その4
恐ろしく少女趣味な装飾過多のワンピースドレスを纏っての野営地闊歩は、自分が大層な珍獣にでもなったような気がして生きた心地がしなかった。
スーパーマーケットでの緊張感は完全に被害妄想の類だったが、今は間違いなく注目を浴びている。
「おい、あれを見ろよ。女か?子供のようだが」
「こら、朝命令がくだってたろ。あれには一切関わるな、居ないものとしろって」
「だってよ、あの格好だぜ?どこかの舞踏会場とでも勘違いしてんじゃねーのか?」
「前線にただの女を寄越すとか、場違いにも程があるだろ」
「まったく、どういうお考えであんなのを寄越されたんだか、お偉いさんの考える事はわからねーな」
「女っつっても、ガキすぎて、目の保養にすらならねーしな」
ゲラゲラと下卑た笑いがすれ違った兵士達から聞こえる。
先導してくれていたダイアーさんが、そちらを振り返り、キッと視線を送ると、たちまち兵達は静まるが、無遠慮な興味の視線が無くなる事はなかった。
そうして、僅かたりとも目線を自分の足下から上げる事なく、ぎゅっと手を握り込む事で耐えていた私は、いつの間にか目的地に到着していた。慣れないドレス捌きと相まって一層余裕の無い私を気遣うダイアーさんの声に、ようやく自分が最初にいた大きなテントの前にいる事に気づいたのだった。
「アカネ様、間もなく軍議が始まるとの事です。ネストール様がうまく取り計らってくださいますから、どうぞ、気を楽に持って入室してくださいませ」
ニコリと微笑むダイアーさんの顔が何とか見える程度に目線を上げた私は、テント入り口脇を固める兵士に「ひっ」と今気付いたとばかりに悲鳴をあげると、初めてのお遊戯会に挑む我が子が心配で仕方がないといった風情のダイアーさんに優しく促され、テントの入り口をくぐったのだった。
薄暗い、しかし、中央にある大きな机の上だけは直上に吊されたランプのお陰で煌々と照らされ、居並ぶ男達を不気味に演出していた。彫りの深い西洋人タイプの顔立ちの人が多いものだから、期せずしての陰気なライトアップに私は一瞬息をのんだ。悲鳴が出なかったのは奇跡に近い。
中にいたのは私を含めて、5人と、最初にここに来た時より少なかった。
無用な混乱を避ける為という事だろうか?はたまたネストールさんが気を周してくれたのか。
ともかく、幾分なりとも私としては緊張感が緩和される訳で、ありがたい配慮だった。
机の両横にそれぞれジェラードさんと、いけ好かない狂気の赤気君、そして正面には薄暗い照明のせいで見え辛いが、恐らくこの野営地のトップ的な王様ぽい人、そしてその脇にネストールさんが控えるように着座していた。
「怯えずとも良いぞ、女。朝に言った通り、この場でのお前の身の安全は王である俺が保証する。さぁ、掛けるが良い」
少しばかり芝居掛かった手振りで、私の眼前の席を指さす正面の男。もとい、王様。王と言うにはかなり年若い印象を受ける声だが、それにしても、やっぱり王様だったのか。つまりは、王制・・・ますますもって異世界ぽい。あぁ、私は本当に異世界トリップめいた状況に陥っているのだなと脱線しかけた思考を、いかんいかんと横にうっちゃり、私は「し、しつれいします」と消え入るような声で何とか返事をして、椅子に腰掛けた。
「さて、そう言えば自己紹介がまだだったな。俺はジェナス。ジェナス=エル=イグラード3世だ。王という立場だが、現在は非常事態とも言える状況ゆえ、俺のことは単にジェナスと呼ぶが良い。で、お前の名は?」
促されて、私は必死に、少しでも気を緩めれば自分のお手手観察がしたいと主張する自分の視線を正面に向けた。
着座した事でぐんと男達との距離が縮まり、圧迫感やら緊張感で「うっ」となるのを懸命に堪えながら、よく見えるようになった王様の方を何とか見やる。
「わ、わたしの名前は、ってが、がきんっ・・・ムグ!」
思わず漏れそうになった言葉は、一体どうやったのか、一瞬のうちに私の真横まで移動してきたネストールさんの手によってせき止められていた。そして、私の耳に口を寄せて一言「それ以上言うと、死にますよ?」とボソリ。
この世に生を受けて16年、初のイケメンによる耳元に息が掛かる程の接近遭遇という一大イベントに、私は頬を真っ赤に染めながら「やっ」とか可愛く拒否ると言った憧れというか夢的回答を返す事すら出来ず、目を白黒させながら混乱の極地に至っていた。
「ぃや、だって、ガキムグっ」
再び、私はむにゅっと頬ごと口をふさがれた。
どうしろと?というか、どう見たって、ガキ・・・子供でしょ、これ?
思い切りダイアーさんに幼児扱いされた私が言うのも何だが、眼前で堂々と鎮座する王様、ジェナス何とか3世さんは、私の常識に当てはめるなら、どこからどう見ても10才程のお子様だった。
戦時という事で華美とは言えない装いだが、他の男達と比べても明らかに高価そうな服装だし、チラリと手元から覗く宝飾品などからも、見るからに高貴さを感じ取れるのだが、しかし、いかんせんお子様だった。
品を感じさせる整った顔の造作も、格好良いと言うよりは、やはり可愛いという印象で。
更に言うなら、周りにいる男達が屈強なせいで、余計にその対比が哀れな感じ。
そうやって見比べるべくキョロキョロしていると、横にいるジェラードさんから「しっ」と口元に人差し指を添えるジェスチャー。
そしてそれに合わせるように、再び耳元へネストールさんからの一言。
「陛下は年齢の事を気にされておいでです。決して触れないように」
は、はぁ。それって、そう、例えるなら、年かさの友人達に混じって遊ぶ際のゴマメ感を殊更気にする王様って事?
鬼ごっこで捕まっても笑顔で解放される無敵感への悲しさというか悔しさというか。
でも、その程度で殺されたりは、幾らなんでも、ねぇ?
と、確認の意を込めて、現在の私の内心での問いかけを正しく読みとっているだろうネストールさんを見上げると、何だか凄く良い笑顔を返されました。
うん、触れないでおこう。
「ん?どうした、ネストール、その者は自分の名すら語れんのか?」
「ぇ、ぁ、あの、その・・・」
そして間髪入れず発揮される私のコミュ障ぶり。ああ、さっきは珍しく自己紹介し終われそうだったのにっ。途中で余計な緊張を強いられた私は、もはやアワアワするのみ。
心無しか不機嫌そうになったお子様王様の声に、冷や汗がしたたる。
「ジェナス様、この者はまだこちらの言葉に慣れません。恐れながら私が、この者の通訳として間に立ちたいと思いますが、いかがでしょうか?」
「ふむ。顕現して間もなくであれば、それも致し方なかろうな。良いだろうネストール、こちらの言葉は通じているようだからな、読心にての代弁のみ許そう」
「はっ」
余計な手心は加えるなよと言外に含める王様。
ガキンチョとは言え、そこはさすがに王様、抜け目ない感じ。
「彼女の名前はアカネ=サタニ。どうやら元の世では学生・・・学徒であったようです」
ほぉ、というような感心するかのような雰囲気が、僅かに周りから伝わってきた。
って、いや、ただの学生ですよ?
女子高生。それに特殊なブランド的価値が無いとは言わないけれど、偏差値的にも中の中を迷い無く進むような平凡な公立高校ですよ?そこに、戦場で戦う兵士から感心される部分なんて一片たりとも無いでしょう?ねぇ?と同意を求めるべく、私はネストールさんの方を仰ぎ見た。
「あなたの世ではどうか知りませんが、ここ、特にイグラード国では一般的に勉学のみを生活の基とする人間は、ごく僅かな才能ある人間か、貴族達に限られるんですよ」
「そういう事だ。そして、その方、アカネだったか、お前には貴族らしき立ち居振る舞いは見られない。ドレスの捌き方一つとってもな。となると才ある者ではないかと期待したくもなる」
うっ、装飾過多なドレスを着せられたのは、王様の指示だったのか。
いや、多分にダイアーさんの趣味も混ざっているのだろうけど、それでも、本当に抜け目無いないなと感じさせる王様だった。見た目はお子様だけど、この人に今私の生殺与奪が握られていると思うと、改めてゾッとする。
そして、何かを期待するような王様の目。まさか、この人は本当に私にKAMIKAZE的なものを期待しているんじゃないだろうな・・・。
「陛下、アカネ様は、自分の世では年若い世代の者には均等に勉学に勤しむ権利が与えられていると仰ってます」
私の怖気を感じ取ってか、すぐにネストールさんがフォローを入れてくれる。ナイス軍師!
「ほぉ、それは豊かな世もあったものだな。時が許せば、詳しくその国のあり方について聞きたいものだが」
「・・・・・・?」
「なぁ、アカネ。俺はな、少し期待していたんだよ。お前がどうやってこの場に現れたか、覚えているか?」
王の問いかけにフルフルと私は首を横に振った。
そういえば、私はどうやってここに来たのだろう?というか、私は車にはねられて死んだか、あるいは重傷だったのではなかったのか?
「お前はな、この場、この机の上に、忽然と、何の前触れも無く現れたんだよ。瞬きすらする間も無く、今までこの机上にお前がいなかったのが間違いでしたとでも言わんばかりにな」
それまで、やや前のめりだった王様が腕を組み、ぼすんと背もたれに体を預ける。
「ネストール、お前は故事にも詳しかったな。そのような興醒めな、寝物語にも物足りない例はあったか?」
言葉を向けられたネストールは、僅かに緊張を増した様子で、殊更に淡々とした声で答えた。
「過去の事例、又神話に近いような故事に置きまして、前後の事象から事実だろうと仮定出来る逆神隠しの例は、10前後。そのどれもが、神らしきモノのお告げや、まばゆい光の奔流、えも言われぬ心地よい香気、等々、兆しとしてふさわしい事象が例外無く見られております」
「そうだろう。俺の何代か前の王も、そうやって華々しく現れた美女と子を持ったと聞く。何でも、輝く白蛇に抱かれるようにして現れたとか」
私はその王様の言葉に驚いた。逆神隠し、つまり急に人がいなくなる神隠しの逆だから、急に人が現れるという事だろう。それが何度か起こっているという事実。それは、私のような目に遭った人が他にもいるという事。何となく現状打破の為の手がかりが見えそうになって、沈んでいた気持ちが浮かびそうになったその途端に、冷気のような王様の声が再び掛かった。
「そして、そういった逆神隠しの結末は、例外無く悲劇だ」
ギリリと鳴った音は横の赤毛の男の歯ぎしりの音だったか、それともジェラードさんの甲冑がこすれる音だろうか?
「白蛇の化身と謳われた何代か前の王は、暴政の限りを尽くして悪逆の王として名を残している。他の事例も似たようなものだよな、ネストール?」
「・・・御意に」
ガタンと椅子の倒れる音と共に、見ずとも分かる勢いで立ち上がった赤毛の男が声をあげた。
「ジェナス王。やはりこいつはここで殺すべきです。どうか、俺にご命令を!」
「ならん」
「ですが、こいつは、王にとって絶対に悪い事を呼び寄せます!禍根は兆しのうちに絶つべきです!」
「ならん。王命が覆る事はあってはならん。ミルナー、座るが良い」
「ミルナー!」
「くっ・・・・」
王様とジェラードさんからの凄まじい圧力に負けたのか、それでも納得出来ないとばかりに乱暴に倒れた椅子を起こすと、ミルナーと呼ばれた赤毛の男はドスンと腰掛けた。
「飲めぬようだな。だが、ミルナー、この軍議、今で何度開かれたと思う?費やされた時間はどれ程だ?ネストール?」
「延べ、47時間です。陛下」
「丸二日だ。丸二日間、イグラードが誇る猛将ジェラードと貴様、そして知謀深淵と謳われた軍師ネストール、その他名だたる将も含めた俺達が雁首揃えて考え尽くして出した結論は何だった?」
「ぐぅ・・・」
「結論は何だったかと聞いている、ミルナー」
「は・・・、敗戦です、陛下」
自らの唇を噛みしめるように、机上で震える拳を隠す余裕すらなく、ミルナーは悔しげに答えた。
「アカネよ、俺はな、若輩ではあるが決して無能な王ではないつもりだ。だがな、事ここに至って、もはや凶兆であろうと何だろうと、可能性を感じるものには何にでも頼りたい気分なんだよ」
「は、へ?」
私?というように自分を指さす私に、こくりと頷き返す王様。
って、っちょ、まじですか?思わず目の前で展開されてた王と部下の熱い男のドラマ的なモノを他人事目線で楽しんでいた私は、いきなり自分に向いた矛先に戦慄した。
って、敗戦って、つまり、え?どゆこと?私の身の安全は王様が保証するみたいな事、さっき言ってましたよね?だから、え?あれ?
すがるようにオドオドと向けた視線の先のネストールは、スゴく良い笑顔で私に説明を加えてくれた。
「現在、我がイグラード国と相対している国、オルランド公国は一切の捕虜を認めません。良かったですね、アカネ様、虜囚の辱めを女性の身で受ける事程つらい事は無いでしょうから」
いや、そんなニッコリと言われても笑顔は返せないのですけど。
というか、捕虜は取らないという事は、つまりは敗戦国の人間は皆、殺されてしまう訳で。私は何故か、イグラード国で客人として扱われている訳で。姉さん事件ですな訳で。
「まぁ、その事が無かったとしても、運がなかったなアカネよ。この時、この場所に現れさえしなければ、違った結末もあったろうに。他国であれば吉兆と捉える向きもあったから、望む限りの贅を得られる事もあったかもな」
え?あの?結末って?もう決まっちゃってるの?
そもそも、私がここに瞬間移動よろしく異世界トリップしてきた時には、他にも男達がいたが、それでも大した騒ぎにならなかった理由に今さら合点がいった。
この人達は覚悟を決めてしまっているんだ。
やめて、ジェラードさん、穏やかな笑顔でこちらを見ないで。王様も何故そんなに優しそうな目をしてるんですか。イヤー!あ、赤毛はこっち見るな。怖いから。
「ネストールの懸命の外交戦略によって得られた暫定の停戦期間は、残り七日」
悠然とリラックスした風情で腕を組みながら言う王様。
「俺は約束は守る。それまでアカネは俺の客人としてしっかり保護してやるからな」
「・・・・・・」
ニコッ。
いや、良い笑顔なんだけど、そう、ゲームなんかで知り得た異世界モノの導入部としては、この上なくふさわしいお言葉なんだけれど・・・。
「な、七日後には、し、しし死ぬなら、意味ないじゃないでしゅかーー!!」
異世界に来て、初めてちゃんと言い切れた言葉に、私自身は何の感慨もなく、ただひたすら良く出来ましたとばかりに頭をぽんぽんするネストールがうざったくて仕方なかったし、眼前で「お前、喋れたんじゃないか、ネストールは嘘をついた訳か」ニヤリと笑みの種類を変えたお子様王様がやはりうざかったし、弟達を見守る兄の図的なポジションのジェラードさんすらうざかったし、熱血漫画よろしく、未来に悲観して立ち尽くす赤毛は一貫してうざかった。
映画なんかで、死の覚悟を決めた男達が感動的に描かれていたりするけど、諦めていない人間にとって、彼らは最高にうざいという事が分かった。
そんな事、未来永劫分かりたくなかったけれど。




