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その48




 イグラード王国首都ファーンバラへと至った道程を逆に辿るような今回の道程は、行きとは違って苦痛の一言だった。


 馬車は大公御用達の高級仕様、前回とは違って移動だけが目的の今回は物資も豊富、加えて精鋭の近衛騎士の護衛付きとくれば、物理的に不足がある筈も無い。それで何が辛いものかと問われれば、それはずばり、随行するオルランドの人達との関係だった。

 レーマ教団からの条件で、私を移送する際にイグラードの人間が随伴する事は禁じられていた。

 つまり、今回の馬車の旅の、総勢にして15名程の一行は、私を除いた全員がオルランドの人達なのである。

 馬車には、御者は別として私1人で乗っているわけだが、当然、旅の中でずっと1人で居られる筈もなく、食事や野宿を含んだ宿泊施設の利用時、やむにやまれぬ生理的現象の発生時など、必要に迫られて彼らと関わらざるを得ない局面は多い。しかし、そんな折りに、オルランドの人達としては大公直々の命令で護送の任に就いているとは言え、一応、私はイグラードの人間な訳で、心情的に仲良くと行く筈も無い。それでも、職業意識の高い彼らは、私を扱いかねてはいるものの、任務を忠実に果たそうとあれこれ構おうとしてくる。

 で、私としても知らない人のぎこちないお世話に笑って過ごせるかと言えば否である訳で、結果、すんごく気まずい。

 

 そうして、初日は美味しいと感じていた馬車で食べるには豪華過ぎる食事の時間が、砂を噛むような苦行タイムへと変わり始めた頃、転機は訪れた。


 

 馬車に乗ってから一週間が経ち、かつて私の思い付きからネストールさんによって燃やされた緑の山、霊峰イヴェルドがその堂々たる山容を現した。大規模な山火事となった筈だが、私が見る限りその威容に陰りは無く、鬱蒼とした木々が見渡す限り、山の斜面を覆っている。

 遠くに見えるだけだった木々が、見上げる程に近付いた時、揺れらしい揺れを感じさせる事もなく、私の乗っていた馬車が停止した。

 疑問に思うまでもなく、これからは山道に入るから馬車は無理という事なのだろうと、私は、オルランドの人の手を煩わせるのも億劫なので、自分でさっさと馬車を降りる事にする。

 そして、意外に堅い扉を「ぬんっ」と某拳王ぽい声で押し開いて外に出ると、そこにはマジモンの某拳王が居た。


「・・・・・・っ!?」


 外に出た私の前に立つ男の姿に、私は声にならない叫びをあげる。

 

 その男は、上背自体はそこまで大きくはない。多分ジェラードさんよりも小さいだろう。

 だが、厚みが凄まじかった。

 まっすぐ気をつけ出来ないだろうと思われる程に太い両腕と、間違いなく普通寸のシャツなら伸びきってしまうに違いない野太い首、それにゆったりと巻かれている筈の白いトーガは内側の分厚い胸板に張ち切れんばかりで、そんな重量感たっぷりの上体を、獣のように裸足のまま大地を踏みしめる下肢が支えている。でもって、極めつけは、禿頭(はげあたまって読んだら駄目だゾ)!

 何、この世紀末を生きるに相応しい救世主伝説は・・・と、錯乱した頭をふらつかせるように辺りを見回してみると、その世紀末を生きるに相応しい人が、もう、あと4人程居た。


「・・・・・・・」


 あ、私、死んだな。

 と、胸に七つの傷を刻まれて谷底に廃棄される覚悟を完了させていると、横合いから馬車を護衛してくれていた騎士の人がおずおずと私に声を掛けてきた。


「彼らは、レーマ本山に住む修行僧達です。ここからの道は我々では足を踏み入れる事が出来ませんので、貴方の護送は彼らが受け継ぎます」


 その明快な説明に、そう言えばこの山は常人には不可侵だとか言ってたなと、薄情なイケメンの言葉を思い出す。

 しかし、そう言われても尚、この眼前のマッチョメンは僧侶という感じがしなかった。

 確かに服装自体は、色さえ変えれば、元の世界のタイランド辺りを歩いていてもおかしくなさそうな感じだけど、いかんせん体格がごつすぎる。

 普通、僧侶と言えば節制から痩せたイメージがあるのに、何なんだろうこのわんぱくでも良い、たくましく育って欲しいという願いが通じすぎた感は。

 そして、くどいようだが禿頭(はげあたまry)!そのシルエットに誘拐騒ぎの時の嫌な記憶が蘇って、この人には悪いが、私の第一印象は最悪だった。


 が、私がどう思おうと、護送の引継は円滑に進められ、恭しく頭を下げて掛けられた差し障りのない別れの言葉に頷いて答えながらオルランドの人達を見送ると、そこには、いかにも対戦ゲームが弱そうな日本の女子高生と、いかにもリアル対戦ゲームが強そうなイヴェルド山のマッチョ僧侶5人が残された。


 マッチョに罪は無い。これが競泳や体操選手的マッチョなら、私も眼福じゃと盗み見まくる事にやぶさかではない。だが、ボディビル選手ばりに腕と胴が干渉し合っちゃってません?というところまで行くと駄目なのだ。そこに機能性に基づいた美しさは無い訳で、それでは身体ではなく筋肉自体の表現に過ぎない。つまり何が言いたいかと言うと、何でオトメゲーには立体表現された物が無いのかという視覚的憤りが・・・。


「お主、身体は鍛えておるか?」

「バっ、サラ!?」


 突然掛けられたマッチョ僧侶からの声に、私は飛び上がって驚いて、思わずあれはオトメゲーの範疇に入るのだろうか?いや、あれを入れてしまったらあれも入っちゃう訳でと、複雑な叫び声をあげた。


「この山道は険しい。歩けるか?」


 そんな私の奇態にも動じる事なく、再びマッチョ僧侶は私に問いかける。

 その言葉に、私は周囲のマッチョ達を避けるようにして、木々の隙間から覗く遙か遠いイヴェルドの山の端を見上げた。

 

 うん、無理だ。

 と、即座に首を横に振った私に、マッチョ僧侶が「ならば、これに」と短く言って指さしたのは、彼らに隠れるように置かれていた木製の箱だった。四角形の箱は私の首位までの高さがあり、天辺には長い丸太が固定されていて、その中程にはござのような物が畳まれて括り付けられている。そして、僧侶の1人がその箱の扉をずらして開けるのを見て、私はそれが時代劇などでお馴染みの駕籠かごみたいな物ではないかと思った。

 

 つまりはこれに乗れと言う事らしい、扉を開けた男がそのまま促すように私を見ている。

 それに対して、私は、旅装と言う事で着ている長袖の丈夫な生地のシャツと、なめし革の膝丈のスカート、それに続く革製の編み上げブーツへと視線を落とした。

 靴を履いたままで良いのかな?と一瞬、反応を窺うが、マッチョ僧侶5人は驚くほどに私に無関心で、まあいいかと、結局そのまま乗り込んでみる事にした。

 

 中は思った以上に窮屈で、足を延ばす事すらなかなかに厳しい。そしてまた、直後の浮遊感の後、無言のままに進み始めた駕籠の揺れのひどい事。

 私は、つい先ほどまでの豪華仕様馬車の快適な乗り心地を思い出して、天井から吊された持ち手のような物を握って額を押し付けた。


 だが、そのひどい揺れを除けば、この駕籠による道行きは、思う以上に快適だった。

 なにせ、5人のマッチョ僧侶達は一切私に話しかけないのだ。

 まるで資材か何かを運ぶように、そこに私という人間が居ないかのように徹底して無言なのである。

 それは彼ら同士でもそうであって、運び役の交代を兼ねた休憩の時ですら、一切の私語が無いのだ。

 食事でさえ、「あれ、止まったな?」と私が駕籠の扉を開けると、何の兆しも無くいつの間にか足元におかゆらしきお椀が置かれているという有様である。

 そんな訳で、私は実に気楽に、夕餉となった足元のお椀と、セットで紙に包まれて置いてある乾いたチーズを手に取った。

 おそらくは、このチーズを振りかけて食べろという事なのだろう。力を入れるまでもなく、ぼろぼろと崩れる香ばしいチーズをお椀の中に注ぐと、何となくチーズリゾットのような物が出来て、私は大いに食欲が刺激されて木製のスプーンで口の中にかき込んだ。


「・・・・・・」

 

 カレー味だった。




 短い睡眠時間を挟んで丸一日、長かった山道はようやく終わりの気配を見せて、私達はイヴェルド山頂に位置する、レーマ教総本山へと辿り着いた。

 駕籠から降りると、山道で見た巨木に負けない程に巨大な柱に支えられた荘厳な建物が目に入った。華美な装飾こそ見られないが、ところ狭しと壁に掘られた宗教的な彫刻や造形物が実に神秘的で、この石造りの建物がレーマ教の崇める神の住まう神殿である事が自然と伝わってくる。


「着いてこい」


 ほぼ丸一日ぶりに聞いたマッチョ僧侶の声に、私は遅れないように続いて神殿へと歩みを進めた。

 あれだけの過酷な山道を登ったというのに疲れの気配すら見せない僧侶達に驚きながら、私は神殿へと続くごつごつとした石畳の上を歩いていく。

 すると、あと数歩で神殿の入り口らしき場所だというところで、横にずいと出された僧侶の腕に私の歩みは止められた。 


「止まれ。ここから先、履き物は脱いで貰う」

「・・・・・・」


 そう言えば、このマッチョ僧侶達もずっと裸足だったなと、私は、あの険しい山道を駕籠を担いで素足で登りきった彼らに改めて驚嘆しながら、がっちりと結ばれたブーツの紐をひーひー言いながら解いたのだった。


 

  

 ぺたぺたと、足の皮の厚さが違うのか、私だけが滑稽にも聞こえる足音を響かせながら、5人の僧侶に連れられて神殿内を進んでいく。

 神殿の中は、外観からは予想出来ない程に複雑な造りのようで、玄関部分から少し進むと迷路のように通路が入り組んでいた。贅沢にランプ等が使われていた王宮とは違って照明も弱く、まるでダンジョンを探索しているような不安な気分になる。パーティ構成的には僧侶x5だから、野垂れ死ぬような事は無さそうだけれど。


 と、無言のまま僧侶達の後に続いていると、それまでに比べると少し幅の広い通路へと出た。

 見渡してみると、ここだけは多くの燭台が灯されており、煌々として明るい。そして、照らされた通路の両側には幾つかの扉が並んでおり、恐らくはここが神殿に於ける生活スペースなのだろうと私は見当をつけた。


「そこが、お前の部屋だ」


 そんな予想を裏付けるような言葉と共に僧侶の1人が指し示したのは、その中でも意匠の凝った扉のところで、私はここでもそこそこちゃんとした生活が送れそうだと小さく息を吐いた。

 思えば、真っ暗な牢屋のような所に連れて行かれて鎖に繋がれる、なんて可能性もあった訳で、予想以上に軽くなった心に、私は素足の冷たさも忘れて早足に示された扉の前へと歩み出た。


 重厚な音と共に開かれた扉の先に誘われるようにして入ると、私の新たな生活の場となる部屋の様子が目に飛び込んできた。

 

 部屋の広さは元の世界での自分の部屋より少し狭いかなという程度で、王宮で住んでいた部屋とは比べ物にもならないが十分に許容範囲だ。

 その代わり、設えてある丁度品はきっと程度が良いに違いないと、最初に目に入った木の机は実に立派・・・では無く、私の勉強机より小さくて。でも、並んで置いてあるイスは座り心地が良さそう・・・でも無く、安普請で明らかに傾いでしまっている。ならば、ベッドはさぞフカフカだろうと目線を移せば、見えた寝台は豪華・・・では無く、そもそもベッド自体が見あたらない。

 

 あまりの部屋の質素さに、私が言葉も出せずに立っていると、扉を開ける為に横に立っていた僧侶がすっと腰を落として、足元でガチャリと音を立てた。

 その音に我に返った私が視線を落とすと、そこには重量感のある太い鎖に繋がれた鉄の輪を、アクセサリーか何かの如く着ける自分の足首が見えた。


「え・・・」


 その光景に、私が更なる混乱に陥っていると、腰を落としていた僧侶が引っ張るようにして壁に繋がった鎖の状態を確認し、背後の別の僧侶に頷くと、そのままあっさりと部屋から出ていった。

 そして再び、重い音を響かせて部屋の扉が閉められていく。


 私は、その音と共に完全に閉じられた扉を惚けたように見てから、もう一度足元へと視線を戻した。

 でこぼことした剥き出しの石の床に裸足で立つ私の右足首には、見るからに頑丈そうな鉄の輪ががっちりとはまっている。

 それが本当に現実の物なのか確かめるように足を振ってみるが、持ち上げるのも難儀な程にそれは重くて。


「あれ・・・?」


 私には、首を傾げる事しか出来なかった。 



 


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