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その66




 休息の為にと、ハクジャに案内された場所にはものの数分で辿り着く事が出来た。

 道中何事も無かった訳だが、「魔法の明かり」に逆らって歩く事になったので、それが見える私としては妙に落ち着かない。

 カーナビに逆らって間違った道に入ったような感じで、不安というか何というか。

 もっとも、はぐれないようにと、4人でぎゅうぎゅうに固まって歩いた事の方がしんどかったのだけれど。


 ともかく、険悪という程でも無いが会話も無かった私達一行が足を踏み入れたのは、10数メートル四方のかなり広い部屋だった。ハクジャが扉の脇に設置されていた松明に火を灯すと、中の様子がぼんやりと見えてくる。だが、壁や床は通路と同様の石造りで、まったく変わり映えのしない・・・と思いきや、部屋の中央にある物に気付いて私は驚いた。


「へえ、ありがてえな。この水は飲めるのか?」

「飲める。天然の湧き水を引いているからな。ここは元々その水を利用した洗濯場だった」


 一足先に室内へ入っていたミルナーが、部屋を真ん中で分断するように流れている水路に手をついてハクジャに尋ねた。そして返された言葉に、私はリュカちゃんの部屋、教主の広間には滝があって、その水が通路へと流れ込んでいた事を思い出す。

 眼下の水路はあの時見た物よりはかなり幅広で、私の腰位までの高さがある立派な造りの物だった。そこからは細い溝と鉄製の管が枝分かれしていて、部屋の隅にある横広の台に繋がっている。恐らくはそこが洗濯台という事なのだろう。視線を巡らせると、桶や洗濯板らしき物の残骸もちらほらと見て取れる。


「ともかく、これで懸念だった飲料水に関しては解決しましたね。食料はミルナーの分と合わせて4日分はありますから、これで時間的な猶予が出来たと見て良いでしょう」

「・・・・・・」


 最後尾から入ってきたネストールさんの言葉に、私は無言で頷いた。

 所持品を確かめたときに、言い出すまでもなく私も不安に思っていたのだ。前述の滝や水路を見た記憶があったので、それほど絶望的、という感じではなかったけれど。

 

 私は、地面に転がる木片やらに注意しながら歩いていって、早速、流れる水を手で掬って口に含んでみた。

 横で「ウメー」とミルナーが連発するように、ひんやりと冷たくて美味しい。

 4者が4様に給水し、腰を落ち着ける場所を見つながら一息つく。

 そのうち、どこから探し出したのか木のコップを勢いよく傾けてグビグビと喉を鳴らしたミルナーが、再びハクジャに向かって問い掛けた。


「それにしても、この部屋、長い間使ってない感じだが、何でなんだ?水路自体もそうだが、この周りの設備とか、まだ十分使える上に結構金も掛かってそうだが」


 言われて視線を向けてみると、水路から枝分かれした細い溝の付け根には線路の切り替えポイントのようなスイッチと弁が取り付けられていて、確かに作るのに手間が掛かってそうだった。それに、傍らには大きな食器棚やら鉄の鍋なども捨て置かれていて、生活感というのだろうか、直前まで人が使っていたところを急に放置されたような不思議な印象がある。


「2、3年前だったか、ここは『無限回廊』に浸食されてな、破棄されたのだ。この神殿にはそういう部屋や区画が無数にある」

「浸食・・・それは、この迷宮が自然に広がって通常の空間を飲み込んだ、という意味ですか?」

「その通りだ。元来、あの『無限回廊』というモノは、リュカの部屋の地下、その1室だけに施された術だったというのにな」

「・・・それが、どうしてこんな?」

「原因は、リュカの魔力の減退だ」

「・・・っ!」


 リュカちゃんの魔力が減ったせいで、以前に魔法で作った「無限回廊」が暴走している、という感じなのだろうか?

 しかし、そうだとしても、あのリュカちゃんの魔法を間近で見た感じ、とても弱っていたようには見えなかった。というか、この世界の魔法の水準で言うと段違いの利便性と強力さだったように思える。もっとも、私が他に知っているのはイグラードの人達の魔法だけなので、例の洗脳めいた魔法の制限を含めて、例外があったとしてもおかしくはないのだけど。


「その辺りの話はオレが完全に石化せずに助かった事から、何となくそういうものだと思ってくれれば良い。現状は、まず休むべきだ。そうだろう、イグラードの軍師よ」

「・・・もっともですね。魔力が弱まっているというのなら、私達にはプラス材料でしかありませんし、現状、確かめる術もありません。疑問は後にして、今はまず休息に専念しましょう。という事で、ミルナー、火を起こせますか?」


 ネストールさんの言葉に、水路の脇に腰掛けていたミルナーの姿を探すと、既に残骸やら木クズを山にして種火を起こしている最中だった。ブーツに仕込んでいた鉄板(!)と火打ち石を擦り合わせて火を起こそうとするが、湿り気が多いようでなかなか上手くいかない。

 何度目かになる舌打ちが聞こえた時、傍らに立ったハクジャが「やれやれ」と嘆息しつつ手を伸ばした。

 そして、爪で人差し指の腹に小さく傷つけると、滴った血を数滴、ポタリと木クズの山に振るい落とす。

 途端、山の頂上がボッと燃えだして、一瞬の躊躇の後、それを絶やさぬようミルナーはどんどんと目に付いた木片をくべていった。

 その様をしばらく訝むように見ていたネストールさんも、毒ナイフで速やかに食器棚やらを分解し始め、瞬く間に薪らしき物を増産していく。

 

 何だかんだで手際の良い彼らを見て、私も何かせねばと先程目に付いた鉄鍋を拾い上げた。それを水路で何度か濯いだ後、水を貯える。そして、「ふぬあっ」と持ち上げてみるが、ぷるぷると腕が震えるだけで持ち上がらない。「重すぎたんだ・・・腐ってやが」と、私が内心で毒付きかけた時、ふっと手の中の重みが消えた。


「お前はじっとしとけ。またドジで火を消されたらかなわん」

「・・・・・・」


 そう言い捨てて、ミルナーは水の入った鉄鍋を片手で持ち上げ、スタスタと歩いていった。

 何て憎らしいんでしょう。

 何て言い返す言葉が無いのでしょう。

 私は失った信用の大きさとドジっ娘というものへのリアルな扱いを噛みしめながら、しばらしくして何やら良い香りを漂わせ始めた鍋の方へフラフラと近づいていった。

 

 ネストールさん曰く、軍の携帯食はそれはそれはマズく、こうしてスープ状にしても微妙とのことだったのだが、眠気マックスな上に欠食児童状態の私は綺麗に完食し、星の数を大々的に喧伝したりはしなかったが、意外と美味しかったよと、しきりに味を気にする彼に答えてみせた。

 そして、お腹が膨れた以上、強烈に存在をアピールしてくる眠気に私が逆らうことなど出来る訳も無く、「仕方ねえな」と脱ぎ置かれたミルナーの皮製の上着に迷う事なく滑り込んで、ぐうぐうと寝息を立て始めた。

 やべえ、ここ、野郎しかいねえ。とか思わないでも無かったが、その時には既に意識の大半を手放した後だった。




 余談だが、私の毎朝の目覚ましは携帯からのお気に入りキャラボイスだった。

 そんなものでちゃんと起きられるものなのか?という疑問はもっともで、実際、目覚ましとしての能力は低いと言っていい。寝起きの悪い私となれば尚更だ。

 ならば、何故使っているのか?

 簡単だ。起きられないのは仕方ないとして、だったら、せめて気持ちよく目覚めたいからである。

 あの低くて、それでいて優しい声に囀るように起こされるなら、例え示された時間が2時間目の開始時刻であっても、笑顔で起床する事が出来る。いわば、魔法の癒しボイスだ。

 直後に襲いかかってくる、いっそ休んでやろうかという欲求にも敢然と立ち向かえるし、視界の端にちらつくクリア間近のゲームの誘惑も振り切れるというものだ。「ふっ、自分の精神の強靱さが怖い」と、時間割を見返して体育がある事に気付いた頃にはその魔法の効き目も切れてしまう訳だが。

 

 で、何が言いたいのかというと、うるさいのである。

 

 私は静かに、イケメンボイスで起こされたいのだ。

 それがあろうことか、朦朧とする意識の外ではがなり立てるような大声が飛び交っている。

 ドンガラガッシャンと、鍋がひっくり返るような音さえ聞こえてくる。


「・・・ぐぬぬ」


 もう、我慢ならねえ、キレちまったよ・・・と、怒りに目をクワっと見開いた直後、飛び込んできたのは可愛いワンコの顔だった。濡れた鼻先がくぅんと甘えるように私の顔に押しつけられる。

 たちまち眉間の皺もとれて、あまりのキュートさに相好を崩した私は、なかば発作的に上体を起こしてその犬を抱き上げた。

 そして、そのマルチーズのようでマルチーズでない白い小型犬がハクジャである事を思い出して、一体何事かと辺りを見回した。

 


 完全に覚醒した私は、子犬となったハクジャを庇うように抱いて、ネストールさんとミルナーに対峙している。

 スープを作るのに使われた焚き火は絶やされておらず、2人の怒りの表情を確かめられる位には視界は良好だった。


「・・・・・・」


 その犬を離せと、迫るようににじり寄る2人から、私は無言のまま一歩後ずさる。

 先程、私の目覚めを著しく妨げた喧噪は何のことはない、彼らとハクジャの間で起こった諍いが原因のようだった。

 何が理由での揉め事か知らないが、ミルナーはともかくとして冷静なネストールさんまでもが目を吊り上げているのは異常事態と言えた。

 ともかく、大の大人が2人していたいけな子犬をいじめようというのは許せない。

 見れば、ミルナーの手には例の毒ナイフまでもが握られていて、私は、冗談じゃないと、胸元に抱いたワンコをぎゅっと抱きしめた。


「・・・おい、卑怯だろ、ハクジャ。隠し事してた上にそういう逃げ方するか?」

「アカネ様、お騒がせしてすいません。その犬のような何かを今すぐこちらに渡して頂けませんか?それは全くもって信用ならない」


 ネストールさんがこうまで表情をしかめるのは珍しい。一体何をしでかしたのかと、私は腕の中のハクジャを見下ろした。そして、くぅんと、見上げたワンコのつぶらな瞳とぶつかって、やっぱり可愛ええと頬摺りした。


「くっ・・・、ミルナー、その短剣こっちに渡してください」

「待て、お前本気で殺す気だろ」

「当然です。小動物であるという利点を最大限利用してアカネ様の懐に入り込むあの周到さ、ここで消しておくに越した事はない」

「まあ、あれで、アカネの奴の警戒心が薄かったのには合点がいったわな。ハクジャの野郎には、そこまでの意図はねえんだろうが」


 そうして、しばらく睨み合っていた私たちだったが、いい加減無為な時間だと気付いて、ミルナーのため息を皮切りに互いの態度を軟化させた。


「はあ・・・で、アカネサタニ。お前、そいつを庇ってる訳だが、俺らが何でそいつに詰め寄ってるか分かってんのか?」

「・・・・・・」


 当然分かってない私はふるふると首を横に振る。

 敢えて言うならワンコが可愛いからだが、そう言うと思いきりバカにされそうなので口をつぐんだ。


「そいつはな、さっきこう言ったんだ。『お前達はここからは出られない』ってな」


 んん?と、私は眉根を寄せてミルナーの方を見返す。

 出られないって、それは「無限回廊」からという事だろうけど、でも私にはガイドの魔法があるし、それに道を知っているハクジャもいる訳だし・・・。


「休息の前に、ハクジャが言った事を覚えていますか?彼は『リュカが私達を追わない』と言った。それに返された答えが『私達はここから出られないから、追う必要が無い』という事でした」

「・・・・・・?」

「つまりな、アカネ、お前に掛かってるらしいその犬っころの魔法は、正しい道を示すなんてもんじゃなかったって事だ。とんだ詐欺だわな。オマケに、そいつ自身は意地でも道案内はしないって言いやがるしよ」


 吐き捨てるように言ったミルナーに、私は本当なのかと胸元のハクジャを見つめた。

 先程は即座に見上げてきた視線が、今度は微妙にふらりと逸らされる。


「・・・・・・」


 私はそのまま片手で彼を固定すると、余った手をわきわきとさせた。

 リュカちゃんと一緒に犬状態の彼を撫でくり回した事は記憶に新しい。その際、彼が嫌が・・・気持ちよくなるポイントも彼女から詳しく教えられていた。別に、好きで彼を撫で撫でし倒そうという訳では無いのだ。ただ、彼は隠し事をしている。それを聞き出すためにやむなく私はモフモフするのだ。いわば、正義である。正義のモッファーである。


 そして、やっと目が合ったかと思うと、ハクジャは即座に暴れ出した。

 犬の表情など読めないが、今は心なし恐怖に青ざめているように見える。

 遂にはキャインキャインと哀れっぽく鳴き出して、出来た僅かの手の緩みを突いてハクジャは地面へと逃げ延びた。


「ちいっ・・・!」

「アカネ様、落ち着いて」


 今度は私がネストールさんの腕に捕まる。

 ええい、はなせっ、存分にモフらせろ!

 と、私が手を伸ばした先で、ピンチに陥ったヒーロー的性急さでハクジャが淡い光に包まれた。

 ぼんやりとした、焚き火からのものとは全く違う色の光の中、彼の体のシルエットが見る見るうちに大きくなって、数秒の後にすっかり人の姿と戻った。私はそれを見ながら、あぁと力無く伸ばした手を下ろした。


「って、アカネ様、寝ないでください。ハクジャには聞くことがあるでしょう?」

「・・・・・・」


 何だかやる気の無くなった私は、とぼとぼと寝床にしていた場所に戻ろうとしていたのだが、再びネストールさんに腕を引かれて振り返る。一瞬、何だったっけと怪訝に彼を見返すが、本来の目的を思い出して私はハクジャの方に一歩近づいた。


「ハ、ハクジャ、あの、魔法・・・って」


 途端に弱腰になった私に、横に居たミルナーがよろけた。

 いや、だって仕方ないじゃないか。やっぱり犬と人間では別物だ。特に、真っ白な髪の間から真っ赤な目で見つめられると、その異様も相まって迫力がある。それに、さっきの話が本当なら彼は私達を騙していた事になる訳だし・・・。


「言っておくが、オレは騙していた訳ではないぞ?それに、お前に掛けた魔法は確かに『正しい道を示す魔法』だ。これは断言する」

「んだと?だが、さっきお前は・・・」

「慌てるなよ、ミルナー。オレが言ったのはあの魔法に従っても脱出は出来ないという事だ。それに、アカネよ、思い出してみろ。あの魔法に従って行き着けたのはどこだった?」


 ハクジャのその言葉に、私ははっと息を呑んだ。

 思い当たった懸念、馬鹿らしい失念。

 愕然とした私の顔を一瞥してから、ハクジャはミルナー達に向き直って言った。


「あの魔法は、あくまで、リュカの部屋へと導くモノに過ぎない。アカネは勝手に勘違いしていたようだったがな、騙してはいないぞ?そして、オレの目的上、お前達を外へと出す訳にはいかない」





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