15話
タッキーの報告を受けた信長は即座に主だった家臣とマーリンを召集し会議場へ向かう。
無関係ではいられない竹千代、そして帰蝶と道三も伴って。
将軍討ち死にの報だけあって全員が全員、即座に今ある仕事を投げ打ってでも集まり会議は始まった。
「さて、皆事情は知っているだろうが改めて現状を認識する意味でも確認をしておこう。
公方――足利義輝が殺された。殺ったのは松永久秀と三好三人衆……つまるところ三好家だ」
松永久秀の場合は殆ど独立勢力のようなものだが、一応は未だ三好の人間。
三好家と云う括りに入れても間違いではないだろう。
「公方殺害後、出家してる義輝の弟、鹿苑院院主の周暠は三人衆が殺害。
大和へ向かった松永はもう一人の妹、覚慶を暗殺しようとしたらしいがそっちは失敗。
事前に京を逃れていた幕臣の一色藤長、細川藤孝らが大和に向かい覚慶を救い出したらしい」
この段では信長は知る由もないが、覚慶が暗殺を逃れられたのは久秀が故意に見逃したからだ。
これからこの場で語られる当人以外は誰も知らぬはずの大戦略を読み切った上で。
「久秀はその後、自分の居城信貴山に引っ込んで大和平定に動いているらしい。
どうにも三好三人衆とはあまり仲がよろしくないと見える。この行動の早さはちと疑問だがな」
覚慶暗殺の後、直ぐに信貴山城に戻って行動を始めたのだ。
となると三好三人衆との対立はかなり前からのことのように思える。
そうなると、何故一緒に義輝を殺害して要らぬ悪名を被ったのかが信長には分からなかった。
だがそれは三好三人衆も同じであった。
後々深く対立し久秀を排除するつもりではあったし、彼女自身も気付いていただろう。
だとしてもしばらくは利害の面から共に行動するつもりだろうと思っていた。
それゆえ三好三人衆にとっても久秀の行動はまったくの予想外。
彼らからすれば足利義栄を傀儡として擁立しようと動いている真っ最中。
主君の三好義継を唆して久秀排除を画策することも出来ない。
これが狙いかとも考えたが、だとしてもおかしいのだ。
久秀の器量ならば先に義継にちょっかいを出して逆に三好三人衆を排除出来る可能性も高い。
彼らもそう考えていたから此処からは薄氷の上を渡る勝負だと腹を括っていた。
「だがまあ、松永久秀については今はとりあえず置いておこう」
とは云え勘に引っ掛かるものがあるのも確かだ。
松永弾正久秀、如何なる人間か――信長は確かな興味を持っていた。
正に久秀の思惑通りと云えよう。
「タッキー、三好のこれからの動きと目的を云ってみろ」
「ハ!」
茶会の場に飛び込んで来た時は青褪めていたタッキーも今ではすっかり落ち着いている。
頭は冷え、険しい表情でこれから訪れる大波に備えようとしているのだ――何と頼もしいことか。
それはタッキーのみならずこの場に集められた人間全員がそうだ。
良いぞ、これが織田家だ、これが俺達だ――信長は織田家の充実っぷりに心を奮わせていた。
「先ずは三好家の傀儡とする次期将軍の擁立でしょうな。
さりとて根回しやら何やらで忙しく、直ぐには出来ぬはず……ですが時間の問題。
そして奴らの目的としては畿内を完全に掌中に収めることか推測する次第です」
「うむ、俺もそう考えている。長秀、幕臣連中はどう動くか予想を述べてみろ」
「…………ハッ。対抗馬として件の大和を脱した妹君を還俗させ擁立するべく動くかと」
「だろうな、三好を認めないと云うのならばそうするしかない」
と云うか、奈良から逃がした時点で認めないと云う意思表示は成されている。
「とは云え、幕臣連中に直接的な武力は無い。つまるところ後見が必要なわけだ。半兵衛」
「はい」
「一先ずは何処を訪ねるのか私見を述べてみい」
このやり取り、全員理解しているのならば必要ない。
そう思うかもしれないがこれはこれで必要な手順である。
言葉にする、言葉で聞くことで潤滑油としているのだ。
これからについて考える際に、頭がちゃんと回るようにと。
「最善と云うのならば聖剣を持つ信長様が足利の後見になれば幕臣側の正当性は揺るがず。
さりとて、信長様を頼るのは最終手段でしょう。日ノ本の正当なる支配者たる信長様に"認めてもらって"幕府を立て直すのですから」
半兵衛は実にクールだ、クールに信長の意図を察して潤滑油の役割十全に果たしている。
わざわざ最善と云うのならば、と云う前置きから入ることで。
しかし半兵衛と云い帰蝶と云い美濃は涼しい顔で毒っ気を孕んでいる人間が生まれ易い土地なのだろうか?
「それゆえ、最初に頼るとすれば越前。つまりは名門朝倉家が妥当でしょう」
「で、あるか。して、動けると思うか?」
「朝倉も擁立に向けて動きはするでしょう。しかし、朝倉領土にも不心得者――坊主の皮を被った畜生が居りますゆえ」
畜生、とは一向宗のことだ。
織田の領内にも一向宗は存在してはいる。
存在はしているが、正当な支配者と云う名分を持つ信長相手に単独でことを構えるつもりはないだろう。
先に殴りかかってしまえば殴り返されるのが道理。
しかし通常の勢力ならば坊主であると云う盾がそれなりに通じる。
一揆は鎮圧されても領内の一向宗が皆殺しにされたり寺を焼かれたりはしない。
が、信長には聖剣エクスカリバーがある。坊主と同等、或いはそれ以上に聖性を備えているのだ。
加えて敵対者にとってのえげつなさは今川・斎藤で証明済み。
連合を組むならばともかく寺社勢力のみでの蜂起は先ずあり得ない。
信長としては全然蜂起してくれても構わないのだが――皆殺し的な意味で。
まあ、織田家にとっての内情はともかくだ。
今、話題に挙げられている朝倉に話を戻そう。
「最近不穏な噂も聞こえてきます、そちらに手間取って動けない……と私は読んでいますが如何でしょう?」
「同感だ。一向一揆を鎮圧しても、消耗は免れん」
その状態で上洛を成すのはあまりにも無謀だ。
何せ京の近辺――と云うわけではないがそこまで遠くない位置に織田が存在しているのだから。
聖剣を誇示し、表立って幕府に反逆をしようとはしていない。
しかし、それが力を蓄えるまでの静けさであったらば?
既に大国となった織田が動くかもしれない、そうなった場合朝倉は三好と織田を相手取らねばならないのだ。
古くからの付き合いである浅井と手を組んだところでどうにもならない。
むしろ織田に浅井を滅ぼされてその勢いで朝倉の本拠である越前まで攻め込まれる恐れがある。
「そんな状態で織田なんて出来れば触れたくない爆弾染みた面倒な勢力を相手取れんわな」
さあ、そろそろ本題に近付いて来たぞ。
「藤乃、その上で幕臣が取るべき道は何だ?」
「何時までも時はかけられませんからねえ。何時までも動かない朝倉に焦れて織田を頼るでしょう。
義に篤いかつて関東管領を目指した上杉、或いは甲斐の虎を担ぎ出す――と云う手もなくはありませんがその可能性は低いかと」
上杉――と云うより上杉謙信は戦は上手いが統治は下手糞だ。
国衆相手に四苦八苦しているので上洛なんて余裕は無い。
武田にしても上洛をするのならば織田の領内を通らねばならず、武田に噛み付く名分を織田に与えるようなもの。
もしも織田が多方面に軍を展開していたのならば織田を喰らう好機と信玄も動いていただろうが織田は今のところフリーだ。
「よっぽどの阿呆でなければ本命の朝倉で焦れるほど待たされたならば越後や甲斐になんて行きませんよ。
まあ、織田に来ると云うのならばそれ相応の覚悟も必要でしょうがね。正直な感想を云わせて貰うなら、足利詰んでます」
どちらが上でどちらが下か。
ぶっちゃけてしまえば織田の傀儡になると云う最悪を想定しておくのは当然だ。
「それでも足掻くと云うのはまあ……諦めない姿勢は良いんじゃないですか?
最後まで室町幕府復興のために尽力し、夢叶わず途上で果てる――――良い具合の美談ですし」
辛辣なんてレベルではないが、それが足利にとっての現実である。
「信長様は幕臣勢力が連れて来るお飾りさんを傀儡にして黒幕として君臨するつもりなの?」
オブラートに包む? 何それ? ってな具合の帰蝶の問い。
しかし、それこそが皆の聞きたいことだった。
此処まで直球に聞くのはアレかなと図太い面子以外は遠慮していたのだ。
「逆に聞くけど俺がその程度のしょっぱい役柄で満足するような男だと思ってるのかお前ら?」
ニヤリ、と不敵な笑みを一つ。
殆どの面子が険しい顔をして張り詰めた空気が漂っていたのに笑み一つで霧散する。
信長が笑みと共に発露した覇気が総てを押し流したのだ。
気付けば皆も、その空気にあてられて不敵な笑みを浮かべていた。
「失礼ながらぁ……殿は、そこまで謙虚な御方ではないかと」
タッキーの一言にあちこちから楽しそうな笑い声が上がる。
「(……これね、信長様は空気を作るのが本当に上手いわ)」
この主と共に駆けられたならばさぞや楽しい――そう思ってしまう。
報酬だとかそんなものは付加価値以下。
単純に楽しそう、この人に着いて行った結果死んだとしても本望だと思わせてしまう強烈なカリスマ。
信長に付き従う者達は個人であって個人ではない――総体だ。
個人のままドロドロに溶け合って信長の剣にも盾にも牙にも爪にもなってしまう。
これは聖剣云々の話ではなく、信長が信長になる以前から備えていた資質だ。
「(だから、聖剣も進化している)」
定期的に聖剣をメンテナンスしているマーリンはある時から聖剣が進化していることに気付いた。
勿論、彼女が製作時に搭載した機能ではない。
聖剣自身が信長に影響されて勝手に備えてしまったのだ。
進化の末に会得した能力、それは端的に云ってしまえば全盛期の継続。
信長自身は当然として、その影響下にある一定水準を超える者達はまるで翳らない。
勝家など信長より年上ではあるが、桶狭間の頃よりまるで変わっていない。
心重ねて共に覇道を往く輩よ、どうか夢の終わりまで着いて来いよと云う信長の想いを聖剣が体現しているようだ。
まあ、聖剣の効果がなくとも異常なほどに老い難い人種も居るには居るのだが。
例えば信長や藤乃、竹千代などはその素養がある。
たまーに歴史の中にポンと現れる突然変異とでも云うべき傑物達。
そのような人間の中でも更に稀に現れる特徴でマーリン自身も見たことがある。
さて、それはさておきマーリンは少しばかりの不安を抱いていた。
「(素晴らしくはあるのだけど……)」
順風満帆、しかし光が強ければ強いほど影もまた濃くなる。
目に見えぬ場所で闇が蠢いている――そう考えてしまうのは年寄りゆえの不安か。
「(幾つになっても未知と云うものに対しては期待のドキドキと不安ハラハラを感じてしまうのね)」
聖剣の進化と云う千年を生きる魔女にとってもまるで予想だにしない事態。
そのことで不安を抱いてしまっているのか。
マーリンはそんな自分に苦笑し、同時にこんなにも情緒豊かな日々を送れる今に感謝をした。
信長と出会ってから本当に本当に退屈とは無縁。
グダグダとした戦乱が続く日本の平定と云う夢が輪郭を帯びて来ただけでなく恋をして愛も知れた。
「(嗚呼――――私、世界一幸せな魔女だわ)」
何も恒久的な平和と云う無茶を押し付けるつもりはない。
信長が何時か閨で語った遠い未来へ続く国家像。
一言で表現するのならば可能性に満ちた国。
知識と云う水を徐々に徐々に一部だけではなく全体に浸透させ芽を育む。
顔を出した芽はやがて実をつけ時と共に熟れてゆき個人の視界が広がり世界すらも広がる。
新たな思想の芽生え、多様化する個人、時に対立し、血を流しながらも際限なく可能性が生まれ続ける。
その中で争いは消えずとも、争うことの愚を人は知るだろう。
そうすれば自分が子供だった時から今に至るまで続いている血生臭い争い一辺の世界もマシになるはずだ。
一足飛びでそんな世界にはならないが信長の描く天下が確かに一歩になると、マーリンはそう信じている。
「しかし、ならば信長様。足利の打診は蹴ると云うことですかな?」
首を傾げる勝家にいいや、と間髪入れずに否定を返す。
「話自体は受けるぜ。ああ、上洛させてやるさね。二条の御所も奪い返して改修した上で足利にくれてやらぁね」
ますます意味が分からなくなる。
黒幕として牛耳るつもりが無いのならば、何故足利の打診を受けるのか。
「どう云うことだ? って顔してんなぁ。ちゃんと理由はあるぜ。その理由、分かる奴居るか」
そう話を振ってみるが全員が全員難しい顔をするだけ。
公私に渡って親しいマーリンも帰蝶も藤乃も、頭がキレ過ぎる半兵衛ですらも困惑している。
それでも半兵衛が戸惑いがちに手を挙げた。
「……恐らく、いや確実に本命ではないのでしょうが領土拡大が一つの理由では?」
上洛するとなれば途上の勢力も邪魔臭くなって来る。
素通りさせてくれるところもあるかもしれないが、信長的にそれは嬉しくない。
従属させるか、或いは殴る名分を用意して滅ぼすか。
そうして更に肥えるつもりで居た。いずれやって来る冬への備えを更に磐石なものとするために。
「うむ、その通りだ。そしてそれは勿論、本命ではない」
「ならば……お手上げです」
半兵衛は悔しそうに降参の意を示した。
頭を武器にしているだけに看破出来ないのは悔しいようあ。
後、惚れた男が何を考えているのか分からないことも。
「ふむ、他にないようだし答えを云うとするか」
立ち上がり、部屋の中央まで行きグルリと室内に居る全員を見渡す。
そして禍々しさが滲む笑みと共に答えを言い放った。
「――――反信長包囲網を敷かせるためだよ」




