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その69




 この世界の魔法の使用には制限が掛かっている事。

 それは個人の思想や精神面にも及んでいて、世界中の人間が影響下にある事。

 それを為しているものこそ、【雲母砂子】と呼ばれる魔法、曰く、魔術であるという事。

 

 

 案の定、それらの説明を受けたネストールさん達の表情は冴えないものだった。

 理解は出来ても実感は出来ないという事だろう、ミルナーなんて見るからに胡散くせえ、という顔をしている。

 だが、目の前にはその仕組みを利用して立ち回った、ある意味生きた証拠である私が立っている訳で、頭ごなしに否定する訳にもいかずリアクションに困っているようだった。

 隣のネストールさんにしても内心において大差は無いようで、表情こそ落ち着いたものだったが、ちらちらと私を見ては思索に戻るという事を繰り返していた。

 

 何とも気詰まりな時間。

 でも、困惑は予想出来た事だったので、私は大分汚れてしまった自分の素足を見ながら、おとなしく彼らが落ち着くのを待った。

 静まりかえった室内で、カチコチと、ネストールさんが持つ懐中時計から音が聞こえる。

 普通の時計より進みが早いせいか、何だか妙に忙しない。

 

 やがて、それに急かされたという訳では無いだろうが、ミルナーから焦れたような声があがった。

  

「・・・だあっ、めんどくせえっ。で、結局、お前の目的ってのは、どうやりゃ達成になるんだよ?」

「協力してくれる気になったのか?」

「はっ、そう仕向けておいてよく言うぜ」 


 言いながら、ぺっと唾を地面に吐いたミルナーに、私は小さく飛び上がって非難の目を向けた。

 気持ちは分かるけど、こちとら裸足なんですからねっ、このコンビニ前にたむろしてる風のチンピラ風将軍が!

 というような私の心中を読みとったらしい隣人から、控えめな笑い声が聞こえてきた。


「ふふふ。正直、【雲母砂子】の効果云々については疑わしいところですが、しかし、貴方が本気でそれを何とかしたいと考えている事はよく分かりました」

「魔術の仕組みに関して理解する必要は無い。要は、それを維持する為に・・・そうだな、張り替えが必要であるという事だけを分かっていれば良い」

「つまり、そのナントカっつう魔法を掛け直せば良い訳だな?」


 小さく頷き返しながら、ハクジャはネストールさんの方に指をさした。


「その懐中時計が示す時間の狂いは、元々【雲母砂子】の維持の為に用意された仕組みだった。膨大な魔力を必要とする魔術、その長期に渡る維持による負担を時差を作る事で軽減する為のな」


 あぁ、なるほど。

 時間の流れが遅い「無限回廊」の中でその魔法を使って、しかる後に外に出てしまえば維持の為に術者が消費する魔力は少なくても済む。

 私の経験した例で言うと、「無限回廊」の中で1日経つと外では大体5日が経過していたので、中の魔法を1日維持するのに、外にいる術者は5日分の魔力を充てられる計算になる。5回の分割払いが可能!金利手数料はジャ・・・みたいな感じだろうか。

 この迷惑極まりない迷宮も、その為の副産物だと考えると、何となく合点がいった。


「だが、あくまでそれは軽減で、ここに来て術者の魔力は限界にきている。すぐにも張り替えを行わないと早晩、【雲母砂子】は破綻し、その効力を失うだろう」

「術者というのは、あのリュカというレーマの教主ですか?」

「そうだ。そして、【雲母砂子】が施術された場所はリュカの部屋、教主の広間の地下にある」


 ハクジャの答えに再び沈黙が広がる。

 彼の体を石にしたりと、彼女の驚異についてはネストールさん達としても容易に予想がつく。加えて、上でのリュカちゃんは、その、ちょっとヤバイ感じでもあったし・・・。当然、広間の地下に行くというのなら、待ちかまえているであろう彼女と対峙しないといけない訳で、私は息苦しさを覚えて胸に手を当てた。


「・・・んで、その張り替えってのはどうやってやるんだ?俺たちでもやれんのか?」


 そんな私の隣から軽い調子でミルナーが問いかけた。

 内心、複雑なものを感じているだろうが彼としても方針が決まったのだろう、ハクジャを見る眼差しに先程までの激しい敵意は感じられなかった。


「張り替えはオレにしか無理だ。この世界の魔法とは理を異にしているからな。ただ、さっき見たとおりオレの体は一部は血肉を得ているとは言え仮初めのものだ。本体と融合した上で、リュカの力を取り込む必要がある」

「は?いや、本体を取り戻すってのは分かるが、リュカってやつの力まで必要なのか?」

「説明が難しいのだがな、『無限回廊』の時差による軽減と並んで、リュカの魔力の維持の為にオレの力の一部を分け与えているのだ。それを取り戻し、十全とならねば【雲母砂子】の張り替えは不可能だ」

「なんだ、そりゃ・・・」


 ほんと、なんだそりゃ、である。

 リュカちゃんと対峙、つまりは戦わなくてはならないというだけでも十分大変だというのに、彼女の力を取り込まなければならないとなると、具体的にどんな手段が必要なのかは分からないけど、どう考えても難易度は上がる。

 顔をしかめる私の前で、ハクジャは淡々とした口調のまま補足した。


「力を取り戻す事自体は容易い。オレがリュカの身体に触れさえすれば良いのだからな」

「ふぅん、それなら、なんとかなる・・・か」

「えっ・・・?」

 

 納得するような声を返すミルナーに戸惑いの声をあげるも、続きが言葉にならなかった私の肩にネストールさんがぽんと手を置いた。

 びっくりして顔を見上げると、どうやら、続きは心を読んで代弁してくれるみたいだった。

 やっぱり便利だなあ、この人。


「ハクジャ、貴方、リュカには逆らえないんじゃないですか?」


 そう、私が言ったかったのはその事だった。

 最初、ハクジャは私との連絡に言葉すら封じられた状態だった。

 そのせいでわざわざ犬の姿で筆談という手間を強いられた訳で、そんな彼がリュカちゃんに敵意を持って接触出来るものなのだろうか?


「逆らえん。魔術的意味合いから、オレはリュカと主従の契約を結んでいる。あれに『止まれ』と命じられれば何もできんだろうな」

「おいおいおい、そんなんで、どうしろってんだ?じゃあ、何か、俺らはお前をおんぶに抱っこでリュカってやつの傍まで運んでいかないといけねーって訳か?」

「オレの存在に気付かれず、完全に不意を突けさえすれば独力でも可能ではある」

「それは不可能ってんだよ!くそがっ」


 毒づいて再び唾を吐きそうになったミルナーが、途中で動きを止めた。

 振りあげた拳をどこに落としたら良いか分からないような状態になって、妙ちきりんな姿勢で止まっている。

 ふふんと、私がそれを見てにんまりとすると、即座にキッと睨み返された。

 あまりのチンピラ的迫力に、ささっとネストールさんの側に非難すると、「遊んでいる場合じゃないでしょう」と呆れた声が頭上に掛かる。


「少し、混乱してきましたね。一度整理してみましょうか。まず、私たちの脱出にはハクジャの目的を完遂する事が絶対条件であると仮定して。その目的、【雲母砂子】の張り替えに関してですが・・・」


 ①【雲母砂子】の張り替えはハクジャにしか出来ない。

 ②張り替えには、ハクジャの本体と、リュカから力を取り戻す事が必要である。

 ③ハクジャはリュカに命令されると行動が制限される。但し、不意を突けばその限りでは無い。

 

「次に、教主側と、我々を取り巻く状況を加えると・・・」


 ④張り替え、及び脱出は「無限回廊」内時間で可及的速やかに成し遂げなければならない(反乱軍の退却と食料の問題から最大で3日が限度か?)。

 ⑤リュカは強力な魔法の使用が可能である。石化、熱線、遠隔透視、大蛇への変身、等。

 ⑥リュカの配下にはジェラードと、木偶と呼ばれる砂人形が複数(ハクジャによると残りのストックは最大で40程だろうとのこと)いる事が予想される。



「はは、ここまでくると笑えてくるな、絶望的じゃねーか」

「・・・・・・」


 乾いた笑い声をあげるミルナーに、私も答える言葉が無い。

 

「特に③が厄介ですね。地理的に正面から戦わざるを得ない状況ですから、奇襲のしようが無い」

「加えて、⑤だよ。なんだ、この無茶苦茶な魔法は。聞いた事もねえよ。ってか、単独での透視が可能ってんなら、こうやって話している事自体バレてんじゃねーか」

「それに関しては大丈夫だ。この空間は時差に加えて魔法的なノイズに満ちている。余程接近しないと『写し身』も『言伝て』も行使自体が不可能だ。それと、大蛇への擬態に関しても、あれは発作的な物で自在に使えるものではない。考えなくて良いだろう」

「ふん・・・、それにしたって気休め程度のもんだぜ。とにかくネストールの言う通り、出鼻を押さえられているのが痛え。取れる戦略が無いに等しいだろ、これ」


 手を振りあげて、オーバーアクション気味に言うミルナーの言葉に、再び沈黙が広がった。

 確かに彼の言うとおり、広間で待ちかまえるだけで良い相手の状況を考えると手の打ちようが無い。ハクジャに確認したところ、私が以前に通った一本道を進む以外に、通常空間である広間への道は無いという事だし・・・。


「・・・進入路が制限されている以上、最初にぶつかる問題は⑥になりますね。あの泥人形、40でしたか、それだけでも厄介ですが、その上ジェラードまで相手取るとなると・・・」


 ひとまず、といった具合に口を開いたネストールさんだったが、再び困難な問題に突き当たって口振りが滞る。

 それに、ジェラードさんについては心情的な問題もある。さぞ、実弟であるミルナーには辛い状況だろう。


「あに・・・ジェラードについてはひとまずは置いておいて大丈夫だろ。奴の本来の得物は槍だ。イヴェルドの山中だと仕方なく剣を使ってたみてえだが、後方に広間があるんだ、わざわざ実力を殺す武装やら環境で打って出たりはしねえだろ」

「なるほど。では、木偶が40という事ですが、それは?」

「広間の通路ってのは、そこらのと広さが変わらないんだろ?だったら、時間は掛かるだろうが対処は可能だ。ただ、スタミナの方は確実に削られるだろうな。その状況でジェラードを相手取れるかっつうと、まず無理だ」

「そうですよね。山の中で戦った時もあっさり負けましたもんね」

「あっ、あれは不意を突かれて油断しちまったんだよっ!だが、まあ、万端でやって勝てるかと聞かれても、10回やって2回が限界だろうな」


 ムキになって言い返しつつも、直後にはあっさりと認めて続けたミルナーに、私はこみ上げるようなものを感じてしまった。部外者の私の目にさえ、あれだけ仲良く映った兄弟が、今は敵対する戦力としてしか話せないなんて、どうにもやりきれない。

 私は自分の目が潤んでしまっているのを感じつつも、少し離れていた彼の傍に歩み寄って、何とか顔を見上げて「大丈夫?」と声を掛けた。

 言ってしまってから、大丈夫な訳ないじゃないかと後悔が襲うが、ミルナーは少し困ったような表情で「おう」とだけ答えてくれたので、とりあえずは良しとする。


 それから、そんな私達を複雑な表情で見ていたネストールさんがパンパンと手を鳴らして注目を集めると、取り留めのなくなるのを嫌って、時間を決めて議論を続けようという事になった。

 ハクジャから渡された懐中時計には通常の時刻を刻む機能も付いていたらしく、彼からの説明通りに、ドラゴンレ・・・ストップウォッチのように上部のボタンを押し込むと、5倍速で動いていた長針がちゃんと見慣れたテンポで進むようになった。

 そして、とりあえずの現在時刻を正午12時と決めると、それから7時間を話し合いの時間とし、最大でも明日か、明後日以内に【キラスナゴ】の張り替えの為に動く事とした。

 

 考える時間は今日と明日だけ。

 しかし、考える材料が少なすぎる現状、それからの時間のほとんどは押し黙ったまま過ごす事となった。





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