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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いて天下布武る俺――  作者: 曖昧


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16話

 どよめきが広がる。

 反信長包囲網、それが大戦略の概要なのだがイマイチ繋がらない。

 そんな家臣達に向けて信長は、


「戦に勝った、領土が増えた。じゃあそこで終わりか? いいや違うな。大変なのはむしろそこからだ」


 イマイチ要領を得ない言葉。

 しかしその意味に真っ先に気付いた者が居た。


「あ」


 今孔明、竹中半兵衛である。

 大きく目を見開き、顎が外れんばかり大口を開け驚愕。

 身体が震えだす、必死に両腕を抱き締めるように押さえようとしても止まらない。

 何時からだ? 何時から、信長はこれを考えていた?


「……今まで聖剣の威光を秘めて来た理由が分かりました。一体、一体何時から考えておられたのです?」


 半兵衛の言葉に藤乃、マーリンもまた大戦略の意味を理解した。

 普段は泰然としている彼女達もまた、半兵衛と同時に驚愕を隠し切れずに目を見開いている。


「弟と――信勝と最後に語り合い、天下を獲ると決めた時からだ」

「それはつまり、桶狭間以前から……!」


 半兵衛は自分が勃起していることに気付いた。

 信長はドン引いた、他の家臣もドン引いている。

 しかし、周りの視線すらも気にならぬほどに半兵衛は奮い立っていた。

 真白い肌は興奮で真っ赤に染まり、瞳は狂気を感じさせるほどに妖しい知性の光を宿している。


「……私は、己を今日ほど恥じたことはありませんよ、信長様。

今孔明などと、よくもまあ否定せずに受け入れて来たものだ。

驕りがあったと自省したいのに、奮い立つ心を止められませぬ……!

やはり、やはり恐ろしくも麗しい……嗚呼、私は今、改めて確信しました。あなたに仕えて良かった、正しかったのだと!!」


 そこまで持ち上げられては信長の方が居心地が悪くなる。


「ハッ……持ち上げ過ぎだ。そもそも、こりゃ大博打に近いんだからな」

「信長様、某には何が何やら……」

「分かってるよ勝家。順序立てて説明してやる」


 そのまま中央に腰を下ろし、ゴキゴキと首を鳴らす。

 いよいよだ、いよいよ此処から始まるのだ。

 信長とて興奮しているのだ、それを抑え付けるように煙管を吹かしつつ薄皮を一枚一枚剥ぎ始める。

 反信長包囲網を覆う薄皮を。一枚一枚剥いでやれば本質へと辿り着ける。

 これはそう難しい話でもないのだ。


「国を獲った後、上手くやろうとするのなら中途半端は一番やっちゃいけねえことだ。

女の扱いも分からぬ純な男のように只管甘やかすか、獄卒が如く冷血に締め付けるか」


 前者のメリットは後々のことを考える上で人心を掴める、デメリットは金と時間がかかること。

 例えばその間に自領土へ侵攻された場合だ。

 当然のことながら税を徴収しなければならぬし、兵も徴収しなければならん。

 女をあやすように甘やかしている新領土を奪うためにも当然、それまでの自領土から税も兵も徴収している。


 それでも元々自領土だったのだから見極めを誤らねば民も差し出してくれるだろう。

 さあ、此処で問題になって来るのが新領土である。

 疲弊しているのに搾り取るのか? まだ完全に人心を取り込めていないのだ。

 そんな状態で搾取すれば反乱の危険を孕むことになる。


 が、徴収しないならしないで問題も出て来る。

 元から領土を奪った勢力の民からすれは新領土の民は同じ民だが敗戦国なのだ。

 何故勝者である自分達が税も人も取られているのに負け犬だけは取られていない?

 そう考えてしまうのが人の心と云うもの――信長の言葉に皆がうんうんと頷いている。


「だから、税を取らざるを得ん。勿論、負け犬だからと他より多めには出来んから同じ程度。中途半端に流れざるを得ん」


 ただその場合、不満が残る。

 勝者側は何故、自分達と同じ扱いなのかと。

 負け犬側は何故、疲弊した状態でこのような仕打ちをするのかと。

 それでも完全に取らない、徹底的に取るよりかは致命的な不満にならない。

 が、この時生まれた軋轢を後々消そうと思ったらまた時間と金がかかってしまう――最善を目指すのならば。

 なあなあで済ませることも出来るし、大概はそうなのだろう。


「が、それは敵国が付け入る隙になっちまう。敵国に突っつかれたらまーた金と時間がかかるわけだ」


 これもまた乱世が収束しない原因の一つだと信長は考えている。

 君主と云うものは、為政者と云うものはどんなブラック企業よりも過酷だ。

 後のことを考えずに今だけを楽しもうとする暴君にとっては関係ないのだろうが。


「では次は後者だ。逆らう気すらも起きぬように徹底的に圧し折る」


 利点は先に想定した場合でも問題なく搾り取れることと、反乱を心配しなくても良いこと。

 デメリットはこれから新たに領土を獲得しようとした場合、激しい抵抗に遭うこと。

 負ければ自分達もああなるのだと火がつく。ケツに火がついた人間は恐ろしい。

 仮にその土地を治める家を滅ぼしたとしよう。


 だが、どうせああなるならばと自棄っぱちになった民草が戦いを止めない可能性がある。

 そうなると戦争を終わらせることが難しく、ずるずると消耗し続けていく。

 最終的に勝てたとしてもこの損失を埋めるだけのものを得たのかと云う問題が出て来る。

 まあ当面は損かもしれぬが数年で取り返せるのならばそれも良いだろう。


 しかし、元々住んでいた人間を沢山沢山殺さねば終わらぬタイプの戦だったのだ。

 そんな状態で未来における利益回収など望めようはずもない。

 それでも力ある家ならば他所から人を募ることで人足を補充出来るだろう、但しその場合も金が居る。

 将来的な回収には繋がるが人を定着させるためには先行投資も必須。


 だがそんな余裕を持つ家は少ないだろう。

 なので、結局は中途半端。領土を手に入れても徹底的に締め付けられない。

 しかし中途半端だもんで怨みは溜まるし他所に付け入らせる隙にはなるしで前者と変わらず。

 中途半端にするのならばどちらを選んでもどちらともに似ることになるのでこれはもうどうしようもない。


「あやすのか、殺すのか、徹底的にやれぬのならばどちらを選んでも大差ねえ。

つってもだ、どちらかキッチリ選ぶ――ってのは云うは易し、行う難し。

諸々の事情がそれぞれの国によって違うからな。立地だったり、国衆との関係、それまでの統治方針……」


 その上で信長と云う男は他には無い大きなアドバンテージを持っている。


「そうだな……藤乃、俺がどちらを選んで来たか、そしてどうして出来たかについて語ってみろ」

「分かりました」


 こほん、と咳払いを一つ。

 家臣一同の視線が一気に集まるがその程度で怖じるたまでは当然無い。


「信長様が選んだのは"あやす"やり方。とは云っても今川攻略は少々変則的ですがね。

戦、国を獲ると云うことは大抵相手の領土に侵略するわけです。

そこで侵略した土地に被害が出るから、獲った後の統治が大変になる。

しかし今川の場合は最初に不意打ちに近い形で義元公を殺害し、その骸を取り引き材料として太原雪斎に今川を差し出させた。

無血で広大な領土が手に入ったわけです、戦によって荒れてもいない領土をね」


 対今川において戦は殆ど行っていない。

 今川が上洛の際に尾張へ侵攻して来た際に陥落させられた城砦での防衛戦、桶狭間、奪われた城砦の奪還。

 そしてそのどれもが敵国への侵略と云う戦ではないので今川領はまるで消耗していない。


「勿論、今川併合以前からあった今川によって疲弊した領土の復興のために今川から税を徴収しましたよ?

しかしそれは搾取ではない。民草も不満はないでしょう。

聖剣の担い手と云う大義名分を持つ相手に敵対して敗者となったのに、復興のための徴収以外は行わず。

一方で今川併合以前から織田の民草であった者達も不満はありません。

織田と云う小勢力が桶狭間以外では戦も行わず一気に膨れ上がり、信長様もその恩恵を分かり易く示すために銭を吐き出しましたからね。

だからこそ、勝者敗者と云う境も徐々に曖昧になっていき段階を踏んで旧今川領も尾張と同じ治世に変えていき平等に」


 不満が出ないよう、丁寧に丁寧にあやして実りを吐き出す状態へと持っていったのだ。


「で、美濃に関してもちょぉっと……変則的ですね。

一応織田と斎藤の、と云う名分ではありますがこちらには帰蝶様や道三殿が居られました」


 だから侵略と云うよりは御家争いと云う面の方が大きいのだ。

 織田領内の人間も、美濃の人間に関しては同情的。

 信長様と云う美濃の支配者道三から認められた正しい統治者が居るのに義龍と云う偽りの為政者が居座っている。

 美濃も自分達のもの、それを織田に取り返すのだと云う気持ちが大きかった。


「美濃を獲った後も経済力にものを云わせた優しい優しい統治。

さて、これが普通のところだったら絶対に何処そかでちょっかいをかけられて中途半端に流れる可能性が大いにありました。

しかしそうならなかったのはひとえに聖剣エクスカリバーを持つ信長様が居られたから。

巨大勢力でもあり、下手にちょっかいを出せば殴られたと云う名分と聖剣と云う名分で一気に攻めいれられてしまう。

それにそもそも殴るにしても信長様は善政を敷いていますからね。

前提として信長様の方が名声が高くて厄介なのに、自分の名声落してりゃ世話ありません。

倒せる可能性は低く滅ぶ可能性が高い、そりゃ手を出せませんよ。ま、おかげで我らとしては安心して民を甘やかすことが出来たわけですが」


 単純な力、聖剣、内政、その三者が潜在的敵勢力のちょっかいを防いだのだ。

 ゆえに信長はあやす統治をキッチリと行えて、力を蓄えることが出来た――そう、総てはこれからのために。


「如何でしょうか?」

「見事、しっかり理解しているようで何よりだ」

「いえ、そうでもありませんよ。半兵衛殿の言葉を聞いて引っ掛かりを覚えなければとても。

引っ掛かりを覚えてから現状へと至る道筋を振り返ることがなければ気付きませんでした」


 統治の意味、甘やかす統治が出来た理由。

 何気ない日常の連続の中で、与えられた仕事。

 それをこなしている最中に、その意味を考える者が居るだろうか?

 国を豊かにするための善政であるとしか思えない、どうしてこれがえげつない攻撃性を孕んでいると気付けるのか。


「大体思いつきませんよ、此処に至るまでの総てが包囲網を敷くための布石であるなどと。

いや、こうして意図を理解してしまえば今までの何気ない要素一つ一つの意味にも気付けますが。

それにしたって発想が独創的過ぎます。

考え付いた信長様もそうですが、仮にこうして説明される前から気付いている者が居れば頭おかしいです」


 しかし、居るのだ。

 その頭おかしい者が――名は松永弾正久秀。

 信長達がそれを知ることになるのはもう少し先の話である。


「ひでえこと云いやがる」

「事実ですよ。いざ各勢力に打診が行けば頭の良い人間ならば気付くでしょうがそれまではとてもとても……」

「だとしても頭おかしいはねえだろ。まあ良いけどさ」


 さあ、話はまだ終わっていない。

 腹の中を総て吐き出すためにはまだまだ語ることがある。


「さて、藤乃の説明だけを聞くと一見良いこと尽くめだが実はそうでもない。マーリン、分かるか?」

「ええ。同時に、此方側としても攻め難いのでしょう? 大国を維持するだけで満足するならばともかく天下を目指す以上現状は私達を縛る鎖でもある」


 聖剣を名分に戦争を仕掛けることもなく善政を敷き続けて来たのだ。

 よっぽど、相手側に失点が無い限り、民草から助けてと云う声でもあがらぬ限り織田も攻め難い。

 美濃にしたってそうだ、義龍の暴発がなければ手に入れることは出来なかっただろう。

 最早、全員が全員驚愕の色に染め上げられていた。

 いち早くに気付けた半兵衛や、少し後に気付いた藤乃やマーリンですらまだ完全に落ち着けてはいないのだ。


「そうだ。ちょっとやそっとじゃ他の連中も殴って来ねえ。

少なくとも勝利への道筋が見えて可能性が出なけりゃ慎重にならざるを得ない。

それだけ面倒な手合いなんだよ、織田ってのは.。で、殴って来なきゃ俺達も徒に時を浪費するだけ。

このまま停滞するのならば良いが、俺は俺の代で乱世を終わらせるつもりだから停滞なんぞ真っ平御免だ」


 幕府を傀儡として上洛しねえとかマジありえねえんすけど!? とか難癖つけて殴るやり方。

 或いは穏便に足利将軍が自ら幕府を解体し征夷大将軍の号を返還。

 その際に織田へ禅譲すると云う形もありと云えばありだ。

 しかし、旧きを一掃し織田が新たな日ノ本を作るのならばやはり暴発してもらわねば困る。


 そう、新時代に持ち込むべきではないものを滅ぼすためにも。

 そして、天下統一後の揺るがぬ地盤を築く意味でも絶大なる力を満天下に知らしめられる包囲網は必須なのだ。

 それに聖剣と云う大義名分を持ちながら傀儡なんてセコイ真似をするのは相手に付け入る隙を与えることにもなる。

 傀儡、その後禅譲、悪い手ではないが決して良い手でもない。


 聖剣の主と云うこれまでの歴史の中で出て来なかった存在。

 それが時の政権を利用して天下を掌握するなどこれまでの連中とさして変わらない真似をすればどうなる?

 駄目なのだ、これまでの者達と違う――つまり、本物の支配者であることを見せ付けるにためにも傀儡作戦は良くない。

 聖剣は便利ではあるが、同時に様々な制約も負わせてしまうのだ。


「だからくれてやろうぜ、俺達を殴る名分をな。腐っても鯛、腐っても征夷大将軍」


 仮に普通のやり方で聖剣を掲げて侵攻したとしよう。

 一つずつ潰して肥え太っていけば、当然のことながら旗色悪しと戦もせずに降伏して来る者が居る。

 それが小勢力ならばまだ良い。しかし大勢力ならば?

 下手に降伏されては困るのだ、難癖つけて領土を削るやり方もし難い。

 つまりは大勢力のまま、腹に一物を抱えて傘下に入られても将来的に面倒なだけ。

 例え織田の方が国力で勝っていたとしても内部に下手に力を持つ他勢力が居られては厄介極まりない。。

 だからこその反信長包囲網である。大勢力に宣戦を布告させるのだ。


「旗頭と云う名の責任を押し付けるには十分な飾りも俺達が用意してやろうじゃねえか」


 幕府が、将軍が織田を滅ぼせと勅令を出したとしよう。

 仕方ない、仕方ない。

 正当な支配者ではないとしても、今までは聖剣の担い手が現れなかったのだ。

 その間、室町の幕府が日ノ本の頂点に立ちある程度その平穏に尽力していたのも事実。


 聖剣の担い手に楯突くのも不義理だが、今まで頑張っていた幕府へ報いぬのも不義理。

 仕方ない、仕方ないのだ。

 悪いのは将軍で自分達は義理と義理の板挟みで仕方なくやっているだけ。

 幾らでも言い訳は立てられる、押し付けられる。


 そして同じことを考えているのは自分だけではないはず――と各勢力の君主は思うだろう。

 これはチャンスなのだ。

 織田と云う巨大な爆弾を排除してしまえるチャンス。

 野心と力を持つ者達にとって自分達の勇躍を阻む織田を取り除けるチャンスはそこしかない。


 包囲網が発せられたことで信長の意図に気付いていたとしても、やらざるを得ないのだ。

 此処を逃せば道は二つに一つ、織田に従うか否か。

 何せ幕府が明確に織田を敵と定めてしまったのだから、織田は室町幕府を滅ぼす名分を手に出来る。

 滅ぼしてしまえば新たな幕府、新たな征夷大将軍信長が誕生してしまう。


 力の無い室町幕府ならともかく信長の幕府は力を持っている。

 従えと云われて従わねば、それだけで朝敵だ。

 臣従しない者に対して、信長は錦の御旗と聖剣を掲げて攻め入って来るだろう。

 足利を滅ぼした上で将軍になられてしまえば最早大義名分と云う意味では手がつけられなくなる。


「そして奴らに殴って来させて総て返り討ちだ。

今まで戦の名分に使って来なかった日ノ本の正当なる支配者たる証、聖剣を思う存分利用してな」


 笑う哂う嘲笑う、第六天魔がワラウ。


「――――ぜーんぶ、喰ろうてやろうぞ」

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