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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いて天下布武る俺――  作者: 曖昧


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22話

 義秋の京への帰還を大々的に発表して一週間ほどで筒井は従属を申し出た。

 半兵衛の仕込みが功を奏したと云わざるを得ない。

 が、しかし信長にとっては予想外の事態も起きた。

 筒井のことではなく、近江の浅井家だ。浅井から同盟の申し入れがあったのだ。


 現浅井家当主、長政は信長の影に隠れては居るが中々のやり手である。

 長政は桶狭間の戦いがあった年に主家であった六角家と戦を行い立場を逆転させ勇躍の切っ掛けを作る。

 その戦を発端に領土を拡大させ浅井を北近江の大名として成長させ過去最高の栄華を迎えられたのはひとえに長政の手腕あってのこと。

 敵対すれば梃子摺るとは信長も考えていたがそれでも彼の中では敵対は規定路線だった。


 史実においては裏切られはしたものの、同盟を結んでいたが史実とは状況が違うのだ。

 対斎藤との膠着状態を解消するために信長側から同盟を申し出たのが史実。

 しかし、斎藤家はとうに滅び信長は美濃を完全掌握している。

 じゃあ同盟を結ぶメリットは無いのかと云えばそうでもない。


 包囲網を見据えるのならばやり手の長政加入は実にありがたいことだ。

 朝倉を滅ぼした後は勝家を越前に置き、対上杉方面軍の司令官とするつもりで居た。

 が、敵はあの謙信だ。万全を期すのならばもう少し戦力を充実させたい。

 対上杉を考えるのならば北近江の浅井が協力してくれるのはひっじょーにありがたい。


「(でもなぁ……浅井は朝倉とずぶずぶだろ……?

いや、長政の名が知れるようになった戦じゃ朝倉に援軍を要請してない辺り現当主は朝倉から独立したいって意思も見えるが……)」


 しかし、先代の浅井久政は朝倉とずっぶずぶだった。

 元々初代からして朝倉の支援を受けて北近江での支配力を高めていったのだ。

 二代目久政の代になると更に依存し、同盟ではあるが半ば臣従状態のようなものになっていた。

 もしも長政が浅井を拡大させねばどうなっていたことか。


「(家と違って浅井は未だに先代が幅利かせてるらしいからな)」


 例え長政が朝倉なんぞどうでも良いわ、時勢を読めよボケ! と考えていても足を引っ張る人間は確実に居る。

 それが先代久政を始めとした親朝倉派の人間だ。


「(だがまあ、史実と違ってこっちが望んだ同盟ってわけでもねえからな)」


 史実と同じように朝倉に対する不戦の誓いを持ち出されたのならば断っても良い。


「(何にせよ長政と実際に顔合わせて、その上で見極めるか)」


 史実の信長にも悪い点はあった、それが浅井への断りもなく越前に侵攻し朝倉を攻めたこと。

 同盟の際に誓いを結んでいたにも関わらずだ。

 だからこそ今回持ちかけられた同盟ではそこを気をつけ、直に長政を見極める。

 シビアな価値観の持ち主で、父親や親朝倉派の人間を抑えて同盟を続けられる器量と信が見えたのならば結んでも良い。

 そう決めて信長は近江と美濃の国境にある寺社にて会談することを浅井側に申し入れ、長政はこれを承諾。

 信長は軍を率い、お市を連れて会談場所へと向かった。


「お兄様、浅井様と云うのはどのような御方なのですか?」


 史実におけるお前の旦那、とは云わなかった。

 どうしても同盟を結びたかった史実とは違うのだ、お市を嫁がせることはまだ確定ではない。


「世間の噂じゃ知勇に優れた俊英だそうだが……さてどうかな。

会って盟を結ぶに相応しいと判断したのならばお前を嫁がせる。だからお前もよーく見ておくんだぞ?」


 同盟を結ぶことになってもその場で差し出すわけではない。

 が、婚姻するとなれば事前に相手ぐらい知っておきたいだろう。

 それゆえ信長はお市を同行させているのだ。


「はい! 市に何が出来るかは分かりませんが頑張ります!」

「よしよし」


 少し身体をよじってしがみ付くお市の頭を撫でてやる。

 信長とお市は馬に相乗りしていて、パッと見た限りではとても仲の良い兄妹だ。

 まさか妹の方が兄貴の褌でオナっていたなどと想像もつくまい。


「姑殿もすまんね、同行してもらって」

「孫の世話ばかりで暇してたからね、丁度良い刺激さね」


 この会談には道三も同行させている、その理由は確実を期すため。

 自身の眼力に加えて齢を重ねて洗練された蝮の眼力があればそうそう長政を見誤ることはない。

 金ヶ崎の徹を踏まぬよう今回の会談でミスをするわけにはいかないのだ。

 何せ浅井が裏切った金ヶ崎の撤退戦は史実の信長にとってはガチで死ぬかもしれなかった戦の一つなのだから。


「(っし、着いたな……こっからは頭切り替えるか)」


 同盟を持ちかけた側の礼として長政は既に会見場に詰めているらしい。

 信長も一度手櫛で髪を整え、濡れ手拭いで顔を拭いてから中へと入る。


「すまない、待たせたようだな浅井殿」

「いえ、名高き聖剣の主たる織田殿に御会い出来て光栄です」


 長政を一言で表現するならば爽やか系イケメン。

 しかし、頼りなさを感じてしまうような似非ではなく頼もしさを感じる真のイケメンだ。

 光秀と系統は似ているがあちらと違って気持ち悪さなどは微塵も感じない。


「世辞でも嬉しいことを云ってくれる。ああ、紹介しよう。コイツは俺の妹のお市だ」

「はじめまして、市と申します」


 ペコリと頭を下げるお市の脇には道三が傍仕えの振りをして控えている。

 道三の存在を知らせたて変に警戒されても困るからだ。


「よろしく御願いしますね」


 ニコリと微笑んだ瞬間、


「――――」


 長政は言葉を失った。


「(人が恋に堕ちる瞬間を初めて見てしまった……参ったな)」


 信長がそんな感想を胸中で零してしまうほどに色々な意味で分かり易かった。

 これはこれで嬉しいことだしありがたいことだ。

 仮に政略結婚が成ったとしても長政はお市を大事にしてくれるだろうから。

 が、信長は此処に青少年の甘酸っぱい空気を味わいに来たのではない。


「……美しい」


 長政は夢現のような表情でそう漏らした。

 その笑顔に一瞬で心奪われ、虜になった。

 家を背負ってこの場に来たと云うのに総てを忘れてしまった。

 お市は確かに美しくはあるが、それでも魔性なんて形容がつく美人ではない。

 単純に長政にとってドストライクだったから一瞬で此処まで入れ込んでしまったのだろう。


「浅井長政、俺も結構な女好きだから説教出来た義理じゃないが――――お前は何しに此処へ来たんだ?」


 浅井サイドの人間が信長の礼を失した物言いに顔を顰める。

 が、正論でもあったので口を挟むことはなかった。

 どちらかと云えば浅井の人間が若き当主を諌めねばならぬ場面だったのだから。


「ッッ……!」


 息を呑む長政。

 そして顔を歪ませ、自身の未熟を恥じた。

 ああそうだ、交渉の場で何を間抜け面を晒しているのだ己は。


「フッ……ま、あんま思い詰めることでもねえさ。さっきも云ったが俺だって偉そうに説教出来るような人間じゃねえからな」


 ちょっとした意地悪だと口の端を吊り上げる。

 付き合いが深い人間ならば信長の今の顔を見ればもう分かっただろう。

 何時もの癖が出てしまったと。

 好きになってしまったのだ、この厚顔になれない真っ直ぐな青年を。


 信長は己が厚顔な人間であると自覚している。

 厚顔無恥でなくば人を熱狂に駆り立てて戦場に送り込めなどしない。

 厚顔無恥でなくば人心を操り謀を巡らせるなど出来るはずがない。

 厚顔無恥でなくば己の我を何処までも貫き通せるわけがない。


 そんな自分がどうしようもなく嫌になる――などと云うことはない。

 恥じると云うことは散って逝った者、散り逝く者への侮辱に他ならないから。

 後悔したり恥じたりするようなことならば始めからやるな――簡単な論理だ。

 それを他人にまで求めるつもりはないが、少なくとも信長自身の美意識は外れることを赦さない。


 だからこそ、決して手にすることが出来ないものを持つ長政を尊敬してしまった。

 真面目で真っ直ぐで、そしてだからこそ苦労を背負い込んでしまうのだろう。

 こんなふざけた男の言葉など軽く流してしまえば良いのに本気で自省している。

 そんな姿が愛おしくてしょうがない、何処か信勝にも似ていて――――。


「……いえ、織田殿の仰ることは一々尤も。謝罪をさせて戴きたい」

「そこまで云われちゃ要らぬと云う方が無礼だな」


 謝罪し、謝罪を受け取り仕切り直しだ。


「織田殿、この場に連れて来ている人間は父の息がかかっておらぬ――もっと云えば親朝倉派の臣ではありませぬ」


 大名としての顔つきになった長政は初手から切り込んで行った。


「へえ……!」


 良い面構えだと云う言葉は世辞でも何でもなかった。

 出来る人間特有の空気も感じていた。

 しかし、本質はこれから暴いていかねばと考えていた。

 が、信長が暴くでもなく自ら曝け出して来たのだ、この男――浅井長政は。


「某にも野心はあり申す、とは云え己が分を弁えていないわけでも御座らん。

天下は取れずとも、天下を支える重要な柱の一本ぐらいにはなれると自負しております」


 長政は織田に賭けたのだ。

 これこそが最善の道であると賭け金を乗せた。

 従属ではなく同盟、その辺りが野心の発露だろう。

 自分の器量ならば柱石として存在感を示せると、自分を売り込んでいる。

 高く買ってくれるのならば、此方もまたそれ相応のものを返す――何とも挑戦的だ。

 しかし心得ていると云わざるを得ない。風聞でしか知らぬ信長の好みそうな売り込み方を的確に選んで来たのだから。


「ふむ……」


 一瞬だけ道三に視線を走らせると、彼女は小さく頷いた。

 『買って損は無い』――二人の意見は一致していた。


「御せるかね?」


 多くは要らない、短いやり取りでも十分に伝わる。

 父親を、親朝倉派の人間を押さえ付けて上手く舵取りが出来るのか。

 信長はそう問うているのだが、彼は失敗を犯した――と云うよりは甘さか。

 しかし、此処には道三が居る。彼女はその甘さを決して見逃しはせず、お市に耳打ちをする。

 お市は小さく頷き、口を挟む。


「……お兄様、それは違います。その聞き方は間違っています」

「お市?」


 お市は表情を消し、凍て付いた視線を以って長政を射抜く。

 姫然としていてもそこは第六天魔と同じ血が流れているからか。

 並みの相手では思わずたじろいでしまうような類の視線だ。

 実際に長政の背後に控えている浅井サイドの臣はお市の瞳に気圧されている。

 しかし、長政はそれを真っ向から受け止めていた。


「長政様、己が信ずる最善を貫くためならば――――親兄弟や妻、我が子ですらも殺められますか?」


 ゾクリ、と信長、道三、長政、問いを投げたお市以外の者達は怖気がその五体を駆け巡った。


「殺めて、それでも膝を折らずに歩き続けられますか?」


 織田信長と云う男はそうして、今に至った。

 弟を殺し、自分を殺してしまいたくなるほどの赫怒と悲哀を呑み込んで寸前のところで膝を折らなかった。

 膝を折らず、歩き出すことを選んで今に至った。

 そんな男の下に、高く自分を売り付けようと云うのだからお前にもその覚悟は当然、あるんだろうな?

 お市は淡々と刃の如く鋭く冷たい問いを突き出した。


「(…………俺の妹ってこんなに怖かったっけ?)」


 何時かお市自身が口にしたように彼女には織田家の運営を直接手助けするような能力は無いのだろう。

 政務、軍務、学べばまあ並程度にはなれるだろうがそれならば政略結婚の道具にした方が良い。

 並程度の人間ならば、他には幾らでも居るから。

 だからこそ、


「(武家に生まれた女なりの覚悟と矜持、それか)」


 せめて政略結婚の道具として役に立とうと云う断固たる意思。

 それが発露し、言葉に重みを与えているのだろう。


「某の夢は、正しいと定めた道は己が名を天下に知らしめ、歴史に刻み付けること。

そしてそんな某を支えてくれる者に報いること、そのためには御家を成長させねばなりませぬ。

信じてこの背に着いて来てくれる者達に良い思いをさせてやるためにも。

その道を阻まんとするのならば親兄弟ですらも排除しましょう。

味方にならず、足を引こうとする者を除くことに何の躊躇いがあらんや」


 長政もまたお市の意思と覚悟を酌み、逃げずに真っ向から答えを返した。

 そうしてしばしの沈黙の末――――。


「お兄様、市は長政様に嫁ぎます」


 お市は答えを出した。

 長政の覚悟のほど、そしてその器量を理解した信長にも異論はない。


「良いだろう。明文化はこれから話し合って詰めて行くとして、織田家当主として浅井の打診を受け入れる」


 勿論、細かい条項を決めていく中で不服があるのならば蹴ってもらっても構わない。

 が、よっぽど理不尽なものが無い限り長政は承服するだろう。

 同盟と云う形を取らせたのはあくまで自分の値段を認めさせるためだから。

 ゆえに長政としても信長から確かな評価を得られた以上、ごねるつもりはなかった。

 同盟と云う形を取ることになるが、それでも実質は従属に近いのだからごねても心象を悪くするだけだ。


「ありがたく!」

「が、一つだけ此処で誓ってもらおうか」

「何でしょう?」

「始まりは政略結婚だ、お前さんにゃ愛情はあるだろう。それでもお市にあるかは甚だ怪しい」


 だから、


「どれだけ時間がかかっても良い、お市を自分に惚れさせろ――――そして幸せにしてやってくれ」


 政略結婚だとしても互いに好き合えるのならばそれは幸福へと繋がる。

 アダムとイヴの頃から変わらない、求め合う男女になれたのならばそれはとても素敵なことだ。


「誓いましょう――――命に懸けて!!」


 こうして、織田家と浅井家の同盟は成った。

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