その8
そんなこんなで、私は一切口は聞かないし聞けないけども、一応の和解らしきものをミルナーと果たし、彼が護衛となって2日が過ぎていった。
その間、トイレへ行こうとこっそりテントを出ると、やはりこっそりとミルナーが尾けて来ていて、帰りに死ぬほど驚いた私の悲鳴に駆けつけたジェラードさんが彼を半殺しにしたりといった一幕はあったが、概ね、平穏な生活を営めていた。
私がこの世界に来て、6日。
オルランド公国との休戦協定は明日一杯で切れる。
そんな切羽詰まった状況下でも、ここイグラード王国野営地の規律は正しく保たれ、私自身も周囲の環境に何とか折り合いを付けて、生活リズムのような物が徐々に出来上がりつつあった。
そんなリズムの一端、昼食後の紅茶タイムをダイアーさんと楽しんでいると、僅かに金属音を鳴らせて、今や見慣れてしまった甲冑姿のジェラードさんが、私のテントを訪ねてきた。
「失礼する、アカネ殿。入ってもよろしいか?」
「え、あ、は・・・」
「どうぞ、ジェラード様、何か変事でもありましたでしょうか?」
「これは、かたじけない、ダイアー殿。失礼する」
変事せねばとアワアワする私の様子を見て取って、ダイアーさんは代わりに変事をすると、私と並んで座っていたベッドから上品に立ち上がり、ジェラードさんをテント内に招き入れた。
「いや、何かあったという訳ではござらん、心配召されるな。ただ、アカネ殿が退屈しておるのでは無いかと思ってな、実はこんな物を持ってきた」
「・・・まぁ、これは、戦擬盤でございますね」
「せんぎ・・・ばん?」
お茶の用意一式が乗せてあるキャスター付きのテーブルをどけてダイアーさんがスペースを作ると、ジェラードさんが「すまぬ」と礼を返してから、そのままその場所にドカリと腰を下ろして胡座を組んだ。ただでさえ狭い私のテントに、恐らくは190センチ以上あるであろう大柄なジェラードさん(甲冑付き)が入ると、もう圧迫感でパンパンだ。ダイアーさんもいそいそとベッドに腰掛けている私の隣に戻ってくる。
「そう、戦擬盤だ、アカネ殿。元々は子供の遊びとして生まれた盤上遊技でな。だが、今では色々ルールやらが追加され、子供のみならず俺のような軍人や、年輩の人間にも楽しめるような普遍的な室内娯楽となっておる」
淀み無く説明しながら、ジェラードさんは手に持っていた厚めの木の板のような物を私の足下に置いた。
置かれた木板の表面には、縦横にマス目上に線が引いてあり、綺麗な塗装が施されて妙に高価そうに見える以外は、元の世界の将棋盤やチェス盤と同じような物に見えた。
「懐かしいですわ。アカネ様、実は私、子供時代にこの遊びに夢中だった頃がありまして。きっと良い娯楽になると思いますわ」
「へぇ・・・」
と、興味を引かれた私はしげしげと戦擬盤とやらを観察した。マス目の数は12x12で正方形。やった事が無いので分からないが、将棋やチェスの盤より随分と広く大きい感じがする。
「おぉ、ダイアー殿も嗜まれていたか。では、丁度良い、アカネ殿への手本として一局どうだろうか?」
「いやですわ、将軍。私のような者では役不足でしょうに。それに、遊んでいたのも随分と昔。ルールさえ覚えているかどうか」
「まあまあ、そう仰らず。あくまでアカネ殿への説明、という事ですから」
「はぁ、そう仰られるなら」
身を乗り出してダイアーさんをゲームに誘うジェラードさん。
余程新たなゲーム仲間が発見出来て嬉しいのだろう。今にも鼻歌が漏れ出しそうな風情で、ジェラードさんは喜々として、戦擬盤の用意をし始めた。
「まず、軍勢となる手駒は12個。うち、兵種は3種類で、歩兵、騎馬兵、弓兵と分かれており、各4つずつで計12個となっておる。そして、自分の番で動かせる駒の数は3つ。それを相手と交互に繰り返して、全滅か、王の駒を倒した方が勝ちという遊びだ」
駒を凄まじい早さで寸分の狂い無くマス上に配置しながらのジェラードさんの説明。相当やり込んでいると見た。
「で、アカネ殿、そこの駒を一つ取って、背中側を見てみてくださらんか」
「せ、せな、セガエンタープ・・・ちがっ、背中・・・ですか?」
私は「よっ」と身体の固さをアピールしながら、絨毯の上に手を伸ばして、予備として余っていた駒を一つ取り上げた。そして、言われた通りに駒の兵士のカブトを模した部分の後ろ側を確認する。そこには穴が三つ空いていた。
「その穴に、こう・・・やって、木ねじをはめて、その数でその駒の兵力を設定するんですよ」
私が手に持った駒の背に、ダイアーさんが木ねじを差し込んでくれた。何だか、人生なゲームの家族棒のようだ。
「左様。その棒の数も駒同様12。競技者は、好きなように、好きな兵種に、その兵力を割り振れるという訳だ。そして、13個目の例外として、1つだけある、この赤い色付きの木ねじは王の証。これは兵力としては数えられんので、倒されぬよう、くれぐれも注意せねばならん。ちなみに俺はどうしても、歩兵に肩入れしてしまってな。王の駒もついつい歩兵にしてしまうのだ。はっはっは」
突然肩を揺すらせながら笑い声を上げたジェラードさんに、私は内心びくりと驚いた。自分が甲冑着込んでいる事を忘れないでください、ジェラードさん。ガシャガシャとすごく・・・おおきいです。音が。
「まぁ。騙されてはいけませんよ、アカネ様。上手い人程、こうやって相手を騙そうと色々布石を打つものなのでございますよ」
「これは、手厳しいな。ダイアー殿。だが、仰る通り、この遊技は騙し合いでもある。実際、対戦中はわざと駒の背を相手に見せて威嚇などに使う事もある故」
言い合いながら、自軍の駒を並べ終わった両者のうち、ジェラードさんの方は陣営右方のほとんどの駒が相手に背を見せて、兵力が分かるように配置してあった。見るからに何か企んでそうで不気味だ。
「次に各駒の特徴だが、基本は歩兵>弓兵>騎馬兵>歩兵という3すくみ。ただし、兵力に勝っている場合、相性で負けていても兵力ねじ一つを犠牲にして次の番がまわるまで耐える事ができる」
ふぅむ。何だかややこしいが、いわゆる戦略シミュレーションゲームに例えると、兵種で負け確定しててもHPを犠牲に1ターン耐えれるという事か。私のゲーム脳的理解度を持ってすれば、この程度!ちなみに、クリアできた戦略シミュレーションゲームは1本も無い。
「そして、歩兵は縦横斜めに1マス移動でき、騎馬兵は斜めに3マス、但し騎馬兵のみ、兵力1以下の時は障害となる敵駒が無い限り盤の端まで移動できる。残る弓兵は縦横に1マスのみの移動で、1マス離れた駒への攻撃が可能。ただし、攻撃した直後にまわってきた番には移動不能。そして、弓兵のみ隣接する自軍への支援が可能なのだ」
この辺りで、既にちんぷんかんぷんになってきていた私は、まだ説明があるのかと、ジェラードさんに向けていた表情を引きつらせた。そして、その様をばっちりとダイアーさんに横目で見られていて、くすりと笑われてしまった。何だかいつまでも、ダイアーさんには子供扱いされているような気がする・・・。
「アカネ様、説明がいるような大切なルールは、後は、その支援についてだけだと思いますよ。そうですよね、ジェラード様?」
「左様。この支援を使うと、開始時に配られた3枚のカードを使って自軍駒の兵力の増加が可能なのだ」
そう言いつつ、私にほっこりとした笑顔を向けると、ジェラードさんは足下に置いてあったカードを取り出した。ずばりトランプ大の大きさで、それぞれに星のマークが1つ、2つ、3つと描かれている。
要は、このカードの星の数分、弓兵は自キャラの強化が出来るという事か。3回という回数制限はあるものの、弓兵というのは補助魔法を使って味方を強化する魔法使いのようだ。
「さて、では、アカネ殿も退屈の限界のよう。退屈凌ぎの種で退屈されては本末転倒、はやいところ始めるとしようか、ダイアー殿」
「ふふふ、そうでございますね。では、私が先番という事で」
ダイアーさんだけでなく、ジェラードさんにも、複雑な説明にうんざりしていた内心はバレていたようで、私は眼前で向かい合う2人に挟まれた戦擬盤に、頬を赤らめながら視線を落とした。
ゲーム開始から序盤。
駒の背を向け兵力を晒したジェラードさんの右陣を警戒して、ダイアーさんは対面にやや多めの駒を展開。ジェラードさんの右陣の構成は兵力3の歩兵を盾に兵力0と1の騎馬兵を多めに構成されていたので、ダイアーさんもそれに対抗する形で対面には相性の良い騎兵と弓兵を多めにという構成。
数ターンは、お互いじりじりとした展開だったが、ジェラードさんの右陣の騎馬兵の兵力が少なく、驚異ではないと見たダイアーさんが、盤面中央を兵力3の騎馬兵2個で突破、電撃的に幾つかの兵力持ちの歩兵を倒すと、そのままジェラードさんの陣中深くへ攻撃しては逃げの、ヒット&アウェイ戦法を繰り出した。「ルール忘れてるかも☆てへりんこ♪」とか言ってたが、素人目にもかなり周到な攻めに見えた。ダイアーさん恐るべし。
「うぅむ、やりますな。ダイアー殿。戦擬盤はやらなくなって久しいと申されていたが、このやり様。したたかですな」
「あら、この遊技は騙し合いと仰られたのは、ジェラード様ではございませんか」
「これは一本取られましたな。はっはっは」
「うふふふ」
え?あれ?何なのこの空気?殺伐とまではいかないけど、えらくお2人盛り上がっている様で。というか、これ私への説明が目的だったはずじゃ・・・。
そうしてゲーム中盤以降、最初の騎馬兵による電撃的攻めで付いた差は、じりじりと守りつつ細かな駒の移動で耐えるジェラードさんに、支援でのカードも2枚消費させ、後は消耗戦の末に最初の差のままジェラード軍が撃破され、いつかは王がやられるか、全滅するかという様相になった。
2ターン程様子を見て、勝機と考えたダイアーさんは後続の駒も使い、一気にジェラードさんの陣内へ攻め行った。
それに慌てたように、ジェラードさんは自軍の駒を次々と当てていくが、兵力差で惨敗。一つ、また一つとジェラードさんの陣営が手薄になっていく。
しかし、その流れの中、ダイアーさんが駒の半分以上を突出させて、ぽっかりと中央を開けるや否や、ジェラードさんが最初に布陣させていた右の騎馬兵を一気に盤の対角線上、角から角へ移動させた。そして、あっさりとダイアーさんの王の駒を兵力0の騎馬兵で討ち取ってしまったのだった。
「・・・お見事です。流石ですわ、ジェラード様」
「いえ、良い勝負でした。ダイアー殿の攻め筋、是非、我が配下にも欲しい勇猛さ」
「ふふふ。お言葉、そのまま受け取らせて頂きます。ところで、どうして私の王の駒の場所がお分かりになったのでしょうか?差し支え無ければお教え頂けないでしょうか」
「最初に俺が兵力を晒して置いた駒。あれの対面に、ダイアー殿はかなり多めに駒を配し、重ねて、中央にも騎馬の縦断を恐れて厚く駒を配しておられた。そこまで警戒し、万難を排す姿勢ならば対角に王を配するのではと予測したまでの事。運よく賭けに勝てたというに過ぎませぬ。はっはっは」
「なるほど、完敗ですわ、ジェラード様。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
軽く一礼し、上げたダイアーさんの顔にはいつもの優しげな微笑。だが、私には、僅かに肩を落として気落ちしているように見えた。意外と勝負に熱くなるタイプだったんだなぁ。
それにしてもと、私はジェラードさんを伏し目がちにちらりと視界に収める。
朗らかに笑いながら、「運がよかった」みたいに笑ってるが、なかなかどうして。
あの、ダイアーさんの王の駒である歩兵を兵力0の騎馬兵で刺した場面、同じように進める駒で、ジェラードさんには兵力1の騎馬兵もあったのだ。あそこで王の駒の場所に確信が無ければ、探る意味でも次のターンに持ち越した場合を考えて兵力1の騎馬兵を先に進めた筈だ。
加えて、ダイアーさんの最大戦力であった騎馬兵と後詰めの駒に、一見慌てたように自軍を当てて犠牲にしながら、ジェラードさんは、冷静に、ダイアーさんの兵力数を確認していたのだ。そして兵力が12、全て出た上で、あの騎馬兵を進めた。
つまり、あの場所のあの歩兵が、王の駒であり、兵力が0である事に確信があったのだ。
何が「運が良かった」だ、全く・・・と、非難するようにこっそりジェラードさんを睨んでいると、不意にしっかりとジェラードさんと目が合ってしまった。
「ど、ドワッチ」
と、思わず、某ブラックな3連星が駆る機械人形の派生機的な名称を口にすると、私は即座に横に目線を反らせて、あなたを睨んでなどいませんでしたよ、私は無害で無農薬ですよとばかりに口笛を吹いた。当然、緊張で唇が乾いていたので音は出なかった。
「・・・ふむ。では、アカネ殿、今度は俺と戦擬盤を囲みましょうぞ」
「へ、は?いや、私などでは、や、やくぶ、やくぶそ、やくみつる・・・ちがっ」
「いやいや、当然、手加減はしますぞ。まずはやってみて、とりあえずは、ルールを覚えるだけでも」
「い、あ、あう・・・」
私は、まるっきり、訪問セールスをあしらえない一人暮らしを始めたばかりのなりたて社会人の図(公共料金の調査ですと騙され鍵を開けちゃった編)を演じながら、どうしたら穏便に断れるかなと考えを巡らしていた。
正直、私はテレビゲームなどの場合でも、横で見て楽しめる派だ。
上手い人のプレイなどなら尚更、見てる方が楽しいと感じる性格だ。そう、つまり私は動画勢なのだ!
というような事を説明したいが、うまい言葉が見つからず、「あら、仲がよろしくて羨ましい事。ふふふ」と、押し問答をする私とジェラードさんに、にやかな表情を浮かべるダイアーさん。そんな彼女に「違うんだ、助けておくれ」と強くSOSを送っていたところ、その救助信号は、違う人が受信したらしかった。
「話は聞かせて貰った!」
叫び声一発、許可も得ずに、テント内に勢い走り込むように入ってきたミルナー。
「アカネサタニ、勝負なら俺とやろうじゃねーか。兄者が相手をするまでもねぇ!」
いや、話聞いてたなら、流れ読もうよ。そして、どこで話聞いてたの・・・。
「さぁ、掛かってきな!」
なんか、私が勝負挑んだみたいな流れになってるし、何なのこれ。
「て、狭っ!兄者、こういう時くらい鎧脱げよ。うおっ、足の踏み場もないな。くそ、じゃあ、勝負は後でな!逃げるなよ、アカネサタニ!」
と、私が唖然としている間に、ミルナーは勝手に来て勝手に去っていった。
「うちのアホがご迷惑を」とダイアーさんと私に頭を下げるジェラードさんの姿が印象的だった。




