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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いて天下布武る俺――  作者: 曖昧


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5話

 翌日、昼食を終えた後、帰蝶は家臣達を招集し軍議を始めた。

 今のところ斎藤側から何のアクションもないが、だからと云って静観して良いわけではない。


「先ず、大前提として拠点を清洲から小牧山に移すわ」


 今日の帰蝶は何時もの御姫様然とした装いではない。

 質素で動き易い衣服に、長い髪は結わえていて戦に臨む姿勢を示している。


「応永年間以来、守護所として栄えた清洲から離れると?」


 臣の一人がそう云うが、他の者達にも似たような不満がありありと見られる。


「何もずっと、と云うわけではないわ。一時的に、よ。

信長様も腰を据えて美濃を攻略することを見越してあそこに城を築いたんだもの」


 斎藤と敵対する以前から施工が始まった小牧山城。

 その意図は当然、分かっていたでしょう? と暗に問い掛ける帰蝶。

 これで分からなかったと云えば君の意図も汲み取れぬ臣だと喧伝するようなものである。

 つまりは反論の黙殺。


「(まあ、美濃を攻略しても清洲に戻ることはないでしょうけど)」


 と、腹の中で零す。

 攻め易い清洲に何時までも本拠地を置いては居られない。

 だからこその美濃攻略、だからこその稲葉山城確保だ。

 信長は恐らく美濃攻略後に本拠地を稲葉山に置くと帰蝶は推測している、そしてそれは実際にその通りだ。

 取らぬ狸の何とやらで信長自身は言葉にしていないものの、稲葉山に本拠地を移すつもりである。


「……一時とは云え思うところはありますが、確かに必要なことですな」


 異を唱えた家臣がそう云って引き下がる。

 引き下がらざるを得なかったとも云うが。


「理解を頂けたようで何よりだわ。此処からは具体的な攻略手段について話して行くから聞いてちょうだい」


 昨日からずっとずっと寝ずに考え続けていたもの。

 自信はあるが、それでも不安は拭えない。

 夫信長に献策する程度なら、彼の判断で使う使わないを決めるので採用されたら良いなで済ませられる。

 しかし今回は違う。自ら臣を納得させ、動かさねばならない。

 信長が昨日云ったように、家臣達も帰蝶が主君の正室だからと配慮することはないだろう。


「美濃攻略の橋頭堡であり、尾張の前線防衛拠点として――――墨俣に砦を築くわ」

「無茶に御座ります!」


 当然の如くに反発の声が上がる。しかしそれも織り込み済みだ。


「最前線、常に斎藤の目が光っているあのような場所に砦を築くなど……。

餓えた人喰い虎の前に丸腰のまま飛び込むようなものに御座ります!」


 防衛拠点、つまるところ敵の攻撃を防ぎ敵を追い返すことの出来る箱だ。

 そんなものを見す見す斎藤側が見逃すわけがない。

 大兵力を動員するのは、この時点では悪手。野戦において雌雄を決することは出来ず、最終的な詰めは城攻め。

 その段まで大兵力を動かすことは出来ない。


「多くの兵を動員したとしても、そこで大打撃を喰らえばどうなさる!?

失礼ながら奥方は尾張の地形を分かっておられるのか? 守り辛いのですよ、この地は。攻められれば勝ち目は無い」


 だからこそ、織田側は前進し続けなければならない。

 とは云っても墨俣に砦を築くのはあまりにも無茶な話だ。


「無論、考えてあるわ。ねえあなた達、墨俣に拠点を築くためには何が必要かしら?」

「…………速度、或いは兵力」


 無口ではあるが、必要な時で尚且つ簡潔に説明出来る場合は長秀も口を開くらしい。

 とは云え、相も変わらず鉄面皮で何を考えているのかは分からないが。

 同僚からは割りと苦手意識を持たれている長秀だが帰蝶はそうでもないらしい。

 同じように基本的な表情差分が少ないからだろうか?


「ええ、その通りよ丹羽殿」


 先にも述べたように大兵力を以って砦建設の護衛にあたるか。

 或いは斎藤が動くよりも早くに砦を建ててしまうか、墨俣に防衛拠点を築くのならばそれぐらいしか手は無い。

 が、それはどちらにしたって現実的ではないと多くの家臣は見ている。

 違うのは藤乃ぐらいだ、実は――と云うか当然と云うべきか彼女も同じことを考えていた。

 そして、そのための方策も既に考えてある。しかし、敢えてそれを口にすることはない。

 帰蝶が思いついているかどうかは分からないが、彼女の口から出さねばならないからだ。

 でなくば、信長の思惑通りにことが運ばなくなる。信長至上の藤乃らしいと云えば藤乃らしい。


「後者は皆も分かっていると思うけど下策も下策。だから当然の如く、私もやるつもりはないわ」

「(おや、やはり気付いておられるようで……)」


 残されたのは速度、そして速度を取るのならば自分の考えていることと同じやり方を選ぶのが最上。

 藤乃は帰蝶をやり手だとは思っていたが、実務経験の無さから実際の能力を見極めかねていた。

 だが今回の差配を見るに、成るほど確かに蝮の娘だと納得もいくと云うもの。


「しかし、速度と申されましても……」

「――――美濃の国衆を利用するのよ」


 国衆と云うのはその土地に住まう半農半士の集団だ。

 大名家の傘下に入ってはいるが、忠実と云うわけではない。

 彼の有名な上杉謙信も史実において国衆に大いに悩まされヘイトを燃やしていたものと思われる。


「無論、こっちでも資材や人足は用意するけれど、大部分は国衆に用意させるわ。

そうね、切り出した材木なんかを川に流して下流の墨俣に……なんて手を使うのも良いかもしれない」


 成功すれば速度と云う面は確かに解決出来るかもしれない。

 だが問題は、


「お濃様、何処を崩されるおつもりで?」


 国衆と云っても一つだけではなく、多々存在している。

 中には斎藤に対する忠義を持つ者も当然居るだろう。


「知っての通り、私は美濃斎藤家の女だった。斎藤にとっての潜在的な脅威ぐらいは把握している」


 斎藤家に居た時は頭痛の種だったが、織田家の人間になった今となっては都合が良い。


「蜂須賀正勝、そこを基点にして芋づる式に幾つか取り込めば良いわ」


 さあ、そこで問題になって来るのは誰を墨俣砦建設の責任者に抜擢するかだ。


「築城、と云うのならば迷うことなく丹羽殿に御任せしたいのだけど……国衆の説得には、ねえ?」


 長秀自身も、他の面子もうんうんと頷いている。

 最初は国衆の調略と云うこともあり、軍を動かさずに済む。

 それならばと反対意見も出ず会議はトントンと進んで行く。


「調略だけ他の者を――と云うのもいけない」


 それでは国衆相手に信を示せない。

 説得したのがAで、築城の指揮を執るのがB。

 約束を反故にされるのでは? と要らぬ不信感を招きかねない。

 ゆえに調略と指揮はワンセットでなくばならず、そうなると人材も限られて来る。


「木下殿、あなたに御任せするわ。人を乗せるのが上手だものね」


 そう、史実において墨俣一夜城の伝説を打ち立てた木下藤吉郎だけだ。

 他の者でも出来なくはないが、確実を期すのならば人心の把握に長ける藤乃が一番。


「謹んで拝命致します」


 誰を口説くかは決めていなかったが、方針としては帰蝶のそれと同じ。断る理由も無い。

 ペコリと頭を下げた藤乃はもう既に頭の切り替えを終えていた。

 如何なる条件で、どんな風に、何処までの待遇を約束出来るのか等等、考えることは多い。


「早速動いてもらう――と云いたいところだけどまだ話は途中。出るのはもう少し待って頂戴」

「分かりました」


 墨俣に拠点を築くことはあくまで前準備でしかない。

 美濃攻略の肝として帰蝶が考えていることはまた別にある。


「さて、墨俣に砦を築けたとして、じゃあそのまま馬鹿正直に進軍と云うのはあまりに芸が無いと思わない?」


 兵力を最小限に抑えられる可能性があるのならば、それを試すべきだ。

 正攻法と云うのは最後の最後で構わない。

 それまでは創意工夫の時間、失敗をしていないのだから色々試してみるのが当然。


「墨俣に砦が築けたと云う前提で話させてもらうわ。私は砦が出来たと云う事実を餌に調略を行うつもり」

「して、対象は?」

「良い相槌をくれるわね、柴田殿」

「え? あ、はぁ……」


 信長と違って終始表情が乏しいので冗談かどうかも判別がつかない。

 戸惑う勝家を他所に帰蝶は調略対象を告げる。


「――――西美濃三人衆」


 西美濃三人衆と云えば稲葉良通、安藤守就、氏家直元。

 斎藤家でも重要な立場を占めている――いわば、斎藤家の要と云っても過言ではない者達だ。

 帰蝶はそこを崩しにかかると宣言した。


「織田には母が居て、私が居て、だとしてもそう簡単には寝返るような者達ではないわ。義理堅いと云うわけでもないのだけどね」


 それだけ裏切りと云うのは難しいものなのだ。

 身軽な者ならばともかく、色々なしがらみに縛られている者にとっては。

 スパ! っと決断出来るのならばそれこそ謀反を起こす前に義龍を暗殺ぐらいはしていたはずだ。

 優秀ではあるが傑物とは呼べない、それが西美濃三人衆に対する帰蝶の評価だった。

 ただまあ義理堅さで裏切らずに尽くしている傑物と評しても良い男も居るのだが、今は云わなかった。


「砦を築けば、攻め入るのは間違いなく彼ら。そこで幾度か彼らを退けるわ。

そうすればどうなると思う? 義龍は間違いなく苛立ち始めるでしょうね。

重用していると云うのにどうして砦一つ陥落させられないのか。端的に云って不和と焦りが生じ始める。

義龍はそれなりに優秀だけど、感情の制御があまり得手ではない。信長様に対しての侮りと対抗心もあるから」


 義龍から西美濃三人衆への信頼を失墜させる。

 義龍からは、役に立たない家臣めと云う感情を誘発させる。

 西美濃三人衆からは自分達は最善を尽くしているのに何だあの態度は、主君のそれか? と云う不満を生じさせる。

 それが先ず第一の矢、不和。

 第二の矢は不和が生じさせる焦り。

 このままで良いのか? 斎藤に居ても未来が無いのではないか?

 忠を尽くして、よしんば上手いこと織田を退けたとしても冷遇されるのではないか? その焦りを引き出せば後は容易い。


「不和と焦りを抱いたところを見極め、此方から寝返りの打診を送る」


 それが第三の矢だ。

 西美濃三人衆の能力については帰蝶は把握している。

 織田家が出せる待遇もキチンと見極め、不利益を生まぬよう引き込めるだろう。


「成るほど、屋台骨を崩せば後は容易いでしょうなぁ」


 素晴らしい絵図だ、と勝家が手で膝を叩く。

 これは素直な感想で意図したものではなかったが、帰蝶にとってはプラスに働いた。

 優れた能力を持ち、織田家の重鎮として不動の地位を誇る勝家がこれは良い! と褒めたのだ。

 諸々の浅ましい思惑あって、どうにかこうにかケチをつけたかった家臣も中には存在している。

 しかしその者らは勝家に比べれば木っ端で、勝家が良いと云ったのにケチをつければどうなる?

 帰蝶のそれを超える代案を出せるのならばそれで良いが、出せるような人間ならば重用されているだろう。

 そうでないと云うことはもうお察し。帰蝶は見事に玉石混交の玉を抑えたのだ。


「あなたにそう云って頂けると自信がつくわ、柴田殿。でも、まだ話は終わりじゃないわ。

確実を期すために、まだまだ詰めておかねばならない部分があるもの。

砦が完成すれば以後、私は墨俣に移って迎撃に加わるわ。指揮官ではなく、一兵として砦の中から鉄砲でも撃とうかしら?」


 ギョ、と目を剥く家臣一同。

 そりゃ当然だ。信長の正室である帰蝶を前線に送るなど正気の沙汰ではない。


「し、しばし御待ちを! 目的は察せます! しかし、しかしそれはあまりにも危険で御座います!!」

「滝川殿、危険を犯さずして何かを掴めると思う? 信長様が桶狭間でそれを教えてくれたじゃないの」


 帰蝶の意図は明白だ、囮である。

 彼女が砦に居ることを知れば斎藤方は何が何でも確保しようと躍起になるだろう。

 国力で劣る斎藤だ、信長の正室を確保すれば取引材料として使える。

 つまりはこの織田と斎藤の対立において主導権と云わずともかなり優位に進められる。

 そして、だからこそ砦の攻略には優秀な者――つまり西美濃三人衆を向かわせるはずだ。


「西美濃三人衆の誘引を確かなものにするためにも、そして調略を持ちかける際にも全権を預けられている私が居れば流れは円滑になる」


 そして、此処からが本番だ。

 帰蝶は信長のやり方に倣って家臣達のやる気を掻き立てつつ自身の声望を集めるべく矢を放つ。


「私は死にたくないし、墨俣は美濃攻略の生命線になる。

木下殿を除く皆で、交代交代に詰めてもらうわ。前線指揮官としてね。

その人選については籤で決めます。ただし、当たりを引いても無理だと思うのならば辞退しても結構よ。

墨俣砦防衛戦は激務で、見返りも大きいけど危険も大きいもの。

欲に目が眩み身の丈に合わない行動に出るよりかは賢明で信長様の覚えも良くなるでしょうね」


 木下殿を除く、と云ったのは誰にも平等に功を得られる機会を与えるためだ。

 藤乃は墨俣砦を築くことに成功すればそれだけで功となる。

 だが、若輩であり女であり信長のお気に入りであることと相まって不満が募ってしまう。

 能力の無い者のやっかみだ。放置しても良いが、しかしそれでは面白くない。

 どうにかする、軽減する方法があるのならばそうするべきだ。


 そこで砦の前線指揮官を交代制にして、複数人が功を挙げられる場を用意すると云うわけだ。

 美濃攻略の要であり、信長の正室も詰める墨俣砦で敵を撃退すれば立派な功となる。

 効率を重視するのであれば勝家、長秀、一益などで持ち回りにするべきか彼のうち誰か一人で良いかもしれない。

 しかしそれでは皆のやる気に繋がらない。だからこその籤と云う選考方法。

 そして、辞退するのも自由と云う発言である。


 言い方は悪いが小物が当たりを引いても先ず間違いなく辞退するだろう。

 負う責任の重さに耐えられないからだ。

 しかし、自分で退いたと云う事実が不満を軽減させる。

 誰かの命で外されるより、自分の意思でならば矜持も保てる。

 己が能力を把握し、他者に手柄を譲れると云う評価を手にすることが出来るからだ。


 そして、能力があるのに何故最初から自分にしなかったのか。

 有能な家臣達の不満も、最初こそ出るが最終的に指揮官となれるのだからどうでも良くなってしまう。

 意図を正確に看破した藤乃は中々に巧いやり方だと舌を巻く。

 籤と云うやり方も上手い、これは運だ。誰かに選ばれなかったのではなく運に選ばれなかったと言い訳が出来て自尊心を保てる。

 帰蝶がこんな方法を思いついたのは、ひとえに信長を傍で見続けて来たからだろう。


「皆々様も私の描いた絵図に不満はないようですし、それでは美濃攻略を始めるとしましょう」

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