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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いて天下布武る俺――  作者: 曖昧


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28/82

28話

 時はしばし遡る。

 三方ヶ原にて連合軍と武田軍がぶつかり合った頃、京の都では一人の若者が悩みに悩んでいた。


「ぬぬぬ……参った」


 度胸が据わっていることが一目で分かるような厳しさと凛々しさの中間にある整った顔立ち。

 理知の眼光覗く鋭い瞳、一見細身には見えるが良く練りこまれた肉体。

 この若者を一言で表現するのであれば文武両道。

 が、そんな若者は今、ひっじょーに困っていた。

 戦で危機に陥ろうとも豪胆にも笑ってのけるこの若者が、だ。


「お客さん、何書いてはるんで?」


 茶屋に来たのに出された茶も飲まず一心不乱に書いている客を不思議に思った店主が問う。


「……旅行記でごわ」


 別名現実逃避とも云う。

 若者の名は島津家久、出身は薩摩――現代で云うところの鹿児島県。

 後世に名高き鬼島津四兄弟が末弟の彼がどうして京などに居るのか。

 無論、それには幾つか理由がある。


 一つは楽しい旅行をするため。

 一つは島津氏の三州平定の神仏の加護を伊勢神宮などに謝するため。

 一つは遠方ゆえ中央の情勢が入り難く入ってもフィルターが通っていたりと正確性を欠くため一度直に見極めるため。

 そして一番の理由が勇躍目覚しい織田信長に目通りすること。

 もう殆ど畿内の覇者と云っても過言ではない信長。


 四兄弟は未来を見据え、今から渡りをつけられないかと考えていた。

 そこで白羽の矢が立ったのが末弟家久。

 末弟とは云えやることは多いものの、信が置けてもし何かあっても出血を最小限に食い止められる。

 ゆえに家久が京へ向かう運びとなった、本人的にも望むところと張り切って薩摩を出発したものだ。


 さて、話を戻そう。何も信長に会って直ぐ風下に入らせてくれと云うつもりはない。

 まずはどんな人間であるかを見極め、その上で薩摩に帰り四兄弟で話し合うつもりだった。

 なのに、ちょっと遠回りして和歌山観光なぞをしている内に信長は越前へ出陣。

 戻って来てからで良いやと堺などにも寄っていたら――――信長生死不明。


 堺で浅井の裏切りにより撤退を始めたと聞いた時は目を向いたものだ。

 家久自身軍略に長けているため、こらヤベェ……と信長が生きて帰れる確率の低さに戦慄。

 そして頭が混乱したまま京に来たは良いもののこれからどうすれば良いのか。

 何せ、


「あ、兄上どん達に何と言い訳すれば良か……?」


 暢気に観光してたら信長に会えずに死んじゃいましたー★ ならばまだ良い。

 死んでしまったのだから諸々の外交案も白紙に戻るし。

 しかし、生きていた場合だ。

 畿内に居ると各勢力の動向なども自然と聞こえて来る。


 これから織田は修羅の道に入るのだろう。

 あちこちを相手に戦を吹っ掛ける、島津的に云うのであれば超最高。好みの展開だ。

 が、そうなってしまうと簡単に云って忙しくなるのだ。

 さあ、そんな時に薩摩の田舎者が信長に会いたいと云って会えるか?

 暇な時ならば――越前に朝倉攻めに向かう前はまだ目通り願える可能性も高かったが……。


「お、おいはどうしたら……」


 巡り会わせが悪かったのならばまだ良い。

 運がなかったと諦めも出来る。

 しかし、今回は家久自身のミスで信長に会える機会を失ってしまったのだ。

 こりゃいかん、こりゃ不味い。どうしたものかと頭を抱えていると……。


「ん、何じゃ……?」


 急に辺りがどよめきだした。

 往来の人間、家久が居る茶屋の店主、家々や店々の人間もわざわざ外に身を乗り出しているではないか。

 どうしたものかと彼らの視線を辿ってみると、向こうから十人ほどの供廻りを率いた何者かがやって来ている。

 陣頭に立つ騎馬に跨った男も含め、皆あちこち泥だらけで傷だらけ。

 特に大将らしき男は左目に包帯が巻かれており実に痛々しい。

 服もボロボロで如何にも敗残兵と云った様子だが……。


「(負け犬の眼じゃなか……!)」


 先頭に立つ男は見た目こそ敗残の徒と云った様子なのにまるで目が死んでおらず覇気に満ち満ちている。

 誰も敗者の姿だとは思わないだろう、実際家久も含め男を見つめている者達はそんな風に思えていない。


「おぉ……おぉ……! 生きてはったんや!!」


 あちこちで上がる歓喜の声。


「お、おい店主よ。あの御仁は何者じゃ?」

「何者てお兄さん、信長様に決まっとるやないの!!」


 その瞬間、


「信長ァ?!」


 と辺りの人間が静まり返るほどの大声が出てしまった。

 薩摩の兵子は声が大きい、家久のような兵を率いる者ならば尚更。

 それは誇るべきことなのだがこの瞬間だけは恥じてしまう。

 皆が皆、自分を見ている。それこそ信長までもが。


「(や、やべえ……こっち向かって来てる……!)」


 険しい顔つきの信長が馬上から降りて自分の下へやって来ている。

 悪印象を与えてしまったのだとすればもうこれは……。


「(……将来的に腹掻っ捌くことになるな。いや、その前に無礼討ちか?)」


 一歩、また一歩、そして目の前に信長が立った。

 そして、


「――――良い面構えだ」


 不敵に笑った。


「へ」

「お前さん、名前は?」


 ほんの一瞬だけ思考が停止するも、即座にこれはチャンスと思い直す家久。

 運が良い、運が良い。

 会えるチャンスを失くしてしまうし、悪印象を与えてしまうしと悲観していたが運が良い。

 どうやら信長は自分に興味を持ってくれたらしい、それも良い意味で。

 家久は即座に片膝を突き、礼を見せ名乗りを上げる。


「おいは島津中務大輔家久でごわす!」

「島津……薩摩のか?」

「ハッ!!」


 家久は卑下するわけではないが薩摩が、島津が田舎者だと云うことは分かっていた。

 九州の端のド田舎、旅の中ではそれを強く実感したものだ。

 鎌倉時代から続く結構由緒正しい一族なのだが畿内では話題に出してもハテナ顔が多かった。

 その度に恥ずかしい思いをして、薩摩訛りを矯正すべく標準語も学んだりした――まあ、それでも完全には抜け切っていないが。

 だから信長も何処それ? と問い返すのだと思っていた。


「存じて戴けておるとは思うておりませんでしたが、光栄で御座ります」

「勇名轟く鬼島津を知らいでか」

「(おお、どうやら島津の御家まで評価が高いようじゃ!)」


 史実でも勇名を馳せ、実際に九州の動向などを調べていると島津が鬼の名に恥じぬ者らだと分かった。

 それゆえ信長としても素直に島津を認めていた。


「それに、何時か薩摩にも行ってみたいと思っていたからな」

「おぉ……それはまた何故?」

「若い頃、東の方へ二人旅をして蝦夷まで行ったからな。今度は西と決めてるんだ。

ま、来年どころじゃない先の話だからお前さんらには笑われてしまうかもしれんがな」


 クスクスと笑う信長。

 一方の家久はさて、此処からどうしたものかと必死に頭を回転させていた。

 此方の存在は認識してもらった、しかし見極め終えるにはもう少し語らいたい。

 面構えや覇気だけでも只者でないことは分かるが、内面に踏み込まねば兄弟間での話し合いには使えない。


「おお、その際は是非、島津を訪ねてくだされ」

「ああ……しかし、ふむ……」


 どうにかこうにか会話を続けたい、そう云う意図が透けて見えた。

 ではその理由は何だろうかと考え見当をつけた信長は、


「お前は俺と話をしたいようだが、生憎と忙しくてな。付き合えそうにないのだ」

「……これは失礼」

「ゆえに、これからちょいと付き合わんか?」

「は?」

「――――命の危険があるかもしれぬが、この第六天魔の手腕を見せてやろうぞ」


 誘いにかかった。

 自分の人柄や能力を見極めたいと云うのであれば、それが一番手っ取り早い。

 これからしようとしていることは底意地の悪さを見せ付けるものだから。

 こんな手段を取るような男をさてお前はどう見る? と逆に問い返すのだ。


「……願ってもない!!」


 普通なら怖じる場面でも薩摩の兵子は決して怖じない。

 家久は勝家のそれとはまた違う鬼の笑みを浮かべて申し出を承諾。


「そうか。ならば往こうか、公方殿のとこへな」


 再び馬に跨り、ゆっくりと進みだす信長。

 目指すは足利義昭が居る二条御所、義昭個人に怨みは無いもののやられっぱなしでは面子に関わる。

 そして何よりも奪われてしまった流れを取り戻すためにも命を懸けねばならないのだ。


「信長殿、一体何をされるおつもりで? ちくと、おいにも教えて欲しいんですが……」

「島津はよ、殴られたらどうする?」

「殴り返して根ば絶やします」

「だろ? 俺もだよ、まあ打算もあるから俺も此処では根を絶やすつもりはないし物理的に不可能だ」


 それでも、


「一発殴り返してやらねばならぬだろう。ドギツイ一撃をその横っ面に叩き付けてやる」


 底意地の悪い方法で矜持までをも踏み躙って――そう告げる信長の口は悪魔のように吊り上がっていた。

 彼は今、疲れもあって自制心が利いていない。

 しかしそれは能力の低下を意味するわけではない。

 自制心が利かない、つまりは理性や良心の働きが鈍くなっていると云うこと。

 むしろ普段よりえげつない手段を躊躇いなく実行出来ると云うことに他ならないのだ。


「……期待しており申す」


 ぞくぞく、っと髄にまで響くような誘惑。

 血の気の多い島津にとっては殴り返すと云うのも好印象だが、どう殴り返すのかが好奇心を擽る。

 さて、そんなこんなで信長with爆弾正&鬼島津御一行は御所へと辿り着く。

 突然現れたボロボロの信長に門兵が驚くものの、通せと云われれば通すしかない。

 信長到来を聞いた藤孝は仕事を放り出して信長の下へ。


「御無事でしたか、此度のこと、申し開きも……」


 義昭の暗躍――いやさ、義昭を糸で繰っている者の存在に気付けず大恩人を死地へと追いやってしまった。

 藤孝の面に浮かぶ後悔と罪悪感、放って置けば腹でも切ってしまいそうだ。


「いや、お前のせいじゃねえさ藤孝。お前を、俺達を欺くような人形遣いがやり手だったってことだ」

「そう云って戴けると気も楽に……ところで、そちらは?」


 久秀が居るのは良い。

 退却ルートと此処に居ることを予想すれば朽木を越えて来たのは明白。

 近江豪族の朽木元綱と久秀は面識があり、通してもらうのならば彼女を連れて行くのが一番良いから。

 しかし、家久だけがあまりに浮いていた。身綺麗で、何よりひとかどの将たる空気を纏っている。


「あ? ちょっと道中で会ってな。家来の振りする代わりに面白い見世物を見物させてやろうと思ったのさ」

「は、はぁ……よくは分かりませんが……」

「だから説明する」


 久秀には道中で説明している。

 他の供廻りについてはそれぞれ美濃へ戻るよう云い含めて返した。

 その際に一筆書いて、しかと褒美が貰えるようにとの配慮も勿論忘れていない。


「耳貸せ」


 ごにょごにょと耳打ちをする信長、耳打ちをされた藤孝は一目で分かるほどに顔色を変える。


「の、信長様……しかし、それは…………あ、あまりにも危険過ぎます!」

「金ヶ崎から此処まで来る方が危険だったさ。それに、反撃の狼煙は上げにゃあならん。

そして、此処を乗り越えるからこそ皆が信じるのだ。俺が天下を取る、とな」

「……決意は御堅いようで。ならば私も、期待に添えるよう手配しておきます」


 それでは此方へ、と誘導されて謁見の間へ。

 誰が来たかを知らされていなかった義昭は信長の顔を見た瞬間、


「ば、馬鹿な……」


 と気の毒なほどに狼狽する。

 黒幕からは逃れられる可能性を伝えられていなかったのだろう。


「馬鹿な、とは?」

「な、何でもないわ!」


 信長の問いに上擦った声で答える義昭を見て家久は、


「(こ、これが将軍……? な、何と云う馬鹿! 噂には聞いておったがどう考えても将軍の器量ではなか!!)」


 と衝撃を受けていた。

 武家の棟梁がこれとか笑い話にもならない。


「そうですか。此度は義昭殿の御下命に応えることが出来ず、真に申し訳ない」

「……そ、そうじゃそうじゃ! まったく情け無い! 何たる体たらく、よくもまあのこのこと顔を出せたのう!?」

「云い訳のしようもなく、謝罪に参った次第です」


 嘘八百だ、謝罪の念など微塵も感じない。


「しかし、ただ言葉でと云うのは誠意が伝わらないと思い、一つ決断を致しました」


 云うや信長は左手を掲げ、聖剣を召喚する。

 突然剣が現れると云う非現実的な光景と、思わず見惚れてしまう光に家久は呆然となった。


「――――聖剣を義昭様に献上致したく存じ上げます」


 その瞬間、


「な、なななな何じゃとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 義昭大歓喜。

 そりゃそうだ、この見栄の化身みたいな女が聖剣なんて代物を欲しがらないはずがない。


「しかし、直ぐには渡せませぬ。

誰の目にも分かるよう、民草を集めて大々的に俺から義昭様へ譲渡致します。

これで分かるでしょう。一体誰がこの日ノ本の支配者であるかのを」

「う、うむ! そ、そうじゃな……」


 努めて冷静に振舞おうとしているが義昭の嬉しそうな顔と来たらまあ。


「それでは、聖剣と最後の別れをしたいので一先ずはこれで。

譲渡の儀、その準備は既に細川殿に整えて貰っていますので御安心を」

「よ、良きに計らえ!!」


 人生の絶頂に達した義昭――――後は堕ちるだけだ。

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