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その47(王宮編後編、終)


 すぐさま後悔した私は発言を取り消そうと再度口を開こうとするが、奇跡的にまともに紡がれた自身の発言は小さな声だったものの、ネストールさんとオルランド大公の会話に静まり返っていた皆にしっかりと届いてしまっていたようで、驚愕に目を見開くミルナーの様子などを見てしまうと、繕うのに適当な言葉が見つからなかった。

 

 という訳で、結局私には、無駄に立ち上がったまま、集まる注目にあわあわと顔を俯ける事しか出来なかった。

 

「本気で言ってんのか、アカネサタニ?」


 そんな私の内情を幾らか読み取って、発言を疑うように話し掛けてきたのは、隣に座るミルナーだった。

 驚きに見開いていた目は、今は怪訝そうに細められている。

 勿論恐くてそっちは見れないので、何となくそんな気がするだけだが。

 

 すると、話の腰を折られた格好のオルランド大公が、ミルナーの方に向き直って不思議そうに言った。


「貴殿らは何の話をしているのだ?今は貴国の軍師殿をどうす・・・」

「だから、その軍師っつうか、黒幕殿の話をしてるんですよ、大公閣下」


 間髪入れずミルナーから答えが返されるが、大公の顔には更に疑問の色が濃くなる。

 そして、「言葉が過ぎるぞ」とジェラードさんが彼を窘める声が聞こえた後、今度は対面のジェナス王様から補足するように言葉が継がれた。


「フンテラール公、詳細は省くが、レーマ教団が言う『策謀を巡らせた黒幕』とは、恐らく、いや、間違いなく、そこに立つアカネの事を指している」

「何・・・?」

「そもそも、ネストールに関しては名が知れ渡っているのだ。敢えて名指しにしない理由が無い」

「・・・・・・」

 

 その説明を受けて、一度顔を伏せた大公は、そのまま吟味するように伏せ目がちの視線を私の方へと向けた。

 その眼力に、せめて座らせておくれと、目立って仕方の無い状況に心地の悪い汗が流れるのを感じながら、私は一刻も早く自分の失言が取り消される事を願った。


「でだ、話を戻すが、アカネサタニ、お前正気か?」

「あ、せ、せーの・・・」


 そして、早速ミルナーから持たらされた失言取り消しの機会だったが、私の舌はまともに回らずまごつくばかりで、それ以上は言葉にならなかった。

 どうした、私!レモン三個分の何かが足りないのか!さっきはちゃんと喋れたのに・・・。

 

 と、口ごもる私を見かねたのか、今度はアシュリー将軍がおずおずと口を開いた。


「・・・アカネ殿を差し出せばレーマ教団は手を引くとして、では、その後の彼女はどうなる?大体、そのような危地に女子1人を差し向けて助かろうとは、俺には思えんが」


 その言葉にミルナーも同意するように頷き、室内が再び静けさに満たされる。

 そんな雰囲気に、いいぞもっとやれ!と内心でエールを送っていると、意外な事実に沈み込むようだった大公から声があがった。


「レーマ教団自体で扱う以上、戦時捕虜とはならんだろう。恐らくは客人か、悪くても軟禁という形で迎える筈だ。そもそも、その『黒幕』殿をここまでの労力を以て得ようと言うのだ。危害を加えようと言うのなら、それこそ最初からその首そのものを要求するであろうな」

「・・・・・・」


 その言葉に押し黙るようにして、アシュリー将軍は更に言い募ろうとしていた言葉を飲み込んでしまった。


「なるほどの。レーマ教団の意図は分からんが、しかし彼らが欲しがる価値という意味では既にアカネ殿は証明しておるしな。その辺り、ナルシン殿、あんたも実感したじゃろう?」

「は・・・、はあ」


 親善試合での事を言っているのか、間隙を縫うように放たれたファーガソン将軍の言葉に、ナルシンが曖昧な返事を返す。


「つまり、利用価値のあるアカネ殿の身柄を渡したとて、そうそう無体な目に遭う、という訳でも無いという訳じゃな」


 そう言って、老将軍の目が細く引き絞られた。

 そこに、いつもの好々翁然としたおもむきは一切感じられない。

 

 そしてその言葉に、室内には、ほぼ今後の方策が決まったかのような、次は詳細を詰めようとでも言うかのような、前向きな雰囲気が広がりつつあった。


 って、ちょっと待ってほしい。何でもう私がレーマ教団に行くこと決定みたいな雰囲気になってるの?

 そりゃ、言い出したのは私だけど、そんな訳の分からない宗教団体に引き渡されるとか・・・。


「おいおい、待てよ。そりゃ、殺されないってだけで、どういう目に遭うかは分からねえって事だろ?こいつ1人渡して終わりにしようって、あんた等、本気で言ってんのか?」


 すると、その雰囲気を敏感に察したミルナーが、机に手をついて立ち上がり、憤るように周囲に向かって言った。

 何かもう、私出荷確定!みたいになってた空気が僅かに緩んで、再び思い悩むような気配が広がる。



 そんな中、厳かとも言える声音で、ほぼ正面に座るジェナス王様から私に声が掛けられた。


「アカネよ、お前は我がイグラードの客人であり軍人でもある。故に、俺からはただ命令する事も出来んし、ただ守ってやる事もできん。だから、お前の決断に従おうではないか。再度、お前の口から聞きたい。お前は、どう、したいのだ?」


 いつぞやの、身の振り方を王様に尋ねられた時の事が頭に蘇る。

 多分、これは王様の最大限の譲歩だ。

 だって、国の事を考えるなら私1人を渡して、大勢が死ぬだろうオルランド反乱軍との戦禍を避けるのがベストな選択に決まっている。

 それでも敢えて、私の判断を聞こうと言うのだ。

 私は、ちゃんとした答えを返さなくてはならない。

 

 だって、そうしないと、衣食住がタダのVIP生活からもオサラバしなくちゃならない訳だし!


 ぐっと、私は主にその事に関して拳に力を込めると、周囲からの視線に緊張の糸が振り切れそうになるのを感じながら、奇跡の滑舌よもう一度と!と必死の思いで口を開いた。

 

「・・・・・・っ」 


 が、喉に詰まるように息が引っ掛かって、言葉が形を成さない。

 早く言わないと・・・早くちゃんと「行かない」と言わないと、私の今後の食う寝る寝る計画が頓挫してしまう。頑張れ、私の喉の辺り!

 と、力むものの、焦る程に喋る事はおろか呼吸すらが困難になってきて、北斗七星の横に何だか蒼い星が見えるなと思い始めた私の窮地を救ってくれたのは、ここまでずっと無言だったネストールさんだった。


「お待ちを、陛下。アカネ様がこういった場での発言を苦手とされている事はご存じの筈。ですから、私が代弁を致します。いかがでしょうか」

「・・・良いだろう、許す」


 恭しく頭を垂れると、彼はミルナー越しにちらりと私を顧みた。

 周囲の将軍達も彼の「読心」は了解しているので、反論も無く静かにやりとりを見守っている。

 

 かつて、これ程までにネストールさんが頼もしく見えた事があったろうか。

 いつもはちょっと変態っぽくて嫌だなと思う事も無くは無かった貴方の心の中覗いてます的な彼も、事ここにあっては、私の内心を正しく読みとって胸の内を代弁してくれる頼もしい弁護人である。ゆけ!行列が出来る弁護士軍団・・・の1人!


「アカネ様は、自分が行く事で窮状が救えるならばと、言っておいでです」


 は・・・?


「それは、つまり・・・」

「はい、陛下。アカネ様はレーマ教団に自らの身柄を引き渡す事を望んでおいでです」


 あ、あれ?

 私は、通販で頼んだゲームが届いて喜び勇んで開けてみたらディスクがケースの中で荒ぶっておられて傷だらけになっちゃってた的な、呆気にとられた表情をネストールさんに向けた。

 すると、彼は見慣れた表情の「そう言う事は販売店に仰ってください」と慇懃にクレームに返答する宅配のあんちゃん的な笑顔を送って寄越した。

 いや、実に良い笑顔だとは思うのだけど。何かおかしくなくなくない?


 

 こうして、「私の言質」が取られた後は実に慌ただしく準備が進められ、当然夜会にも戻る事は出来ず、私は何で着付けられる時に気づかなかったんだろうと思いながら、背中がぱっくり開いたパーティドレスを早々に脱ぐ事となった。

 


 

 明けて、翌日の早朝。

 まだ薄暗いイグラード首都ファーンバラ郊外の馬車道を、オルランド大公自身が乗ってきたという豪奢な馬車がひた走っている。

 石畳の道と特別仕様と言う馬車の懸架装置が働いて、1人座席に腰掛ける私には驚くほど揺れが感じられない。

 そんな馬車の中は、王宮に来る時に乗った王様の物同様に広く、気を利かせてか、はたまた単に気まずかったのか、私の他には誰も乗っていない事も手伝って非常に快適である。

 だから、考え事にはうってつけな訳で、散々寝付けないベッドの中で考えたというのに、私はまた彼の事を考えてしまっていた。

 

 ネストールさんは結局、あれから見送りの場にも現れず、あの離宮の部屋で見た姿が最後となった。

 ちなみにその見送りは、ダイアーさんとピアースさん、それにウェルベック君という3人だけのひっそりとしたもので、表向き匿名希望さんという扱いで滞在していた事を考えれば仕方がないのかもしれないが、少しだけ寂しいなと私は思った。だからと言って気まずい思いをした将軍達とか王様が来ても、それはそれで持て余したとは思うけれど。


 まあ、それでも一言くらいは、ネストールさんからはあるかなと思っていたのだが。


「一応、好きだって言った相手の筈なのにね・・・」


 不満がちに1人こぼしながらも、実のところ、私は来ないだろうと確信もしていた。

 あの人は、国の益と何かを天秤に乗せてみたところで、最後には絶対に国益を取る人だ。

 それが自分であれ、好きな人間であれ、無条件に、絶対に。

 それを分かりやすい形で体現している彼だからこそ、私はあの中学の夏のように戸惑わずに済んだ。


 だから、実際、堂々巡りのように悩みはしたが、ネストールさんの考えには納得出来ている。

 納得出来ているけれど・・・。


「でもなー、普通、好きな相手売り飛ばしちゃうかなー」


 と、1人でいる気安さから、思わず愚痴っぽくこぼしてしまった時、にわかに馬車の速度が緩められるのが感じられた。

 何事だろうと窓に寄って見てみると、護衛として併走していたオルランドの近衛騎士の馬が御者席の方へと寄せられていて、両者で何やら言葉が交わされているようだった。

 どこかで見たような光景に脱輪でもしたのかなと思っていると、速度を落としつつあった馬車はそのままゆっくりと停止し、間もなく馬車の扉がこんこんとノックされる音が響いた。


 その音に、私がこういう場合はどう答えれば良いのか、「もしもし?」じゃちょっとおかしいし、「入ってます」も少し違うしと考え込んでいると、バタンとかなり乱暴な音を立てて扉が外から開けられた。


「遅いですわ!わたくし、待たされるのと蹴り技が豊富な女騎士は大嫌いなのですわっ」


 途端、そんな声と共に馬車内に足を踏み入れてきたのは、キャンベル姫様だった。

 風に乱れるようになっている金の前髪が実に色っぽく、そして、フラールさんとの試合が余程悔しかったんですねと思って見ていると、王様とそこだけは瓜二つの蒼い目が、激しい炎を湛えて私に向けられた。


「そして、アカネっ、私は逃げる人がもっと嫌いですわ!」

「・・・は、はあ・・・」


 と、気の抜けた返事をする私に、姫様はますます細い眉尻を上げて烈火のごとく語調を強めた。


「だから、勝ち逃げは許さないと、そう言っているのですわ!」


 ますます分からないと、首を傾げる私に、怒りやすいながらも実は辛抱強い姫様は、「いいこと?」と言葉を続けた。


「わたくしの武術の師である紫将軍がこう言ってましたわ。『死んだ女と泣く女、そして逃げる女に男は勝てない』と。つまり、そうやって卑怯にもネストール様の心を釘づけにする貴方をわたくしは許さない、ということですわ!」

「ぇ、ええっ・・・?」


 言いながら前のめりになるキャンベル姫様に、いや、だからって、泣くまで殴るのをやめないとかされても、多分私死んじゃうと思うんだけどと腰を引かせていると、彼女は急に怒りの色を沈めて静かに言った。


「貴方にわたくし、聞きましたわよね。『あなたには何ができるの?』って。それに貴方は見事に応えましたわ。親善試合の時にも、そして今も」

「・・・・・・」

「わたくし、悔しくって、でも、凄いとも思ってしまって・・・」


 完全に買いかぶりである。特に昨日の事なんて流されただけに過ぎないし。

 それに、本当のところ、私は今、安堵してもいるのだ。

 

 このイグラードでの暮らしは快適だった。

 私みたいなコミュ障の人間に、周囲の人は普通に、いや、普通以上に優しく接してくれた。

 だから、私の想像以上に知り合いが出来たし、繋がりでも出来た。

 それは嬉しい。

 嬉しいのだけど、同時に、私にはしんどかった。

 常に私を構おうとしてくれるダイアーさん、身分も気にせず気安く接してくれる将軍達、友人のように話しかけてくれるウェルベック君や姫様。

 それらの視線に、自分が映っているという事自体が、私には疲れる事だった。

 その上、更にはネストールさんとの事に頭を悩ませるハメになって。 

 

 つまるところ、昨日、あの場で、『私が行きます』と言ったのは本心からだったのだ。

 何があるか分からない未知の場所、それでも、今よりマシだろうと、私は安直に、逃げただけだった。

 だから、姫様の言葉が本当に胸に痛くて、私は背けるようにして彼女から視線を反らせた。


「・・・ですから、このままでは終わらせませんわ!必ず貴方を連れ戻します。そうしてネストール様の事は改めて決着を付けますわ!」


 そんな私に、姫様は力強くそう言い置くと、「用件はそれだけですわ」と、実に潔く身を翻して馬車から降りていった。

 そして、自分の馬に向かう彼女の背に、私はこれだけは伝えなければと思って閉じ掛けた扉に体を滑り込ませ、一歩、外へと足を踏み出す。


「ひ、ひめ、HIMEZAMA!」


 力を入れすぎて某通販サイトに対する後悔の叫びみたいになってしまったが、声は届いたようで、キャンベル姫様は足を止めて振り返った。


「あ、ありがと・・・ございま、した」

「・・・・・・」


 勢いよく頭を下げる私を見下ろすようにして。

 キャンベル姫様は「ふんっ」と吐息を一つもらすと、すぐに背中を見せて馬に乗り、私が顔を上げた時には、馬の嘶きと共に駆け出した後だった。


 そのあまりに雄々しい後姿に、こういうのって普通ネストールさんの役だよね、と眺めていると、控えめに掛けられた「馬車にお戻りを」というオルランドの人の言葉に従って、私は再び馬車に揺られる事となった。



 遠く、煙るように見える首都ファーンバラの町並みを見やりながら、とうとう町中をちゃんと見る事は出来なかったなと、私は、肘掛けに立てた手に顎を乗せつつ、寂寥からの涙の予感に備える。

 

 しかし、結局、町並みが完全に見えなくなっても、ついぞ、私の頬を涙が流れる事は無かった。







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