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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いて天下布武る俺――  作者: 曖昧


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44話

 甲斐は武田が本拠地、躑躅ヶ崎館。

 そこには武田四天王、二十四将ら主だった家臣が終結し軍議を開いていた。

 上座には病身の信玄も居る。

 本来ならば寝ているべきなのだろうが、最早そんなことをしていられる状況ではなくなった。


「……昨今の織田家の動きを見るに、間違いなく彼奴らは武田に総攻撃を仕掛ける気でしょう」


 近頃、信長の本拠地たる美濃や尾張では大々的に兵が募られていた。

 この段階で大軍を動かすなどと武田か上杉、毛利以外にはあり得ない。

 が、上杉と云う線は先ずないことぐらい誰もが知っている。

 上杉の領土、越後と一番近い織田家の領土は越前。

 越中は未だ寺社勢力が占拠しているので、上杉攻めを行うのであれば先ず越中を占領するだろう。

 しかしその動きが見えない以上は武田か毛利に絞られる。


 が、毛利攻めにしたって集中して取り掛かるには石山本願寺と木っ端ではあるが他の勢力がまだ残っている。

 そしてそれを排除する動きも越中同様に無し。

 となれば武田攻め以外にはあり得ないのだ。

 総攻撃と云うことは武田家存亡の危機、幾ら病身とて信玄も寝てはいられない。


「御館様!」


 一人の声を皮切りに御館様、御館様と口々に信玄に指示を求める。

 皆、理解しているのだ。あの第六天魔、織田信長と渡り合えるのは甲斐の虎以外にはあり得ぬと。

 あちらに赦す気が無い以上は、降伏なども意味を成さず。

 織田家本軍、滝川一益率いる方面軍、そして徳川軍の連合がこぞって武田領土を蹂躙する。

 そんな悪夢を覆せる可能性があるとすれば信玄だけだ。


「(時間が……時間があれば……良かったんだがのう……)」


 信玄は険しい顔で黙りこくっている。

 最早年単位の長期戦争に持ち込めるほど己の命数は残っていない。

 しばらくは凌げる手を打てることには打てるし、そこから先も上手いことやれば武田を存続させられる。

 しかし、それはあくまで己――武田信玄ありきの策だ。

 確かに家臣は粒揃いだが、それを纏める人間の器量なくば成すことは出来ない。

 かと云って短期決戦で此処からいきなり逆転してみせるような手も思いつかず。


「(どうする……どうするよ……)」


 そんな信玄の内心を感じ取り、昌幸はほくそ笑んでいた。

 正に想定通りの展開であると。


「御館様、発言の御許可を」


 今か今かと信玄の言葉を待ち、静寂が満ちていた室内。

 沈黙を破ったのは比較的末席に近い場所に居た昌幸だった。


「うむ、云うてみい」

「――――御館様には死んで戴きます」


 淡々と云い放った言葉に一瞬、家臣や勝頼達は唖然とした。

 そして叱責を飛ばすよりも早くに信玄がフォローを入れる。


「虚報か。だがしかし、その程度では多少の油断を誘うくらいしか出来んぞ」


 激昂しかけた者らは恥じ入るように身を縮ませていた。

 そして同時に、虚報を流すと云う意味であると直ぐに気付けなかった自分達の焦りに気付く。

 が、それでも信玄だけは冷静に虚報であると口にした。

 やはり御館様は違う、御館様が健在であるならばまだ手の打ちようはあると家臣達は期待感を抱く。

 まあ、それも所詮は淡い期待でしかないのだが。


「はい、虚報はあくまで下準備の一つと考えて戴きたく」

「ふぅむ……よし、おんしの考えとる策、総て開示してみせい」

「ありがたく」


 と、こんな時でも馬鹿丁寧に頭を下げる辺り本当に徹底している。


「先ず第一に、武田の御家を存続させるためには相当な痛手を負わせるか。或いは信長を討つしかありませぬ」


 非情な現実だが、それ以外に無いことは誰もが分かっている。

 分かっているが認めてしまえば折れてしまう。

 昌幸は敢えてそこに踏み込んだ。

 踏み込み、消沈させ、自身の策を以って高揚させ、最終的に地獄の底へと突き落すために。


「そして、武田独力ではどちらも叶わないでしょう」

「うむ、そうじゃのう」

「だからこそ上杉と北条の助力が必要不可欠。しかし、どちらも生半なことでは火中の栗に手を伸ばすことはしない」


 上杉と北条の助力を得ようと思えば十二分に勝算が高い策を提示せねば意味は無いだろう。

 しかし、誰もが未だその策を思いつけずに居る。


「じゃのう。と云うかあれよ、上杉はともかく北条はのう……そこらも考えておるのか?」


 北条とは現在敵対関係にある。

 織田の動きを期待して武田攻めを行っていて、今はもう退いているが和睦は行っていない。


「無論。北条も先の武田攻めで気付いたでしょう」


 織田が北条を滅ぼすつもりであることに。

 甲斐を攻めている当初は気付かなかっただろうが、途中から嫌でも理解したはずだ。


『お前の娘さぁ、俺の家臣の嫁なんですけど!? だってのに、俺が死ぬような目に遭うの分かってて黙ってたよなぁ!?』


 ってな具合で信長が激おこプンプン丸であるのだと思い知らされた。

 しらばっくれるとかそう云うことに意味は無い。

 織田は確実に北条を潰すつもりなのだ。


「武田が滅べば次は我が身、それでも表立って敵対していないのは……」

「あそこの御家芸じゃろ? 家中で揉めるの好きだからのうあそこ」

「はい。まだ何か手段はあると進言する者、武田や上杉と手を組み包囲網に加わり織田をどうにかしようと云う者」


 紛糾する家中、敵があまりに強大過ぎて氏康ですらまとめ切れていないのだろう。


「ゆえに我らが勝算を示すことで北条を一枚岩にしてやるのです」


 それがこれより提示する策である。

 信玄も含め、誰もが昌幸の言葉に固唾を呑んだ。


「が、その説明をする前に先ず一つ。高坂殿」

「む、何だ?」

「――――御館様が御為に死ぬる覚悟はおありですか?」

「語るまでもない! 三日三晩尽くしても語り尽せぬ御館様への御恩、それに報いるためならばこの命惜しくなどないわ!!」


 どん底を彷徨っていた際に差し伸べられた手の温かさを覚えている。

 浮浪者に堕つるはずだった自分がこうして城持ちになり武田四天王にまで数えられたのは総て信玄のおかげだ。

 なればこそ、どうして命を惜しむことがあらんや。

 逃げ弾正高坂昌信は力強い口調でそう断言した。

 昌幸は流石だ、流石信玄教の教祖様だと腹の中で悪い悪い笑みを浮かべる。


「……妹弟子として、これ以上になく誇らしく存じます」

「そう持ち上げるでないわ。某のことは好きに使ってくれて構わん。さ、続きを述べい」

「はい。先ず、我らが本拠たる躑躅ヶ崎館自体の防御力はそこまで高くありませぬ」


 山城や砦でどうにか体裁を整えているが、いざ此処を攻められたら不利になるのは明白。

 それでもこれまでは一度たりとも攻め込まれたことはなかったが今回ばかりはそうもいかず。


「城壁ではな盆地を生かしたく山岳を利用する、しかしそれも織田相手では分が悪い」


 それは共通認識だ。

 ゆえに、何処か別の拠点に移すことも視野に入れているのだが……。


「が――――敢えて総兵力を此処に結集して戦場とします」


 昌幸はこの不利な場所を決戦の場として選んだ。

 無論、彼女としては武田を負けさせるつもりなのだがあからさまだとバレるしノって来ない。

 だからこそ成功すれば美味い! と云えるような策を提示するつもりだ。


「深く、深く、織田を誘引します。その上で――――二つに分かれて撤退します」

「! それゆえの虚報か!! となると、わしが籠もるのは海津……いや、砥石か?!」


 信玄が大きく膝を叩く。

 それに少し遅れて、良将名将と呼ぶに相応しい者らが昌幸の意図を理解する。


「はい。一方は北上、此方は高坂殿と上杉の援軍もありますし怪しまれぬためにもそこそこの数で良いでしょう。

もう一方は東に、つまり北条方へ向けて撤退し北条軍と合流します。初めから撤退を意図した戦、被害も最小限のまま本番へと挑めるかと」


 昌幸の策はこうだ。

 勝頼が撤退したとしても、彼を討たねば武田を滅ぼしたとは云えない。

 それゆえ織田は深く食い込んだ場所――つまり、躑躅ヶ崎館を拠点として利用し武田狩りを始めるだろう。

 そこを、東方と北方より攻め入るのだ。


 甲斐は武田のホームグラウンド、ゆえにどう攻め入れば良いのかも当然熟知している。

 しかし一方の織田は違う。

 東方と北方より甲斐の地理に詳しい武田方の誘導を受けて北条と上杉が攻め入ればどうなるか。

 先ず間違いなく、一転して織田方の不利となるだろう。


「東には――勝頼様と共に偽装撤退するのは高坂殿を除く四天王と二十四将。

そうすることで北方に逃げた者らが統制が取れなくなったがゆえの離散と見せ掛けることが出来ます。

北へ二万の兵を誘導するのは私に御任せください、御館様が籠もる砥石は我ら真田の本拠ゆえ。

本来ならば父上に任せた方が安心なのですが……」

「うむ、分かっておる。俺では怪しまれるからな」


 信玄に可愛がられているし、戦績も挙げている。

 とは云え昌幸は四天王や二十四将に並ぶほど有名ではない。


「はい。私が連れ帰る兵と高坂殿が出す兵を御館様に率いて戴きます。

私と高坂殿も将としてそこに加わりましょう。将の数では東方に劣りますが、しかし御館様ならば……」

「うむ、任せい! どの道、北には謙信が居る。昌信とおんしだけでは不安じゃわい」


 上杉と、謙信と即座に合流するのならば昌信の居城たる海津に籠もった方が良いのだろう。

 が、信玄は当然の如くに謙信を信用していない。

 心底胡散臭いと思っている、それゆえ、一つクッションを挟むのだ。

 位置的には春日山城、海津城、砥石城と並んでいる。

 上杉に近過ぎて万が一が起こりかねない海津ではなく何が起きても信玄が逃げられるよう砥石に籠もるのだ。

 まあ、あくまで念には念を入れてのことである。


「それに、東――つまるところ氏康への抑えも必要じゃあ」


 勝頼では獅子の相手は不足、四天王や二十四将をつけるぐらいで丁度良いのだ。

 謙信への対処が質の信玄ならば氏康への対処が量と云うわけである。


「しかし昌幸よ、確かに北と東は押さえられるが西はどうする?」


 南は海で、武田侵攻は陸路からなので心配しなくても良い。

 だが、西に抜け道を作れば信長に逃げられるのでは? と家臣の一人が問う。

 しかしそれに答えたのは昌幸ではなく信玄だった。


「織田は退けんのじゃ。今、集めさせている兵力を見るに武田を滅ぼさぬ限り退けはせん。

不安ならばこれから策を詰めて、西方の穴を塞ぐことも考えて良いかもしれんのう……いや、昌幸ならば考えておるかの」


 面子の問題である。

 織田はこれまで面子名分、そんなものを利用し過ぎたがそれは良い方向にだけ働くものではない。

 利用し過ぎたツケを払わねばならぬのだ。

 これでもかと大軍を動員して攻め入ったのにまんまと罠に引っ掛かって撤退する。

 後々のことを見据えれば、それは決して出来ないことだ。


 だからこそ、上杉や腰の重い北条を動かすことが出来る。

 聡い者であれば、これは最大のチャンスであると。

 織田が滅ぶか武田が滅ぶか、そのどちらかでしか決着することはない最大級のチャンス。

 此処を逃せば織田を潰すチャンスは無いのだと、勝負に出ること間違いなし。

 この一戦に限り、本当の意味で三勢力はまとまって信長に相対することが出来るのだ。


「信長は重要な戦でこそ前に出る、確実に躑躅ヶ崎へと叩き込めるじゃろう。

ええか? 昌幸の策は一大決戦を行うものじゃ、負ければ滅ぶが勝てば得られるものは大きい。

此処で信長さえ討てればわしらの未来は明るい。これから幾らでも奪われた領土を奪い返し新たに領土を拡大出来る。

無論、奴らも死にもの狂いでかかって来るじゃろうて。

じゃが安心せい! 甲斐の虎、越後の龍、相模の獅子が揃い踏みすれば信長なぞ何するものか!!」


 三方ヶ原のドリームマッチにも比肩する陣容だろう。

 何せ武田信玄、上杉謙信、北条氏康の英傑三人が手を組み信長と戦うのだから。

 ただでさえ低かった兵達の士気もこれで上げられる。

 本当に勝てるんじゃないかと信じさせてしまえる。

 勢いに乗った武田の爆発力は凄まじいことを誰もが知っている。

 沸き立つ勝頼と家臣一同だが、


「皆々様、どうか落ち着いてくだされ。私にとって乾坤一擲の策なれど不安要素が無いわけではありませぬ。

東の北条はともかく上杉……御館様が常日頃云っておられるように軍神めは得体が知れません」


 損得利害と云うものをイマイチ感じさせないのだ。

 反信長包囲網に加わっている勢力の中でも上杉は異質だ。

 民も上杉だけは本当に義侠心ゆえと思っている者が多いが……。

 長く上杉と相対していたがゆえに武田の人間は義侠心ゆえなどと信じ切れない。

 かと云って野心かと云われればそれにも首を傾げる。

 だから損得利害が見えないのだ、何を考えているのか不気味で不気味でしょうがない。


「うむ、昌幸の云う通りじゃ。皆、気を引き締めい! そしてもし、万が一があった場合に……昌信、おんしが要じゃ」


 合流前に謙信が不穏な動きを見せた場合、対峙するのは昌信だ。


「御安心めされよ、覚悟は出来ております。先に昌幸に述べた通り、この命は御館様の御為に!!」

「うむうむ、よう云うてくれた! そんなおんしだからこそ全幅の信を置ける」


 そしてそれは、


「昌幸! おんしもじゃ! よう見事な策を立ててくれた」


 昌幸も同じだ。

 世辞ではない、信玄は心底からそう思っている――つまり、とことん欺かれていると云うわけだ。

 昌幸に歩み寄り、その手を握って褒め称える信玄は病身ゆえ顔色は悪いが満面の笑顔が浮かんでいる。


「いえ、これは苦肉の策に御座ります。一度引き入れる以上、此方の被害も……それに、不安要素が……」

「おんしはまだまだ若い。それゆえ、負の面ばかりに目が行きがちになるが時にはどれだけの犠牲を払うても得ねばならぬ勝利もあるのじゃ」

「御館様……」

「これこれ涙ぐむな、戦はまだ始まってすらおらんのじゃからのう。しかし、重ねて云うがよう献策してくれた! 見事な冴えよ!」

「いえ、これも御館様のご指導あればこそ」

「何を云うか。ものにしたのはおんし自身の力じゃて! これからも武田がために尽くしてくれい!」

「ハッ! この命を懸けて!!」


 こうして、武田家滅亡のカウントダウンが始まった。

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