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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いて天下布武る俺――  作者: 曖昧


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35/82

35話

 各地で誰もが織田の存在に頭を痛めている中、当事者達は至って楽観的だった。

 信長のホームたる岐阜では武士も民も皆、誰もが信じ切っている。

 我らが殿様、織田信長が乱世を終わらせてくれることを。

 名だけではなく中身も伴った実績を積み上げているので疑う余地が無いのだ。

 それゆえ民の中には、


『わしゃあ、まだまだ生きるぞい。信長様が天下を獲るその日まで死ねんのじゃあ!』


 などと云う者まで居る始末。

 数年、もしくは十数年で乱世は終わる。

 織田領内の人間にとってはそれが共通認識だった。

 否、織田領内だけではない。全国各地でそのような認識が広まりつつある。

 実績に裏打ちされた信長の天下統一宣言は、この上ない力を持っていた。


 織田の勢いを止める者は何処にも居ない。

 さりとて、降伏などと云う手段を選ばせてくれるほどに信長は決して優しくはない。

 真綿で首を絞められているような状況の中で喘ぎ続ける可哀想な他勢力。

 一方の織田は序盤の辛さを乗り切ったので、悠々と侵略行為を続けていた。


 信長が留守の際に全権を預けられる帰蝶もすっかり慣れたもので、当初の強張りはまったくない。

 今では城に詰めることもなく居住専用の屋敷でのんびりと子育てをしたり手習いをしていた。

 今日などは駿河よりお越しの早川殿や小一郎こと最近改名した秀長の妻であるねねと共に茶をしばいているほどに余裕だ。

 ちなみに史実においてねねは秀吉の妻なのだが、藤乃はノーマルなので当然の如くにくっついてはいない。


「帰蝶様、先の武田侵攻の折にはまことに……」

「良いのよ、お礼なんて。助けるのは当然だし、氏真殿の英断あったからこそだもの。信長様も同じことを仰るわ」


 早川殿が岐阜を訪れた理由は、礼を尽くすためだ。

 それなりに時間は経っているが、信長――と云うより家中が慌しかったので伸び伸びになってしまった。

 無論、文で感謝の言葉を送ったり現地にやって来た藤乃らにも感謝したがやはり直接。

 そう考えてしまう辺り、教養人たる氏真の妻らしい礼儀に満ちた姿勢だ。

 夫氏真は何があるのか分からないので駿河を離れられないがせめて自分だけでも。

 それほどまでに今川夫妻は先のことを感謝していた。


「いえ、だとしても寛大な処置もくださり何とお礼を申して良いのやら」


 駿河に留まっていれば勝てなかったとは云え、領土を放棄したのだ。

 信秀の提案ではあるが最終的に氏真の決定。

 軍権を手離したり領土を放棄したりと、統治者として不適格と見做されても不思議ではなかった。

 しかし、領土を削るどころか奪い返したものをそのまま今川に返還、その上氏真は恩賞まで賜った。

 実にありがたいことだ。


「駿河のこと? それも気にするようなことではないでしょう」


 氏真が軍権を一時的にとは云え手離す英断が織田の危機を救ったからで信長からすれば当然のこと。

 合理的に考えて最善の判断をしたまで。


「今川を併呑する際に信長様自らが仰ったじゃないの、信賞必罰はしっかりするって。

謙虚なのは良いけれど、自分達のこともしっかり認めてあげなさいな。氏真殿は確かな働きをしたのだし」

「……ありがとうございます」


 花のかんばせを綻ばせる早川殿。正に大和撫子と云わざるを得ない。

 兄貴の褌でオ●ニーしたりする妹や、前線で鉄砲を撃ちまくる似非御姫様とは全然違う。


「まあでも、一度直接お礼を云わないと早川殿も気が済まないでしょうしね。

とりあえず信長様が帰って来るまではゆっくりとしてちょうだいな」

「はい、御世話になります」

「ええ……ところでおねねはまだ戻らないのかしら?」


 先ほど丁度良い菓子があるのを思い出したと城下まで買いに行ってしまったねね。

 彼女が菓子を持って来るならと茶だけで我慢していたのだがそろそろ口寂しい。


「慌しい子なんだから……ふぅ」

「ふふふ、元気があってよろしいではないですか」

「元気過ぎるのもどうかと思うけれどね」


 その通りだ。

 自ら最前線の砦に詰めて敵兵相手に種子島を乱射するぐらい元気があるともう手がつけられない。

 家臣達のストマックに重篤な負荷を与えてしまう。


「帰蝶様! 早川殿、ただいま戻りました!!」


 元気の良い声が入り口から聞こえる。

 二人は顔を見合わせ微かに苦笑を浮かべ、ねねを迎えた。


「おかえりなさい、おねね。それで、何を買って来たの?」

「南蛮菓子に御座います。帰蝶様はかすていらはもう御賞味なされましたよね?

それでも早川殿は無いと思いましたので、かすていらと帰蝶様用に真新しい菓子も買って来ました」


 流石に気が利く女だ。

 器量良しの羽柴一族の男がぞっこんになるだけあって気配りが細かい。


「良い判断じゃないの。流石じゃない、おねね」

「ねねを持ち上げたところで何も出ませんよ」

「こう云うやり取りは普通逆じゃないかしら? いやまあ良いけれど」

「ささ、早川殿。焼き立てだそうで、お熱いうちにお召し上がりくださいませ」

「ありがとうございます。これはまた、何ともふわふわとした……」


 茶菓子も揃い、このティータイムに隙はなくなった。

 どの時代もやはり、女性と云うのは甘いものを好むようで、早川殿やねねは当然として帰蝶ですら微かに微笑んでいる。

 基本的に表情が無いので、こう云う顔を見られるのは実に稀だ。


「ところで帰蝶様、おねね様、信長様は観音寺に新たな城を御築きになられているとかで」

「ええ、だから留守にしているんだし。でもまあ、数日中には戻ると云っていたわね。もう少し待ってちょうだい」

「あ、いえそう云うことではなく。観音寺城をそのまま利用しなかったのは何故かなと思いまして」


 観音寺城を解体し、安土城を一から築城している真っ最中なのだ。

 しかし、そのようなことをせずとも多少の改修を加えるだけで良かったのでは?


「それはですね、おねねが見るに信長様はまたぞろ他勢力へ精神的重圧をかけようとしているんだと思いますよ」

「精神的、重圧ですか?」

「はい! 岐阜よりも京に近く、琵琶湖の水運事業などを手掛けるためなどの理由もありますが……」


 正解ですか? と帰蝶に伺いを立てるねね。


「ええ、その通りよ。京に睨みを利かせるためや琵琶湖関連の事業と云う理由も勿論あるわ。

だけどそれ以上に、あそこにこれまで類を見ない荘厳華麗な城を築けば民草はどう思うかしら?」


 人々は改めて思うだろう。

 やはり聖剣エクスカリバーを担う、勇躍目覚しい信長こそがこの日ノ本の王なのであると。


「自領土の人間はやはり信長様は正しいのだと、この人に就いて行けば間違いはないのだと思うわ。

それ以外の敵対している勢力の――末端の人間はこう思うでしょう『どうしてうちの殿様は……』と」


 ようは厭戦気分を撒き散らして、更にガタガタにしてやろうと云う狙いがあるのだ。

 そうして追い詰めて追い詰めて、でも降伏出来なくて……さあ、どうなる? 決まってる自棄になるのだ。

 自棄になった人間は怖い? いいや、怖くはない。

 冷静に対処してやれば全然怖くはないし、むしろ相手取るのならばやり易い部類だ。


「成るほど、色々と考えておられるのですね」

「そうね……でも、正直どうかと思うこともあるわ」

「と、云いますと?」

「四六時中やあれやこれや考えているんだもの。休む機会があるのかしら……ってね」


 信長は貪欲だ。

 呪いのような夢に突き動かされ、常に走り続けている。

 必ず天下をこの手に、と云う執念が休む暇を与えていない。


「それこそ、普通に寝てる時とか私や藤乃、マーリンを抱いている時以外はずーっと、よ?」


 とは云ってもエロいことをしている最中は信長も考えごとはしていない。

 純粋にエロいことを楽しんでいるのだが、それはそれで身体が休まっていないわけで。


「本人は苦にも思っていないんでしょうけど、傍から見ていると時々心配になるわ。

こうやって私にも色々と任せてくれているとは云え、何のかんのと気遣ってくれてるから負担もそこまで減らせていないような気がするし」


 ふぅ、と溜息を吐く帰蝶だが早川殿とねねは何故だかニヤニヤとしている。


「? 何よ」


 今の会話の何処に笑う場所があったのか。

 少しばかり不機嫌になる帰蝶だが、


「いえ、本当に仲がよろしいのだなと思いまして。ふふ、羨ましいです」

「はい。夫婦としては帰蝶様の方が先輩だからねねも見習いたいぐらいです」


 結婚して随分経つのに、未だにラブラブ。

 他所の話を聞いていると少しばかりダレて来てなあなあな乾いた感じになっているのが多いのに帰蝶達にはそれがない。


「……からかわないで頂戴。それに、あなた達も夫婦仲は良いでしょう?」


 クールフェイスにほんの少しだけ朱が差した。

 もっと私に惚れさせてやるなどと素面で云える帰蝶だが、こうやって他人に指摘されるのは恥ずかしいようだ。


「それはまあ、ねねのところはまだまだ新婚ですから。

とは云え、それでも時々冷たいなーって思っちゃう時もありますし」

「そうですね。私も氏真と寄り添ってそれなりの時間が経ちますけど、御二人ほどは」


 色々な方面で有名な信長だが、その一つに愛妻っぷりがある。

 正妻の帰蝶は当然として公認状態の内縁の妻状態にある竹千代やマーリン、藤乃らに対する配慮を決して欠かさない。

 例え糞忙しい最中でも二人きりの時間が取れるように調整しているし、記念日などには必ずプレゼントも贈っている。

 信長本人は別に吹聴していないのだが、女達からすれば嬉しいことでついつい自慢したくなるのだ。


 それでポロっと漏らしてそれが噂になって広まっていき、愛妻家としても知られるようになった。

 まあ、女性関係にマメなのは前世の職業病を未だに引き摺っているからと云う面もあるのだが。

 ちなみに内縁状態の三人だが、天下を獲れば正式な側室にすることは決定している。

 現段階でそうなっていないのは竹千代は元康がまだ幼く家を任せられないから。


 藤乃はまだ身軽な状態の方があれやれこれやと動けると云う理由から。

 マーリンは側室待ち状態の子が居るのに一人だけ先にと云うのは申し訳ないと思っているからだ。

 ちなみに子を設けてはいるが微妙な関係である昌幸に対しては文以外は送っていない。

 流石にプレゼントなどを贈ってしまうと密通がバレてしまうので、イチャイチャするのは武田滅亡後である。


「と云うわけで帰蝶様。夫婦円満の秘訣なんかをねねにご教授してくれませんか?」

「あ、私も興味がありますわ」

「夫婦円満の秘訣って云われてもね……」


 ますます帰蝶の頬に差した朱色が深くなっていく。


「褒めてくれるのは嬉しいのだけど、私達だって何も最初からこうではなかったのよ?」


 新婚時代のことを思い出せば顔から火が出そうなくらいに恥ずかしい。

 それでもすれ違いもあったからこその今だと思うから忘れることも出来ず。


「だって私、初夜の時に信長様を殺そうとしてたし。滅茶苦茶嫌いだったもの、信長様のこと」

『え』


 突然のカミングアウトに思わず目が点になってしまう。

 それほどの衝撃発言だったのだ。


「う、嘘ですよね?」


 今のおしどり状態を知っているだけにとても信じられない。


「ねね、私が嘘や冗談を云う人間に見える? 嘘だと思うのなら信長様に聞いて御覧なさい」


 ケラケラと笑いながら肯定してくれるはずだ。

 信長にとってもうつけ時代のことで申し訳ない思いが沸いて来るのだが、彼はそれはそれで思い出の一つだと割り切っている。

 割り切って受け入れているからこそ笑い話にだって出来るのだ。


「初めて肌を重ねたのだって、結局桶狭間の戦いが終わった日のことだもの」

「じゃ、じゃあどうやって今みたいな状態に……」


 早川殿には殺したいぐらい嫌っている状態から今のラブラブ状態へと辿り着く道筋がまったく見えなかった。


「んー……そうねえ……私、子供だったのよ。幼稚で、くだらぬものに凝り固まっていた子供。

信長様はそれを看破していて、あっと云う間に私を丸裸にしたわ。私はそこで更に怒って、結局は溝が開いてしまった。

でも、責任が私だけにあるのかと云えばそれはまた別。信長様も己の本心を隠していたんだもの。

自らの本心を明かそうとすることもなく、上っ面しか見せようとせず私も上っ面しか見えていなかった。

だとしても、一方的に暴き立てられたのだから良い気分ではないわ。

まあ、先に私が仕掛けたのだから罰でもあるのだけど、だとしても自分をまったく晒さない人間を良くは思わないでしょう?」


 うつけの仮面を被って夫婦関係をなあなあにしようとしていた。

 それは事実で、信長にも非は存在している。


「私達夫婦はそうやって、対立から始まったの。

だけど、信長様が一歩歩み寄ってくれて……だから私も信長様を知ろうと思えて……」


 少しだけ距離が縮まった。

 本当に本当に恥ずかしい思い出だ。

 あの頃の自分は本当に未熟で、しかし未熟な時間も決して無駄ではなかった。


「その中で学んだことを教えてあげる。良い関係を築きたいのならば自分を信じ、そして互いを尊重し続けること。

相手を想い、相手に想われて、だからと云ってそこに胡坐を掻くことなくずっと努力をしていく。

互いに努力を怠ることなく、日々を重ねていけば自然と良い夫婦になれるのではないかしら?

私達は何も一直線に今へと至ったわけじゃないの。遠回りしながらようやく辿り着けたのよ、この場所にね」


 だから大切にしようと想う。

 遠回りの果てに辿り着いた掛け替えの無い居場所。


「私は大切にしたいと想う、だからこそ相手を尊重し続ける努力は苦にならない。

そして、信長様もそう想ってくれているからこそ私を尊重し続けてくれているの」


 夫婦円満の秘訣と云うのならばそれだ。

 相手を思いやる、言葉にすれば本当に本当に簡単なもの。

 そして行動に移すと途端に難しくなってしまうもの。


「……成るほど、深いですね」


 早川殿が感慨深く頷く。

 帰蝶はそこで素面に返り、恥ずかしくなったのか話題を逸らそうと口を開く。


「後はまあ、夜の戦上手と云うのもあるわね……詳しく、聞きたい?」

『ぜ、是非!』


 妻達の女子会はまだまだ終わらない。

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