45話
武田への出兵を数日後に控えたある日のこと。
戦の前に景気付けだ! と嫁の帰蝶やマーリン、藤乃らを呼び寄せ大●交をかました信長。
翌朝、女達は疲労困憊で信長の寝室でダウンしているのだが当人はむしろ元気になっていた。
出す方だから消耗するかと思いきや、消耗を凌駕する勢いで気力が充実しているのだ。
もうじっとしてられねえ! と云わんばかりに起きて食事を摂った後は庭に出て剣術の稽古などをしていた。
「フッ……! ハッ!!」
聖剣エクスカリバーと宗三左文字を用いた我流の二刀。
仮想敵を生み出し剣を交えるその姿はらしくもないほどに真剣なものだった。
桶狭間の頃ならばいざ知らず。あれから十数年。
織田家も巨大になり、信長自身が先頭に立って戦場を疾走すると云うことも必要無い状況なのだが……。
「(どうにもなぁ)」
それではいけない気がしてならないのだ。
見える範囲での政戦では順調、しかし光秀から感じている不穏は未だ拭えず。
何が起きても良いようにと備えておくのが最上だ。
「(つか、アイツが俺を殺そうとするのか……?)」
未だに不吉を感じてはいる。
いるのだが、藤乃達から聞いた光秀の想いを聞くに殺されたり何だりと云うのはあまり想像出来ない。
しかし、それは信長があくまで理性的な人間だからだろう。
突拍子もないこともするし、命をチップにした博打染みた真似だってやってのける。
決して折れない様は狂気すら感じさせることもある。
が、それでもやはり信長は理性の人間である。
常識的な思考の枠を捨て切れない、程度は違うがお市オ●ニー事件などがそれだ。
彼女のぶっ飛んだ行動に信長はドン引いた。
ドン引くと云う時点で割りと常識的だと云うことは疑いようもない。
それでも多少の狂人ぐらいならばどうとでも対処出来よう。
しかし、突き抜けた一つの何かを胸にその者自身の独特な思考回路で導き出された答えなどには先ず思い至れない。
そして本人もそれを自覚している。その手の手合いと相対する場合はことが明るみに出てからでないと分からないだろうと。
ただ、光秀に対しては此方から行動を誘発させることで主導権を握ることも出来る――可能性がある。
それが本能寺だ。
信長は武田を滅ぼし、上杉を滅ぼし、その上で畿内に残った邪魔者――寺社勢力やら何やらを排除した上で誘いをかけるつもりでいた。
中国――毛利攻めを最後に回して、史実と似たような状況を作り出させる。
そうして本能寺の変を起こしてしまえば――いや、死ぬつもりはないので本能寺の変未遂か。
それを誘発させて光秀と云う人間を暴き立てるつもりで居た。
「(まあ、史実に沿うかどうかは分からんが……)」
それもその通りだ。
幾ら光秀だからと云って本能寺の変を起こそうとするかは分からない。
もっと違う形で不吉を発露する可能性だって十二分にある。
が、一つのアプローチとしては悪くないだろうとも思っていた。
「――――いやぁ、精が出ますねえ」
思考の海に没頭し掛けていた信長を引き戻したのは甘ったるい声だった。
声質からして何かあざといと云う稀有な性質を持つ藤乃である。
申し訳程度に着物を羽織っているが露出は半端ない。
が、屋敷でことを致した際は信長に用があっても女性の使用人などを通して呼びに来るので他の男に見られることもなく安心。
それに加えて誘惑まで出来るのだから藤乃としては着込む理由がなかった。
「私ですら、まだまだ気怠るいと云うのに……」
「ハハハ! そらお前、俺は日々進化し続けていく男だからな」
勿論藤乃も未だ発展途上、しかしそこは信長にも矜持がある。
夜の男としてのプライドは今を以ってしても消えず。
セイギ的な意味で自分の歩みに追いつかれてたまるかと云うしょーもないプライドだ。
「むぅ……私もまだまだ修行が足りませんねえ」
「ま、頑張りたまえ!」
藤乃も来たし区切りとしては丁度良い。
信長はゆっくりと深呼吸をして更にギアを上げようとしていた肉体を沈静させ聖剣と宗三左文字を納刀。
近くに置いてあった水桶に手拭いを浸して汗を拭けば実に気分爽快。
上半身マッパになり鼻歌交じりで身体を拭く信長を見て藤乃はふと思った。
「そう云えば信長様って昔、剣術の稽古とかやってなかったんですよね?」
「ああ」
「で、今も別に正式に習ったとかじゃないんですよね?」
「ああ」
桶狭間以前はうつけムーブで全ブッチ。
それ以降でも偶に剣を振るなどしていたが誰かに師事したことは一度もない。
「習おうとか思わないんですか?」
我流でも信長はセンスの男だ、喧嘩殺法を基礎として組み上げたものでもそんじょそこらの剣客には負けないだろう。
しかし、だからこそ正統派を取り入れ更に発展させればと思ったのだが、
「思わん」
バッサリと切り捨てた。
「それはまたどうして?」
「んー? そりゃまあ色々理由はあるぞ? だがまあ強いて云うなら俺を囮にするならさ、今のままが一番じゃん」
剣術を習えば免許皆伝くらいはやってのけるだろう。
権力に遠慮してとかそう云うものを差っ引いても、先にも述べたがセンスの男だから。
要訣を掴むのが上手いからこそ何でも修めてしまえる。
しかし、そうなると『信長は剣の腕も立つらしい。何処そこの流派で印可を……』なとと噂されてしまう。
「の割りには桶狭間での一騎討ちとかも広く知られてますよね?」
「飛んだり跳ねたり剣投げたりで正統派とはほど遠いだろ?」
だからこそ付け入る隙があると思わせられる。
奇手に頼り続けるのが信長のやり方だと刷り込んでしまえば釣れる。
「と云うか――――結局、面倒臭いのでは?」
色々と理由あるとか云ってペラペラほざいたが中身がなかった。
「……うん、まあ」
剣豪を招聘して剣術を習ったとしよう。
権力に遠慮して教えられても身にはつかない。
遠慮なくやってもらうとすればかなり厳しいものになるだろう。
ぶっちゃけこの歳になってまで七面倒臭いことをしたくないのだ。
見た目若くても年齢的には結構いってるし、今更習いごととかノーサンキュー。それが信長の本音であった。
「しょうがない人ですねえ」
「自覚してるけどさぁ……いや、まだ軍略を教えて貰うのとかなら良いよ? でも剣術とかはちょっと……」
でもエロいこと以外でハードな運動はしたくないオッサンだった。
「つか、お前も云えた義理じゃなくね?」
藤乃もまたセンスにものを云わせた我流で、信長が知る限り正式に剣術を習っていたことなど一度もない。
「云っても私は元々百姓の子でしたし? 嗜みとして剣術覚える必要もありませんでしたから」
「そう云えばそうだったな……すげえ立身出世じゃねえかお前」
「そりゃまあ私、信長様の愛妾ですからね」
クスクスと笑う藤乃だが、かつてならばともかく今もそう云う陰口を叩く人間は居ないだろう。
居てもそれが負け惜しみだと云うことは周知だ。
順調に功績を重ね続けて来たその手腕、或いは主君信長にも伍するかもと思わせるほどなのだから。
信長の活躍は煌びやかで衆目が好みそうなものばかりで、どうにも影に隠れがちになる。
しかしそれなりに頭が回れば藤乃の能力が凄まじいものであることが分かるだろう。
実際、信長が優位に立っている点があるとすればそれは経験と発想。
そしてそれらは平成と云う時代を生きて培ったもの。
人と云うものが熟れて熟れまくった時代で、だからこそ多様な経験が出来た。発想が生まれる土壌が出来た。
これはそれだけの話。仮に藤乃が同じ立場であるならば互角か彼女が一つ抜きん出ていたことは疑いようもない。
信長自身もそれは認めていることで、流石は豊臣秀吉と云わざるを得ない。
「今、幸せか?」
「ええ、この上なく。元々目立ちたがり屋で上昇志向もありましたからね私」
ただ、信長と云う男の存在を知ることで女の幸せを探求し始めそれが一番になっただけ。
二番目以降に続く欲望は健在で、今、それが満たされている。
「強いて云うなら私が子供の出来難い身体だってことぐらいでしょうか」
「……マーリンに頼まなかったのか?」
「完全に出来ない身体、と云うのならば御婆ちゃんに頼むかもしれませんがね」
実際にマーリンは妊娠出来る魔法とか作ろうか? と藤乃に打診したこともある。
しかし、あくまで出来難いだけなのだ。
であればそんなものに頼る必要は無いと感謝と共に辞退した。
「数打ちゃ当たるの精神で信長様にたっぷり出して貰いますから御心配なく」
「……そうか。だったら俺も精がつくもんたんまり喰わなきゃなぁ」
「いやぁ、今の状態でも十分過ぎると思いますがね。昨夜も三人がかりで向かって行って返り討ちにされたわけですし」
「カカカ、現状に満足しちゃいけねえよ。好きな分野ではな」
身体を清め終えた信長は藤乃の傍に腰を下ろしその膝に寝転がった。
ぽかぽかと良い陽気は心地良い疲労と相まってこのまま眠ってしまいそうになる。
「ところで信長様、武田攻め……大丈夫なんですか?」
虚報であることは藤乃、のみならず重臣連中は知っている。
信長は全員にではないが同盟相手の竹千代や方面軍司令官レベルの重臣には昌幸の策を知らせていた。
「そりゃまあ、真田昌幸の想定通りに進めばそりゃ楽でしょうよ」
既に結構前から信玄死すの噂は流れている――と云うか偽の葬儀まで行っている。
だもんで兵達は信玄亡き武田などと意気高揚としているのだが無論、それは偽りだ。
今頃は砥石城で来るべき戦に備えて療養していることだろう。
「ただ、信玄を質に取ったからとて逃げ弾正は動きますか?
元々昌幸の策によるものがなくても、上杉も動くつもりだったのでしょうが……さてどうか」
藤乃の云うように仮に策が無くても上杉が動いていた可能性は高い。
しかし、それはどちらに向くかが分からなかった。
武田攻めを行っている隙に越前へ侵攻するのか、或いは武田の援軍に来るのか。
昌幸は策を打診することで方向性を決定付けたのだ。
これもまた信長への援護射撃と云えよう。
そして、その上で高坂昌信に上杉の相手をさせようとしている。
信玄を人質に取ることで。上杉としては一旦軍を動かした以上、そうそう退けはしないだろう。
昌幸の裏切りが露呈した時点で、武田は詰みに入る。
詰みに入れば次は上杉だ、一旦退いて越前に目標を変えたとしよう。
それである程度領土が奪えたとしても意味は無い。
武田を助ける以外に活路が無い以上、昌信を突破し次に控える昌幸を突破して勝頼の本軍プラス北条軍と合流し信長を狙うしかないのだ。
「そこら辺の見極めを誤るほど、可愛い女じゃねえよありゃあ。
逃げ弾正は武田家と云うより、信玄個人に忠を捧げている……そう云うことなんだろうよ」
命を盾に取られただけならまだしも、殺された挙句に辱めを受けるかもしれない。
そうなればもう、どうにもならない
逃げ弾正高坂昌信は決して拒否が出来ない。
「俺は面識がねえから昌幸が何を考えてるかってことでしか推測出来ねえが……。
ただ命を質に取るだけじゃなく死体を辱めるようなことを仄めかしたら動かざるを得んのだろう。
それだけ逃げ弾正にとって信玄と云う人間の存在は重い。
例え信玄の死が避けられずとも武士らしい名誉ある最期をって考えてるんじゃねえか?」
そのためには織田を勝たせねばならない。
生きたまま織田に信玄の身柄を引き渡せば斬首と云うこともなく腹を切らせてくれるだろうから。
「成るほど、でもどうですかねえ。本気の上杉を相手に逃げ弾正でも何処までやれるのか」
追い返せる、などと云う可能性は零だ。
確実に海津城は陥落するし、高坂昌信も討ち死にするか、或いは上杉に捕らえられるかもしれない。。
そうなれば次は砥石城に詰める昌幸らが危機に瀕する。
謙信相手に信玄を人質として使ったところで意味を成さない。
何の手加減もなく、むしろ早く勝頼らと合流せんと死に物狂いで砥石を陥落させようとするはずだ。
その際、憎き真田相手の札として捕らえた逃げ弾正を使うと云うのもありだ。
「そりゃあ、意図は分かりますよ? 織田が武田を滅ぼすまで上杉謙信を、軍神を堰き止める。
そうすることで真田昌幸への織田家中での反感を力づくで捻じ伏せたいんでしょう?」
「だろうな。信濃一国を貰ってもしゃーない器である……と。少々強引なやり方だが良い手だと思うぜ」
「ただ、軍神相手ですからねえ……」
単純にリスクが高過ぎるのだ。
かつて越中の糞坊主共と連携して上杉が越前に侵攻して来たことがある。
藤乃はその際に勝家と連携して追い払いはしたが、軍神を直に見る機会があった。
殆ど威力偵察のようなもので、謙信自身にそこまでやる気はなかったのだろう。
だが、それを差し引いても恐ろしかった。
信長があれほど嫌そうな顔をしていた理由をこれでもかと思い知らされた。
「見返りは大きいでしょうよ、でも私が彼女の立場なら選びませんね」
藤乃もそうすることでしか光明を見出せない状況であれば躊躇いなく断行するだろう。
しかし、昌幸にはそれ以外の選択肢も存在しているのだ。
多少遠回りになるだろうが、軍神と秤にかければ多少の遠回りを選び取る。
が、敢えて昌幸は一番厳しい道を選んだのだ。
「俺もだよ」
「どうでしょう? 信長様ならやりそうな気もしますけど」
「やらねえよ、それほど若くもねえ……いやいや、眩いねえ。若い力の台頭ってのは」
「自分も何時か引導を渡されると?」
「いいや」
後進に命を脅かされるような心配は微塵もしていない。
かと云って後進を侮っているわけでもない。
単純に、
「若い奴らが引導を渡そうとする機会が無くなるからな」
「追い抜かれる前に乱世を終わらせる、ですか」
「ああ、そんで楽隠居決め込ませてもらうよ」
そのためにも目前に控えた対武田戦、負けるわけにはいかない。




