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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いて天下布武る俺――  作者: 曖昧


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34話

 さて、後継者が苦悩しているのは何も越後の景勝だけではない。

 甲斐でもまた、虎の後継者たる勝頼が現状を憂いていた。

 躑躅ヶ崎館の物見台に上り、城下町を眺めているのだが見ているようで見ていない。

 視界に町を映しながらも頭の中はこれからの武田でいっぱいだった。


「一体、どうすれば良いのだ……」


 此方は景勝と違い、信長についてそこまで掘り下げているわけではない。

 もしも掘り下げていたのならば別の道も見つかったかもしれないが、彼は見つけられぬままいずれ……。


「父上が倒れ、某が代行になってはいるが家中の不安はまるで収まらん」


 浅井・朝倉の挟撃による金ヶ崎での敗北。

 あそこから織田はしばらく圧され気味になり、反撃の間まで領土を縮小させていくと思っていた。

 しかし、その予想は悉く外れてしまう。必勝を期して三河まで食い込めるかと思っていた西進戦略。

 信玄の絵図を聞かされた時、勝頼も家中も沸き立った。


 しかし、後で知った氏真の英断により第一手目から躓いてしまった。

 尾張の虎に軍権を預け、軍をまとめてさっさと三河の徳川へと撤退。

 武田が駿河に侵攻した時には今川家の人間は全員脱していた。

 これにより、対北条を視野に入れた早川殿の確保は不可能になり、


「……前門の織田、後門の北条。虎が挟まれ身を竦めるとは笑えもしない」


 北条は明確な敵対状態になってしまった。

 元々、北条だけは立地と云うのを除いても反信長包囲網に積極的ではなかった。

 その証拠に北条家当主相模の獅子、北条氏康は義昭の書状を握り潰している。

 織田に知らせると云う真似こそしなかったが、各勢力が一斉に宣戦布告した際も静観。


 それはひとえに娘の早川殿と娘婿の今川氏真が織田家の人間になっていたから。

 早川殿は筆まめな人間で、よく氏康に向けて近況報告などを行っていた。

 不自由なく暮らせているようだし、今川家自体も織田傘下の状態に不満を持っていない。

 少なくとも氏真はこれで良かったのだと笑っていると云う。


 だからこそ、取り戻そうなどと強硬手段に出ることもなく見守っていた。

 ただ、氏康とて馬鹿親ではない。天下に名を轟かせる大大名である。

 織田は別に嫌いではないが、それはそれとして反信長包囲網が始まってしまえば北条としてもチャンス。

 密かに救助隊を出して早川殿と氏真を救出して自家にて保護。


 信長潰しに躍起になって後背が疎かになっている上杉や武田を狙い領土を増やすつもりでいた。

 それゆえ義昭から書状が届いた件は黙殺していたのだが、信長は見事苦境を切り抜ける。

 そこからの大反撃を見て、敵対は悪手と取った。

 信長の名声の高まりは異常だ。聡明な為政者である氏康は自領の民心が離れることを恐れた。


 此処で敵対したのならば、北条の強みが一つ消えてしまう――と。

 それに、信長叩きに夢中なところを攻めると云う案は消えたが現状は現状で悪くはない。

 何せ武田に対する攻め込むための名分を手に入れたのだから。

 氏康は信玄が病床に就いたことを知るや即座に武田に対して宣戦を布告。


『我が娘と娘婿が居る駿河を攻めた、それは三国同盟に対する裏切りに他ならぬ』


 と。

 自家、或いは上杉と同盟していても武田領土への侵攻は迷いどころだった。

 しかし、今回は織田が居る。


『ねえねえ、お前んとこにも書状来てたんじゃねえの? 何で黙ってたの? ねえ、ねえ?』


 と、信長にツッコまれては困るので正式な同盟等の申し入れはしていない。

 実際証拠なんて何もなくても、信長は難癖をつけるのが上手いから。

 それでも北条が攻めればこれを好機と見て織田も動くはず。

 そう判断して幾らか武田領土を切り取ってそれを手土産に謝罪し、同盟を申し入れようとしていた。


 新規獲得領土は無いものの、織田と手を結ぶことが出来れば次代は安泰。

 第六天魔は敵に回せば恐ろしくはあるが、味方にしてしまえばこれほど心強い者は居ない。

 同盟を結べば後は関東の周辺勢力を攻めて領土を拡大し、同盟後でも下手に難癖をつけられないように……。

 まあ、信玄と同じようなことを考えていた。

 で、元気良く攻めて来ている北条だが……。


『オッサンのくせえ下心が匂うので遠慮するプー』


 信長は敢えて動かず。

 中央を完全に握り、反信長包囲網を総て食い破った後、信長は北条征伐を行うつもりでいた。

 関東に大勢力を存続させておくつもりなど毛頭無いのだ。

 それゆえ連携なんて知るか馬鹿! な状態なのである。

 また、武田方面軍を任されているタッキーも……。


『信長様ならば、動かんでしょうなぁ。いやいや、そんなことより内政内政』


 と、信長の指示を待つまでもなく静観を決め込む。

 同じく武田領土を狙っている竹千代も、


『以下同文』


 とばかりに静観。

 信長から北条征伐のことについても聞かされているがゆえに、北条と仲良しこよしをするつもりはないのだ。

 此処で味方になられてしまったら関東に領土を伸ばせないから。

 結果として氏康の思惑は空振り。難癖をつけられることを嫌い直接連絡を取らなかったがゆえのミスである。

 相模の獅子も老齢、信玄と同じく焦っているのだろう。

 とは云え織田方の思惑など知らぬ氏康はちょこちょこ甲斐や信濃に侵攻しているのだが……。


「笑えもしない、がどう云うわけか織田は動いておらん。北条だけならば幾らでも追い返せる」


 バリバリ最強武田家臣団がその悉くを退けている。


「が、何時までも織田が静観をしているわけでもない……不気味な沈黙の理由は何なのだ……?」


 勝頼は考えた、仮に信玄を警戒してのことだとしたら――と。

 最早余命幾許もない信玄と、時間が残されている信長。

 我慢比べをすればどちらが勝つかなど明白。


「父上が死去した際、その死を包み隠せばしばしの時は稼げるだろうが……」


 根本的な解決にはならない。

 では降伏するのか? 無理だ、八割も九割も領土を渡せるか? 誰も納得しない。

 勝頼自身もふざけるな! と思っているのだから。


「最低でも、一戦して痛手を与えてから譲歩を引き出すしかないが……出来るか、某に……」


 家臣は粒揃いなれど、信玄の統率なくして今の織田相手に痛手など与えられるだろうか。


「無理だ……俺は、父上には及ばん……」


 虎の後継者と目されているがそれは正嫡である武田義信が廃嫡されたから。

 勝頼は元々庶子で継承権なんて持っていなかったのだ。

 継承権を得てしまったのは他に適任が居なかったから。

 それでも、こんなことになる前までは勝頼もやる気に満ち満ちていた。

 虎の後継として恥じぬよう、名を轟かせてみせる――と。


 しかし、三方ヶ原の一件以来勝頼はすっかり消沈していた。

 恐ろしい、ひたすらに恐ろしいのだ。

 あのような化け物をどうやって止める? 信玄ほどの男でも完全にやり込められなかったのに。

 どうして信玄に劣る自分が信長と渡り合えようか。


 誰かが笑っている陰で誰かが泣いている。

 幸福の総量が決まっているのだとすれば、その恩恵に預かれなかったのが勝頼だ。

 決して無能な人間ではないのに……運が悪かったとしか云いようがない。

 父親はチートタイガーこと武田信玄、父親のライバルは越後のドラゴン。


 そんなタイガー&ドラゴンだけならまだしも近隣には東海一の弓取り今川義元。

 相模の獅子北条氏康などチート&チート揃い。

 世代は違うものの、チート勢の現役と重なっているし、旧いチートが死んだとしても新しいチートが出て来る。

 尾張のうつけも今や昔、万能系だが人心操作と云う特化部分も持っているハイパーチート第六天魔王織田信長(美濃在住)。


 何でも出来ます! と云う言葉通りに何でもこなせてしまうチートモンキー羽柴秀吉(近江在住)。

 同じく万能系の戦国狸合戦ポーンポコォ! 徳川家康(三河在住)。

 前にも後ろにもチート&チート。

 まあ、戦国三英傑と同じ時代を生きた者は皆不運と云えば不運なので勝頼が特別と云うわけでもないのだが……。


「上杉……上杉と同盟を組む、か?」


 名目上の旗頭たる足利義昭に呼応し、反信長を掲げてはいるがあくまで不可侵と云うだけ。

 正式な同盟などは締結されておらず武田と上杉は微妙な関係だ。

 と云うか金ヶ崎の少し前に信長自身が両勢力の仲立ちをしていたりしたのであくまで停戦状態なだけ。

 一応は信長と云う大敵が居るので上杉とは戦をしていないが、切っ掛けがあれば直ぐに始まるだろう。

 そうして信濃を獲ったり獲られたりと泥試合へと流れ込んでしまうこと請け合いだ。


「いやダメだ。謙信にとって某は若造も若造。対等な同盟など結べようはずもない」


 あちらも世代交代間近であったのならば、軍神の後継者上杉景勝に密書を送るのに……。

 と歯痒い思いをしている勝頼だが、世代交代間近であっても生憎とその手は通じないだろう。

 景勝は信長を深く洞察し、その上で何が最善かを模索し上杉を継続させようと考えている。

 滅びたくないし領土も削られたくないからどうにかしようと思案している勝頼とは視点が違うのだ。

 それゆえ、交わることは決してない。


「――――ああ、此処に居られましたか」

「む、昌幸か……」


 物見台に気配が近付いて来た、振り返ってみればそこには昌幸が居た。

 甲冑をつけ、あちこち傷だらけで泥だらけ。

 しかしそれも当然だ、戦から帰って来たばかりなのだから。


「このようなナリで失礼、一刻も早く御報告に参ろうと考えた次第で……」

「ああいや、分かっている。お前は律儀者だからな」


 自分がここのところ、かなり悩んでいるのは昌幸にもバレている。

 だからこそ彼女は少しでも憂いを晴らすべく吉報を直ぐに届けに来たのだ。

 女だから身なりにも気を遣いたいだろうに、それに使う時間すらも惜しんで。

 勝頼はこうして実直な忠を向けてくれる昌幸など一部の家臣と語らう時間が何よりも好きだった。

 この瞬間だけは、憂いを忘れて素直に喜びを表現出来るから。


「勝ったみたいだな」


 北条の侵攻は何も一箇所だけではない。

 昌幸に任せていた戦線は勝利に終わったのだろうが一応の確認だ。


「はい、被害も軽微。完勝と云ってもよろしいかと。呼応して他の戦場でも流れが変わるでしょう」

「うむ、よくやった。流石は知将、真田昌幸よな」

「勿体なき御言葉」


 恭しい一礼、何処からどう見ても忠臣にしか見えない。

 一体誰がこの女を獅子身中の虫と見做すだろうか。

 信長どころか付き合いが深い信玄すらも欺いてのけているのだ。

 彼らよりも劣る勝頼が気付けるはずもない。


「此度の戦にて私が率いていた兵達はしばし休ませてあげてください」

「分かっている、お前も……」

「いえ、私はまだまだ戦えます。兵さえ換えて戴けるのならば今直ぐにでも各所の増援に向かいますので」

「昌幸、お前は……」


 涙が出そうになる。

 彼女の父や兄もそうだが、それ以上に滅私で尽くし続けてくれている昌幸。

 姉のように尊敬している彼女に対して自分は一体何を返してやれているのだろうか。


「……すまん、苦労ばかりかけてしまう」

「何を仰いますか。どうぞ、御気になさらず。さて、どちらに向かいましょうか?」

「お前ほどの英傑が臣に居ることが何よりも嬉しい。だから大切にせねばと常々思っている」

「過分な御言葉」

「過分であるものか。だからこそ、今は休め。お前にはこれからも武田を支えてもらわねばならん」


 身体でも壊したら一大事だと、働き者の忠臣をなだめる勝頼。


「勝頼様……」

「よい、よいのだ。お前は何の気兼ねもする必要はない。さ、息子らに顔を見せて母様の活躍を語って聞かせるが良い」


 勿論、身綺麗にしてからな? と笑ってみせる勝頼は本当に良い奴だ。


「御配慮、ありがたく頂戴致します」


 と、昌幸が去ろうとしたところで勝頼はポツリと一言。


「……昌幸、武田は大丈夫だよな? 滅びないよな?」


 抱えていた弱音を吐いてしまう。

 それは昌幸がこの上ない信頼を勝ち得ている証拠に他ならない。


「武田は滅びませぬ。私がおります、父や兄もおります。頼もしい皆が居て、皆をまとめる――――勝頼様がいらっしゃるのですから」


 どん、と胸を叩き自信満々の笑みで断言する昌幸を見て勝頼の心は更に軽くなった。


「うむ……うむ! そうだな、そうだな! いや、引き止めてすまんかった」

「いえ、それでは」


 昌幸はもう一度礼をして、物見台を去り井戸へと向かい汚れを落す。

 そうして小ざっぱりとしてから子供達が居る部屋へと向かう。

 ちなみに、今落とした汚れであるが自然についたものではなかったりする。

 忠臣っぷりをアピールするために戦場で偶然を装い、わざとあんな状態になるよう立ち回った結果だ。


「ああ、昌幸様。御子息は……」


 部屋の中に入ると侍女が眠っている双子を見ている真っ最中だった。

 どうやらタイミングが悪かったらしい。


「いえ、構いませんよ。この子達の寝顔が見られるだけでも十分です。お世話をかけますね」

「勿体なき御言葉」

「今日はもうお休みを戴きましたから、此処からは私が見ておきます。あなたはもう休んでください」

「はい、ありがとうございます」


 頭を下げて去って行く侍女に微笑みを返しながら息子達の傍らへ。

 もう随分大きくなったものだと昌幸は感慨深くなった。

 今日は休みのようだが勝頼の近習として時々、仕事を手伝っていると聞く。

 ああ、ならば少し早いが元服させるのも悪くはないなどと考えながら子供達の頭を撫でる。


「もう少しで武田が滅びますわ。あなた達も、あなた達自身が馬鹿でなければ父上に会うことが出来るので楽しみにしていなさいな」


 可哀想な勝頼……。

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