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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いて天下布武る俺――  作者: 曖昧


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10話

 麗らかな日差しの中、静謐な空気を漂わせる金剛峰寺を見学している信長。

 女人禁制のため、マーリンは魔道で認識を阻害して傍に居る。


「さぁて……偉い坊さんは何処かにゃー?」


 とりあえず一人一人坊さんを見て回るつもりだった。

 立派な御仁ならば見ただけでも自分の琴線に引っ掛かるはず。

 そして、そんな人間ならば真面目な問答を申し込めば確実に答えてくれる。

 あれこれと理由をつけて拒むような輩ならばそもそも高僧とは呼べない。


「分かり易く住職を訪ねてみるのも手だと思うけど?」


 マーリンは信長の意図を事前に聞かされているので此度の遠出について咎める気はなかった。

 美濃攻略の真っ最中だが、帰蝶が上手くやることを信じているし。

 それに、何かあればゴールデンウィングを持つカトーが文を携えて飛んで来るはずだ。

 今のところそんな気配もないのでゆっくりしていても何ら問題はない。


「ああ。だがまあ、それはそれとして見物もしてえしな」


 高野山も武装している寺社勢力なので反吐が出るほど嫌いだ。

 嫌いではあるが、そこはそれ。建物に罪は無い。

 諸国漫遊のおかげですっかり観光好きになった信長の心は弾んでいた。


「楽しそうねえ」


 微笑ましげに信長を見つめるマーリン、その瞳はとても優しい。

 普段はそうでもないがやはり年上なだけはあって深い包容力を感じる。


「そりゃ楽――――」

「どうしたの?」


 急に黙り込んでしまった信長。

 一体どうしたのかとその視線を辿ってみれば本堂の前に居る一人の男に視線が注がれていた。

 白い頭巾を被った僧形を纏うその男は何とも勇ましい顔をしている。

 勝家などと同系統のそれだが、威厳と云うものが段違い。


「(あれ、あかん)」


 喧嘩をすることになった際、相手を見てこれは勝てないと察してしまうことがある。

 体格が違うとか、纏う空気が違うとか――そう云う経験は珍しいことではない。

 信長自身も幾度かそう云う相手と対峙したことがあって、その度に機転を利かせて潜り抜けた。

 だが、その信長をして初めてだった――――戦争と云う単位で勝てないと思ってしまうのは。

 喧嘩と云う個人単位の争いならばともかく、戦争と云う集団単位で勝てないと悟らせる。

 そんな空気を纏った人間にお目にかかるなどまるで予想だにしていなかった。


「(居るもんだなぁ……化け物って)」


 何時しか信長の瞳から頭巾男の実像は消え失せていた。

 ありありと見せ付けられるはうねりを上げて空へと昇り下界を見下ろす巨大な龍。

 ふと漏らした吐息ですらまるで暴風、唸り声は雷鳴もかくや。

 実像があるわけではない、これは感受性の強さと卓越した眼力が見せた幻。

 しかし何だ、そこに居ないと頭で理解しても尚、この龍は消えず。

 すなわち、それだけ大きなものを備えた人間であると云うこと。

 名乗られたわけではない、しかし自然と口をついて出て来たしまったその名は、


「……上杉、謙信」


 どうして此処に居るのか、などと考える間隙すら存在せず。

 ただただ龍の威容に感心し、そして呆れていた。

 成るほど、こりゃ生涯戦で負けなしと云うのも納得であると。

 同時に、これほどの男だ。万能性を求められても已む無し、謙信こそが上杉。


 それは信長とも似ているが、彼の場合は絶対的な主柱ではあるが意図して分散させている。

 絶対の頂点、さりとて他の者達も天魔を支えるに相応しき人材であると。

 だが謙信の場合はそれがない。実際に有能な人物が居るか否かの問題ではない。

 織田家と云えば信長、そしてエトセトラと自然に名が続くようになるよう注意を払っている。


 だが上杉は違う。これほどの存在感で、尚且つ意図して分散もさせていないのならば謙信だ。

 上杉と云えば謙信、それ以外に何があらんや。

 謙信はあまりにも大きく、更には神々しささえ感じさせてしまう。

 人間性と云うものが薄いのだ、ともすれば本当に龍が何かの悪戯で人に化けているかのよう。


「……ぬぅ」


 一方の謙信も、信長の視線――と云うよりも気配に気付き身体を信長へと向けていた。

 そして思わず呻き声を漏らす。実像を超える幻を見ていたのは何も信長だけではない。

 謙信もまた、信長と云う実像を既に見てはいなかった。

 その目に映るはやはり化生。信長が謙信に龍を見たように謙信は信長に天魔を見た。


 紅い紅い鬣のような乱れ髪をした山ほどもある頭巾の無い三つ目の山伏。

 さりとて山伏のような厳かさは微塵も存在せず。

 纏う法衣は鮮やかな模様で彩られ、挙句の果てには華美な女ものの着物まで羽織っている。

 顔の両面には阿修羅のように天狗面と鬼面、覗く素顔には嘲弄の笑みが張り付いていた。


 手には菩薩錫杖の代わりに大太刀と火縄銃を備えており、背なには箱笈の代わりに巨大な瓢箪が。

 笑い声は数多の楽器を重ね奏でたような美しくも堕落に満ちたもので、漂う吐息は甘く甘く惑いへ誘っている。

 克己を哂い、欲望を賛美するかのようなその様相は天魔としか形容出来ない。

 人一倍自制心が強いと自負する謙信でさえ、あてられて眩暈がするほどだ。

 このあまりにも異質で邪悪、しかして人間と云う種の本質、業を示したかのようなものを見せられるのは――――


「……織田、信長」


 それ以外には思いつかなかった。

 東海一の弓取り今川義元が今わの際に信長をこう評した――第六天魔王。

 成るほど、確かに天魔だ。単純な戦争、武威によるものならば微塵も遅れを取るつもりはない。

 しかしそれ以外の部分、純粋な戦争ではなく人心を操り多くの搦め手を使われたのならば……。

 信長も謙信も、互いが互いを脅威であると認め合っていた。


「おう、そうとも。お初に御目にかかるぜ越後の龍よ」


 自然と歩み寄り、答えていた。

 それは謙信も同じで、意識せずとも距離を詰めていた。


「しかし何だってこんなところに居やがる? 家出でもしたのか?」

「……」

「え、嘘? マジで家出?」


 史実においても家出騒動をやらかしている謙信。

 そこには色々な意図があったのだろうが、結局のところは本人にしか分からない。


「腰が軽いと云うか迂闊と云うか…………いや、俺も人のことは云えた義理じゃねえやな」

「……そう云う貴公は何故、高野に居る?」

「ちょっとしたオベンキョウさ」


 和やか――とは云えないが普通に語らっているようにしか見えない。

 しかし、見る者が見れば分かる。

 巨大な龍が天魔の首に牙を突き立て、天魔が軍龍の鱗を引き剥がしている姿が。

 語らいながらも、戦っているのだ、この男達は。

 が、そんな静かで激しい闘争を繰り広げる二柱の横っ面を殴る者が現れる。


「――――おやおや、これはまた珍しいもんを見たのう」


 鋭過ぎる爪を天魔の肉体に突き立て、荒々しい牙が龍身体に喰らいつく。

 黒白黄、刃の如き鋭さと絹の如き滑らさを併せ持つ体毛に覆われたそれは――――虎。


「わしゃあ……運がええのか悪いのか…………何にせよ、面白いもんじゃのうこの巷は」


 妖怪何ちゃら入道と云う表現がピッタリな容姿のゴリマッチョ禿は実に愉しそうな笑みを浮かべながら近付いて来た。

 三者共にドレスコードを護り高野山に入山するに相応しい格好をしているがこの男の場合は僧そのものだ。

 とは云っても満ちる覇気が凄まじく生臭などと云うレベルではないが。


「…………信玄」


 入道の正体は武田信玄だった。

 信長も驚くことはなく、ああやはりか……程度の感想しか浮かばない。

 龍が来て、虎が横合いから殴り付けて来たのだ。

 それはもう武田信玄をおいて他に誰があらんや。


「おお、直接会うのはこの間の川中島以来じゃのう。

おんしにお気に入りの軍配をぶっ壊されてれてからどうにも手が寂しくてかなわんわい」

「何故、此処に居る?」

「んお? ぬはは、新たな軍配を京で見繕おうかと思ってのう。今度は雅さを前面に押し出したのがええわいな」


 ゲラゲラと笑う信玄、どう考えてもふざけている。

 謙信が白で真面目な男ならば信玄は赤で不真面目な男。

 何とも対照的な二人で、だからこそ後世にまで語り継がれるほどの好敵手となり得るのだろう。


「が、おもしろうない顔見知りはどうでもええわ。それよりも、じゃ。おんしが噂の第六天魔か」

「どんな噂かは知らんが……義元公に頂戴した名だ。ところで、恨み言の一つ二つは無いのか?」


 武田・北条・今川による甲相駿三国同盟。

 それを崩壊させたのは誰あろう尾張の大天魔、織田信長。

 今のところ武田も北条も織田にちょっかいを出しては来ないが忌々しく思っていることは確かだ。


「んお? 何のことやら」

「腹の裡を見せねえ野郎だな……が、謙信よりゃ好きになれそうだ」

「ぬっはははは! それはわしも素直にそう思う。巷じゃわしとこれが尊敬し合う敵手のように云われとるが……わしゃコイツが嫌いじゃ」


 それは偽らざる思いだった。

 端的に云って胡散臭いのだ、信玄にとって上杉謙信と云う男は。

 人間味の無さ、人と云う種ならば持っていて然るべき欲が微塵も見えない。

 隠されているのだろう、そうであって欲しい。でなくばあまりにも気持ちが悪い。

 その点、信長は良い。欲望を肯定し、人の有様であるとしかりと理解している。

 一個人として付き合う分には謙信なぞよりもよっぽど良い。


「しかし、神聖な寺社で腹の黒い話をするのも罰当たりよな。

とは云え、此処ではいさようならと云うのもあまりにも寂しい話じゃ。

この日ノ本に傑物と云うもんがおるならば、それはわし、そしておんしらだけよ。

傑物同士が何の因果か一つの場所に集ったのであれば、語らわねば末代までの痛恨じゃて」

「テメェは曹操かよ、信玄」


 悪態を吐きながらも信長の表情は柔らかだ。

 義元と云い、信玄と云い、個人として付き合うのならば面白そうな者が居過ぎる。


「おんしらぁ、宿は取ってあるかの? わしは麓の××と云う宿を取っておるんじゃが……」

「……同じだ」


 謙信は嫌そうな顔で答える。

 信玄が謙信を嫌っているように、謙信もまた信玄を嫌っているらしい。

 清廉からかけ離れた老獪なこの入道が生理的に受付けないからだろうか?

 このように好悪はあるように見えるのに、それでも人間味を感じないのだから本当に気味が悪い。

 信長も信玄も謙信に対して良い感情を抱けずに居る原因だ。


「俺は、別だ。その宿の近くの××ってー別の宿を取っている」

「ふむ、そっちにわしらが行っても構わんが……こっちは二人じゃ。おんしに足を運んで貰おうかの」

「良いぜ。近くだしな、手間でも何でもねえ」

「ならば、おんしらは先に宿って行ってくれい。わしはしばし詣でてから戻る。折角高野に来たんじゃし、勿体ない」

「俺も此処に来てからそう時間は経ってねえんだが……まあ、良いか」


 そもそも信長は別に観光に来たわけではないのだ。

 途中からそれも目的に入っていたが、メインではない。

 観光をするのならばゆっくりしたいので信玄や謙信とはノーサンキュー。


「おい、俺は行くがお前はどうするよ謙信」

「……同行しよう。奴と二人は御免被る」


 同じく欲望塗れだが、それでも信長は聖剣の担い手だ。

 信玄よりゃましだと思っているのかもしれない。


「そうかい(しかし、俺も信玄もお供連れてんのに謙信だけボッチなんだよな……かわいそ)」


 吐き捨てるような謙信の言葉に苦笑しつつ、信長は彼を伴って下山する。

 尚、空気になっていたマーリンだがアイコンタクトで良さそうな僧を探しておけと指令を出されたので此処からは別行動だ。


「……やはり、わしは運がええのう」


 背後で静かに控えていたお供の少女に語り掛ける信玄。

 女は腰まで伸びる髪を毛先で括り付け、前髪で片目を隠していて何とも陰気な感じがするが顔の造形は悪くない。

 隠されていない片目は糸目だが、僅かに覗く瞳は見事なワインレッドで目を惹く。

 形の良い目鼻口、ゆったりとした着物を着ているがスタイルも中々。


 マーリン以下、帰蝶以上と云ったところか。

 ちなみに女人禁制のお山にどうして入れたのかについてだが――――マネーである。

 信長は気を遣ってマーリンに魔法を使わせたが、別に入れないと云うわけではないのだ。

 金さえ払えば目を瞑らせることが出来る、それほどまでに寺社と云うものは腐っていた。

 信長は何も云わなかったが腹の中でどうしようもねえな糞坊主共とヘイトを燃やしていたりする。


「こうも簡単に信長に会えたんじゃからなぁ!」


 カッカッカと笑う信玄だが、


「……意図して来たわけではないでしょうに。

美濃に行くのも良いが、折角遠出したのだから高野山に行きたいとかいきなり言い出して」


 ツッコミをかまされる。


「そう云うでないわ。昌幸、ぬしゃあ頭は良いし、機転も利くが真面目過ぎるきらいがある。

此処はむしろ、流石お館様! 意図していない行動で本懐を果たすなんて凄まじい強運! と褒める場面じゃて」


 少女の名は真田昌幸。

 史実において親子二代で竹千代のヘイトをこれでもかと稼いだ表裏比興の自由人である。

 信玄は男も女も好きではあるが、特に昌幸のことを目にかけていた。

 とは云え彼女の場合は性的な対象ではなく娘のような感じ、そして次代の武田を支える主柱になってくれることを期待しているからだ。


 信玄は跡継ぎである勝頼が自分ほどの能力がないことを看破していた。

 それでも周囲の人間がしっかりしていれば何の問題もないと考えている。

 だからこそ、大切に大切に昌幸を育てていた。

 この旅の目的は実際に信長に会って見極めたと云うものだが、同時に昌幸に良い経験を与えるものでもあった。


「ま、それはともかくとして……じゃ。おんしには酷かもしれんが……」


 ちょい悪でちゃらんぽらんなオッサンの顔は一気に成りを潜めた。

 策謀家としての顔で、昌幸に語り掛ける。


「お気遣いなく。武士として生きると決めた時に女は捨てました。純潔などにこだわりはありません」


 やはり頭の回転が速いと舌を巻く。

 信玄が昌幸にさせようとしていること、それは端的に云ってハニートラップだ。


「色を好む同種の匂いがする、噂の女好きはまことであろう。

おんしに興味はなさそうじゃったが、迫れば拒みはせんであろうて……まあ、意図は看破されるじゃろうがのう」


 ハニートラップであると見破られた上で、何かを掴んで来い。

 何とも難易度の高い命令ではあるが、昌幸ならばと見込んでのことである。


「武田の御為、微力を尽くしましょう」

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