42話
信長と帰蝶がラブラブ(意味深)している頃、宴会場では良い具合に盛り上がっていた。
美味い食事だけでなく芸者なども手配されておりザ・堅物の勝家ですら僅かに頬を緩ませているほどだ。
「いやはや、楽しいですね。とても葬儀の後とは思えませんよ」
「そうですねえ、半兵衛殿。でもまあ、葬儀自体も葬儀とは思えない盛り上がりでしたけどね」
くすくすと笑う藤乃、彼女の云う通り今回の葬儀は些か以上に型破りだった。
出席者の出で立ちもそうだが、その内容も。
一応坊さん呼んで念仏なんかもあげはしたがそれは十分とかからず終了でその後が本番だ。
信秀の若き日の武勇伝を演劇として上映。脚本を書いたのは信長の弟でもある長益。
信長自身が若き日の信秀を演じ、ヒロイン役には藤乃。
実際はヒロイン的な存在など皆無なのだろうが、娯楽要素を強めてあるので勿論改変した。
そしてライバル役には帰蝶が若き日の道三として登場。
本人的にも演劇とは云え尊敬する母を演じられて嬉しかったのだろう。
帰蝶は並々ならぬやる気に満ちていた。
ナレーション――語り手にはマーリンを。他の役者にはそれなりに器用にこなせる人材を起用。
民草にも大好評の演劇と相成った。
その後も花火を打ち上げたり、相撲大会や舞などこれでもかと明るい催しが続き今へと至る。
「ええ、他所でやれば不謹慎とも思えるものでしたが不思議と織田では……どうされました羽柴殿?」
急に黙り込んでしまった藤乃、真面目な顔で虚空を睨んでいる。
一体何ごとかと身構える半兵衛だが、
「……多分、今、信長様が帰蝶様とイチャついてます」
理由は実にしょうもなかった。ガチでしょうもない。
任地に戻る前に沢山可愛がってもらおうと決意する藤乃だった。
「羨ましいですね、お濃様」
そしてこのホモ兵衛はホモ兵衛で実に寂しそうな顔をしている。
幾度もアプローチしているのだが、生憎と信長はノーマル。
半兵衛の妖しい色気にも陥落せずケツを守護り通している。
「御婆ちゃん魔女に性転換の魔法でもかけてもらえばどうです?」
戯けたことを抜かす藤乃に、半兵衛はその手があったかと雷に打たれたかのような顔で驚きを露にする。
「そんな術は覚えてないわよ」
阿呆な話に思わずツッコミを入れてしまったマーリン。
「出来ませぬか魔女殿」
「えー……本気ぃ? いや、やろうと思えば出来るかもだけどぉ……」
基本、マーリンは何でも出来る。
しかし、だからと云って何でもやったことがあるかと云うとそれはまた別の話。
思い立ったように自身の成果を形にするのが魔道の徒。
新しい術の作成もその一環なのだが、これまで一度たりとも性転換の魔法などを生み出そうとは思わなかった。
「ま、まあ……そうね……乱世が終わるまで生きてたら研究してあげるわ。
だから身体を労わりなさいよ。今のところ特に死相なんかは浮かんでないけど肌真っ白だし」
首が千切れんほどの勢いで頷く半兵衛にドン引きするマーリンだった。
「ところでお猿さん、真面目な話になるのだけど」
「何です?」
「この間、謀反を起こして寝返って来た黒田とか云うの居るじゃない?」
「ああはいはい、官兵衛ですね官兵衛」
安土城建設が始まる少し前のことであった。
反信長包囲網に参加している播磨国の赤松家で謀反が勃発。
御家を乗っ取った者の名は黒田官兵衛。
彼女は奪った領土を手土産に織田へと降伏し官兵衛自身は信長の直臣に。
信長は献上された領土をそのまま藤乃に放り投げこれまでの便利屋司令官から中国方面、つまり毛利に対する方面軍司令官として任命。
とは云っても上杉攻めの際には藤乃も参加させるつもりなので彼女自身は未だに今浜改め長浜城を居城としているが。
なので藤乃は自分の代理として中国方面には与力として信長に与えられた官兵衛を配置。
あちらの情勢にも詳しいだろうしとの判断だが……。
「私は直に見る機会がなかったからあれなんだけど……どうなの? 出来る子?」
「ええ、それこそ半兵衛殿と同じくらいに出来ると思いますよ。ただまあ半兵衛殿と違って野心もりもりですけどね」
「それって大丈夫なのかしら?」
「大丈夫ですよ、勝てない勝負はしない性質のようですし」
だから織田で謀反を起こされる心配はないだろう。
幾ら藤乃の代理としてそれなりの領土と兵力を任されていたとしても。
「上手く御せれば使い続けられますよ。ただまあ、問題なのは……」
「松永久秀、ですね?」
藤乃の言葉を引き継ぎ、答えを口にする半兵衛。
彼とても久秀の不穏な動きについて少々気になっていたのだ。
ちなみに、久秀はあれこれと理由をつけて今回の葬儀に出席していなかったりする。
「はい。あれって多分……裏切りますよね?」
「でしょうね」
そしてそのことに信長が気付いていないわけがない。
二人にはどうして放置しているのかが分からなかった。
「信長様ならあの梟雄も上手く使えると思うんですよね、でもそう云う素振りを全然見せないと云うか……」
唸る藤乃、半兵衛もまた同意見だった。
信長であれば松永弾正久秀と云う得たいの知れぬ輩も上手く使いこなせるはずだ。
使いこなせばかなり役に立つだろう、彼女の能力については藤乃も半兵衛も認めている。
だが、上手く使いこなそうと思えばそれなりに手間もかけねばならない。
しかし、信長にそのような素振りはまるで見えなかった。怠慢――と云うことはないだろう。
それは一番あり得ない選択肢だ。
緩いところも多々あるし、傍目にはそうと分からぬよう振舞っているので分かり難いが信長は勤勉だ。
これまでの事実を並べていけばそれは明白。
打てる手は必ず打つ、やるべきことはしっかりやっておく。
そうして繋がった今がある以上、久秀のことでも手を抜くとは思えない。
「裏切らせることにどんな意味があるのかはともかくとして。
信長様がさして久秀に情を見せない、と云うか事務的な付き合いしかしていない理由は分かるわよ」
二人の会話を聞いていたマーリンがそう云うと二人は少し意外そうな顔をした。
「どう云うことですか御婆ちゃん?」
「そうねえ……お猿さん、それに半兵衛殿。
あなた達、自分と誰かを比べてダメな奴だとか大丈夫、自分は奴より優れてるとか考えたことある?」
『無いですね』
キッパリとそう云い切った。
二人はその手の妬み嫉みや非生産的な心の慰めをしたことがない。
「そう、良いことだわ。じゃあもうひとつ質問、その上であなた達は自分に自信を持っているかしら?』
『当然』
今日までに積み上げて来た色んなものがあって、それが形作る自分に誇りを持っている。
そう云い切れる、信じ切れる藤乃と半兵衛は健全な人間と云えよう。
しかし、世の中そう云う人間ばかりではないのだ。
「つまりはそう云うことよ。総ては語らないわ。自分なりに考えてみると良いんじゃない?」
マーリンも伊達に千年を生きてはいない。
多くの人間を眺めて来た彼女だからこそ、久秀と云う人間についても理解を示せる。
そして、信長が考えていることも。
情を以って接しないのは、久秀が変わらぬ限り毒にしかなり得ない人間だから。
「ふむ……よく分かりませんが、まあ暇な時にでも思いを巡らせてみましょう。
ですが一つ、裏切らせると云う言葉で意図は分かりました。
何とも酷と云うべきか……信長様らしくはないと云うか……ああいや、理由が分かれば納得するのでしょうね」
信長やマーリンが見ている久秀像を理解すれば分かることなのかもしれない。
半兵衛の言葉は間違っていない、理解してしまえばそれぐらいしか使い道が無いことも。
一方、藤乃もまた半兵衛と同じように久秀を裏切らせる意図については理解した。
そして確かにらしくないと思ったが、久秀など別にどうでも良いのでそこまで気にすることはなかった。
「と云うかこんな席で血生臭い話題は止めましょうよ」
「振ったのあなたじゃないの、お猿さん。それに、暗いのは此処だけじゃないみたいよ?」
云ってマーリンは隅っこに座っている光秀を見やる。
誰とも話さず、静かに盃を傾けている彼の顔は暗い。
マーリンも藤乃も信長から光秀に覚えた違和感の話はされている。
されているのでそれとなく気にしていたのだが何も掴めずに今日にまで至ってしまっている。
本当に何かあるのかな? と首を傾げるが他ならぬ信長の勘だ。
信長を愛しているからと云う理由だけでなく、その勘働きについては男と女の関係を抜きにしても認めている。
だからこそ何かあるのだろうが何一つとして見抜けていない。
「(慰める振りして話しかけてみましょうかねえ)」
と考える藤乃。
心が落ち込んでいる時と云うのは案外本音が出やすいもの。
良い機会だしと探りを入れてみようかと考えた藤乃だが、それよりも先に動いた者が居た。
「どうしましたか明智殿」
「……ああ、徳川殿ですか」
竹千代だ。
竹千代もマーリン、藤乃、帰蝶と同じく信長から全幅の信を置かれている存在だ。
それゆえ光秀のことも聞いており、藤乃と同じ意図を以って光秀に接触した。
「いえ、少し信長様が心配になりまして……」
「ほう、信長様が?」
「はい。あの御方は強い、誰よりも御強い」
言葉とは裏腹に光秀の声は実に弱弱しい。
「だからこそ、心配なのです。強過ぎるがゆえに、何でも背負い込んでしまう。
逝ってしまった者の想い、託された者、他者からの期待。何一つとして捨てられぬまま歩き続けているように見える。
余人ならば早晩潰れてしまうような重荷でさえ、背負い切って歩き出せてしまう」
それは果たして幸福と呼べるのだろうか? 光秀がそんな疑問を投げかける。
「潰れる、諦める、逃げる、折れる、それもまた一つの道ではないでしょうか?
確かにそうなってしまえば悲しくはあるし、虚しくもある。ですが、楽にもなれる。
いいえ、実際に折れずとも折れると云う選択肢を用意しておくだけでも随分楽になれましょう。
しかし信長様はハナからそのような選択肢を潰し自らの逃げ道を塞いでいる」
そうすることで必ず成し遂げようと自分を追い詰めているのだ。
常人ならばそこで耐え切れずに自壊してしまう。
しかし、そこで自壊することが出来ないのが織田信長と云う人間である。
「どんなに辛いことがあっても、どんなに苦しいことがあっても、どんなに悲しいことがあっても。
ロクにその感情に浸ることも出来ぬまま、直ぐに歩き出してしまう。
立ち止まり、そうやって素直に悲しむこともまた人にとっては重要な儀式でしょう。
それすら満足に出来ぬまま、背負っているものがあるからと己に鞭を打ち追い立てられるように前へ前へ」
項垂れる光秀と、それに気付かぬまま盛り上がる周囲。
声が小さいことと、マーリンが空気を壊さぬようにと認識を弄くっているからこそのアンバランス。
「酷く苛烈で、酷く不幸な生き方だと……私にはそう思えてならぬのです」
同時に、口にはしなかったが光秀は周囲の人間にも苦々しい想いを抱いている。
少しは楽になっても良いのだとと云ってやれないのだ。
頼り切り、流石は信長様! と持ち上げれば持ち上げるほどに信長は後戻りが出来なくなってしまう。
どうして皆、追い詰めてしまうんだ。
どうして皆、追い詰めていることに気付かないんだ。
珍しく深酒をしたことで光秀は溜まっていた鬱憤を抑さえ切れなくなっていた。
それでもまあ、周囲の無理解を言葉にしない辺り理性は働いているようだが。
「――――人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くがごとし」
そんな光秀のやりきれない想いに、竹千代は静かに答えを返した。
「明智殿の仰ることも正しくはあります。
しかしそれはことの本質を突いているわけではなく、あくまで一面に御座りましょう」
そこだけを見つめてしまうから不幸だ不幸だと哀れんでしまうのだ。
「重き荷を負い、果ての見えぬ道を往くのは苦しくもありましょう。だからとてそれだけでは御座りませぬ。
艱難辛苦にのみ彩られているわけではないのです生と云う名の道は。
遠き道、その道中には辛いものもありますが同時に喜びや楽しみ、幸せなども存在している。
真っ直ぐ前だけを見て歩いて往けば、それがのんびりとした歩みであろうとも必ず良きものにも出会えまする」
移り変わる景色を眺め、一歩一歩進んで往けば良いのだ。
そうすれば今どれだけ辛くたっても耐えられる。
先にある幸福を信じて進み続ければ必ず出会える。
「今日までの幸福を心に刻み付け、今日から先に訪れるであろう幸福を信じる。
だからこそどんなに辛い道でも希望を以って進める、そしてそれは決して不幸なことでは御座りませぬ。
私は幼少の頃、信長様にそう教わり申した。信長様と一時別れてからも、その言葉があったから耐えられた」
耐えて耐えて、そしてまた信長と出会うことが出来た。
「だから、信長様を憐れだ憐れだと決め付けるのは間違いではないかと思うのです」
一歩踏み込んで理解に努めよう。
憐れだ、可哀想だ、確かにそう云う面もあるがそれだけではないことを知っている。
知っているからこそ竹千代は安心して信長を見つめていられるのだ。
それはマーリンや藤乃、帰蝶も同じである。
難儀だと思いながらも、だからとて不幸だなどと決め付けてはいない。
自分達が傍に居るし、精一杯の愛を注いでいるのだ。幸せが一つ二つ、沢山増えますようにと。
信長は良い女に愛されて幸せだと笑ってくれる、ならば余人に勝手は云わせない。
不幸だ不幸だと一面だけを見つめて憐れむなど見当違いだ。
「……成るほど」
と、頷く光秀だったが納得していないことは誰の目にも明らかだった。




