14話
ある日のこと、信長はかねてより予定していた家族の茶会を開いた。
茶会には多くの弟妹に妻帰蝶と桶狭間直後に仕込まれたまだまだ幼い織田信忠――現在奇妙丸。
そして義母の道三に竹千代も出席していた。
何故竹千代が居るのかと云うと今川仕置きの後に結んだ夜の清洲同盟にて竹千代も子を懐妊したからだ。
同時にその辺りで朝廷に働きかけ官位を貰うと同時に徳川家康に改名した。
徳川の当主ゆえ、竹千代自身は信長の妻にはなっていない――未だ。
しかし、子の後に徳川信康となる今現在は母と同じ幼名の竹千代が家督を継げば嫁入りすることを決めている。
なので出席しているのは極自然な成り行きだ。
統治状況を報告がてらに近々美濃を訪れる予定だったのでそれが少し早まっただけ。
ちなみに竹千代(子)こと徳川信康。
史実においては信長の娘を嫁に貰っていたが事実かどうかはともかく謀反の疑いありと父親にチクられて最終的に母共々切腹させられている。
とは云えこのファンタジーな歴史ではその心配もないだろう。
何せ父親が信長で、母親が今川義元の娘ではなく竹千代(母)自身なのだから。
三河家臣団の中には織田に家が乗っ取られるようなものではないかと云う不満も当然あった。
が、竹千代の『じゃあお前ら信長様に敵対する度胸あるの?』と云う一言によって黙殺。
家臣団も同盟のために今川仕置きの現場に居合わせていたのだ。
当然の如くにブチギレヒャッハー状態の信長を目撃している。
大国今川を滅ぼした執念と度胸、聖剣エクスカリバーと云う正当性、敵に対する容赦の無さ。
あれをまざまざと見せ付けられて逆らえるほど三河武士は強くはない。
何かと持ち上げられる三河武士ではあるがその実態はただの面倒臭い奴ら。
忠義はあるがそれを差っ引いても史実の家康はさぞや彼らに悩まされたことだろう。
が、竹千代(母)は自身の器量プラス信長を使って上手くまとめている。
竹千代(母)にとって懐妊したのはむしろ幸運だった。
織田家と更に縁が深まれば内側の面倒ごとも少なくなる――と。
おかげで今は気楽なものだ。
息子のために徳川を豊かにすることだけを考えていれば良いのだから。
唯一の悩みは戦が無いので領土拡大のチャンスが無いことぐらいか。
竹千代(母)も戦国大名、当然の如くに名を上げたいと云う欲ぐらいはあるのだ。
「ととさま!」
「とー!」
「おうおう、元気だなお前ら」
じゃれついて来る奇妙丸と竹千代――まぎらわしいので信長は子の方を千代と呼んでいる。
母親の方を家康と呼んでやれば良いのだろうが、信長にとってはやっぱり竹千代なのだ。
それに一度家康と呼んだ時、竹千代がショックを受けたような顔をしたので家康呼びは保留のまま。
「お前らはまだ茶が飲めんから退屈するかなと思ってたが楽しそうで何よりだ」
二人の子供をその腕に抱いてやる。
いずれはこの子らも戦国の習いに従って関係も変わるだろう。
奇妙丸は織田家の次期当主で、千代は実質織田傘下の徳川家次期当主なのだから。
が、子供のうちは純粋な兄弟で居させてやっても良いはずだ。
「……良い父親で御座りますね、これで女遊びをしなくなければ竹千代も嬉しいのですが」
じと目で信長を見つめる竹千代は不機嫌そのもの。
隣に居る帰蝶は苦笑を浮かべて見守っている。
「いや、俺生涯現役だし」
「……だから真田昌幸などと云う女に種を?」
ケッ、と吐き捨てる竹千代。
立場的に良いのかと云えば良くはないが、今は家族の集まりなので野暮は云いっこなしだ。
「まあ、孕んだかどうかは分からんがな」
竹千代に昌幸のことを教えたのは対武田を見据えてのこと。
武田と敵対した際に先ず真っ先に狙われるのは三河や駿河。
徳川にとっては領土拡大のチャンスではあるが、同時に危機でもある。
信玄入道はあの謙信相手にバチバチやっている確たる実績があった。
そんな男が攻めて来るとなれば並大抵のことではない。
今の内に心構えをしておくべきだと当主である竹千代にのみ話しておいたのだ。
戦になったら真田昌幸の動きに気を配れ、彼女が動く際は好機の訪れであると。
「へえ……でも、戦場でバッタリ出会って何の動きも見えずやらざるを得ぬのならば竹千代は昌幸を殺しても良いの御座りましょう?」
「そりゃまあ、その時はその時だしな」
あんな商談を持ちかけておいて死ぬ方が悪い。
少なくとも昌幸と信長が逆の立場であれば彼女もそう云うはずだ。
「しかし何でお前そんな機嫌悪いの?」
竹千代が割りと嫉妬深い性質だと云うのは信長もとうの昔に看破している。
だが、今の彼女には嫉妬以外の感情も混ざっているようでそこが不思議だった。
「…………分かりませぬ」
「それはー……あれか? 裏切りを行うことに何の躊躇いもないから?」
強い限りは裏切りません!
そんなことを堂々と云ってのける女だ。
勝家辺りが聞けばとっとと殺そうぜこの女! とブチギレかねない。
が、それもどうやら違うらしい。
「いえ、それを云うのならば竹千代も裏切ったことがありまする」
元々織田に――信長に好感を抱いていた竹千代だ。
それでも、家のことはまた別。
桶狭間の段で竹千代は今川家に従属していたのだから。
義元が死ぬやあっさり裏切って独立を果たしたのだから裏切りを責めるつもりはない。
「ゆえにその辺のことはどうでも良いので御座りまするが……ただ、真田と云う名がどうにも癪に……」
別に何か迷惑をかけられたわけでもない。
が、それでも何か嫌なのだ。
「(そういや、史実で散々虚仮にされたんだよなぁ……)」
何か異世界の電波とかが飛んで来たのかもしれない。
そう納得して話を打ち切った。
「それよりほら、見てみな奇妙、千代」
息子二人を抱いて中央に置かれた大きな大きな壷の前へ。
長身である信長の胸下まであるそれを覗き込んで見れば、
「きれー!」
「きれー!」
きゃっきゃと子供達が騒ぎ出す。
その声に釣られて他の出席者達もどれどれと近寄って来る。
ただのインテリア程度にしか思っていなかったのだが、綺麗とはどう云う意味かと。
「お兄様、これは……」
壷を覗き込んだ者達は皆一様に目を奪われた。
壷には水が張られているのだが、水面には美しい花々が咲き乱れる楽園が広がっていた。
魚が悠々と泳ぎ、鳥が飛ぶ摩訶不思議な光景。
「マーリンが作った壷中天さ。名の由来はそのまま、大陸の故事だな。
壷の中にあるもう一つの世界、此処ではない何処か美しい場所。中に入ればそこはもう楽園よ」
「……これ、入れるの?」
クールな帰蝶も流石に驚いているようで目を白黒させている。
「ああ。つっても、中と外じゃ時間の流れが違ってな。
外では瞬きするような僅かな時間でもこっちでは数日――なんて具合にな」
信長はこの説明を聞いた時、某国民的少年漫画の何ちゃらと時の部屋を思い出したものだ。
「……成るほど、内密な軍議や思案する時間も惜しい時はこの中でと作ったので御座いまするな」
竹千代はうんうんと頷くがそれは違う。
「いや別に? マーリンは何か意図があって作ったわけじゃないぞ。と云うか用途すら考えていないらしい」
魔道の徒と云うものはハッキリ云って変人だ。
エクスカリバーのように確たる目的がり使用を視野に入れている魔道具を作る事例こそが稀。
単純にこれこう云うものが出来るかな? と先ず思いつく。
その上で魔道の腕を試す意味で作成に取り掛かる。
魔道の徒にとっては作成段階が肝で、出来上がったら後はどうでも良いのだ。
活用しようなどとは考えない。頭の中に思い浮かべたものを形に出来る腕を備えているなと云う確認が済めばそれで良いのだ。
完成が無理だなと思った場合は、作れるように魔道の腕を磨く。
しかしその際に未完成のものは打ち壊して忘れてしまうのが大概の事例である。
結果として腕を磨き終わった後、覚えていなければ結局作らないと云うこともあり得るのだ。
魔道なんてものを使うの輩は軒並み変人でマーリンもその例に漏れず。
この壷中天も境界の術、時間操作の術を確認するため五百年ほど前に手掛けた品だ。
そしてそれ以来異空間の倉庫で眠っていたのだが……。
「この間倉庫の整理を手伝ってる時に見つけてな。
中に入らずとも、外側から見るだけでも十二分に良いと思って借りて来たんだ。
確かに竹千代の云うような使い方も出来る便利な道具だがマーリン本人にとってはガラクタの一つだろうて」
スケールが違うのだスケールが。
時折忘れそうになるがカテゴリー的には人知及ぶ領域に居ないのだ、マーリンは。
「ん? どうした長益」
ふと気付く。
他の者らと同じく壷中天に見入っている長益がプルプルと震えているではないか。
「あ、あああ兄上……」
「ん?」
「これ、某にくださいませぇええええええええええええええええええ!!」
それはそれは見事な土下座だった。
「……長益、確かにこれは綺麗だし便利かもしれませんが、欲しがるようなものですか?」
土下座外交官に任命すれば八面六臂の活躍を見せてくれるであろう美しい土下座。
その土下座を前にして皆が感心する呆れるやらで何も云えずに居る中、真っ先に口を開いたのはお市だった。
お市は信じられないと云うような顔で長益を見ている。
「だって中に入れば余計に歳を取るんでしょう?
居心地良さそうで、ついつい長居して戻ったら一歳二歳老けているなんて嫌ですよ、普通」
瞬きするほどの時間で何日も過ぎ去るのだ。
一年二年などあっと云う間だろう。
何せ外から見るだけでも見惚れてしまうような楽園が広がっているのだから。
「自分の部屋にこれがあれば、ついつい見入って中に入ってしまいそうだし……」
こう云う場で鑑賞するのには良いだろう。
しかし、個人で所有するとなれば――お市は苦言を呈するも……。
「……ハッ」
長益はお市を鼻で笑った。
御姫様然として怒ると云う感情すらよく分かっていないような彼女ですら苛吐く笑いだった。
「これだから芸術と云うもの解せぬ女はいかんのだ。兄上ならば、分かるでしょう?」
「俺に振るんかい……まあ、云わんとすることも分からなくはないが……」
表面的な美しさのことを云っているのではない。
長益は製作の背景も聞き、その上でこの壷中天に価値を見出したのだ。
が、信長は自分が考えているそれが長益のそれと同じかイマイチ分からない。
「お兄様、長益は何が云いたいのですか?」
「実用性を求めて何かを作ったのであれば、それは道具だ、使うことを前提としたな。
が、コイツは違う。実用性なんぞ求めていない。ただの自己満足の結晶、だってのにとんでもない実用性を備えている」
そうしようと思ってそうしたのではない。
結果として実用性が生まれたのだ。
「具体的にはさっき竹千代が語ったが、こいつは本当に便利だ。
俺が藤乃を孕ませたとしよう。いや、落ち着いたら孕ませるんだけどさ。
例えば前線指揮官として何処ぞに向かって欲しいと思うも、身重の状態じゃキツイわな。
そんな時、この中に入って出産して体調が落ち着くまで過ごさせれば……な? あちらを立てればこちらが立たずになんてならない」
そんな凄まじい実用性を備えているのに、壷中天は美しい。
実用性を求めた道具に機能美は宿るが、芸術品としての美は中々宿り難い。
両立を目指し実際に作ってのける職人も居るには居るだろう。
「だけどマーリンは何を意図したわけでもなく、美と実用性を見事に両立させた。
その意図してないってのが肝だ。何ともおかしみがあると思わんか?
偶然と云う、誰にも操れぬ悪戯の中で生まれたこれは、紛れも無い芸術品。
質実剛健な性質をしてる人間にとっちゃ分からんだろうが、分かるからって上等って話でもねえ」
こんなもんはあくまで感性、個性の違いで優劣には直結しないのだから。
信長の講釈に皆が聞き入っている。
下手なものが語れば鬱陶しい薀蓄になりかねないが信長の場合は違う。
耳障りの良い胸にまで染み渡るような声を使った語り口、語りに合わせて変化する表情や手振り。
人の関心を引くそれは前世での経験と大名として、人の上に立つ者としての経験が培った信長の武器と云えよう。
「で、だ。これに価値を見出す人間は手に入れてから更に楽しむことが出来る。
喉から手が出るような利便性を備えたそれを手に入れて――――敢えて使わない。
使わず、あくまで鑑賞用として飾っておく。何とも贅沢な話だろ?」
ちらりと横目で長益を見やると、
「流石です兄上! 略してさすあに! やはり兄上ならば分かってくれると信じておりました! どうか、どうかぁ……!!」
「つっても俺のじゃねえしな。これ、あくまで借りただけだもん」
珍しいし、茶会で使うインテリアに面白いかなーと借りて来ただけなのだ。
あくまで所有権はマーリンにある。
まあ、ガラクタ程度の認識なのでくれと云ったらくれるのだろうが。
「な、ならば兄上から魔女殿に掛け合って――――」
と、更に強請ろうとしたその時だった。
茶会が行われている庭園の中に顔を青くしたタッキーが転がるように入って来る。
「し、失礼! 殿、一大事に御座ります!!」
「……みたいだな。何があった?」
予想がつかなくもない、しかし聞くまでは分からぬと先を促す。
「く、公方様が弑逆され申した! 下手人は松永久秀、並びに三好三人衆に御座ります!!」




