41話
織田信秀の葬儀は、盛大なものとなった。
事前に美濃と尾張の領民にも信長の意図を布告し、その上で皆も楽しんで、笑って送ってやって欲しいと金をばら撒いた。
竹千代や氏真、そして各方面軍司令官にもそれぞれ金を渡し、現地に戻った際に領民にと金を渡した。
不公平があっては色々と面倒だからだ。
ちなみに金の出所は信秀が個人的に貯め込んでいた資産である。
銭だけではなく名刀やら美術品やらも信長に相続されたのだが彼はすぱっと売り払った。
形見と云うのであれば宗三左文字で十分。
いずれは長男の奇妙丸に渡すつもりだが、まだまだ先のこと。
家督相続の祝いにか、或いはいっそ自分の遺産として相続させようか。
信長も信秀が死去したことで、自身の死後についても色々と思いを巡らせるようになった。
いや、これまでもどうすれば二代目が上手く織田をまとめられるかなどは考えていた。
考えていたのだが、もっとミニマムな家族と云う視点では特に考えていなかったのだ。
だからこそ葬儀と云うにはあまりに型破りな葬儀を終えた後で奇妙丸と千代を呼び出した。
それぞれ次代の織田家、徳川家の当主だからだ。
『奇妙、お前も俺が死んだらこうやって葬儀の一切を取り仕切らねばならん。
出来るなら今回したように派手な葬儀で送って欲しいが、財政状況やら他の諸要素も鑑みた上で判断しろ。
自分ひとりで判断出来ぬのならば家臣ともよーく相談するんだ。
別に希望が叶わなくたって俺は構わん、別にじみーなふつーの葬式でも良いさ』
『はい、父上。他に金が入用であれば遠慮なくそちらに使わせて戴きその場合は遠慮なく普通の葬儀を挙げます』
『よしよし……千代、お前の場合は母上だな。母上が死んだ際はお前が喪主を務めることになる』
『母上は自分のことは質素倹約を旨としているのでその通りに行おうと思います』
『しっかりしてんなぁ……俺がお前らぐらいの時は蝦夷で遊んでたってのに……』
などと父親らしい講釈を垂れてはみたものの、やる必要はなかったかな?
と話を終えた後で思った。
子供達は子供達なりに考えるところもあって、今回の葬儀で自分なりに何かを学んでいたらしいから。
親が無くとも子は育つとはこのことか、と少しばかり寂しい気分になる信長だがそれは違う。
背を見せてくれる偉大な父が居るから子供らも奮起し貪欲に学び取ろうとするのだから。
「あら、こんなところに居たのね」
思考の海に埋没していた信長の意識が引き戻される。
首だけを動かして入り口を見やればそこには帰蝶が立って居た。
「皆で楽しく食事をしていると云うのに、ひとり黄昏ていたの?」
今、信長が居るのは古渡城にあった信秀の屋敷にある彼の私室。
もう使われておらず使用人すら居ないのだが、考えごとをするには丁度良かった。
他の者らは宴会場で寿司を食べながら今頃どんちゃんやっているだろう。
現代で云うところの握り寿司は戦国時代では成立していなかった。
しかし、何かの折りに長秀に珍しいものをと頼まれた時に信長が試作したので一応は存在している。
だもんで葬式と云えば寿司だろ寿司と云う信長の発想により葬儀後の食事として大量生産。
冷蔵庫なんか無い時代でネタにする魚介を取り寄せても保管が大変――などと云うことはない。
ふっつーにマーリンの魔道を利用しているので鮮度も抜群。
醤油とわさびをつけてお召し上がりください。
「黄昏てるってわけじゃないよ。ただまあ、ちょっと考えごとをな」
「考えごと?」
すっ、と信長の隣に腰掛け帰蝶もまた同じように月を仰ぐ。
「ああ。俺はまだまだ若いし身体も健康」
この男、実は定期的に健康診断を受けている。
何があるか分からない世の中だし、ポクっとおっ死ぬわけにもいかないから。
ちなみにドクターはマーリンで、そこらの医者よりよっぽど信頼出来る。
その彼女曰く、健康も健康。聖剣の恩恵とかそう云うの無しでも百超えたって生きてるんじゃないかしら? とのこと。
「とは云え、何時かは俺もくたばるわけだ。そうなった時、倅達はどう思うのかなってさ」
「そりゃ悲しむでしょうよ」
何を当たり前のことを、と帰蝶は首を傾げる。
信長は糞忙しいし、暇を見つけても子供らと触れ合える時間は決して多くはない。
身体を休めて、次に備える必要があるから。
しかし、だからとて子供達が信長を好いていないわけではない。
時々思い立ったように彼なりの教育を施したり、他愛もない雑談に興じていて、子供らはそんな時間を愛していた。
家中においては臣達、城下に出ては民草が口々に信長を褒め称える。
中には少し過剰に云ってお世辞の面もあるだろう、だとしても父親が褒められて悪い気分はしない。
自慢の父親なのだと誇ることが出来る。
信長としてはそんな子供達の想いなど露知らず。
現代的な視点で仕事が忙しくて構ってやれねえサラリーマンダディじゃねえかと負い目を抱いている。
これぜってー反抗期来るぜと思ってるのだが見当違いだ。
大体、この時代、普通の家ならばともかく武家に生まれた子ならば親との時間を多く作れぬのは当然。
それが大きな家であればあるほど。だから信長は気にし過ぎなのだ。
「それは嬉しい……って、そうじゃねえよ。いや、それもちょっと気になってたけどさ」
「じゃあ何よ?」
「いやほら、そん時が来たならば……俺と似たような思いはして欲しくねえなって」
好いているのだとしても、嫌っているのだとしても。
死んでしまえば二度と会えなくなるわけだ。
だから、その前に云いたいこと聞きたいこと、語り合っておいた方が良い。
「だからまあ、マーリンに後一年ぐらいで死ぬよーとか宣告された時はさ。
ガキ共集めて一晩中語り明かしてやろうか、とか形見に何くれてやろう? とか考えるわけじゃん? 父親としては」
「あらまあ御立派。常々思ってたけど子供に対してはあまりチャランポランなところを見せないのね」
「そりゃお前……俺みてえなガキに育ったら大変じゃん?」
別にチャラくなってしまっても構わない、遊び人になってしまっても弁えているのならばそれで良い。
とは云え自分のように人目を無視出来るのならばと云う但し書きがつく。
「俺みてえにさ。周り? 知らねえよって笑える図太さがあるなら楽しいけどそうじゃなきゃ虚しいぜ?
楽しく遊んでてもふとした瞬間に我に返るとか白けるじゃん?
それで白けた自分を認めたくなくて、周りの目なんか気にしてる自分を認めたくなくて誤魔化すようにはしゃぐ」
「心底虚しいわね」
「だろ? だったらまあ、ふっつーにまっとーな大人になった方が楽じゃん?
そっから息抜きって感じでチョコチョコ遊び覚えるなら……まあ、そうそうおかしなことにはならんだろうし」
それでも織田に生まれたと云う時点で色々と大変なことになるのは目に見えている。
特に嫡男である奇妙丸は、次代の織田家当主だ。
能力的にも立ち位置的にも奇妙丸以外ではちと足りない。
自分の後を継ぐなんてそりゃもう面倒だろうと、密かに同情している。
無論、少しでも軽くなるように相応の年齢になれば色々と教えたり、引き継ぐ際に色々と仕掛けもするつもりだ。
するつもりだが、それでも自分のように自由に振舞えはしないだろう。
そんな確信が信長にはあった。
「奇妙丸が生まれた時はさ、ハッキリ云って親父殿の苦労と云うか……まあ、悩み?
みたいなんもよく分からなかったが……親父殿が死んだことでこう、色々考えなきゃダメだなって思ったよマジで」
「それだけ色々考えてるのに、自分の緩い部分を直したりはしないのね」
「そこはそれ。親であり一人の人間でもある、それがこの俺織田信長だからして」
多少真面目になったからとて根っこの部分が変わるわけではない。
信長は筋金入りの自由主義者だ。
俺の生き方は俺が決める、そこは一貫して徹底している。
「大体さ、俺が今更真面目になっても気持ち悪いだろ?」
「ええ、とても。子供達が夜更かししてくれたら俺も色々話とか出来るんだけどなーとか云ってる信長様のままが一番よ」
夜更かししてくれたらなー、と云うのはあれだ。
女とエロいことする時間をほんの少しだけ割いてその時間を子供らに当てようと考えたのだ。
たかだか一時間にも満たない会話のために夜中に起こされてたまるかと云う話である。
信長は前世の職業柄プラス本人の性質的に夜が深まると元気になる。
マーリンや藤乃、帰蝶もまあ……エロいことする関係で夜になるとそわそわしだすけど子供達には関係ない。
「と云うか夜の時間は私達のものだから嫌よ」
男の性欲は勝手に開花するが、女の性欲は男によって開花させられると云う。
本当かどうかは分からないが信長の女達に限ってはその通りだ。
藤乃はまあ、ちょっと形が異なっているが性の芽生えに関わっているのは信長だ。
ねんねのマーリンや帰蝶に至っては云わずもがな。
信長クラスではないものの、かなり性欲が強い。
「お前もお前で親としての自分と一個人としての自分をしっかり区別してんじゃねえか」
「似たもの夫婦ね」
「じゃあ似たもの同士な帰蝶さんよ、お前はどうなんだい?」
親のこと、子育てのこと。
後者については自分よりもよっぽど働いているので心配は要らないだろう。
しかし夫婦でこんな語らいをしたことはなかったので丁度良い機会だと信長も話題に上げる。
「そうねえ……私の場合は母上、一回死に掛けたじゃない?
だからあの時に、別離と云うものについて考えはしたわ。
きっとその時が来れば沢山泣くと思う、けどそれも所詮は冷静な状態で推測してのこと。
実際にいざその時が来なければどうなるか分からないし、その時は必ず来るんだもの」
だから変に考え過ぎても意味がない、帰蝶はそう割り切っていた。
ドライと云うかクールと云うか、しかし如何にも彼女らしい考えだ。
似てはいるが、考え過ぎなきらいのある信長とは少しばかり違う。
まあ、帰蝶もその時が来れば信長のように懊悩するので結局は似たもの同士か。
「子育てや後のことについても、特に悩んだことはないわ」
「ほう……」
「先ず子育ての方針だけど、良いことをすれば褒めて悪いことをすれば叱る。
将来のために必要だと思うことを学ばせ、だからとて縛り付け過ぎないように適度に放任する。
色んな人と語らわせ視野を広げ、同時に人と云うものについても学ばせる。
質問には出来るだけ誠実に答えるけれど、直ぐには答えない。考える力を養わなきゃいけないもの。
後、なるべく子がその背を追いたくなるような親であろうとしているわ。子供の前では凛とした母親をやっているつもりよ」
淡々と語る帰蝶に信長は驚いた。
まさか此処までしっかり自分の教育方針を持っているとは思っていなかったのだ。
全面的に四六時中子育てをしているのならばともかく、帰蝶にだってやることは他にもある。
だからこそ此処まで確たるものを育んでいるとは思ってもみなかった。
「……すげえな」
「そう? そんなことはないわよ」
「いや、あんだけ明確に云い切れるってすげえぜ」
云うは易い行うは難しと云うが帰蝶は出来もしないことを口にする女ではない。
つまり、やっているのだ。今彼女自身が語ったことを総て。
「凄くないわよ、だって手本があったもの」
「手本?」
「ええ、母上って立派な手本がね」
良いことうすれば褒めて悪いことをすれば叱る。
将来のために必要なことを学ばせる、放任する、背を追いたくなる親であると云うのは道三を手本として実行しているものだ。
「私自身がそうだったもの、ただ少しだけ違うところもあったけどね。
私の場合は先ず母上に憧れて独自で色々勉強し始めたのを見て、母上がそれならと必要なことを学ばせる機会を作ってくれた。
まあ、そうやって育った私がダメならば子に同じことをしても意味はないけれど」
「けれど?」
「信長様が認めてくれたんだもの、だったら自分を誇っても良いでしょう?」
微かに笑う帰蝶、たまにしか笑わないが信長はこの笑顔が好きだった。
藤乃の笑顔がお日様の下で堂々と咲き誇る大輪の花ならば帰蝶は月光花。
月光を浴び、静かに綻ぶ花。それでも不思議と目を引く、どちらも甲乙つけ難い花である。
「照れることを云ってくれる」
「事実よ。で、人と語らわせたり考える力をって云うのは信長様よ。
信長様が家臣にしていることを参考にさせて貰ったわ。
その効果も如実に表れているわけだしこれも安心して子供達に実践出来る」
「あー……云われてみりゃやってるな、確かに俺」
「でしょ?」
「ああ。でもまあ、安心したわ。帰蝶がしっかり母親やってくれてるみたいで」
真面目な母親が居るのだ、これなら不真面目な父親がちょっと悪い遊びを教えても良いかもしれない。
と、少しだけ頭が柔らかくなった信長だった。
「夫の足りない部分を補うのが妻だもの、当然のことよ」
「当然と云い切れる辺り、やっぱり良い女だと思うぜ?」
とまあ何だかんだと良い雰囲気が流れ出す。
葬式の晩にやることかよ――などと云うのは通じない。
信長ならば、
『葬式の晩だからこそ命に満ちた行為をして明日からの活力とするべきじゃないかね?』
などと屁理屈をほざくだろうし。
「ちょ、ちょっと信長様……もう」
「何だかんだで受け入れてくれるお前が大好きだよ」
このように完全に出来た人間と云うわけではないが、この二人もまたそれなりに良い親と云えよう。
だからこそ子供達も真っ直ぐ育つはずだ、しかし――――生まれに起因して親の愛を受けられなかった子はどうなるのだろうか?




