 復帰に合わせて息子達、方面軍司令官、竹千代、氏真、昌幸、景勝らは安土に召集される。

 安土城落成の祝いと、上杉仕置きのためだ。


「春日山はこれまで通り本拠として使って良いが、領土は六割減。詳細は書状にしたためておいたから後で目を通すと良い」


 降伏する際は七割八割寄越せ! と喧伝しただけに六割と云うのは寛大な処置と云っても良いだろう。

 しかしそれは景勝の将来性を買ったための差配である。

 そして、景勝にとってもこの仕置きは決して悪いものではない。

 謙信亡き今の上杉、重臣もバッサリ処断したので単純に人手が足りないのだ。

 残された四割程度ですら、ちょっとキツイのでありがたい話だった。

 身の丈に合わぬ服を着てもみっともないだけだから。


「寛大な仕置きに感謝の言葉もありませぬ」


 年上で尚且つ功績華々しい英傑らが数多く列席するこの場において景勝はまるで萎縮していなかった。

 威風凛然とした佇まいに、勝家などは好印象を抱いたようで珍しく笑みを浮かべている。


「フッ……まあ、これから色々と苦労するだろうが頑張りな」


 大幅に削られたとは云え謙信の影響根深い土地から離れたわけではない。

 謙信を殺した景勝が治めるのはさぞ苦労することだろう。

 移封と云う手もあったが、信長は敢えてそうしなかった。

 統治の手腕を以って景勝がどれほどやるのかを見極めるためだ。

 潰されるのならばそこまで、潰されずにより良い統治を行えるのであれば領土拡大のチャンスを与えても良いと思っている。

 期待されているのだ、端的に云って。

 景勝もそれを感じているので、表情に出すことはないものの腹の内では闘志を燃やしていた。


「ハッ!」

「うん、良い返事だ」


 このまま祝いの宴に雪崩れ込んでも良いのだが、仕事の話はまだある。

 上杉仕置きを終えたので景勝を末席に戻らせると信長はこう宣言した。


「高野山を滅ぼす、叡山の時と同じように」


 今更驚くようなことでもなく、誰もが当然のように受け止めている。

 そりゃそうだ。何のために久秀を暴発させたのか高野山を存分に叩ける名分を得るためだろう。


「後、まだ大々的に発表しちゃいないが……なあ、藤孝?」


 ちらりと藤孝に視線を向けると彼は力強く頷いた。


「高野の御坊達を朝敵認定して戴けました……と云っても、あちらから擦り寄って来たのですがね」


 信長は然程朝廷と親しいわけではない。

 定期的に幾らか金をくれてやっているが、擦り寄るような真似はしていない。

 どちらの立場が上かを分からせるためだ。

 最初は朝廷も信長が何も望まないのでふんぞり返って金を受け取っていた。

 しかし、勢力が拡大するにつれ不安になって来たのだろう。


 良い想いをさせて後で突き落とす――それは義昭にやったことで既に前例がある。

 ひょっとしたら自分達も? と思うのが当然の帰結だ。

 京での大立ち回りを皮切りに、朝廷は織田に官位やら何やらを自主的に差し出すようになった。

 義昭と同じような目に遭いたくないから媚び始めたと云うわけだ。

 信長としては力関係を理解したようなので殊更朝廷に何かをするつもりはない。


 妙な真似をしなければこれまで通りに金は送ってやるし、多少の配慮だって見せるつもりだ。

 朝廷と云う存在は所詮武力を持たない無形の権威。

 滅ぼすことで生じるリスクよりも継続させて適度に利用するのが一番だ。

 今回の高野山朝敵認定も頭の回る人間が考えたことだろう。

 織田がこれまで高野山を放置していた理由、直近であった久秀の謀反とその後の動き。

 そこから推察して信長が欲しいものを差し出してのご機嫌取りと云うわけだ。


「街道の封鎖やら細かい差配については半兵衛や光秀、藤孝に任せる。

決行についてはそっちの準備が整ってから。

実際に高野山を焼くのは俺の本軍だけで十分だから皆は街道の封鎖に務めてくれや」


 五万、何なら十万ぐらい動員して高野山を包囲してやっても良い。


「高野山が終われば次は本願寺、それで三好。毛利と長宗我部は最後のシメに喰う。皆もそのことを肝に銘じておいて欲しい」


 三好はまだ微妙に残っているのだ、領土が。

 しかしそれも直ぐに消える。

 武田が滅び、上杉謙信も死んだことで東に対する憂いはもう無い。

 三好など所詮は本願寺を滅ぼすついでに殺ってしまえる程度だ。


「毛利と長宗我部を滅ぼせば後は外交だけでカタがつくだろう。それでもまあ、北条は潰すがね」


 その際、史実の秀吉がそうしたように各地の大名に忠誠の証として小田原攻めをさせるつもりだ。

 遅れて来そうなのが居るものの、その場合は問答無用で処罰すつもりである。

 白装束着て現れたのならばその通りにしてやるよ! とまでは云わないがガッツリ領土を削る。

 生まれて来るのがン十年早ければとか云っちゃうお洒落眼帯なぞ知ったことではない。


「いよいよ、いよいよだ。もう終点が目に見える距離まで来た。

此処まで来れたのはひとえにお前達のお陰だ。改めて礼を云いたい。本当に本当に……ありがとう」


 万感の想いを込めた『ありがとう』

 信長の覇道に最初から付き従っていた者達からすれば感無量だろう。

 共に苦難を分かち合い、栄光を一つずつ積み上げながら歩いて来た道のり。

 振り返ってみれば始まりはもう随分遠くに……。


「ってなわけで、最後まで駆け抜けるために此処らで一服だ。

安土城落成の祝い――つっても、俺の事情で三ヶ月も先延ばしになっちまったがそれを口実にパーッとやろうじゃないか!!」


 安土城落成祝いと英気を養うための息抜きを兼ねた宴が始まる。

 豪勢な料理に美酒、だが腹を満たすだけではなく心も満たさねば宴とは呼べまい。

 信長は芸事のプロも呼び寄せての見世物も用意していた。

 美味い食事に舌鼓を打ちながら、歌や踊りを鑑賞する――実に贅沢なことだ。

 今日は無礼講で、各家臣らの家族も招いているので子供達もキャッキャと実に楽しそうだ。

 無論、楽しむのが上流階級だけなんて白ける真似はしない。

 民にも信長からと云うことで色々と取り計らっている。


 これはある意味、接待だ。

 信長から家臣や民達への接待、彼らを楽しませることだけを考えて自ら取り仕切ったのだから接待と云う表現もそう的外れではないだろう。

 とは云え、無論のこと信長自身も楽しんでいる。

 マーリン、藤乃、竹千代、帰蝶、昌幸らを侍らせてキャバクラのオッサン状態だ。

 いやまあ、嫁さん勢なので別に問題はないのだが。


「あらやだ、子供達が何かを期待する目で私を見てるわ」

「御婆ちゃん、ちょっと此処らで一発芸でもやってあげたらどうです? 魔道の一発芸」

「そう云われても……えーっと……子供が喜びそうなものって……」

「何か爆発する感じとかどうです?」

「あー……流れ星なんて云うのも出来るけど?」


 マーリンも力は殆ど空っぽの状態だが体調的には完全回復したようで顔色も良い。

 藤乃と楽しく御喋りをしている姿を見ていると信長も一安心だ。


「何ですぅ? さっきから剣呑な目を向けて」

「……いえ、真田殿を見ておると、何やらこう……胸がムカムカするもので」

「あらまあ、お年を召しておられるようだしそちらが原因では?」

「あ゛? 四つしか違わないでしょう!?」

「はいはい、落ち着きなさいな二人共」


 竹千代はやはり昌幸に苦手意識を持っているようだが、そこまで険悪でもなさそうだ。

 昌幸が煽っているように見えるがこの程度はじゃれ合いの範囲。

 諌めている帰蝶も本気で駄目な空気だったならばもっと過激な方法で黙らせていただろう。


「(うん……やっぱ良いな、こう云う賑やかな空気は)」


 しみじみとそう想う信長だったが、


『伯父上ー!!』

「っとと……元気そうで何よりだよ」


 可愛いロリ二人が飛び込んで来たのでそんな空気も何処へやら。

 飛び込んで来た童女二人の名は初に江、今は亡き長政の遺児である。

 全体的に母親似ではあるが所々に長政の面影が見えないでもない。


「初! 江! ……ごめんなさい、お兄様」


 少し遅れて困った顔のお市も近寄って来る。

 どうやら母親の目を盗んで飛び出し、信長にダイブしたようだ。


「良いさ。今日は無礼講だし、子供が元気なのは悪いことじゃねえだろ?」

「それは……でも、やはり女子なのだしもう少し大人しく……」

「ハハハ! ま、そこらはもう少し大きくなってからで良いじゃねえか」


 姪っ子二人を膝に乗せてわしゃわしゃと頭を撫でてやると初と江は嬉しそうに目を細めている。


「(伯父さん……伯父さんなんだよな俺……はぁ……奇妙丸が結婚してガキ生まれりゃ御祖父さん……)」


 地味に凹む信長だったが、見た目若いから問題はないだろう。

 この姪っ子を見ていると歳のこともそうだが、もう一つ考えてしまうことがあった。


「(茶々、初、江じゃなかったっけ? 二人しかいねえんだよなぁ……)」


 お市の娘で誰が一番有名かと云われればそれは茶々だろう。

 何せ太閤秀吉の側室として二人も子を産み、豊臣と運命を共にした女なのだから。

 が、この世界では初と江以外は居ない。

 お市が死産したとかそう云うこともないようだし……。


「(ま、いっか)おう市、折角だし兄ちゃんに酌でもしてくんな」

「はい、喜んで!」


 楽しい時間、優しい空気、心満ちる幸福を甘受する者達。

 しかし忘れていけない、昔から云うだろう? 好事、魔を生ず……と。

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