その67
勘違い・・・確かに、勘違いだ。
魔法という万能感のある言葉の響きに、自分に都合の良い解釈をしてしまっていたけれど、彼の言うようにあの魔法に導かれて辿り着けたのはリュカちゃんが居た広間だった。つまり、今さっきまで、正しい道だと何となく安心して進んでいたのは、あの教主の広間へと繋がる道だった訳だ。
そして、広間にしか辿り行けないと言うのなら、リュカちゃんに私達を追う必要が無いというのも道理だった。だって、追わずとも自分の部屋で待ちかまえていれば、私達はいずれそこに行くしか無くなるのだから。唯一、脱出路を知っているだろうハクジャに案内する気が無いというのなら尚更だ。食料はいずれ尽きるし、脱出を考えるなら、あの広間に通常の退路がある事に賭けるしかない。
私は、自分の迂闊さと、ハクジャの言葉に呆然とその場に立ち尽くした。
そして、横に立つミルナーに、とうとう本格的にチンピラ化したかと疑ってスマンカッタと内心で謝った。
「おい、アカネサタニ、何だその目は。いや・・・ともかく、これで分かったろ?こいつは俺たちをハメやがったんだ。自分の目的に利用する為にな」
「・・・・・・」
即座に私の控えめな視線に気づいたミルナーが傍らに歩み寄って言った。
しかし、ハクジャの内情が何となく察せられる私にはハメられたとまでは思えず、無言を返す事しか出来ない。
言葉に詰まる私に代わって、再びネストールさんが口を開いた。
「それで、その目的というのは何なんです?」
「って、待てよ、ネストール。まさか素直に利用されてやるつもりか?」
「いえ。ただ、目的とやらがひどく容易い可能性もある。それに、当然それが達せられれば、私達を外に脱出させる心づもり位はあるのでしょう?」
「・・・・・・」
血気にはやるミルナーを諫めるようなネストールさんの言葉に、私はほっと息を吐き出した。
でも、その目的、恐らくはリュカちゃんに関する事なんだろうけど、それが容易い事だろうとは到底思えない。私はハクジャが再び口を開くのを複雑な気持ちで見守った。
「・・・オレの目的は、魔術、【雲母砂子】の維持だ。それが成されれば、お前達を外に連れ出す事を約束しよう」
信じられるかよ、と隣で毒づくミルナーの声を聞きながら、私は「あれ?」と意外に思った。
てっきり、ハクジャの目的は上での経緯からリュカちゃんを助けるとか、そういう事だと思っていたのだけれど、何だか違うようだ。それに、今の聞きなれない単語。魔法の一種だとは思うけど、いや、魔術・・・?
「キラ、スナゴ・・・ですか?それに魔術とは?」
「それに関してはお前達が把握する必要は無い。もっとも、アカネであれば予想がつくと思うが」
「・・・・・・?」
「おい、分かってないみたいだぞ。アカネをナメんなよ!」
「・・・アカネよ、馬鹿にされているぞ?」
「・・・・・・」
私は、当の本人の目の前で堂々と溜息を吐くハクジャの足下に目線を落としながら、必死に寝起きの頭を働かせた。
何か忘れている気がする。
私なら把握出来る魔法・・・それでいて、ミルナー達には把握する必要が無くて、というか、出来ないような何か。
「あ・・・テキ、スト?」
別に学校の教科書を忘れたとか、そういう呟きではないからね、念のため。
いや、本当はよく忘れて廊下に立たされた挙げ句に静かな学内探訪に忙しんで学年主任に呼び出された事もあるのだが、この場合、私が思い出したのは、この世界の人達が魔法の教科書として使う方のテキストだった。
あれに関する私の予想、「魔法に関する用途と発想に制限が掛かる」という洗脳めいた仕掛けがあるのでは?という危惧。その認識は、外部から来た私にしか無いもので、この世界の住人であるミルナー達には認識出来ない。すなわち把握出来ない事だ。というか、私が知識面でアドバンテージがある事なんてそれくらいしか無い筈で、恐る恐る見上げてみると、ハクジャの口は弧を描いていた。
「ほぼ正解だ。テキスト自体は補助的なもので、【雲母砂子】によって起きた弊害を解決する為に作られた後付けの装置に過ぎないが」
弊害と言われて、私はいつぞやの誘拐騒ぎの事を思い出した。
あの時、犯罪に手を染めたのはテキストを買うお金を得る為だったと、犯人の1人は吐露していた。
たかが魔法の教科書。しかし、魔法の才を持ちながらもコントロールする術を持たず、常に暴発の危険にさらされる胎児や母体、乳幼児にとって、それは唯一の防護策と言うべき存在でもあった。
そのテキストが弊害を解決する為の装置だとするなら、ハクジャの言う【キラスナゴ】こそがその原因であり、そして「魔法使用の制限」という全世界的な洗脳効果を及ぼした根本原因という事になる・・・。
「アカネ様、アカネ様、大丈夫ですか?」
「・・・っ、あ」
後ろから駆け寄ろうとしていたネストールさんに気付いて、私は、思わず数歩、前へと距離を取った。
彼との距離は2メートル程、心を読まれるかどうかのギリギリの距離。つまりは、それは私の拒絶だった訳で、ネストールさんは怪訝そうな表情で私の方を見つめた。
別に隠し事をしたい訳ではない。
ただ、この世界の魔法に関しての事が、真実、洗脳と呼べる認識の元に置かれているとして、果たしてそれを教えてしまって良いものかどうか。それに、【キラスナゴ】自体は、イグラードで私がやったような魔法を幅広い用途で使ってしまう事による被害を防ぐ為の安全弁のようなモノに思える。
誰もが意識せずとも誰もが恩恵を受けていると言えるこの現状、
それを私が安易に教えて、変えてしまって良いのだろうか?
ハクジャとネストールさんの間、丁度中間辺りに位置したまま、私は迷うように視線を彷徨わせた。
ちろちろと、火勢を弱めつつある焚き火から火の粉が幾つか舞う。
「・・・1つ、私から提案があります」
息が詰まるような数十秒の間の後、ネストールさんが静かに口を開いた。
ハクジャはそれを見て、続けろと顎をしゃくる。
「その【雲母砂子】とやらにまつわる仕組み、ちゃんと説明して頂けるならハクジャ、私は貴方に協力します」
「はあっ!?」
「・・・っ?」
いきなり妙な事を言い出したネストールさんに、側にいたミルナーが素っ頓狂な声をあげた。
私も意外に思って彼に振り返る。
いや、だって、利用されてなるものかと、いたいけな子犬にあれだけ迫っておいて、それでこのあっさりとした妥協。思慮深いネストールさんだけに意外過ぎる。
ハクジャも同じ印象を持ったらしく、少しばかり目を見開いて、「それは構わんが・・・」と言葉を濁した。
だが、側にいたミルナーはそれ位では収まらなかったようで、ネストールさんの肩に手を置いて、ぐいと振り返らせて問いつめる。
「どういうつもりだ!?んな訳の分からん魔法の事を知って、それでどうするってんだ?大体、何でそれで協力しようってなるんだよ?」
「・・・正直なところ、私もその魔法については興味以上のものはありません。そして、協力するという事については、言葉の勢いです」
「・・・・・・はあ!?」
またもや調子はずれの声が周囲に響く。
でも、その気持ちは私も同じだった。
だって、あの陰険腹黒ご利用は計画的にと薦めた上で更に搾取、みたいなネストールさんが、言葉の勢い?
すると、恐らく小振りのミカン位なら入る程度にあんぐりと口を開けて驚いていた私に、彼は鋭く振り返って穏やかな口調で言った。
「だって、私、隠し事をされたんですよ?好きだと言っている男の前で、こともあろうに別の男との隠し事、これに激昂せずにいてどうするというのです?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
私もミルナーも返す言葉が無かった。
というか、全く落ち着いて見えるんだけれど、これで怒っているの?
そもそも、そういう問題じゃないだろう?と思う反面、でも、言われてみれば確かにそういう男女の修羅場的図式に当てはまるような気もして、私は、見て楽しむだけだった乙女ゲー的シチュに、こともあろうか自身が陥っているらしき事に気付いて戦慄した。
どんどんと私が混乱の度合いを深める中、反比例するように、ネストールさんに詰め寄っていたミルナーは落ち着きを取り戻して、妙にしみじみとした感じで口を開いた。
「お前・・・案外、馬鹿だったんだな」
「おかげさまで」
皮肉というか直球の貶しだろうに、返答するネストールさんは余裕の笑顔だった。
あ、でも何だかいつもの笑顔より黒い感じがする。やはり怒っているのだろうかと、私がさりげなく観察すべく視線を巡らせた時、ハクジャの方から押し殺すような笑い声が聞こえてきた。
「くっくっく、いやはや、面白いな。イグラードは人材の宝庫だとは聞いていたが、くく」
「どういう意味の人材かは知りませんが、面白さというのなら私より、こちらのミルナーがお勧めですよ」
「おう、お前には負けねえよって、馬鹿にされてんだぞ、アホ軍師!」
深紅の目を細めて、肩を揺らせるハクジャは、どうやら本当に面白いと思って笑っているようだった。
状況も忘れて、私はその珍しい光景にしばし見入る。
「別に馬鹿にしている訳ではない。ただ、羨ましいと思っただけだ。愚直、或いは陳腐だと思っていたソレがオレにあったなら、何か変わっていた事もあったかもしれないな、とな」
「では、褒め言葉として受け取っておきましょう。それで、返事はいかに?」
「諾だ。そっちのお勧めの人材の方はどうする?」
「・・・はあ、俺は当然パスだ。余計なリスクは御免だね」
「気持ちは分かりますが、ミルナー、それではどうすると言うんです?ここから脱出するにはハクジャの協力が不可欠です。何かほかにアテがあるとでも?」
「アテ?いいか、ネストール、お前は確かに頭はキレるが、物事を複雑に考えすぎる。古今、言うことを聞かない奴に言うことを聞かせるもっとシンプルな方法があるだろ?」
3人がやりとりを続ける中、ミルナーが片目を瞑ってぱしぱしとネストールさんの肩を叩いて気楽な声を投げ掛けたかと思うと、直後、その姿がかき消えた。
続けて聞こえてきたドンという大きな音に視線を向けると、仰向けに押し倒されたハクジャが喉元に短剣を突きつけられている姿が目に入った。ミルナーは馬乗りのような格好で膝をつかってうまく彼の動きを殺しており、これがいつかの親善試合だと言うのなら、開始2秒で勝負ありといった状態だった。
「シンプルに脅し、という訳ですか?」
「そういうこった。て訳で、ハクジャさんよ、俺ぁ言ったよな、裏切ったら殺すってよ。ここから出る道を案内するってんなら勘弁してやる。どうするよ」
「・・・さすがの身のこなしだな。人の身でよくやる」
「はっ、御託はいい。どうすんだ、案内するのかしねえのかっ」
ハクジャの喉元に近付けられた毒の短剣は、いまにも彼の首に触れそうだった。僅かでも彼が体を起こそうとすればたちまちのうちにその首を切り裂くだろう、あの強力な毒の効果をも加えて。
ぎりぎりと、迫るように体重を掛けていくミルナーに、しかしハクジャは余裕の表情で、しばし視線を天井に泳がせて考えるポーズ的なものをとる余裕すら見せた。
「案内はしない。これが答えだ」
「なっ・・・!」
そして、おもむろに答えると共に急に首を起こしたハクジャに、ミルナーは僅かに手元を狂わせた。
咄嗟の抑制によって首を切りつける事こそ免れたが、尚も上体を起こそうとする無造作な動きに避けきる事は出来なくて、毒の短剣はその刃の中程までをハクジャの胸元に沈み込ませていた。
「きっ・・・」
奇しくも、彼の石化を解く為に傷をつけたその辺り。
私は、喉元を駆けあがってくる悲鳴を口に手をあてて懸命に抑え込んだ。




