その9
何だか分からないうちに、ミルナーと戦擬盤で勝負をする事になった私は、「では、俺の天幕でやるとしよう。ここよりは広いですからな」というジェラードさんからの勧めで、彼のテントに移動する事になった。
将軍2人とダイアーさんに挟まれ、目立つ事この上ない状態で辿り着いたジェラードさんのテントは、さすが将軍用という事でかなり大きく、巨漢であるジェラードさんやミルナーが揃って入っても十分にくつろげる広さだった。
私は、外に居た兵士達からの好奇の視線から逃れるように入り口をくぐり、「どうぞ」と促された大振りな足無しソファーにすっぽりと腰を沈めて、ほっと息を付いた。
「さぁて、アカネサタニ、早速やるとするか!」
しかし、やっと落ち着きかけた私の心をかき乱すように、いつの間にやら対面に座ったミルナーが、片方の手の平にパシパシと拳を打ち付けて、私に早く駒を並べろと催促した。
「・・・ほ、ほんとに・・・や、やるの?」
そうして目をやった眼前のテーブルに置かれた盤の上には、既にミルナー側の駒が並べ終えられており、早くも準備万端といった様子だった。
正直、私にはそのやる気の意味が分からない。初心者というか、初プレイの私とやって楽しい事など何も無いだろうに。
「もちろんだよ。あのな、さっき兄者からお前にやろうぜって誘ってたろ?あれ、すげえ珍しい事なんだよ。自分より強い打ち手とか、良い打ち手と認めた相手しか、誘ったりしねえんだよ。そうだろ、兄者?」
「む、そうだったか?しかし、特に拘り無く、王宮に居た頃なども、陛下やネストール殿らとよく打ったものだがな」
「いや、だから、その2人とかが、その珍しいパターンの相手なんだって。現に、兄者は俺とは打たねーだろ?」
「ふむ、そう言われてみれば・・・。お前の打ち筋はつまらんからな」
「うぐっ・・・」
ジェラードさんは、備え付けてあった水入れから湯呑みに水を注ぎ、如才なく私とダイアーさんに配りながらも、しっかりとミルナーを一刀両断に切り捨てた。
「しょ、将軍、言ってくだされば、私が致しますのに」と、恐縮して珍しく慌てるダイアーさんに、私は思わずくすりと吹き出してしまう。
「おい、こら、アカネサタニ。お前笑いやがったな。絶対に負けねえからな、ほら、さっさと駒を並べろ!」
が、勝手に勘違いしたミルナーの声の大きさに、笑いは即座に止まり、私は驚いて身体を震わせた。
湯呑みから僅かにこぼれた水が手にかかる。
「こら、やめんか、馬鹿者が。大人げの無い。・・・しかし、アカネ殿。ミルナーは初めての対戦相手としてはふさわしいとも言えます。この男、本当に、心底、頭の方はからっきしですからな。気は進まんとは思いますが、一度試してみてはいかがですかな?」
「く・・・兄者・・・・」
ぼろくそに言われるミルナーに、幾分気をよくした私は、「そ、それなら・・・」と、コツリと脇に湯呑みを置いて、渋々自分の駒を並べ始めた。
この戦擬盤という遊び、ジェラードさんとダイアーさんの試合を見ただけで判断するのもどうかと思うが、私の末期的ゲーム脳が導き出すところによると、どう考えても騎馬兵が強い。
斜めのみではあるものの、通常の3マス移動に加えて、障害物が無ければ端まで行けてしまう機動力、そして、天敵である弓兵が鈍足である点。そして、ジェラードさんがやったような、機動力を生かした逆転の1手としての恐さ。
ひっくるめて、相手が警戒せざるを得ないという、一種の威嚇力みたいなものまで兼ね備えてもいる。
という訳で、私は分からないなりに、真ん中に縦に兵力3の騎馬兵を2つと0の騎馬兵を1つを主力として配置。続いて、その両脇を固めるように、歩兵で弓兵を挟むようにしてバランスよく兵力を分散させた。そして、最後に、余った騎馬兵に王様の木ねじを差し込んで、最後方に置く。
「ほぉ、アカネ殿は、弐の陣ですな」
「に・・・の・・・じん?」
一瞬、ふと、マフラーをしたカバがうがいをする姿が脳裏よぎる。
「左様。実際の戦で用いられる陣の形は大別して8種類、その中での2番目の陣形という意。弐の陣は、中央をやや突出させて、丁度三角形を描くような案配で、非常にバランスの良い陣形。初の戦擬盤という事だが、いやはや、大したものですな、アカネ殿」
どうやら、うがい薬の類では無かったようだ。会話の流れからしておかしいとは思っていたので、当然、分かっていた。分かっていた!
ちなみに、うがいという習慣は日本独自のもので、風邪の予防には有効なものの、外国の人から見ると非常に奇異に見られる習慣なのだそうだ。つまり、それは異世界でもきっと奇異に見られる行為に違いないので、もし私のように異なる世界に飛んじゃった人がいたら、うがいをする時はコッソリやろう!
それにしても、私の駒の並べ方が、偶然それっぽくなったというだけで誉め過ぎじゃないだろうか。すぐ横にいるダイアーさんの「流石です、アカネ様♪」みたいなキラッキラした目も非常にこそばゆい。というか、子供をノせる為に必死な親の図みたいで、非常にちょっとアレな気分だった。
「ちなみに、我が不肖の弟の陣形は参の陣ですな。弐の陣よりも中央により戦力を集中させ、矢印の形に配置した正面突破に優れた、これもまた大変良い陣形ではある」
「おうよ、兄者」
腕を組んで「ふふん」と得意げなミルナーだが、今のジェラードさんの言葉って、何やら含みがあったような。
「よおし、んじゃ、始めようぜ、アカネサタニ。待った無しだからな、んだら、よろしくお願いしますっと!」
「・・・よ、よろしく・・・」
行き追いよく下げられた鮮やかな赤毛の頭に、思い切り仰け反りながら、私はなんとか言葉を返した。
ゲーム開始直後。
ミルナーは開幕から、その初期配置の陣形から見られる意図通り、厚くした中央の歩兵をまっすぐこちらに進めてきた。
対する私の布陣は、中央に主力である騎馬兵を配しているので相性的に迎え打つ事も可能だったが、ミルナーの中央の主力であろう歩兵には背後に弓兵も控えており、厄介に感じた私は、敢えて主力の騎馬を左右に散会、両横の歩兵と弓兵で迎え打つ事にした。
が、完全に主力をトップに集中させたらしく、ミルナー側の兵力3の歩兵に私の歩兵+弓兵の駒は防戦が精一杯で、少しづつ兵力が削られていく。
「おいおい、このままじゃ、じり貧だぜ?騎馬を戻した方が良いんじゃねーのぉ?」
「・・・・・・」
露骨なミルナーの挑発だったが、兵力の半分を注いだ騎馬兵を戻せば、脇からミルナーの歩兵を止められる事も確かだった。
しかし、そうすると混在する弓兵に削られてもしまう訳で。矢印から転じて傘のように、横広になりつつ展開するミルナーの配置に正直に対すると、泥沼の消耗戦になる事が予想出来た。
そして、そうなってしまうと、戦擬盤の経験が浅く、各駒の移動にすら「えーっと・・・」と悩む私には勝ち目が無くなるだろう。ミルナーは何だかんだで、駒を捌く手際は慣れたものだし、各個で戦う駒の移動や弓兵でのフォローなども的確だ。
それに何となく、ミルナーが私の感じる通りの性格なら、この最前線の主力の駒の中に王の駒は入れていない気がする。何故なら、王の証である赤ねじを刺すと、それは兵力として数えられない為、兵力3MAXの駒が作れないからだ。逆に言うと、兵力3の駒を固めるには王は邪魔な訳で、憶測の域ではあるが、敵の王は主力から離れた位置にあると考えられる。
という訳で、私は、王の場所の予測が付くまで、とにかく、中央の敵歩兵から駒を守る事に専念した。
完全に自軍を左右に二分して、ほぼ両端までじりじりと後退。カードによる支援も惜しみなくつかった。それに対して、兵力を固めさせている以上、左右のどちらかを追うしかないだろうミルナーの駒の動きをじっと見つる。
そして、ミルナーが主力歩兵を右に集中させて、私の王が紛れる駒達が倒される一歩手前という段階で、私は、中央両端に待機させていた騎馬兵のうち、右の駒を反転後退させ、そのターンの3手全てを使って、自軍から見て左後方のミルナーの駒に突撃、斜め後から急襲する形で3つの駒を一気に倒した。
そして、そこに自軍の王が紛れていたという、ミルナーの宣言。
つまり、それは、ミルナーの王の駒を倒したという事で。
「きゃあ、アカネ様!勝ちました!勝利でございますよ、アカネさま!凄い!素晴らしいですわ!」
夢中で思考に耽っていた私は、横からぐらんぐらんと肩をダイアーさんに揺すられる段になって、初めて勝負が着いていた事に気付いた。
「ぇ・・・あ・・・勝った、の?」
「ええ、ええ、そうでございますよ。素晴らしいですわ、初めての戦擬盤で、しかも我がイグラードが誇る五色将軍の一角を相手に勝たれてしまうだなんて。ああ、そうだ、私、ちょっと陣内に先触れを出して参りますわね」
いやいや、落ち着いて!そんな遊び程度の事で軍隊のシステムを使わないで!冷静なダイアーさん戻ってきて!と、彼女が立ち上がろうするのを必死で押しとどめていると、反射的に「お悔やみ申し上げます」と返したくなるような打ちひしがれた声が聞こえてきた。
「負けた・・・だと?この俺が、しかも陛下よりも年下のガキに・・・」
ぐったりと、某翌日のジョー的な格好でソファに崩れ落ちるミルナー。
って、ん?
陛下って、ジェナス王の事だよね?
あのお子様にしか見えない王様、実は、16歳の私より年上なの?
どう見ても10歳くらいにしか見えなかったけれど。やはり、西洋的な顔つきの人の歳は分からないものだ。
「あ、あの、さしでがましいようですが、アカネ様は16歳でいらっしゃいます。ですから、勝敗に関わらず、その理由となる程年下という訳ではないかと」
「「え?」」
「え?」
最初のはダイアーさんからのフォローの言。
続いて、ジェラードさんとミルナー、私の順。
「ま、まじで?俺ぁ、てっきり、陛下と同じか、年下かと・・・」
「む、むう・・・」
すっかり、落ち込んでいたことは忘れたように、思案顔になったミルナーとジェラードさん。
というか、ジェラードさんまで・・・。
一転して、今度は私が崩れ落ちそうになりながらダイアーさんに尋ねた。
「・・・お、王様って、な、何歳?」
「それは・・・」
「安心召されよ、ダイアー殿。我が陣営近くに陛下の直属の者はおらん」
私の問いかけに口ごもったダイアーさんに、ジェラードさんは落ち着いた声音で助け船を出した。露骨に安心した表情を浮かべると、再びダイアーさんは口を開いた。
「は、では・・・。陛下の御歳は11であらせられますよ、アカネ様。その、大変大人びた11歳という事でございますよ?11の最上級系と言いますか。むしろ、12でもあり、16以上でもあるかのような」
「・・・・・・」
その痛々しいフォローは、私に対するものなのか、それとも、自分の年齢に関する事を部下を使って探らせる程気にしているお子様王様に対するものなのか、はたまたその両方か。それにしても、11歳で王子ではなくて王様というのが凄い。一体何があった、イグラード王国。
ともかく、私は苦い初勝利の味を少しでも薄めるべく、脇に置いていた湯呑みに口を付けた。
それを見て取ったダイアーさんが、「では、私はお茶の用意をしてきますわ。皆さん、喉が乾きましたでしょう?」と、微妙な空気になってしまったジェラードさんのテントから、助かったとばかりにそそくさと退室した。
「そ、そう言えば、ミルナー、お前、幾つになった?」
そして、空気も読める知勇兼ね備えた将であるところの、ジェラードさんが、空気よ変われ!とばかりに、ミルナーに話を振った。
「あ、お、俺?俺ぁ、今年で22よ。兄者は確か、31、2だったか?」
「32だ。ネストール殿は24だったか。お前とは僅か2つ違いだというのに、彼は大した打ち手だったぞ。それに比べて、お前の打ち筋は・・・」
ふぅん、ジェラードさんとミルナーの歳は予想通りな感じだが、ネストールさんは意外だった。思っていたより若い。いつも泰然とした余裕のある感じだったので、もっと年上かと思っていた。
16歳と24歳なら、まあ、許容範囲ではある、うん。
「わーってるよ!でも、途中までは結構うまく攻められてたろ?」
「あれは、うまく攻めさせられておったのだ、うつけめ。現にお前、王の駒をすぐさま刺されたろうに」
「う・・・、でも、ありゃぁ、運だろ。なぁ、アカネ?」
「ぇ・・・あぃ?」
何となく脳内でニヤニヤとしていた私は、急に向けられた質問に気の抜けた声を返した。
「はあ、聞いてなかったな、こいつ。な、兄者、こんな抜けたやつが、王の駒を推測とか出来る訳ねーだろ」
完全に、私を見下した感じで指さしながら、へらりと笑うミルナー。
「ふぅむ、そうは思えんがな。特に、あの終盤での両横への軍の移動は、完全に、お前の主力を釣りだし、対角に庇うであろう王の位置を知る為の布石にしか見えなんだがな」
「それこそ、まさかだぜ、兄者。そんな事やれる初心者がいてたまるかよ。それに、俺の王が前線の主力にいないって、どうして分かるよ」
「わ、わか、若草物がた・・・ちがっ」
なんだか悔しくなって、私が「王の場所は分かっていました」と言い返そうとしたその時、テント入り口の幕がバサリと勢いよく捲られ、一人の兵士が走り込んできた。
その兵士は、乱れた息を隠すように膝を突くと、無断の入室への謝罪に続き、一息にまくし立てた。
「失礼します、ジェラード様。先程、伝令の早馬が戻り、軍師ネストール様が戻られたとの報が入りました。陛下から至急、中央天幕に集まるようにと、各将に召集が掛かっております」
「あい分かった。ジェラード、ミルナー共に急ぎ向かうと伝えてくれ」
「はっ」
そして、すぐさま他の指令へと、速やかに兵士は退室して行った。
「聞いた通りだ、アカネ殿。まこと慌ただしい事、申し訳ない。勝手ながら失礼させて頂く。ダイアー殿にも宜しく詫びておいてくれ」
「い、いえ・・・」
それが、本分なのだ。そこまで気遣われてしまっては、私こそ申し訳ない。
ジェラードさんは、そう言い残すと、急ぎ足でテントを出ていった。
「つうわけだ。次の機会には必ず、俺の本領を見せてやるからな。逃げるなよ、アカネ」
そしてミルナーも、勝手に再戦の約束を取り付けて、私の頭を気安くぽんぽんと叩いてから、ジェラードさんに続くように走り去った。
勝手に人の頭を叩くな。
と、頬を膨らませて、乱れた自分の黒髪を手櫛で整えながら、私は、戻ってきたというネストールさんに思いを馳せる。
離れて分かる何とやらではないが、私は、ゆっくりと確認するように、胸元に掛かった毛先を整えた。




